彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第61話になります。



第61話

戦場に蒙驁、廉頗の両将が新たに軍を投入した余波は、壮絶な打ち合いとなった一騎討ちの場にも及んでいた。

 

「死ねぇッ 鬼面ッッ」

ただ響き渡るのは、両者の声と互いの得物が幾度となく衝突する重い金属音。

「介子坊ッ」

 

朱錐、介子坊の両名が膂力の限りに打ちあう得物は、衝突の反動で逸れた得物に触れるだけで余人を死に至らしめるほどに激しいものであり、兵たちは自然と二人と距離を空けて、円の形をとるのであった。

「ハぁああッッ」

そうして、敵兵を軽く吹き飛ばすほどの膂力で振るわれる朱錐の一棍一打にも、対峙している介子坊は動じることなく、その勢いを受け流し、反撃の武器を振るう。

「ぬウッ」

だが、朱錐もまた同じように受け止めては、反撃の鉄棍を振るった。

「グッ ぬぅ流石に一息とはいかぬか。鬼面めッ」

両者の実力は拮抗しており、決着を見るには時間が足りはしなかった。

 

そして、両者の得物が幾度目かの衝撃音を打ち鳴らしたその時、周囲の異変に気づいた二人は得物の動きを止めることになった。

 

「ぬッ なぜ今。殿ッ」

と介子坊は後方より味方増援が進軍する音に廉頗の意図を読みかねて手を止め、対して、朱錐は

「………」

と、無言に徹しながらも一向に自軍側から挙がらない歓声に、奇襲の失敗を悟っていた。

 

こうして、動きを止めた両者であったが、さきに、この一騎討に見切りをつけて、声を挙げたのは介子坊であった。

 

「こうなってしまっては、もはや、一騎討ちに拘る理由はない。魏兵よッ、今こそ、総力を用いて秦の犬どもを殲滅しろッ」

 

「そうなるか。 全軍で後退するぞッ」

朱錐は現状を鑑みて素早く後退の指示を出すと、側近の名を呼び、さらなる指示をだした。

「馮ッ いまだ将軍を失って動きの定まらない兵を纏めろッ」

「はいよッ それで、副長はどうする」

 

「虎豹に特別な指示は必要ないッ 今は我らがすべきことを為す」

 

この動きに、介子坊は激しい追撃を仕掛けていくことになる。対して、朱錐は全体の後退を促しながらの難しい後退戦を強いられることになった。

 

「彼ら歩兵隊を見捨てては、この戦には勝てないッ 隊を分けるぞ。我らに釣られて間延びした敵の側面を叩けッ」

 

朱錐は、ただ後退するのではなく騎馬隊を使っての反撃を仕掛けることで、敵の攻撃を緩めさせて時間を稼ぎ、懸命な指揮を執っていた。しかしながら、将軍を失って纏まりに欠けた兵を引き連れての後退戦は、まさに苦戦と称して偽りない状況であった。

 

この秦軍先陣部隊が崩壊するのも時間の問題であるかに見えた後退戦は、まもなく終わりを告げることになる。というのも、秦軍総大将である蒙驁が、近年、稀に見る速さで中央本軍を動かす決断を下したからである。

 

 

「フンッ 逃げ腰蒙驁にしては、良い判断をしてきおったな」

 

この言葉が示すように、廉頗は輪虎たちの戦いに介入した後、魏軍増援とともに敵先陣を粉砕する腹積りであったが、蒙驁本軍の素早い反応に、追撃の手を止めることになった。

 

「蒙驁の分際で、本気で、この儂を討ち取るつもりであったか」

 

と言葉を残した廉頗は、蒙驁がいる本陣の丘を睨みつけると馬首を翻し、増援の軍の後方へと動きを変えた。

 

 

この日、両軍、合わせて六万という兵たちがぶつかることになったが、夕暮れまでに決着が付くことはなく初日を終えることになるのであった。

 

 

その夜、秦軍野営地。

 

「チクショウッっ!!」

 

飛信隊隊長である信は、内からこみ上げる感情を溢れ出させていた。

「な、なあ。落ち着けって、信」

と声を掛けたのは信と繋がりが深い尾平であった。

「うるせぇッ 俺たちは負けておめおめと逃げ帰ってきたんだぞッ」

「怒鳴んなって。んなこと言ったってよぉ、信。将軍が討たれちまったら、俺達には、どうしようもねぇだろうが」

尾平の言葉を肯定するように続けて声を掛けたのは、飛信隊副長を務める渕であった。

「そうですよ。信殿。我々の戦いが悪かったわけではありません。むしろ、隊という規模で言えば十分な働きでした。千にーーー」

「そうじゃねぇよ 渕さんッ 俺を、俺達を助けるために将軍は犠牲になったんだぞッ たかだか千人将になったばかりの俺みたいな餓鬼を助けるために………」

「信ど、の」

此度の敗走は、信に今まで感じたことのない様々な感情を溢れ出せていた。

「………なんで俺なんかのために。栄備、将軍」

と信は内から溢れでる負の感情を滲ませるように呟くと顔を下に向けた。その姿に、生き残ったことを喜びあっていた飛信隊の面々の顔も自然と下を向いていく、その時だ。

 

「頭を下げるなッ 前を向けッ 飛信隊。そして、隊長の信ッ」

 

突如として木霊した大喝によって、飛信隊の隊員たちはビクッと反応を示した。

 

「あなたは何を見ていたッ 何を託されたッ あなた方は、将軍の雄姿を無駄にするつもりですかッ」

 

そう言葉を発したのは、敢えて、ここまで腕を胸の間で組んで黙していた副長楚水であった。

「そ、楚水」

「敗戦の将として下を向きたい気持ちも理解できます。ですが、信殿。あなたは皆を導く隊長なのです。ならば、命がある限り、戦い、戦って、将軍の言葉に報いるべきではないのですか」

信は、楚水の言葉に己の在り方を顧みると反省の言葉を口にした。

「ッ、………悪ィ。確かに、その通りだ。楚水」

また、信は歳の若さなど関係なく一人の将として真摯に向き合おうとする楚水の姿勢に、自身の不甲斐なさを痛感していた。

そんな、信に向けて、楚水も己の胸の内を言葉にして表した。

「いえ、偉そうなことを申しましたが、私も、郭備様ならどうしていたか、と自問することしかできない愚か者の一人です」

それは、近利関で郭備を一人にしてしまったことへの慚愧の念とその郭備が目を掛けていた飛信隊を僅かでも良い方向に導かなければとの想いからの言葉であった。そんな、楚水が抱える想いに応えるように、信は声を挙げた。

「楚水。そんなことはねえよ。あんたの言葉、胸にグッと来たぜ。なぁ 皆なッ」

信の言葉に、飛信隊の面々は下げていた顔を挙げて、声を揃えた。

「「「応さッ」」」

 

「………皆さん」

 

「ありがとよ。楚水。おかげで見失わずに済んだ。俺はこんなところで立ち止まってるわけにはいかねぇんだ。天下の大将軍になるっていうでっかい夢があるからよ」

「天下の大将軍、ですか。それは、大きな夢ですね」

「応よ、子どもの頃に友と約束したからよ。だから、楚水。できれば、あんたみたいな頼りになる漢に側で支えてもらいてぇ」

「………そう言って頂けることは、うれしく思います。ですがーーー」

「ああ、分かってる。無理にとは言わねぇ。ただ、そう思ったってだけの話だ。それに」

と言葉を続けようとした信のもとに、一つの報が届いた。

「羌瘣の目が覚めたぞッ」

「羌瘣がッ わかった、すぐに行く。 ………あんたにも支えたい人がいるのは判ってる。だから、この戦だけで構わねえ。俺は、この戦いで最低でも千人将にならなきゃならねぇからよ。解散なんてさせるかってんだ」

 

「ええ。私も副長の一人として、貴方を支えさせて頂きます」

 

所変わって、朱錐たち第六軍の野営地の天幕内では、虎豹が謝罪の言葉を口にしてた。

 

「すまない。これは、輪虎を討ち損ねた私の失態だ」

と頭を下げた虎豹に朱錐は労いの言葉を掛けた。

「いえ、初日に廉頗の右腕とも呼べる輪虎に深手を負わせたことは、十分な戦果と言えるだろう」

また、その言葉を肯定するように、青騎も口を開いた。

「ええ、その通りですよ。虎豹。こちらも第二陣の将栄備とともに多くの兵を失うことにはなりましたが、結果としては、五分、と言ったところでしょうねぇ。それに、早々に廉頗さんを引っ張り出せたのは、殊の外、大きい」

と言葉を発すると青騎は視線を虎豹に向けた。

「はい。此度の戦いにおいて、廉頗がどこに姿を現すかは、一つの焦点でした。その廉頗からすれば、自身を引きずだした我らを置いて、この中央の戦場から離れるという選択は難しいでしょう」

「ンフフ ええ、まさに。この広い流尹平野での戦い。その両翼のどこかに、忽然と姿を現わせられては、対処のしようがありませんからねぇ。そういう意味では、輪虎に負わせた深手は、決定的な仕事であったと言えます。ただ、気に掛かることがない、というわけではありません」

「急遽、派遣された敵増援のことですね」

「ええ。斥候の話では、どうやら、死んだはずの人間が現れたようですからねぇ まったく、困ったものです」

との言葉とは裏腹に、青騎はどこか愉し気な空気を纏っていた。

「魏火龍、霊凰」

と呟いた虎豹に付け加えるように朱錐も言葉を発した。

「霊鳳がいる、ということは、狂戦士乱美迫もいる可能性がありますね」

青騎や虎豹は将軍として、朱錐は一人の将として、魏火龍とは、幾重の戦場で対峙した敵であり、決着を付けられなかった強者であった。

 

「やっかいな奴らが、地の底から舞い戻ったものだな」

 

 




第61話でした。
話的に何か変わるわけではないのですが、いまさらながら、棍棒という表記が気になりだしたので、朱錐の武器名を棍棒から鉄棍に変更します。

誤字報告ありがとうございます。
霊王→霊凰に修正しました。

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