彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第70話になります。


第70話

「盾兵ッ 我らはこの場を堅守する。隊列を乱すことなく敵を押しとどめろ」

 

中央左軍左側面の戦いは、朱錐の側近である馮が率いる重装盾兵と弓騎兵が防壁の役割を担うことで、戦況は劣勢から膠着状態へと移り変わっていた。

「弓騎兵は乱美迫の動きを見逃すなッ」

戦術的には、乱美迫が前線の突破を図ろうと顔を出せば、集中して矢を射て勢いを削ぎ、突破自体は重装盾で押しとどめ、隊の動きとして陰りの見えた所で、さらに矢を射かけることで、連続した攻撃を封じに掛かっていた。

 

その様子を少し離れた場所から眺める者たちがいる。

 

「すげえ、あの乱美迫ってやつが自由に動けてねえ」

飛信隊隊長信と楚水であった。

「ええ。守りに偏重した部隊のようですが、あれがしっかりと調練を施された隊の強さです」

 

「俺はあいつの矛を受けたから良くわかる。あいつの攻撃は、生半可な威力じゃなかった。それをあんな風に………」

信の眼に映るのは、乱美迫の矛に晒されながらも隊列を乱すことなく押しとどめる重装盾兵の姿と矢を射かけ続けることで続けざまの攻撃を許さない弓騎兵の姿があった。

「戦場において、強力な武を有する将の存在は、殊更に強大です。ですが、その強力な将一人によって戦のすべてを決することができないのも戦いなのです」

「ああ。それなら、わかるぜ楚水。初めて人を率いた時にも感じたけど、はっきりとわかったのは、三百人隊になったときだ。皆の力が一つになったからこそ、馮忌って将軍のところまで俺の剣が届いたんだ。個の力だけじゃねえ。皆と力が合わさった時に発揮される集の力の凄さ、そう言うことだろ」

「その通りです。隊の力を結集することができれば、どんな困難な状況であっても活路を見いだせるはず………」

と、楚水はそこまで話してから、徐に言葉を止めて視線を落とした。そのことに疑問を感じて、信は視線を向けるのだが、楚水が何かを伝えようとしてると感じて、静かに待つことにした。そして、一拍ほどしたあと視線を再び上げた楚水は思いを口した。

「いえ、正直に申し上げます。私は、六将とやり合えるほどの武人の強さを侮っていた。一丸となれば、どんな敵であろうと互角以上にやり合える、と。……私の間違った判断が信殿を危険に晒してしまったことを謝罪します……、また私はーーー」

その時、楚水の言葉を遮るように信は声を張り挙げた。

「お前は間違っちゃいねえッ」

「ッ、信殿」と、それに驚いた楚水は信を見た。

「お前の話を聞いて、隊長の俺が決めたんだ。お前だけが責任を感じることじゃねえよ。例え、それで俺が死んでいたとしても、それは俺の力が足りなかったからだ。なあ、楚水。俺たちは全員で一つなんだ。そこには、古参も新参もねえ。ましてや、成功も失敗も関係ねえ。そういうの全部をひっくるめて飛信隊なんだ。だから、二度とそんなことをいうんじゃねえ」

信の真っすぐで芯のある声は、あの日以来、楚水の胸の内に留まり続けていた気持ちの淀みに清らかな風を吹き込ませた。

「俺たちは前だけを見て進む。いいな」

「………はい」

信は熱くなった躰から熱を逃がすように息を吐いた。その後、少し間を空けると改まるように楚水に声を掛けた。

「俺たちはどうすればいい」

 

乱美迫隊と正面から衝突した飛信隊であったが、隊長同士の一幕のあと、楽華隊の強襲、馮隊重装盾の参戦をへて、すでに乱美迫隊の意識は飛信隊から離れて、戦線を守護するように展開する馮隊と突いては離れる楽華隊に移っていた。そのため、隊の損耗は軽微に留まっていた。

 

楚水もまた、信とは違った形で気持ちを落ち着かせるために数瞬瞑目。それから目をゆっくりと開くと言葉を返した。

「はい。楽華隊の動きに合わせるべきかと愚考します。いかに、この戦線において乱美迫が強大であろうと、将一人にできることに限界はあります。ですので、乱美迫を護る兵を減らして、数でもって将を討つ。回りくどいようですが、これが最善かと」

信は楚水の眼をしっかりと見据えてから頷いた。

「よし。それでいく。俺たちは、ここから仕切り直しだ。いくぞ、皆なッ」

 

そうして、飛信隊が再び戦線に加わったことで、左軍左側面の戦いは、秦に傾き始めることになったが、それもわずかな間に過ぎなかった。というのも。

 

「そろそろ、いいだろう」

魏中央軍を指揮する霊凰が、その知略を活かして本格的に動き始めたからだ。

「楔を打ち込む」

霊凰は、秦軍を正面に見据えながら、右腕を右方に向けて水平に掲げると、指示をだした。

 

「右から合図をだせ」

 

戦況を見定めた霊凰の冷酷無慈悲な瞳は、この一手で、秦中央軍が大きく軋みを挙げて歪む姿を明確に捉えていた。

 

一方、霊凰の合図の先、右方の将輪虎は、待ちわびていたかのように笑みを浮かべていた。

「やれやれ、ようやく僕らの出番か」

輪虎は、怪我の具合を確かめるために躰をほぐしたときに、少しばかり眉を顰めることになったが何事もなかったかのように、霊凰の合図に応えて号令を発した。

「輪虎隊。出撃だ」

輪虎の号令は、決して張り上げたものではなかったけれど、皆の耳には確かに届いた。そして、戦線に加わるべく移動を開始した輪虎隊であったが、その最中、輪虎に声を掛ける者がいた。

「輪虎様、お待ちを。どうか、先頭ではなく二列目にお入りください」

そう声を掛けたのは、輪虎とその直下の少数精兵部隊で構成される輪虎本隊と、魏兵部隊とを繋ぐために付けらた魏国生え抜きの将魏良であった。

「なんだい、魏良。僕の邪魔をするつもり」

輪虎は魏良の言葉に対してそれほど不快に感じたわけではなかったが、意図は知っておくべきかな。と先を促すように視線を向けた。

「いえ、そういうわけでは。ですが、万が一にも、あなた様が討たれればこの隊は消滅します故、どうか」

魏良の眼差しに一点の陰りもなく、実直な魏人の姿そのものであった。

「……わかった。そうしよう」

輪虎が素直に了承の意を表したことを意外に感じたのか、趙国時代から付き従う側近の一人が声を掛けた。

「よろしいのですか、輪虎様」

「別に。確かに、怪我の具合が芳しいってわけじゃないからね。彼ら(魏兵)が頑張るっていうなら、僕は任せるだけさ」

輪虎はそう口にしながら道化た仕草をしたあと、含むような笑みを浮かべた。

 

「フフッ 介子坊さんも動き出したみたいだし、楽しくなりそうだ」

 

輪虎隊は、配置位置から霊凰本陣のある左に流れる形で移動を開始すると、秦軍から見て霊凰本陣と位置関係が被さる形、すなわち、秦左軍と右軍との継ぎ目になる場所に向かって突撃を開始した。

 

 

「急報ッ 左方にいた敵後方部隊が、両軍中央付近を目掛けて突撃してくる模様ですッ」

王賁は思うように動かすことのできない自隊に苦戦を強いられていたが、急報を受けて、意識を乱戦の先に向けた。

「中央に……、まずいな」

この場から見える敵前線の後方から挙がる砂塵は、敵部隊の位置とその勢いを如実に示していた。

「現状で五分。ましてや中央はどちらからも予備隊を出しにくい場所だ。左軍の後方予備隊だけで敵部隊の突撃を防ぎきることは難しい。右軍も呼応すれば……」

 

そこまで思考を進めたあと王賁は、自身が全体の指揮を執れるほどの立場にないことに唇を嚙みしめた。戦況を理解しているからこそ最善な策を取ることができない己への憤りを覚えたのだ。

 

そのうちにも敵部隊は着実に迫っている。一拍の瞑目のあと目を見開いた王賁は声を挙げた。

 

「聴けッ 玉鳳隊。我らはこれより突撃してくる敵部隊の迎撃に移る。だが、この持ち場を放棄をすることはできない。よって、隊を二つに分ける。一つはここの死守、もう一つ俺に付き従い、敵部隊の迎撃だ」

そう決断を下してからの王賁の行動は速く、この場を死守する部隊兵七百と敵迎撃部隊兵三百に分けて、自身は転進を始めた。

 

その最中、王賁に懸念の声を掛けたのは、玉鳳隊の古参兵のひとりであった。

 

「王賁様。たった三百では、あっという間に踏みつぶされますぞ」

王賁は、わかっていると肯定しながらも決して無策なわけではないと示すために語気を強めて続けた。

「だからこそ、転進している」

隊の機動に意識を向けた古参兵の顔に理解の色がひろがるをみた王賁は、さらに続けた。

「勝負は一瞬。一撃で屠り、敵部隊の足を止める」

 

手の内にある槍の感触を確かめた王賁の眼は、獲物を狙う鷹のように鋭く研ぎ澄まされていた。

 

かわって、秦右軍。

「朱錐」

と、名を呼んだ虎豹は、朱錐と視線を合わせた。

「ああ。こちら側にいた敵後方の部隊も中央に入るようだ。中央は任せるぞ」

言葉の後に朱錐は、武運を祈ると思念を込めて拱手を掲げた。虎豹もそれに応えるように拱手を返し、二人は互いに視線を合わせて頷く。そしてすぐに、虎豹は部隊とともに駆け出した。朱錐はその背を見送り、改めて、現在の戦況について思考を巡らせた。

 

 

霊凰の意図はなんだ。

 

乱美迫の左軍左側面への強襲によって中央の予備隊を割かせて薄くし、左右両軍の継ぎ目を正確に突くであろうこの突撃。一見、横陣の中央突破が狙いにも見える。それだけなら、虎豹隊と保険として土門殿が残していた予備隊を集結させれば押しとどめることはできよう。前線は濯と青騎の指揮によって乱戦による膠着状態は徐々に優勢に傾いている。左軍の側面を突いた乱美迫の進撃も馮たち重装盾隊で押しとどめられ、全体として大きな危機が迫っているとは言えない。さらに、私と土門殿は、いまだに自由な機動が可能である以上よほどのことがない限り、早々に崩されることはないはずだが……。

 

霊凰はなにを狙っている。

 

などと朱錐が鬼面の奥で霊凰の狙いを見定めようと試みている頃。当の霊凰は、輪虎、介子坊隊の順に並んだ背の先にある秦軍に向けて、熱をもたない笑みを浮かべつつどこまでも冷酷な眼差しのまま静かに呟いていた。

 

「私の仕事は策をなして将を討つことにある。果たして、お前たちに止められるのか。見ものだ」

 

三日目、昼。この日一番に激しい攻防の幕は今まさに開こうとしていた。

 

 




第70話でした。

霊凰様は男性です!!(公式発表)以上。




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