彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第59話になります。


第59話

「秦将栄備ッ この介子坊が討ち取ったぞッ」

 

高らかに掲げられた戦果に、魏軍の士気は最高潮に達しようとしていた。

 

「このまま敵先陣を粉砕だッ 私の背に続けぇえッ」

介子坊は、将が討たれたことで右往左往する秦兵を蹴散らしながら、先陣を務めるもう一人の将土門の側面を突くべく進軍を開始した。

 

「ははっ さすが、介子坊さん。うかうかしてたら、このまま戦が終わっちゃいそうだ。こっちの攻勢も緩んだことだし、もう一働きしようかな」

 

輪虎は、介子坊の出した戦果によって、敵の攻勢が緩んだことを確認すると、再び先頭に立ち、対峙する秦将を討ち取るべく馬の腹を蹴って駆け出した。

 

 

「急報ッ 急報です。 え、栄備将軍ッ 討ち死にッ 第二陣は敵伏兵を前に潰走を始めました」

 

「くッ 栄備………」

第一陣の将を務める将軍土門は、急報を前に一つの選択を迫られていた。

 

「栄備将軍を討った部隊は、こちらの側面を突くべく進軍を開始したとのことですッ」

 

「もはやこれまでか。我が隊が殿となーーー」

第一陣を指揮する土門が退却に舵を切ろうとしたその時、新たな伝令が姿を見せた。

 

「我が隊後方より、味方騎馬隊が駆け付けているとのことですッ」

 

 

「間に合わなかったか………」

 

朱錐率いる第六軍騎馬隊は、敵の策を察して素早い出陣を果たしていたが、視線の先にある戦場から将軍の旗が消えるのを目撃していた。

「ああ、第一陣は辛うじてまだ戦線を保っているが、第二陣は指揮系統を失ったことで、軍として死んだも同然だ。ん?朱錐。我らの後方に別の騎馬隊、千ほどだが、追走しているな」

虎豹の言を現すように、第二陣では、なおも抗戦を続ける隊や退却を始める隊、或いは、そのどちらの判断もできずにただとどまっている隊など、各々がてんでばらばらな行動をとっていて、とても軍とはいえない様相を呈していた。

「ふむ。我らは、このまま指揮官を失った第二陣に喰らいついている敵部隊に突撃する。馮、後方の隊にはーーーと伝えてくれ」

 

「なるほど、すぐに伝令を送る」

虎豹は、馮がすぐさま行動に移ったのを確認すると虎の面の下でフフッと笑みを浮かべると佩いていた剣を高らかに掲げて檄を飛ばした。

 

「この大戦、緒戦の勝敗は我らの働きに掛かっている。者ども己が肝に気合を入れよッ」 「「「応ッ」」」

 

虎豹の檄に応えるように一丸となって挙げられた咆哮は、地平を揺るがすように響き渡った。

「………」

「どうしたんだ、朱錐」

「いや、なんでもない」

朱錐は頼もし過ぎる副長に視線を送りながら、戦いの展望に目を向けていた。

 

 

その頃、介子坊隊の元には、自隊の側面を突く形で敵騎馬隊の接近の報が伝えられていた。

 

「むっ、あと一息という所で邪魔が入ったか………。後のことは、輪虎隊に任せるとする。急ぎ我が隊は敵増援に備えて反転するッ」

第二陣の残党を蹴散らしながら進軍を続けていた介子坊であったが、敵増援の報に馬首を翻して、迎え撃つべく陣形の構築に移った。

 

「騎馬四千程で我が精鋭部隊の相手をしようなど、片腹痛いッ 逆に、喰い破って将の首を頂いてくれるわッ」

 

 

飛信隊が退却を開始して、まもなく、背から将軍の旗が消えて、蹂躙され始めた第二陣の姿に苦渋の表情をうかべているのは、隊長の信であった。

「将軍………」

「信殿。あのまま我らが留まっていたとしても、結果は変わらなかったでしょう」

「楚水。そんなことは判ってるッ わかってるけどよぉ………」

大戦に高揚していた信の心持は、敗走の最中では整えようもなく、周りを見る余裕すら奪い去っていた。

「戦は始まったばかりです。今は一兵でも多く生き残ることを考えましょう。それに、あそこを御覧ください」

と楚水が指し示す方角には、味方騎馬隊が飛信隊と入れ違うように突撃する様子が見て取れた。

「あれはーーー」

「旗には、『朱』とあります。増援の軍でしょう。しかし、第三陣の後方に配置されていたはずの軍がここにいるということは、敵の伏兵が現れる前には、動き出していたということになります。ならば、相当に軍略に長けた者がいるのは間違いないでしょうね」

 

「軍、略か、朱錐のおっさん………」

 

 

魏軍本陣の丘では、戦場の異変に一人狼狽える白亀西の姿があった。

 

「なッ、なんだ、あの軍は一体。廉頗将軍、介子坊殿の脚が完全に止められてしまっておりますぞ」

と言葉を発した白亀西であったが、先程までは、すぐにあった応答がないことに疑問を覚えて隣に顔を向けたのだが。

 

「れ、廉、頗、将軍?」

 

 

「ハアぁぁあああッ」

純粋な膂力で振りぬかれる棍棒は、行く手を遮るように展開されていた魏兵の悉くを薙ぎ倒して軍を貫いていた。

 

「この機に敵将の首を獲るぞッ」

朱錐の檄に勢いを増す隊の勢いを止めにはいったのは、他ならぬ、その敵将の一撃であった。

 

「私の邪魔をしたのは、鬼面ッ 貴様であったかぁあああッ」

 

と、己を護る魏兵をかき分けて最前線に踊り出た敵将は、勢いそのままに朱錐を打倒すべく武器を振るった。

「ッ!?」

戦場に両者の衝突を示すかのように硬い金属音が高らかと響き渡る。その衝撃に、たたらを踏むように後退した朱錐の視線の先には、鬼気迫る表情を見せる介子坊の姿があった。

「これは、介子坊殿。いつぞや以来か」

控えめな声量とは裏腹に、しかと介子坊の眼をまっすぐに睨みつける朱錐。

「鬼面。あの時を含め、もう随分と我らの邪魔をしてくれたな」

介子坊は、眼に映る鬼の面を被った漢を討ち滅ぼすために、己の漲る力を愛刀に込める。

 

「戦場で会敵した以上は当然でしょう」

 

「ああ。ゆえに、ここでそなたを討ち滅ぼし、魏国の勝利に貢献させてもらうぞ 鬼面ッ」

「それはこちらも同じことだ 介子坊ッ」

 

互いが己が武をもって敵を討ち滅ぼさんと第六軍軍長鬼面の朱錐と廉頗四天王が一人介子坊が、ここに、激突した。

 

 

両将が激突した裏側では、この中央の戦場にいるもう一人の四天王が躍動を始めていた。

 

「向こうは、ばちばちやり始めたみだいだ」

戦場に響く音、その一つ一つを嚙みしめるたびに笑みを深める輪虎の姿が、そこにはあった。

「ふふッ 僕は僕の仕事だ」

輪虎は、騎乗しながらも両刀を自在に操り、敵兵を切り裂き、秦軍第一陣を預かる土門の本陣に迫っていく。

「無駄、むだ。その程度の陣形じゃ、君たちの言う六将時代を生き抜いた選りすぐりの猛者ばかりの輪虎隊を止められやしないよ」

 

だが、そんな勢いついていた輪虎隊の脚を緩めさせる者が現れる。

 

「借りは返すぞッ」

 

「って、と。おや、また君か………」

 

横槍から一呼吸の間に数度の連撃を放ったのは、玉鳳隊隊長王賁であった。この奇襲に近い形での連撃であったにも関わらず、輪虎が受けた傷は、かすり傷と呼べる程度であった。

「その傷で、君も懲りないね」

やれやれと呆れたような仕草で言葉を発して挑発する輪虎に、王賁は「ぬかせッ」とカッとなったように槍を突き出してしまう。

「そういう所が若いっていうか。経験の差、かな」

と、冷静に右の一刀で槍をさばいた輪虎は、王賁の命脈を断つべく左の一刀に力を込めた。のだが。

 

「油断、したなッ」

王賁の言葉に一瞬の思考を取られて、輪虎の反応が一歩遅れる。

「ッ!?」

そして、視界右隅から飛び込む敵影が一つ。

「その首ッもらった」

戦場に似つかわしくないひらひらとした目立つ出で立ちの襲撃者が振りぬいた一刀は、輪虎の首を正確に捉えていた。

 

「ッ!!」

 

だが、続く金属音は、それを否定した。

 

「今のは………、本当に危なかったよ」

咄嗟に、輪虎は力を込めていた左の一刀を右から飛び入りした敵の攻撃との間に滑り込ませていたのだ。

「あれを防ぐのかッ この、化け物め」

この奇襲は、王賁にとって輪虎を討つ完璧な機であったと自負できるものであった。

「化け物、とは、心外だなぁ。ほら、ちゃんと怪我もしてるでしょ」

その言葉通りに、輪虎の額からは、受けた一刀がはずみで接触したことで、できた傷から朱い血が流れ出ていた。

「いやいや、あれでその傷だけで済むなんて、十分に、化け物でしょう」

と軽い口調で言葉を発しながら、どうにか動揺を隠してしているのは、襲撃をした蒙恬である。

 

蒙恬の動きはこうであった。

 

蒙恬は、朱錐たち第六軍の動きから、敵の狙いを同じように察すると追従するように楽華隊を伴って駆けだした。当初は、朱錐たちに追従するように動いていたのだが、朱錐から伝令が来たことで、その動きを変更することになる。その内容は「我々は右から大きく廻って後方から敵将を狙う。貴君らは、左から廻り、敵第一陣の将を側面から狙え」と。

 

その意図を正確に理解した蒙恬は、進路を変えて輪虎の視界から消えるように動き始める。蒙恬のこの動きに、いち早く気づいたのは、隊を立て直すために周囲に気を配っていた王賁であった。そして、蒙恬の動きを最大限に活かして、輪虎を確実に葬る必殺の一撃となすために、自身が囮になることを決断したのであった。

 

また、綿密な打ち合わせなどする術がなかったにもかかわらずに、この王賁の囮としての動きに合わせて、最高の機を見極めての襲撃を為せたのは、偏に、蒙恬の才によるところが大きかった。

 

「ふふっ。誉め言葉として受け取っておくよ」

 

「ああ。だからこそ、あんたには此処で退場してもらう」

と不敵に笑う蒙恬に対して、輪虎は訝し気な顔をすると言葉を返した。

 

「君が僕を? いいね、試してみるといい。まっ 無理だと思うけ、どーーー」

 

その時、輪虎は対峙する蒙恬の副官らしき将の視線が、己の後ろに向けられていることに違和感を覚えた。

 

そして、この一連の流れそのものが「僕を討つための策だったとしたら?」と胸の内でこぼした瞬間、輪虎の背筋に戦慄が走った。

 

 

 

 

 

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