彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第69話になります。




第69話

「ヴァァルッッ」

 

矛先から滴る血は、地に朱黒い染みを作りだし、倒れ伏す敵兵の躰の周囲には、大きな血だまりが拡がっていく。

「ブツフぅッ あ、あぁ………」

敵兵だったものは、断末魔ともよべないなにかを吐きだし、躰にあった熱とともに大地の一部に。

 

「フウー フウー フウー」

血塗られた矛を強く握りしめた狂戦士は、鋭い血走らせた視線を仮面の奥に忍ばせながら、荒く激しさを纏った息を吐きだす。

「フウー フウー フウー」

 

「乱美迫様、敵予備隊です。他にも、転進した部隊がこちらに」

 

乱美迫は、言葉に反応を示すと、標的を探すように視線を彷徨わせた。そして、勇ましい雄たけびを挙げてこちらに駆ける者に狙いを定めると、自馬の手綱を手繰って馬首を合わせ、その腹を脚で力強く蹴り込んだ。

 

 

「上等じゃねえか。魏火龍の鉞だがなんだか知らねえが、俺が叩っ切ってやるッ」 

と血気盛んな叫び声を挙げた飛信隊信の視線の先には、こちらを正面に見据えて迫る魏将の姿があった。その傍らでは、副長楚水は隊の方針を言葉で明示した。

「信殿。私たちが敵の護衛を受け持ちます。信殿は、乱美迫を倒すことに集中してください」

「ああ、まわりは任せたぜ」

信と楚水は、互いの視線を合わせると頷いた。

「いくぞ、野郎どもッ」

隊長の檄に、飛信隊は「応ッ」と声を張り上げ、気炎を挙げて駆けだした。

 

大将軍になるという大望を叶えるために戦場を駆ける少年と己が血潮に身を委ねるように矛を振るい続ける狂戦士が、ここに激突した。

 

近づく両者。

「うぉぉおおおおおッ」

天に立ち昇るかのような二人の雄たけびが木霊する。

「フウぅぅぅゥヴーッ」

ただ、全てをこの一撃に。

 

鈍く光る互いの得物は、無数の命が散っていく戦場の隙間を駆け抜けた。

 

「おらぁぁあッ」

そして、二人の距離は消失、激突した。

「ヴァルッ」

 

片や剣、片や矛。響き渡るは重い金属音。

 

二人の間に流れるギチギチとした連続音は交錯してまま拮抗している武器の所在を示していた。

 

「な、馬鹿なッ あのような小僧に乱美迫様の矛が受け止められただとッ」

と、魏兵はあり得ないと目を見開き、そう言葉をこぼす。

 

光景としては異常の一言。

 

少年然とした体躯をしてる信の剣が魏でも巨躯を誇る乱美迫の矛を正面からのぶつかり合いで、押し負けることなく拮抗を示しているのだから、目を疑う光景であったのはいうまでもない。体躯の差は、誰の目にも明らかであり、正面から打ち勝てるはずがないのだ。

 

そう肯定された現実すら覆してしまいそうなほどに、少年の剣には、確かな、重さが備わっていた。

 

それは、乱美迫という魏国の武を担う将の一撃と張り合えるほどに。

 

 

今、信が持ち得る全力全開の力を込めた一振りは、一時とはいえ、乱美迫の矛を抑えて離さなかった。

 

だが。

 

「ぬぎぎぎぎッ」

必死の形相で矛を押し切り、相手の姿勢を崩そうとしている信に対して、乱美迫は、仮面の奥でニイと笑みを浮かべていた。それは、信を嘲り笑うような感情からきたものではなく、己の矛を止めてみせた信を、これまで斬り去ってきた雑兵ではなく、矛を振るい戦うべき敵の一人であると認識したからであった。

 

この両者の内心の差は、そのまま力の差として現れることになる。

 

「フウウウ」

乱美迫は、全力で押し切ろうとする剣の重さを矛先から感じ取りながらも呼吸を整えると一気にその力を解放。直後に、乱美迫の矛は信の剣の束縛から解放されて振り抜かれていた。

 

その結果、剣を弾かれた信の躰は大きく仰け反った状態になり、乗る馬は、信の重心に引きずられる形で、たたらを踏むように後退することになる。

 

これにより、信と乱美迫の間に距離が生まれることになった。つまりは、剣ではなく、矛の間合いに。

 

その明確な隙を乱美迫が逃すことはない。

 

振り切った矛先を素早く反転させると馬の踏み込みに合わせて全力の一撃を信に向けた。

「ㇷゥう ヴァルッ」

その一撃は、これまで数多の敵を馬ごと両断してきたものである。

 

直後に響く「ガキィンッ」と重く鈍い金属音。僅かに聴こえた叫び声とほぼ同時に地面と衝突する音、そして、舞い上がる土煙は視界を滲ませた。

 

「フウー フウー フウー」

乱美迫の視線の先には、馬上から一瞬で放り出されて地を転がり、その先で、這い呻く信の姿があった。

「グ、あ…、ぁ…あ」

 

咄嗟の判断であった。

 

信は、剣を弾かれて躰が伸び切った状態から乱美迫の矛を避けることができないと判断して、自身の躰と矛と間に剣を差し込んでいた。この行動によって、両断される事態こそ避けることはできたが、伸び切った姿勢のままで受け止められるほど、乱美迫の矛は軽いものではなかった。重く、そして、鈍く響いた金属音のあと、信の躰は一瞬で馬上から消え去り、宙を舞って地へと叩きつけられ転がることになった。地を一転。二転っ、勢いよく転がった信の姿は、乱美迫が振るった矛のすさまじさを物語るには十分であった。

 

「ッ!? し、信殿ぉおッ」

思わず叫び狼狽えた楚水の視線の先には、土埃にまみれ地面に横たわる信の姿があった。

「ッ いかん。信殿を護るのだ。敵を近づかせるなッ」

と、正気に戻った楚水は指示を出すと、すぐに駆け出した。

 

その信はというと。

「グ、あ、あ、ぁあ………」

と吹き飛ばされて地面に落下した衝撃に加えて、勢いよく転がった痛みにうめき声を挙げていた。

「いってえ………。クソが…ッ 負けねえぞ」

それでも戦う意思は一寸も削がれておらず、信は立ち上がろうと四つん這いの姿勢になると、気合を入れて一気に立ち上がった。しかしながら、その躰は強い意思とは関係なく、地面と接触した時の衝撃により三半規管は麻痺していて、大きくふらつくことになった。

「うおっ、と、ととッ」

 

そんな、信の躰を支えたは、楚水であった。

 

楚水は、指示をだしたあと、信のすぐ傍まで馬で駆け寄ると下馬。四つん這いの状態から勢いよく立ち上がった信の姿に、一瞬、安堵の息を吐いたが、すぐにふらついて倒れそうになる信の姿に、素早く己の躰を寄り添わせると、脇から手を入れて抱き上げるように支えた。

「大丈夫ですか、信殿」

「あ、ぁあ。すまねえ、楚水。あ、あいつは………」

楚水は、信がいったあいつがいる方角に顔を向けると言葉を返した。

「今は大丈夫です。敵は、信殿が飛ばされた直後に入ってきた一団によって、足止めされてる状態です」

「そ、そうか。正直、助かったぜ。王騎将軍たちとやり合えた敵の実力は、やっぱり、半端ねえ」

信は感覚の戻ってきた利き腕を動かすことで、先の一撃で残った衝撃の凄さを噛みしめていた。

「単純な馬鹿力ってだけじゃねえ。受けた腕だけじなくて、躰の芯にまで衝撃が届いてくるみてぇだった」

信はそう言葉を発しながらも自身の躰に感覚がしっかりと戻ったのを確認していた。そうして「もう大丈夫だ。助かったぜ」と楚水に礼を述べると己の脚で直立した。

 

そして、自身を気遣うように寄ってきていた自馬に騎乗した。騎馬となったことで高くなった目線から見えるのは、ヒラヒラと目を惹く衣装に身を包んだ蒙恬が声を挙げている姿であった。

 

「あれは蒙恬と楽華隊。それに………」

 

 

蒙恬は、先に乱美迫と対峙した信が吹き飛ばされた場面を目撃したことで、今、乱美迫を討ち取ることは困難であると判断して、意識を攻めから守りを切り替えていた。

 

「乱美迫の相手をまともするのは危険だ。楽華隊は、今、後方で展開している重装盾兵が前面にくるまで時間を稼ぐぞ」

と指示を飛ばす蒙恬楽華隊の後方には見慣れない部隊を率いた将の姿があり、旗には、『馮』の文字があった。

 

「いくぞッ 俺達が前線を支える盾だ。皆の者、気合を入れろッ」

重装盾を主軸とした部隊は、楽華隊が稼いだ時間を用いて、素早く整然とした隊列を組み上げるとゆっくりと前進を開始した。

「弓騎兵は、その機動力と高さを生かして乱美迫を集中して狙え。奴の動きを制限する」

 

それは、前面に重装盾兵。後方に騎乗した弓隊を率いた部隊であった。

 

「あれはたしか、朱錐のおっさんの所の隊。なんでこっちに………」

そう、信がこぼしたのは無理はなかった。

 

本来、第一軍は第一軍、第二軍は第二軍であり、それぞれは別の軍である。そのため、この二軍が戦いの最中に連携を取ることはあったとしても、第一軍の持ち場に、第二軍の者が勝手に乱入することは、その軍を率いる将との軋轢を生みかねない行動である。

 

当然、朱錐の側近である馮がここにいるのは勝手な判断によるものではない。

それは、前日夜の軍議に遡る。

 

 

「土門様。右軍の将朱錐殿がお越しになられました」

「入ってもらえ」

 

 朱錐が促されて中央左軍にある天幕に入ると、軍議のために用意された戦術版を前に思案するように腕を組んで佇む土門の姿があった。

 土門は、朱錐の姿を認めると、組んでいた腕をとき、躰を向けると言葉を発した。

「ご足労頂き、感謝する」

と拱手した土門に朱錐も拱手をして言葉を返した。

「いえ。第一軍の将であられる土門将軍の元に私が足を運ぶのは、当然のことです。………第二軍の勇将栄備殿に比べれば若輩の身でありますが、精一杯に務めさせて頂きます」

朱錐の言葉に、土門は瞼の裏に「ムハハ」と朗らかに笑う亡き同輩の顔を浮かべると言葉を発した。

「うむ、お心遣い痛み入る」

 

こうして始まった軍議は、夜中まで及んだものの、おおむね良好に推移、いくつかの策を為して終了する運びとなった。

 

つまり、朱錐軍所属の馮が重装盾を連れて左軍後方予備隊に配置されているのは、左軍の将土門に申し出た編制を用いた策の一つであった。

 

「乱美迫が来るぞ。構えろッ」

朱錐が自ら鍛えあげた重装盾は、乱美迫の一刀をも見事にいなし、さらに、突破できずに動きの鈍った乱美迫に対して弓矢を集中させた。

「弓、放てッ」

弓騎兵は、重装盾隊の後方という位置取りでありながら、馬上弓という高さを活かして一斉に弓矢を射出した。

「そのまま乱美迫を狙い続けろッ」

直線的な軌道で飛ぶ百を超えるの弓矢に、さしもの乱美迫も守勢に回らざるを得なかった。

「フウゥッ」

迫りくる百数十の弓矢に対して、乱美迫は手に握る矛を縦横無尽に振り回して切り落とした。このままの状態が続くのならば、いつかは、乱美迫に幾重もの矢を生やすも可能であろう。が、それを黙って見過ごすほど、乱美迫隊副官の魚燕は愚鈍ではない。すぐに、対抗するべくいくつもの指示を飛ばした。

「盾だ。いますぐに盾を用意しろッ 騎馬兵は何をしている。乱美迫様を護らんかぁッ」

指示を受けた騎馬兵は、乱美迫と重装盾の間に入り込むと主を一気に取り囲み、その躰をもってして盾とした。

「そうだ良ぉしッ 次は手槍だ。手槍を投げ込めえッ 敵弓兵に自由に打たせるでないぞおッ」

騎兵から「死ねぇ秦の侵略者どもめッ」と次々と投げ込まれる手槍は、重装盾を飛び超えて、弓騎兵に襲い掛かるのだが。

 

「手槍程度、想定済みだ」

馮から特別な指示がなくとも弓騎兵は、前後左右に馬を逃がすための隙間を取っており、三百人の弓騎兵は、各隊ごとに投げ込まれた手槍を巧みに避けては、反撃の矢を放ち続ける。

 

「むうッ、重装盾隊に弓騎兵隊。どちらもかなり鍛えられおる。これでは、こちらの損害が増すばかりか。だが、これはこれで、我らの重要な使命は果たされたも同然」

と、乱美迫隊の苦境に険しい表情を見せる魚燕であったが、そこには、焦りの感情は全くなかった。

 

「いま一刻を耐えよッ。転機は必ず訪れようぞ」

 

秦中央軍の戦いは、ここからさらに、激化の一途を辿ることになる。

 

 

 

 




第69話でした。

少しばかり修正と最後に一文を加えました。
物語上の変更はありません。
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