彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第58話になります。


第58話

「なるほど、これが殿の言っていた生真面目な性分を持つ魏兵の強みか」

 

秦軍は、第一陣に続いて第二陣を投入したことで、中央の戦いを大いに優位に進めていた。対する廉頗四天王輪虎率いる魏軍第一陣は、正面に側面と二方向からの攻勢を受けているにも関わらずに、粘り強い戦いを続けていた。

 

「でも、さすがにそろそろ限界かな」

 

輪虎は、自軍の限界点を見定めると新たな指示をだした。

 

「ここまで来たら、もう十分でしょ。合図をだして」

 

 

その頃、秦軍第三陣に配属されていた蒙驁将軍の孫にあたる蒙恬は妙な胸騒ぎを覚えていた。

「おかしい。いくら何でも、あの廉頗が放った先陣が、この程度のはずがない」

蒙恬の言葉に反応を示したのは、副長の胡漸であった。

「しかし、若。今から後ろに控える第二陣が動き出したとしても、間に合わぬのではないですかな」

胡漸の言葉が示すように、敵第二陣はいまだに距離を詰めることもなく整然と隊列を組んだまま、動き出す気配は全くと言っていいほどになかった。

「そう、じいの言う通りだ。間に合わない、とまでは思わないが、軍としての損失をまったく考えていないかのように動きがない」

 

蒙恬は、魏軍が第二陣を参戦させずに、第一陣がずるずると下がり続ける状況に対して「なにかがおかしい」と胸の内でこぼしながらも、その正体を掴むことができてはいなかった。

 

「廉頗は一体、何を狙っているんだ」

 

「若ッ、第六軍の騎馬隊が号令もなしに動き出しましたぞ」

 

「第六軍が? ………じい、あの軍はあくまでも騰軍麾下だ。この戦いも独立遊軍という立場であるとじい様は言ってた。だけど、なぜこの時に。ん、あれは。 じい、楽華も第六軍に続くぞッ」

 

 

蒙恬が敵の狙いを察して、自隊を動かす少し前。

 

 

「これは………、先陣を切った第一、第二軍は、引き込まれているのではないか」

 

「ええ。どうやら、そのようです。本来なら、敵中央左翼側が押し込まれて側面を突かれているのですから、敵は右翼後方に押し出される形になるはずの所です。ですが、後退はしても左翼側から離れるような素振りが見られません。これは、明らかに狙った上での後退でしょう。 ンフッ 私ならば第二陣後方の山中に、伏兵一つくらいの用意はしているでしょうね」

 

朱錐は、青騎の見立てから機動力を優先した部隊を編制すると、自らも出陣することを決断した。

 

「虎豹、馮」

「ああ、我が騎馬隊三千は、いつでも行けるぞ」 「こっちも問題ない」

 

「よし。出るぞッ」

朱錐は後事を青騎に託すと、朱錐隊千、虎豹隊三千の騎馬隊に号令を発して、移動を開始した。

 

そうして、青騎は、駆けていく朱錐たちの背に視線を向けると、面越しに笑みを浮かべて、言葉をこぼした。

 

「こうして、また、廉頗さんと対峙する日が来るとは、多少なりとも感慨深いものがあります。とはいっても、私は、ただの参謀で、あなたも趙ではなく魏国の大将軍。 ンフフフ 戦乱の世とは真に複雑怪奇。だからこそ、面白いのですけどねぇ」

 

 

その頃、魏軍本陣の丘にいる総大将白亀西は、自軍の左翼側の動きに驚きを隠せなかった。

「なッ………、あれは、左軍を任せていた介子坊殿ではッ な、なぜこの中央に」

 

「ヌッハハハッ どうじゃあ、白亀西ッ。驚いたであろう」

 

「は、いや、確かに、でも………」

と、混乱隠せない白亀西に廉頗は簡潔に事のあらましを語った。

 

「なに、簡単なことじゃ。こちらの情報が洩れておるようであったからのぅ、ちと細工をしただけのことよ」

 

それは、実に、単純な話ではあるが、左軍に介子坊を配置したという情報を流した上で、左軍本陣に介子坊の軍旗を掲げさせただけであった。

 

「な、なるほど。そ、それでは、介子坊殿が抜けた左軍には、どなたがお付きになられたので」

 

「それは、玄峰じじぃに決まっておろうが。だがまあ、ぐちぐちと軍略がどうこう文句をいうとったがな」

と言葉を発した後「ヌハハハッ」と豪快に笑い、さらに言葉を続けた。

 

「秦は目にものみるであろうなぁ。介子坊に生半可な守備は意味を為さん。さらには、奴らの後方からの出現じゃ。秦は、対処を誤れば、先陣のすべてを失うことになるぞ」

 

廉頗は、言葉を発したあと、胸の前で両腕を組み鋭い眼光を戦場に向けた。

 

 

一方、秦軍第二陣は、後方に出現した敵伏兵の突撃によって、大混乱に陥っていた。

「ど、どうなってやがるんだッ」

狼狽するように声を挙げたのは飛信隊隊長の信であった。

「あれは魏軍の伏兵です。それも、恐ろしく強力な………」

と、信の言葉に応えるように声を発したのは、副長の楚水であった。その視線の先には、秦第二陣後方を無人の野を駆るように喰い破っていく魏軍の姿が見えていた。

「旗には『介』とある。となれば、話に聴いた四天王の一人、介子坊と考えるのが妥当だ。だが、………あれはヤバい。今の飛信隊では、敵う見込みは一つもない」

これは、冷静に敵伏兵の力を見定めた上での羌瘣の言であったが、信は、義憤に駆られるように、次の号令を発した。

 

「廉頗四天王が何だってんだッ 味方やられているのを黙って見ておけるかよッ 聞けぇッ、飛信隊。俺たちはあの伏兵を迎え討ちにいくぞッ」

 

「馬鹿なッ よせ。死ぬぞ」

「羌瘣ッ 敵が強えからって背なんか向けられるかよッ。行くぞ、お前えらッ」 「「「応ッ」」」

 

「ッチ」

羌瘣は、信の号令に従って動き出した飛信隊に、表情を険しくさせながらも追従する決断を下した。

 

 

「死ね、秦軍ッ 魏兵よッ 立ちはだかる者をすべてを跳ねのけよ」

 

魏軍の伏兵として現れた介子坊率いる精兵五千は、秦軍第二陣の後方から立ちはだかる敵兵の悉く粉砕、殲滅していた。秦軍もただやられるわけではなく、対抗すべく咆哮を上げて果敢に挑んでいく部隊も存在していたが、介子坊率いる精兵五千の前では、なんの痛痒ともならなかった。

 

「………しくじったか」

その様子に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているのは、第二陣を預かる将軍栄備であった。

 

「だが、ただではやられんぞッ。我を見よ、秦兵よッ 我こそは第二陣を率いる栄備である。今こそ大秦国を支えるそなたらの力を発揮する刻ッ 抗え、秦兵よッ 魏軍に好きにさせる出ないぞッ」

 

この栄備の渾身の檄は、兵たちを奮い立たせることに一役買ったが、そのことが、栄備の命運を決定づけることになった。

 

「そこにいたかッ 秦将。 覚悟ッ」

将軍栄備に迫っているのは、鬼気迫る表情を浮かべた精兵五千の将介子坊であった。

 

「やはり、こうなるわな。殿、ご武運をッ」

己を顧みぬ栄備の勇は、自軍の士気向上に一役買ったが、翻って、敵軍に対しては、自身の所在を明確に示す行為になったのである。

 

「この栄備ッ ただではやられはせんぞッ」

一人気炎を吐く栄備であったが、迫りくる介子坊の武を前に、己の死を覚悟していた。

「死ねぇッ 秦の犬めがぁあッ」

両者を遮りものがなくなり、一つの決着が付こうとしていた。

 

「ンんな簡単に将軍をやらせるわけねぇだろうがッ」

 

だが、別部隊が横から介入したことで状況は混沌へと向かう。

 

介子坊隊の横腹に突っ掛かったのは大声を張り上げた隊長信を先頭にした飛信隊であった。これには、快進撃を続けていた介子坊も足を緩めざる負えなかった。

 

「むぅ、小童がッ 行く手を阻むなら粉砕するまでッ」

「やれるもんなら、やってみやがれッ」

横からの不意打ち気味な突撃によって、敵の足を止めるとに成功した飛信隊であったが、時間の経過は、残酷なまでに両部隊の力量の差を浮き彫りにしていった。

 

「ーーー隊 壊滅。壊滅です」 「ーーーより救援の要請が」 「ーーーが討たれましたッ」

これらの情報が渕、楚水両副長のもとに続々と寄せられたことで、刻一刻と飛信隊の苦境を鮮明にしていた。

「信殿。もう持ちませんッ 今はまだ、羌瘣殿が押しとどめていますが、他はもう崩壊寸前です。今、退かなければ全滅はさけられません」

と渕は言葉を発すると救援要請があった部隊に向かって馬を駆けさせた。

 

その言葉通り、飛信隊の苦境は誰の目にも明らかであった。

 

「ック。敵将は見えてるってのに、一歩も近づけねえなんて………ッ、楚水。一瞬の隙を作ってくれ。俺があの敵将の首を獲る」

「無茶だッ 今あなたを失えば、隊は崩壊するんですよッ ッハ、う、うしろッ」

楚水が言葉を発したその時、飛信隊の隙間を縫うように信の背後に迫る魏兵の姿があった。

 

「なッ!? ッ、しまーーー」

 

「戦場で隙を見せるとは何事かぁッ」

と一喝しながら差し迫る敵兵を切り捨てて、信の危機を救ったのは、栄備将軍であった。

「ムハハッ なかなかどうして、やるではないか、急造千人隊の飛信隊。おかげで助かったぞ」

「栄備、将軍………」

「だが、お前たちの役目はここまでだッ ここからは儂の隊が引き受ける。お前たちは直ちに退くのだ」

「なッ おっさんじゃあの敵将には勝てっこねぇ」

「そんなことは百も承知しておるわ。だが、童のケツに隠れて退くなど、この栄備がするわけなかろうが。馬鹿者がッ さっさと退け、飛信隊」

栄備の覚悟に反応するように声を挙げたのは、楚水であった。

「行きましょう、信殿。我らは、もはや限界です。口惜しいですが、隊が壊滅する前に、将軍の命令に従うべきです」

「け、けどよぅ」

信にも解っていた。今の飛信隊と介子坊率いる精兵五千との練度の違いが明らかであることは。けれど、戦の経験の浅い信にとって、今、敵に背を向けて逃げるという行為が、容易には受け入れがたい出来事であるのも事実であった。

 

「きょ、羌瘣が倒れたッ み、みんなで羌瘣を護りぬくんだッ」

 

しかしながら、そんな信であってもはっきりとわかっていることが一つだけあった。

 

「信殿ッ」

「ッ羌瘣………」

 

今まで、何度も飛信隊の危機を救ってきた羌瘣が倒れたということは、隊の余力が完全に尽きたことを意味していることを。

 

「羌瘣を助けて、俺たちは退却する」

信は苦渋に満ちた表情を浮かべながらも、隊を第一に考えて退却することを決断した。

 

「ムハハハッ そうだ行けぇッ 飛信隊。お前たちが大きく芽吹くことを儂は期待しておるぞッ」

 

 

こうして、敵に背を向けた飛信隊の背後では、将軍の旗が静かに戦場から消えることになった。

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