彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第71話になります。


第71話

「さあて貫いてみようか」

輪虎隊兵五千は、部隊の形を先頭を頂点に左右の後方に線が流れる隊列を組むと秦軍の中央に向けて加速していく。

 その輪虎隊の先頭を司るのは、魏国生え抜きの将魏良であった。

「今こそ魏国の怒りを示す刻。火龍霊凰様の加護がある限り我らは決して負けはしない」

魏良が天に向むけて、矛を、声を高々と挙げれば、応えるように天地に木霊するは魏兵の咆哮であった。

 

それは対峙する秦兵の躰をも揺るがすほどに響き渡っていく。

 

「ハハッ 凄いね。この士気の高まり。さすがに魏の火龍の名は伊達じゃない」

 

輪虎は感嘆するように声をだしたあと、これならいけそうだ。と呟き側近の一人に声を掛けた。

 

「僕の旗を掲げる用意をしておいて」

 

 

 秦と魏の中央軍がぶつかる平野を見渡せる丘の上、蒙驁本営。

 

「魏兵およそ五千が突撃を開始しました」

蒙驁は物見の報告を耳に留めながら、むぅぅと息を吐きながら魏兵の動きを凝視していた。

「やはり敵は中央突破を仕掛けてきたか。いやしかし、なんじゃこの形は……」

蒙驁を含めた幕僚たちは動き続ける戦いとそれに伴う陣形の変化を丘という高所から眺めていてさえ、魏の隊列の意図が読めずにいた。

「なぜ主攻になりえる五千もの部隊を縦に配置しておるのじゃ。あれでは突撃の効果は前列の働き如何になるのではないか。前列がとめれてしまえば後列は玉突きのごとく前のめりになってしまい咄嗟に動くことすら難しいのではないか」

 

 蒙驁の疑問はもっともであった。

 

 単純な中央突破を図るのなら、輪虎、介子坊という猛者を同時、或いは、時間差を使って行うことで突破の可能性は大いに跳ね上がるのは明白であった。にもかかわらず、後列の兵五千は錐型で突撃している前列のすぐ後ろに引っ付く形で、分け目のないきれいで縦に長い隊列を組んで追従していた。

 これでは後列の動きは前列の突撃の成否に大きく左右されることになってしまい、この突撃において後列の力はまったくもって寄与しない形といえた。

 

そうして丘の上の本陣で蒙驁たちが魏の隊列の意図を読みきれずに表情をしかめているその丘の下では、魏の火龍が鉞を振るう瞬間に向け酷薄な笑みを浮かべていた。

 

「戦いとは生存競争。強き者が弱き者を討つ。私の策に運などという曖昧なものは必要ない」

 

 

 蒙驁らが敵の軍容の在り方を理解できず疑念に頭をもたげる間にも戦況は進んでいく。

 

「敵後方に動きあり。左方に向けて戦線に平行する形で兵一千ほどの歩兵部隊が移動しています」

「歩兵が千か」

この兵一千という微妙な数が蒙驁たちの判断を鈍らせることになる。

「左軍左方面はややこちらが優勢……そこに千、兵一千か。土門に伝令じゃ。敵後方の動きに注意をはらえ、とな」

蒙驁は、土門であれば千ほど敵が増えたとしても戦線を崩すことなく持ちこたえるのは可能であると判断を下しながらも、この動きには何かがある。と警戒の色を強めた。

 

この時蒙驁たちは魏の縦に長い奇妙な隊列に気を取られてある一つことを見落としていた。

 

 

 同じ頃。秦右軍前線部。

 

「中央は敵の突撃にもちこたえられるでしょうか。ここは我々も動くべきでは」

と問うのは表向き右軍前線の指揮官である濯であり、そのやや後方で待機していた青騎は馬を前進させて馬首を並べると静かに言葉を返した。

「こちらからは虎豹が。それに、蒙驁将軍の先陣を任される土門さんが鈍いお方なはずがありません。ですので、ひとまず中央は問題ないでしょう。それよりも気がかりなことが一つ」

「気がかり、ですか」

青騎はさきほどから覚えていた違和感を言葉にした。

「ええ。まず、こう言っては難ですが、私は戦術に関して一家言あると自負しています。その私からして、いまこの前線の状況は非常に不可解です」

 現在秦右軍前線部では、秦右軍が魏軍の機制を制する形で、大きな打撃を与え始めていた。

 当然、濯の眼から戦場を語るのならそれはとても良いことであって、気がかりなるようなことは一つも浮かばない。そのことを表情から察した青騎は続ける。

「わかりやすく説明しましょう。私と霊凰。この二人が真っ向から軍をぶつけ合うとするのなら私たちの力は、ほぼ互角です。戦術のキレならあちらが、やや上でしょう。まあわたくしには霊凰が持ち得ない武がありますので、結局のところは互角。両者に明確な差、というものは存在しません」

龍の面で素性をかくしてるとはいえ元六大将軍である青騎がそこまで評した霊凰の持つ力というものに、それほどですか……、と濯は驚愕を現すようにやや上ずった声をもらしてゴクリとのどを鳴らした。

「理解できたようですね。つまりは私たちの間にそのような明確な差というものが存在していたのであれば、当の昔に、私が霊凰の首級を挙げています」

さらに青騎はもう一つ事実を付け加えるように言葉を続けた。

「また私を含め、戦の最中に戦術における失策というものは大なり小なり、必ず存在します。それすらを逆手にとって反撃してくるのが大軍師とまで評された霊凰さんなのですが……」

だが、いままさに青騎が見据える戦況にその面影を見て取ることはできない。評するならぎりぎり及第点、という程度であった。

「あまりにお粗末です。ここまでくると罠の存在すら疑いたくなります」

そのとき魏軍の戦線を改めて見渡した青騎は、秦、魏軍がぶつかる前線を飛び越えた先、縦に長い隊列のさらに後方で舞うわずかな砂塵、それを視界の左端に捉えたとき、先程から覚えていた違和感が確かな形になって浮かび上がるのを感じた。

 

「濯。朱錐に伝令を出す準備をなさい」

 

 

 秦左軍左側面では、楽華隊の蒙恬が騎馬隊の機動力を活かして乱美迫隊を翻弄していた。

 

「重装盾隊が敵の侵攻を押しとどめる限り、俺たちは陽動に徹する。敵が俺たちを追ってくるなら距離を保って戦いから引き離し、俺たちに背を向けるならその背を突く」

 

楽華隊は乱美迫隊に狙いを定められていながらも蒙恬の機転と少し後から復帰した信たち飛信隊の活躍によって大きな損害をだすことなく乱美迫隊の足止めに成功していた。

 

「決して正面から乱美迫隊と向き合うな。俺たちを追えば、飛信隊がその背を突く。その逆も然りだ」

 

 

 乱美迫隊が蒙恬の術中に嵌った経緯を知るには、時を少し遡る必要がある。

 

「尋常じゃないな……」

 

蒙恬は間近に見た乱美迫の武の力に、いまの自分たちではあの力を正面から受け止めるに足る力はない、と早々に見切りをつけていた。

けれど、その後あえて敵の意識を向けるために乱美迫隊の端の兵を掠めて討ち取ると自らの脚を止めて言い放った。

「飛信隊なんてよわよわな隊じゃなくて次は、俺たち精兵である楽華隊の相手をしてもらおうか。噂の狂戦士さん」

信が訊いていればブチ切れそうな言葉を吐きながら蒙恬は、挑発するように剣先を乱美迫に向けた。

 

「こいよ。若造の俺が怖いのか」

 

蒙恬は程よく強弱を付けた声色で耳目を集めて乱美迫に向けていた剣先をゆらゆらと弄ぶ。

 

そのあからさまな挑発行為に引っ掛かったのは、乱美迫本人ではなく、意外にもその副官魚燕であった。

「そ、の小僧を殺せぇ! 貴様のようなヒラヒラとふざけた格好で戦場にでてくる輩が乱美迫様と戦おうなどとは十年早いわァ!!」

魚燕の挙げた声に乱美迫隊の騎馬衆は堰を切ったように一斉に駆け出し、その脚音が地鳴りのように音を鳴らし始めた。

「これは……、ちょっと火を付きすぎた? って後悔しても遅いか」

と蒙恬は騎馬の腹を蹴り込むと怒りを露わにしている敵の突撃に向かっていく。

 

「先頭の小僧を殺せぇえ!!」

 

敵が怒声が響くなかでも蒙恬は、冷静に敵の動きを見極めると声を発した。

 

「俺の挑発で敵は我先にと言わんばかりに陣形が崩れている。これなら、正面からぶつかり合うことを避ければ切り抜けられるぞ。皆な、俺について来いッ」

 

 そうして蒙恬は馬を正面からぶつかり合わないように敵の凸面にたいして撫でるような向きに馬首を向けて走らせた。

 この狙いは的中する。

なぜなら、敵は挑発に乗せられたことで隊列は早々に乱れて隊としての機能が著しく低下していており、楽華隊の絶妙な機動に対して有効打を打つことなくすれ違いを許してしまうかに見えた……

 

「よし。なんとかなりーーー」

 

それは敵集団の半ばを越えた辺りでのこと。あとはこの状態を保ったまま切り抜けるだけだ。と内心に安堵を浮かばせていた蒙恬に降りかかった。

 

そこは激流のような騎馬の河。

 

蹄で踏み鳴らされる重低音は腹の底にまで響いて揺らす世界。

 

そんななかを連なる音を乱して進み血潮の瞬きを身に纏って迫る影があった。

 

「ヴァッ」

 

他を強引なまでに押しのけて、それは忽然と現れた。

 

 予期せず、わずかに陰った視界によって身の毛のよだつ感覚が蒙恬を襲う。

 

「ㇽㇽルッ」

 

その刹那に振り下ろされる矛。

 

 それは瞬の間の出来事であった。

 

本能のままに蒙恬が剣を盾にみたてて身を馬の背にのせるように大きく仰け反ろうとする間「ガッァキン」もなく、重く響く金属同士のぶつかる音。

「ぐッぅ……」

と同時に剣に伝わる衝撃が蒙恬の躰を突き抜けた。そのまま馬の背に叩きつけれることにになった蒙恬が苦悶の表情を浮かべて身動きができないその隙を見逃すことなく乱美迫の矛がせまる……。

 

ことはなかった。然しもの乱美迫であっても一撃を放ったあとは、馬の流れに逆らうことはできず濁流に呑まれる形で二人の距離は離れることになった。

 

「ハハ。びびったぁ……」

 

こうして蒙恬の躰の芯に鈍く響いた金属音はしばらくの間消えることなくその心胆を揺らすのであった。

 

その後馮たち重装盾隊が隊列を組んで前線の盾となったことで蒙恬たち楽華隊は、敵の動きを制限するように突いては離れ、離れては突きを繰り返すことになる。それは飛信隊が復帰したことでより効果を上げるのだが、一つの報せが齎されたことで状況は変化していくことになる。

 

「蒙恬様。こちらに敵歩兵部隊兵一千ほどが向かっております」

 

 

 

 

 




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