彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第67話になります。


魏山陽攻略 開戦三日目と終戦まで
第67話


流尹平野に朝陽が差し始めると、朱錐軍陣営に立つ三人の躰を明るく照しだした。

 

「魏の布陣………、昨日と同じだというのに、軍から発せられる圧はその比ではありませんね」

 

三日目。魏中央軍は、早朝から動きだすと厳かに、そして、整然と隊列を組み上げた。その様は、自然と空気を張り詰めさせていた。

 

「ええ、魏からの殺気がビンビンです。どうやら、隠すつもりは毛ほどもないようですねぇ」

 

魏軍から発せられる圧に、仮面の奥で笑みを深める青騎。その隣で、虎面の将は、二人の言葉に耳を傾けながらも魏軍の布陣に視線を移して、言葉を口した。

 

「霊凰はどこを狙ってくるでしょうか」

 

「ンフ そうですねぇ。私の存在に気づいてはいるでしょうから、こちらに。と言いたいところですが、相手は霊凰、そう単純でありません。彼の者ならば、策をもってして必勝の刻を作り出し一気に仕留めに来るでしょう」

 

「そうなると狙いはやはり………」

 

青騎は、虎豹の言葉に応えるように秦中央左軍に視線を移すと言葉を発した。

 

「ええ。この一日、雛鳥たちとってとてつもなく苦しい戦いになるのは、疑いようがありません。もちろん、それは我々にとってもです」

 

「………そろそろ時間です。配置につきましょう」

 

そして、両軍が出揃い今か今かと高まる緊張感の中、両総大将、蒙驁、白亀西の号令をもってして、堰き止められていた水が一気に流れだすように、両軍が動き出し、流尹平野の戦い三日目が開始された。

 

先手を切って大きく動いたのは、霊凰であった。

 

霊凰は指揮下にある兵二万三千の内、横陣を敷かせていた兵一万六千に突撃を命じて秦中央両軍にぶつけた。これにより、朱錐(兵一万四千)土門(兵一万六千)両軍には、およそ敵兵八千ずつの圧力が掛かることになる。また、霊凰は、その後方に、右に乱美迫隊兵三千と同規模の予備隊を左に配置。そして、さらにその後ろ霊凰本陣兵千。並ぶように右に輪虎兵五千、左に介子坊兵五千という構図であった。

 

これに対して、秦右軍朱錐側は、前日同様に前線部に将として濯、参謀に青騎という形で兵八千を配置。後方予備隊として、虎豹兵三千、朱錐兵三千とした。その前線部では、実質的な差配を青騎が執ることで、拮抗していた。

 

その逆側、秦左軍土門側では、魏火龍の名のもとに士気高さを保った魏軍の攻勢に呑まれる形で、一時押し込まれる形になっていた。けれど、一昨日、大きく活躍した蒙恬楽華隊が後方予備隊の立場を大いに活用する形で各所を支え、時には、数的優位を作り出しては、攻勢に転じさせることで戦線を支えた。この楽華隊の働きによって、一時の猶予を得た秦左軍は、態勢を立て直して、五分の状態へと押し戻すのであった。

 

「出だしは上々。問題は、ここからです」

最前線で魏軍の動静を窺う青騎の言葉は、このあと、現実となって動き出し始めることになる。

 

 

同刻、魏中央霊凰本陣。

 

「ふむ。そこか」

 

霊凰は戦全体を俯瞰しながら、突くべき所を見定めると指示をだした。

「乱美迫をだせ」

 

「フゥーーーーーッ!!!!」

乱美迫が雄たけびの音とともに矛を高らかに掲げて馬を駆けさせると、副官魚燕を含む兵三千が追随して突撃を開始した。

 

「皆の者ぉッ 乱美迫様に続けぇええッ」

 

霊凰は、突撃していく乱美迫隊三千を見届けると次の一手を打つために各所に伝令を飛ばした。

 

「この一手で楔を打ち込む」

 

 

秦中央左軍は、開戦当初押され気味であった戦線を蒙恬楽華隊らの活躍によって押し戻したことで、盛り上がりをみせていた。

 

「敵をこのまま押し返す。みんな、俺に付いてきてくれ」 

 

蒙恬の激しさを伴わない柔らかな檄は、ある意味で、蒙驁の一面を引き継いでいたのであろう。大きく飾ることのない言葉は、的確に現状を示し、やるべきことを明確に伝えて、隊の意識を一つにしていく。そして、それらを実現させる蒙恬の行動力は、楽華隊の導となり戦場で華開く力となっていた。

 

この楽華隊の躍動は、秦左軍にいる千人隊を盛り上げる起爆剤となっていた。特に、同世代である楽華隊の活躍に触発された飛信隊の活躍は目覚ましいもので、初日に隊を大きく削られた敗走などなかったかのような活躍であった。隊の先頭を隊長自らが駆けることで補充兵に信の勇猛さを示して奮い立たせ、その良く透る声が目標を明確にしていく。戦場において、迅速に隊の意識を統一するというもっとも重要な素質を信が自覚なく備えていた結果であった。こららの要因が重なり、魏軍を大いに押し返す力になっていた。

 

「左の信の所は、大丈夫そうだな」

蒙恬は、五分にまで戻した戦線を前に、そう言葉を零して一息ついていた。それに反応を示して言葉を返したのは、楽華隊副長胡漸であった。

「そうですな。隊長信を中心に纏まり、飛信隊には勢いが感じ取れます。逆に、我らと同等の力を有しているはずの前線右方に配置されている玉鳳が、若干、苦戦している印象ですな」

 

事実、王賁の玉鳳隊は苦戦していた。その有する力は、楽華隊と互角であるというのに、だ。当然、そこには理由があった。

 

「王賁のとこは、ほら。初日に副長の番陽殿が王賁を護って負傷離脱したからね。まだ慣れていない千人隊な上に、隊全体の事も一人で見なくちゃならない。当たり前だけど、それは、容易になせる事じゃないさ」

 

蒙恬の指摘通り、急遽、千人隊に昇格したことで三百隊に新たに七百人を迎え入れたのだ。例えそれが、鍛えられた兵であったとしても連携に乱れが出るのは、仕方のないことでもあった。それに加えて、将である王賁を陰から支えて、円滑な隊運営を担っていた副長番陽が離脱したことで、王賁に掛かる負担は激増していた。

 

「蒙恬様は、戦場でも個々をよく視ておられますな。しかし、主を護っての負傷とは、流石は番陽殿。この私も若の危機を救うためならば、この命、投げうってでも救ってみせますぞ」

「ハハハ。できれば、俺のために命を捨てるようなことは、やめてほしいかな。じいには長生きしてほしいし」

「何を仰いますか。蒙恬様は蒙家の宝。この私一つの命で救えるなら何度でも飛び込みますぞ」

と胸を叩く胡漸の姿に、蒙恬は、自戒を込めて言葉を発した。

 

「そっか。じゃあそうならないように気を引き締めてことに当たるとするよ」

 

秦左軍は、楽華、玉鳳、飛信隊という若き千人将が率いる部隊の活躍によって戦線を押し戻すことに成功した。だが、この流れそのものが次の一手のために仕組まれたものであることを、この後、彼らは知ることになる。

 

「急報ッ 魏軍より騎馬隊です。その数、およそ三千ッ」

そこには、秦左軍の左側面を突くべく回り込む敵騎馬隊の姿があった。敵の狙いを察した左軍指揮官の土門将軍は、すぐさま対応策を講じるべく指示をだした。

 

「急ぎ左方後方の予備兵二千を出して左軍側面の盾に。さらに、右方の予備兵二千のうち千を左に向かわせて厚みを作らせよッ」

 

それは、前線を支えるために配置していた予備兵を当てる順当かつ素早い判断であった。この迅速な対応によって動き出した予備兵二千は、敵騎馬隊の突撃よりも先の配置を成功させることになる。

 

だが。

「来るぞッ 盾兵前ぇッ 構え」

号令によって整然と盾を並べて一枚の壁となった秦軍に突撃するは魏軍騎馬隊兵三千。

「フウウウウ ヴァルッツツ!!」

咆哮一閃。先頭を駆ける仮面の大男が振りぬいた矛は、一枚の壁となった秦兵の盾を容易く崩壊させた。

「ぅあ」「ぐはッ」「ぁが」

盾兵などモノともしない膂力と武の力を前に、無残にも吹き飛ばされる秦兵たち。

「者ども、乱美迫様に続けぇぇえッ」

敵将乱美迫が崩壊させた一点を突き抜けていく魏軍は、ここに配置された予備兵を大いに屠ることになる。

「むぅ あれが敵将か。皆よ、ついて来いッ、この私があやつを討ち取ってくれるわッ」 

戦いの流れを奪われまいと威勢よく駆ける部隊長も複数いた。が

「グフッ」

 

「ヴぁァルッ! フウウウルッ!!」

 

「…ガ……無ね…ん…」

一合、或いは、二合も打ち合えずに、その躰を地に沈めることになる。こうして、乱美迫によって齎された左方の劣勢は、そのまま、左軍の劣勢へと繋がっていくのであった。

 

その状況を好転させるべく果敢に飛び出していく部隊がいた。それは、左方寄りに配置されていた飛信隊である。

 

「信殿。ここは、私に任せて左方の救援に向かってください。今なら、右方の予備隊が介入する機に乗じて、一気に敵将までの路が開けるやもしれません」

と、声を挙げたのは、戦況を冷静に見定めていた飛信隊副長の一人である楚水であった。

「………俺達が持ち場を離れて、ここは大丈夫なのかよ」

「ええ。私に三百ほどお預けください。何としてでも、この前線をこの場に留めてみせます。今はまだ、左方の予備隊が踏ん張ってはいますが、おそらく、時間の問題でしょう。左方が崩されれば、この左軍は、正面と側面からの挟撃を受ける形になり、圧倒的に不利な状況に陥ります」

この楚水の提案を信の傍らで聞いていた古株の副長は、それに異を唱えるように声を挙げた。

「待ってください。楚水殿は信殿について救援に向かうべきです。代わりに、私がここに残ります」

と自身がここに残ると主張する副長の意図を聞くために、信は言葉を紡いだ。

「どういうことだよ、渕さん」

「信殿。私と違って、楚水副長には郭備千人将の下で培った確かな経験があります。そして、今、この飛信隊は、急造に次ぐ急造部隊です。そんな中、仮に、私が向かったとして、何か不足の事態が起こった場合に不安が残ります。ですが、ここに残す三百人程度なら、これまでの経験で、私でもなんとか保たせることができるはずです」

信は、渕の言葉に筋が通っていることを理解できたが、この場所から自分たちが抜けるあと、当然のように激戦となるこの場に仲間を残していかなければならないことを決断できずに声を出した。

「そうはいうけどよぉ………」

そんな躊躇いをみせる信に対して、羌瘣は背を押すように言葉を掛けた。

「それなら、私もここに残ろう」

「ッな。なんでだ、羌瘣」

「大した話じゃない。私は、初日に少しばかり無茶をし過ぎた。象姉のおかげである程度は回復できたが、いつものような大きな力を何度も使えるほどじゃない。だから、残る。それに、ここが崩されては、本末転倒だからな」

 

信は、初日に羌瘣の言葉を無視して隊を窮地に追いやってしまったことを猛省していた。もっと他にやりようがあったのではないか、と。そのため、信頼できると感じた者からの言葉をよく考えるようになっていた。しばしの沈黙のあと、信は心を決めると言葉を発した。

 

「………わかった。渕さん、ここは頼んだぞ」

「はい、任せてください。信殿、ご武運を」

「渕さんもな。羌瘣、渕さんを頼んだぞ」

「ああ、死なない程度には守ってやる」

「フっ、そうかよ。よっしゃ、それじゃ行くぞ。この戦いは、絶対に負けるわけにはいかねぇッ 行くぞ、飛信隊!!」

隊長信の檄に応えて、皆が声を張り上げた。

「応ッ」

そうして、飛信隊は、掛け声のあと向きを変えると動き出していく。その最中に

 

「皆なッ 隊長が戻るまで私たちでこの場をなんとしてでも死守するぞぉおおお」

 

と背に響く渕の声に、信は心をより奮い立たせて、馬を駆るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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