彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第68話になります。


第68話

魏火龍霊凰の鉞乱美迫隊の猛攻によって劣勢となった秦中央軍左方の救援に飛信隊が動き出した頃。

 

森林を挟んだ秦右翼の山間では、魏左翼軍の将玄峰によって桓騎軍包囲網が縮められていた。

「玄峰様。前方の敵部隊の排除が粗方完了したとのことです」

その報告に、玄峰は魏左翼の戦略図から視線を上げると言葉を発した。

「流石に、元野盗というだけある。隠れることに関しては一級品であったか。獲りこぼさぬよう執拗な索敵させたとはいえ、これほどの時間を要するとはのぅ」

魏左翼の戦略図には、桓騎本陣と予測される場所を後方中央にして×印が扇状に数多く記されていた。この×印は、敵部隊の発見と交戦をした位置であり、つまりは、桓騎が伏した兵の配置図とも言えた。

「玄峰様。如何為されますか」

玄峰は鼻を「フンッ」と鳴らすと呆れたように言葉を返した。

「飛び回る蠅を一掃したのじゃ、しからば、やることは一つじゃろう」

そこに具体的な指示は含まれてはいなかったが幕僚に選ばれるほどの者ならば察することはできる。

「ハッ それでは敵本陣の包囲殲滅を開始します」

 

「うむ。さっさとやれい」

 

 

時は少し遡り、魏左翼の玄峰軍が桓騎本陣を包囲すべく索敵に力を入れている頃。

 

「お頭。隠してきた奇襲部隊が発見、殲滅されているそうです。この調子だと伏兵は全滅、敵本軍が本陣に迫るのも時間の問題って話です」

秦右翼軍の将桓騎は、斥候を担う手下からの報告を受けると言葉を発した。

「………本陣を固めさせろ。前は雷土だ。あとはなんつったか、五千人を任せたあの真面目そうなやつ。そいつが前だ」

この言葉に、手下は急遽五千人を任された真面目そうであるが、同時に、頼りがいのなさそうな面をした将を浮かべて疑うように言葉を返す。

 

「あいつッスか。雷土はともかく、任せて大丈夫なのか」

 

桓騎は言葉を発することなく外していた視線を手下の漢に合わせると言葉を発した。

 

「俺が間違ったことがあったか」

 

言葉のあと、数拍の間であったが手下と桓騎の視線が交錯。

その後「ッスね」と声を出した手下は、背を向けると近くに預けていた馬に跨り姿を消した。

 

「ンンじゃぁまぁ、こっちも始めるぞ」

 

 

同じ頃。魏右翼軍を率いる姜燕と秦左翼の王翦軍が激しい攻防を始めていた。

 

「姜燕様。中央を走らせた第二部隊が挟撃を受けているとの報告です」

 

「同じく、右翼に展開していた第六部隊も伏兵からの挟撃を受けて苦戦とのことです」

 

「左翼正面からは、敵部隊による味方の犠牲すら厭わない猛攻を受けて大きく押し込まれているとの報告です」

 

それらの報告は、前日まで姜燕の猛攻に対して後退を続けていた王翦軍の姿とは打って変わったものであった。そしてそれは、姜燕が一瞬呆気にとられるほどの猛反撃と言える様相を呈していた。

 

これらの報告に姜燕は、それ故、しばしの間沈黙を挟むことになったが「早急な対処が必要です。ご指示をッ」と促す幕僚に言葉に反応して言葉を発した。

「落ち着きなさい。これより、それぞれに部隊を派遣します。私の合図に注視して行動するよう通達をだせ」

自身の命を受けて各地に散っていく伝令の姿を背に、姜燕は独り言ちていた。

 

「蒙驁の片腕、王翦か。この攻勢、さらには、私の意図を先読みしてるかのような敵の配置。六将に匹敵するという話も満更ではないか」

 

これまで、六将級と称されるには、随分と物足りなさを感じさせていた敵の動向に変化が生じたことで、姜燕は警戒心を強めると言葉を発した。

 

「部隊を動かします。私に付いてきなさい」

 

姜燕は己が手にある弓の感触を確かめると馬を走らせた。

 

 

所変わって、秦右翼の将王翦本陣。

 

「ご報告します。中央、それに両翼。それぞれに兵二千ほどの敵増援が出現したとのことです」

王翦は脳内に描いていた戦況を更新すると言葉を発した。

「………なるほど、守りへの対処も早い。これが中華十弓の姜燕だけが持ち得る鏑矢を使った用兵術か。矢によって視界の効かない山間の各戦場を跨るように指示を出せる強みを最大限に活かしている」

 

「王翦様。こちらもなにか策を弄するべきかと愚考いたしますが」

 

「必要ない。戦況に関わらず、全戦場に同数の増援がほぼ同時に現れたという事実は、敵の配置が合理的な距離関係を保っていることの表われだ」

 

王翦は、開戦当初から姜燕の猛攻に押される形で後退しながらも細かな采配を執り続けていた。と同時に、それは、三日目に至る二日間を使っての姜燕の戦い方を読み解いていく時間でもあった。

 

「そして、我らが苛烈に攻め立てる限り、姜燕は対応に追われることになる。よって、各戦場を繋ぐ中継地との関係を密にするだけで問題ない」

 

この時、王翦は、中央、両翼軍の間に当たる後方地点に兵の集積所となる中継地点を作り出した上で、王翦本陣とを繋ぎ、敵増援兵数に呼応する形で同兵数を送り出すことで戦況が拮抗するように操っていた。

 

「姜燕よ。今度は私の戦いに、付き合ってもらうぞ」

 

 

秦軍蒙驁本陣。

 

「左翼王翦軍は、これまでの後退を止めて、大きく反撃に出た模様ですッ」

「右翼桓騎軍ッ 敵左翼玄峰軍を前に劣勢。敵軍に本陣を包囲されつつあると報告です」

 

蒙驁本陣の幕僚たちは、左翼王翦軍の大反撃に「おおっ」と声を挙げて盛り上がりをみせた。が。続く右翼桓騎軍劣勢の報には、悪態をつく者がいた。

 

「桓騎め。普段からデカい態度をとっておるわりに、この体たらく。所詮は、元野盗風情か」

 

それは、普段なら心の内に押し込まれている本音であったのだろう。その幕僚がぽろっとこぼした言葉を拾ったのは、蒙驁であった。

 

「元野盗。それのどこに問題があるというのじゃ」

 

その言葉は、決して強く発せられたものではなかった。けれど、件の幕僚の視線の先。蒙驁という漢から静かに発せられる圧は、この者から言葉を奪いさるには充分であった。

「へッ、え、あ、………」

と、口を動かせど、声にすることができないほどに狼狽した件の幕僚の姿があり、その様を見て取った蒙驁は、己の意識を落ち着かせるために、口から息を吐きだす要領で鼻から大きく空気を噴き出すと一言だけ苦言を添えた。

 

「以後、軽率な発言は控えよ。よいな」

 

そうして、蒙驁は深く頭を下げる幕僚から視線を外すと戦況報告の続きを促した。

 

「………それで、中央はどうじゃ」

 

「中央左方土門軍は、左側面から侵攻した敵乱美迫隊を止めるべく予備隊をぶつけたようですが、劣勢の模様。右方朱錐軍は敵軍を押しとどめて戦線は拮抗しています」

 

「むぅ 霊凰か。廉頗だけでも手に余るというのに………」

と眉間に皺を寄せて蒙驁がこぼしたすぐあと、さらに、皺を深くさせる報告が入ることになる。

 

「物見より報告ッ 敵中央後方に大きな動きありとのことです」

 

 

そして、舞台は中央の戦場に戻ることになる。

 

飛信隊の信は、自分たちの持ち場を羌瘣、渕両副長他兵三百を残して離れ、劣勢の左方に向けて移動して敵部隊との交戦を開始していた。

 

「俺達が飛信隊だぁあああっ」

信は、騎馬の勢いそのままに乱戦に突入して乱立する敵兵を切り裂いていく。

「俺に皆ついて来いッ!!」

そして、己を奮い立たせるように檄をとばす姿は、部隊の指揮を高めて、隊の皆の躰を軽くしていく。さらに、常に隊の先頭に立ち続けて、漂から託された剣を自らの手足のように使って敵兵を斬り倒していく信の姿は、劣勢に喘ぐ他味方部隊の意識を上向かせる力になっていった。

「もはや、急造などではない。立派な千人将の一人になられている」

と楚水は呟くと眩しいものを見るように目を細めて言葉を続けた。

「信殿は一日ごとに成長しておられる。私もうかうかしてはいられないな」

日増しに、将としての才覚を目覚めさせていく信の姿は、戦う力を楚水の躰に伝播させ腕から手へ、そして、矛先へと力を宿らせていく。

「ハぁッ! ハァアアアッ!!」

矛を振り切り眼前の敵を仕留め、返す刀で次の敵を切り裂く。流れるような矛捌きは、楚水の確かな実力をしめしていた。

「流石だな楚水ッ」

掛けられた声に視線を向ければ、顔を合わせた初日よりも明らかに纏う雰囲気が泰然としたものに変わった信の姿。その姿にふと笑みが漏れた。

 

「あなたは不思議な方だ。いまだ知り合って間もない私にすら力を与えてくれる」

 

楚水の言葉に信は「そうなのか」と首を捻る仕草をしたあと、言葉を返した。

 

「難しいことはわかんねえけど、俺はこの戦いが始まってからずっと飛信隊のみんなの力を前よりも強く感じてるぜ。俺がそう感じるってことは、皆もそうなのかもしれねえ。ってことはだ、俺たち飛信隊は全員で一つ。だから、皆が力をもらい合って戦う俺たちは強いってことなんじゃねえか」

 

楚水はやっと理解できたような気がした。

 

信の言葉は本心であり、隊長の信に足りない部分は、皆で補う。皆に足りない部分は、信が補う。そして、信が走れば皆が駆ける。飛信隊とはそういう隊なのだ、と。

 

「なるほど。確かにそうかもしれません。信殿。この劣勢、我らの手で覆しましょう」

 

「ああ。行くぞ、楚水ッ」

 

二人の視線の先には、一際目立つ体躯を荒ぶらせて矛を振るう仮面の将の姿があった。

 

 

 

 




第68話でした。

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