彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第73話になります。


第73話

「目を、覚ませっ!!」

 

玄象は己の内に廻らせた力を両の手の平に集めて骸のような土門の躰の内にむけて打ち付けた。

 

とたんに、土門の躰がビクンッとうねるように動いて跳ね「グ、ガフッ」と吐血した。

 

「視よっ。将軍は息を吹き返したぞ。矛を、盾を挙げて戦え!まだ我々は負けてはいない!!」

 

 その声は、ほぼ死に体とはいえ土門が生存している事実を示し、彼の側近らにわずかな希望の火をともした。

 

「しょ、将軍を、将軍をお救いしろッ」それはかすかな可能性に縋る側近の悲痛な叫びであった。が同時にその叫びこそが、彼ら土門隊の失われていた躰を動かす意志を呼び覚ますしらべとなった。

 

 彼らがいち早く土門のもとに駆けだすと、戦場の片隅で起きた一つの奇跡によって止まっていた刻はふたたび怒涛の勢いで動きだすことになる。

 

「早くその死にぞこないの首を獲れ」と声を荒らげ殺到する魏兵に対して「なんとしても将軍をお護りするのだ」と主を護らんと躰から体当たりしていく秦兵とが一緒くたになって激しくぶつかりあった。

 

「死にぞこないの息の根をとめるのだッ」「いか、……グフッ、せ…ぬ」 「殺せぇ」 「ども、ん様……」 「邪魔だどけぇ」 「将軍を、将軍を守りきるのだッ」

 

こうして両軍の入り乱れた戦場では、秦将土門を護らんと命を賭す秦兵の姿と戦いの終焉をもたらす鐘になる土門の首に殺到する魏兵の姿であふれて大混戦の様相を呈していた。

 そして当然のように、この流れを招き入れ、瀕死の土門のそばいる玄象のもとには、蟻のごとく群がる魏兵が姿があった。

 

「来るなら、来い。貧弱な貴様らがいくら集まろうと、私の敵ではないと知れ」

と玄象は溌剌と挑発めいた言葉を発して、敵の目を惹きつけた。

 

「女狐めがぁッ 貴様を切り捨てて化けの皮を剥がしてくれるわ。隊列を組めッ 一息に突き殺すぞ」

そうしてすばやく隊列を組んだ魏兵が槍を構え刺し殺すべく突撃していった、のだがーーー。

 

 次の一瞬のさきで魏兵は槍を突き出す姿勢を保ったまま物言わぬ屍となって馬上から転げ落ち戦場に伏せることになった。

 

「ぬぅッ 面妖な術使いか」

 

一人で幾人もの敵を瞬時に打ち倒す玄象の姿は敵に畏怖を植え付けもしたが、禁呪によって乱れた気脈は呼吸の乱れを誘い、羽のように軽やかに舞っていた玄象の躰は、徐々に地に縛り付けられていった。

 

 そして敵はその様を見逃すほど易くはない。部隊後方で周囲を護衛で固められた優男は、冷酷な眼差しを玄象に向けていた。

 

「……すこしは手は打っていたようだな。ふむ、私の知る武人とは違った強みがあるとみえる。とはいえ、それだけの事。際限もなく動ける者など存在しない。そして、私はお前たちのような存在を討つ術を心得ている」

 

そこから魏兵は優男の指示に従い、それまで無軌道に襲い掛かっていた動きを唐突に止めて、隊列を整え始めた。

 

「聴けぇ。魏の勇猛なる戦士たちよ。そやつがいかな面妖な術を使えようとも絶え間なく動き続けることは何者にも出来はしない。休む間を与えず緩急をつけた攻撃を仕掛け続けて圧し潰せ」

 

敵指揮官の指示を代弁した部隊長の声が響くなか、玄象は絶え間なく流れ落ちる汗と乱れ始めた呼吸に躰の限界が近いことを察しはじめていた。

 

「ふーぅ……、当たり。敵に幽連みたいなこざかいのがいるみたいだ。せめて本調子なら……って考えてもしょうがないか」

 

 そこから敵は近すぎず遠すぎない絶妙な間合いをとり不規則な間隔で攻めよせはじめたが、それでも玄象は力を使い敵を斬り続けた。

 

「死ねぇ」と一人は剣をかざして振り下ろす敵。

 

「我が槍の錆となれッ」と自慢の槍を強く握りしめ突き出す敵。

 

「うぉおおお」と少し後方で矛を大きく振りかぶる敵。

 

そうやって間断なく襲い掛かる魏兵たち、そのすべてを玄象は斬って捨てた。

 

 

「これはかなり、きついな……。ふーぅ瘣に、無茶するなって言われたばっかなんだけどなぁ」

 

 そうしている間にも襲いかかってくる敵に限界を超えてでも戦うと剣をぐっと強く握りしめた玄象のもとに、魏兵に横槍を入れる形で駆け寄る騎兵衆の姿があった。

「姐御ぉッ」 

現れた騎馬衆はすぐさま「玄象の姐御を護れ」と円陣を展開して玄象を中心に据えた。たったの五十騎に満たない騎馬衆であったが皆が精兵といって差しさわりない動きを見せた。

 

 そんな彼らに玄象は「だれが姐御か」と憤るような声を返したが、李豹の兄貴の女で兄貴より強えあんたは俺たちにとっては姐御だ。となにひとつの躊躇なく応える騎馬衆に玄象は眉を寄せて微妙な表情を見せた。

 

 彼らは李豹が率いる豹騎隊の面々であり、豹騎隊の発足時から李豹とともに成長してきた者たちでもある。けれど輪虎の襲撃に際して隊長李豹が重傷を負い、副官洪は戦死。それらの要因によって隊自体の存続すら危ぶまれる事態に陥っていたのだが朱錐が一計を案じたことで隊は存続され、此度の戦においては、玄象付きの小隊として参戦していた。

 

 彼らの「姐御」呼びに玄象は頭を抱えそうになりながらも、押し寄せてる敵の一騎が土門に向かうのを認めて意識を切り替えた。   

 

 そこから玄象は馬の鬣に躰を預けて辛うじて息をしている土門に肉薄した敵騎兵に向かって跳躍した。

 

 それは瞬という間の跳躍。

 

 あまりの動きの早さに敵騎兵は斬られたことに気付かぬまま馬上から崩れ落ちるのみであった。

 

 敵を一瞬で葬り去った勢いのまま地に足を付けた玄象はそこからもう一度飛翔して、主が崩れ落ちたことで立ち止まっている敵騎馬の馬の背に悠然と降り立った。

 

 玄象の圧倒的な力は敵兵に畏怖を与え襲い掛かる手を止めさせた。

 

のだが「フヴぅーッ」と声なき声を挙げた鉄仮面の大漢が駆けだすと、命令を思い出したかのように魏兵はふたたび戦いに身を投じ始めた。

 これに玄象は「ちぃ」と舌打つような吐息を漏らしたあと「お前たちは将軍を安全な場所へお連れしろ」と騎馬衆に矢継ぎ早に告げた。

 

それはこの地の劣勢は覆しようがないという判断であった。

「わかった。姐さんは」

その声に玄象は一際存在感のある朱い鎧に身を包んだ敵を見据えやや張り詰めた声で返した。

 

「私はアレの相手をする」

 

 

玄象の視線の先。巨躯の漢が遮る者を両断する矛を片手に迫っていた。

 

「ヴァァ」

 

敵を斬り倒す。乱美迫はただその一念に染まった一刀を振り下ろす。

 

「……ーふぅ」機を逸すれば『死』

 

 玄象は意識を凪のように静かにそして深く落としていく。

 

乱美迫の矛が眼前に迫るも、瞳を閉じたまま動かない玄象。

 

 ただ意識と躰を一つにしていく。

 

「ッル」

 

 矛が白い薄肌を切り裂き皮膚から溢れだした血は最悪の結果をーーー。

 

 

それは矛先が肉を切り裂く瞬の間の出来事。

 

 「カッ」と、目を見開いた玄象の姿が消える。

 

乱美迫ですら捉えきれない瞬動であった。

 

「ッ!?」

矛先にいた獲物の消失と同時に乱美迫の生存本能がほとばしる。

 

なに、か。がい、る

 

「はァァあッ」

 

無意識な行動であった。乱美迫の生存本能が矛をもたない腕をひかせた。

 

 とたんに腕にはしる痛み、に獲物の位置を察した。

 

「ッな!?」

たちまち玄象は驚きに身を包むことになった。

 

 それは現状で最速の一撃。

 

 深層に触れる瞬の舞。

 

 蚩尤の巫舞をもとにした業であった。

 

 

が、その一撃は乱美迫を死に至らしめることはなかった。

 

 手の甲から肘に掛けて深く切り裂かれた乱美迫はすぐさま斬られた腕の痛みを無視して手綱を操作し馬を反転させにかかった。そこから勘を頼りにためらいなく矛を振るう。狙いなどつけてはいない、懐にいた敵が通り過ぎた線の先に向けた一撃であった。

 

 

 この間髪を入れずに放たれた一撃は、玄象の予測を上回ることになる。

 

 この時、玄象は最速の一撃に反応されたことに小さな驚きが胸のうちにひろがっていた。それでも、すぐさまそれを胸の内に押し込めて着地、そこから反転して追撃をーーーのはずであった。

 

 しかし、わずかな心の機微のみだれは、そのまま繊細な心身の繋がりを必要とする業に歪みをうみだし、一定の拍の間に遅れをもたらした。

 

 瞬の間の世界におけるわずかな拍の遅延。それはおおよそ常人からして隙とは呼べぬ間であったが、闘争本能に身を委ねている乱美迫の執念は逃さなかった。

 

 反転した玄象のさきには、馬首を翻しながら強引にそれでいて的確にこちらに矛を振るった乱美迫の姿であった。

 

 予測を上回るということは、ただしく不意を突かれたということである。

 

 追撃のために前のめりな姿勢を取ろうとしていた玄象に、すでに避けるという選択肢は残されていなかった。また、この場の機制を制するために、万全でない体調のもと巫舞に近しい業を連続で使用した反動は、玄象に重くのしかかっていた。

 

 それでも玄象は鍛えあげてきた技量を用いて眼前に迫っていた乱美迫の矛の力を受け流してみせた。

 

 これにはさしもの乱美迫も馬上から躰が転げ落ちそうになるほどに体勢を崩すことになった。

 

 当たり前だが、強引なまでの反転から振り向きざまの一撃を放ったのだ。あとの躰の在りようなど考えたものではない。ただそこにいる敵をいまここで討つという一念の現れであった。

 

 傍からみれば、この瞬の間の攻防は乱美迫の腕を切り裂き、追の一撃すらさばいて見せた玄象に軍配が上がっているかに見えたが、実像はそうだとは言い難かった。

 

というのも、闘争本能のままに乱美迫が放った追撃の一刀は、深層に触れる業を使いすでに限界を踏み越えていた玄象の両の足にさらなる負担を強いていた。この限界を超えたさきの一歩は、結果として次に繋がる跳躍を許さず、玄象の両の足は地に縛り付けたからだ。

 

 そして動きの止まった標的に敵兵が群がるのは必定といえた。

 

「面妖な女の動きが止まったぞ。その女狐を串刺しにしてしまえッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第73でした。

映画『キングダム 運命の炎』が公開ですね。
ひとが少ない時間帯を狙って劇場にいこうかと画策しています。
あえて、多い時間もありか……。
いや、配信でも……。

※私は漫画派です。アニメ版も好きです。
ですが、実写には実写の良さがあります。

信の活躍に飛信隊の結成と躍動、嬴政の過去、河了貂の進む道、紫夏と江彰に亜門の旅路、道剣の忠誠。怪鳥王騎に武神龐煖、知略の李牧に大将代理の趙荘。馮忌、渉孟、万極さんに李白に公孫龍。蒙武に蒙恬、蒙毅。王賁。各軍長のうち死闘の干央さん。

飛信隊の面々も続々と登場するのですごく気になります。

実写版にしかない良さと謎のキャストを観に劇場に!!(たぶん)
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