彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第63話になります。


第63話

流尹平野の戦い、二日目。

 

秦、魏の両軍ともに、両翼から兵力を拠出させていた。

 

秦軍中央左翼の土門兵一万八千、同じく、中央右翼の将朱錐兵一万五千。合計三万三千。

魏軍中央右翼の輪虎兵一万五千、同じく、中央左翼の将介子坊兵二万二千。合計三万七千。

 

兵力差にして、四千。

 

これはまさに、廉頗の策、伏兵介子坊軍の戦果による死傷者数の差がそのまま表れた形となっていた。

 

そして、二日目となる中央軍の戦いは、初日の両軍合わせて六万にもおよぶ乱戦とは打って変わって、秦は守、魏は功と判断は分かれたものの、どちらも特出した動きを見せない単純な戦力の削り合いへと姿を変えていた。

 

「ふむ。いやに堅い。守に長けるという話は真のようだ。とはいえ、対峙する介子坊とやらも、突破する気はなさそうではあるがな」

 

その者は、秦左翼から中央の戦いに送り込まれた五千の内の一人であり、千人を預かる千人将の一人であった。

 

「王翦様の予測が外れたこと自体も珍しいことではあるが、なにゆえに、私を遣わせたのか、見当もつかん」

 

その者が独り言ちるように、両軍どちらもが大きな動きを見せないこの戦いは、それゆえに、単純な勝敗が付くようなものではないはずであった。だが。

 

「………おかしい。互いの損耗の度合いは、先程までは、ほぼ五分だったはずだ。わずかにだが、差が開き始めている」

 

その者の言葉が示すように、五分五分であった戦いは、誤差程度の差から徐々に敵側が劣勢となっていた。

 

「第二隊と第四を前にだせ、第五、第七隊は、前にでた二隊の側面の護りだ。第三は中央に突撃、第六は機を見て右からいくぞ」

 

徐々に押し始める前線には、この場を預かるであろう将が指揮を執る姿あり、その後方には、外衣を纏い躰を覆い隠した龍面の者の姿があった。

 

「この軍は、一体。軍長の朱錐にして鬼の面で顔を覆い隠し、副長は虎で、先ほどの龍。こうして、見渡してみれば、ほかにも、チラホラと面を被った兵も見受けられる。異様、ではあるが、王翦様をして、面で表情を隠されていることを考えると………、いやこの、異様さ、こそが、この軍の特色なのかもしれん」

ふと湧いたこの疑問は、己が主君の在りようを思い浮かべれば、それもまた然りであろうか、といくつもの戦術を巧みに操る高い理解力が仕事をしてたことで、霧散していくのであった。

 

「よし。中央の攻勢で右が揺らいだぞ。今だッ第六隊は突撃。端から潰していけッ」

 

それは、およそ戦術というものを理解できると自負する者ならば、誰もが舌を巻くほどに、機制を制する者特有の鋭さがあった。

 

「あの将には、戦いの先が視えているとでもいうのか………」

 

 

観察する者を驚嘆させた将の名は、濯。

 

「おぉ………ッなんてこった。俺は戦術の天才だったのか」

と、感嘆の声を漏らし、さらには、己に酔いしれているかのような言葉を吐いた濯に声を掛けたのは、龍面の者であった。

「あなた。お馬鹿なことを言っている暇はありませんよ。第二、第四隊の側面を護らせていた第五隊を揺らいだ右に投入です。同じく、第七隊は左から右に救援に向かおうとする敵部隊の横腹を突かせなさい」

 

「御意。第五隊はーーー」

濯が全体の号令を発している後方では、静かに真情を吐露する青騎の姿あった。

「この私が、馬陽では遅れを取りましたからねぇ。やはり、戦いの揺らぎを間近に目にすることができるこの距離は、錆を落とすのに丁度良い具合です」

 

そして、青騎は愉しげに笑うと言葉を発した。

 

「ンフフ 愉しませてもらいますよ、介子坊さん」

 

 

一方、対峙する魏軍中央左翼。

 

「むう、………強い。私が前線に出られれば、状況を一変させることは可能であろうが、それを差し引いたとしても、動きを誘導されているかのように打つ手、打つ手の先を行かれている」

中央左翼後方に位置する本陣にて、騎乗したまま腕を組んで唸っているのは、中央左翼軍の将介子坊であった。

「如何いたしますか、介子坊様」

それに応えたのは、介子坊と同じように、前頭部を剃り上げ、後頭部の髪を伸ばして三つ編みとする辮髪(ベンパツ)の側近であった。

「うむ。殿より、私が前線に出ることを禁じられている。ここは、現状維持だ。輪虎の状況は」

 

「ハッ 右翼側は一時的に押し込まれていた模様ですが、押し返すことに成功したようです」

 

「うむ。あの怪我の具合だ。若干の不安がなかったわけではない。輪虎はよくやってるようだな」

と胸を撫でおろした介子坊は、さらに言葉を続けた。

 

「………殿は、輪虎が深手を負ったことを重く受け止められていた。私に動くな。と申されたのも、より慎重になられた結果であろうな。そして、それが策にも活きてくる。殿の深淵なる智謀に火龍の息吹が加われば、秦軍を滅する力となるはずだ」

 

 

同じ刻、魏軍中央本陣。

 

「あの、霊凰様。廉頗将軍はどちらにいかれたのでしょうか」

 

「さあな。私に、好きなようにせよ。とだけ残して、そのまま駆けていったからな」

 

「で、では、霊凰様がこちらの、中央の指揮を執られるのですね」

 

「勘違いしているようだが、私は承諾などしていない」

 

「………、そ、それでは、どなたが指揮を」

 

「白亀西。お前がいるだろう」

白亀西はその言葉の意味を瞬時に理解できずにいたが、脳内に情報が染み渡ると慌てて応じた。

 

「えッ、………あ、ぎょ、御意にッ この白亀西にお任せ下されッ」

 

そこには、喜色満面に応じる白亀西の姿があった。

 

この白亀西の在りようは、打てば響くように応じる弟子を持つ身として、霊凰に一抹の不安を覚えさせた。だが、そこまで世話をしてやる義理はなく、ましてや、魏王からは「此度の軍に帯同せよ」程度の命令しか受けていないこともあって、放置してもなんら問題ない、と判断していた。だが、俯瞰していた中央の戦場の潮目が敵軍の戦術的な差によって変化していく姿を目の当たりにすると、態度を改めるように声を発した。

「フッ とは言え、お前にすべてを任せる。というのは、少し酷というもの。僅かばかり、私の知恵を貸そう」

 

「わ、私のような者に霊凰様が直々にッ あッ有難き、幸せッ」

 

「気負い過ぎだ。なにも特別なことを授けるというわけではない。さて、こうなることを奴は予想していたというのか。………まったくもって不本意ではあるが、私も、戦場に出ねばならんようだ」

 

こうして、霊凰は、白亀西にわずかばかりの入れ知恵を行うと、中央の戦場へと出陣の準備に入ることになる。

 

そして、戦況を脳裏に浮かべながら、この戦いの絵図をひいたであろう魏、秦の両将の思惑を看破するように言葉を漏らした。

 

「どちらも兵力に偏りをもたせて誘いに出る。とは、な」

 

魏は、輪虎が深手を負った事実を利用して、敢えて、兵力を減らすことで、弱っている様を強調。それに対して、秦は朱錐側を少なくすることで、兵数の少ないこちら側を攻めてこいと誘うような采配であった。

 

「両者の思惑の起点は同じだが、意味するところは全くの逆。フフッ 秦の白老蒙驁と言えば聞こえはいいが、凡庸な漢であったはずだ。となれば、この構図を描いた者が別にいるということになる。さて、どこの誰でーーー」

 

と、その時。霊凰は、ふと、自然と笑みを浮かべていることに自身に気付くと「ふむ」と声を漏らした。そして、自戒するように言葉を吐いた。

 

「戦場の空気に、少しばかり高揚していたようだ。この私にして、らしくはないな」

 

そして、瞑目すること数瞬。僅かに浮つていた気持ちを見事に落ち着かせると、一人の戦士の名を静かに呼んだ。

 

「乱美迫」

 

乱美迫とは、大軍師霊凰の強力な鉞となる巨躯の戦士のことである。

 

「フぅㇱウウッ!!」

 

霊凰は、仮面の下から血走らせた目を覗かせる狂戦士の応じの声を聴き受けると、戦場へと馬首を向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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