過去編の残りとこれからという感じになります。
コメント、評価等ありがとうございます。
事態の収拾にいち早く乗り出した王騎の判断は正しく、多くの負傷兵の命を救うことになった。
その一人には、朱錐の姿もあった。
大きく切り裂かれた傷からの出血は酷く、朱錐は意識不明のまま襲撃の二日後の夕方まで目を覚ますことはなかった。
「ここは………ぐぅぅ」
意識を明確にさせたのは耐えがたいほどの背中に走る痛み。
朱錐が目覚めたことを確認した兵が、伝令を出してしばらくすると天幕の戸を開けて中に入ってくる人影が二つあった。
「錐よ。目覚めたようだな」
最初に声を掛けたのは昌文君であった。
その声に「ぐッ………」と痛みに表情を歪めながら躰を起こそうとした朱錐を手で押しとどめると「よい。そのまま寝ておけ。ばかものが」と昌文君は労うように言った。
「………申し訳ありません。」
朱錐は、躰の力を抜いて謝罪の言葉を口にした。
「ンフフフ 大した忠義心ですね。朱錐さんは。」
その声に「!?」と再び躰を起こそうとした朱錐を、昌文君が素早く頭を押さえて寝かしつける。
そうして「このばかものがッ! 寝ておらんかッ!!」と怒鳴る昌文君の横では、どこか愉快気に笑みを浮かべる王騎の姿があった。
「そうですよ 朱錐さん。あなた 間違いなく死にかけていたのですから。」
朱錐はその言葉に、なぜ自分がここにいるのかを思い出す。
「摎様はッ 摎将軍はどうなったのですかッ」
「………今は自分の怪我のことだけを…」
答えを濁そうとした昌文君に対して、王騎ははっきりと言った。
「もう大将軍としての責務を果たすことは難しいでしょう。」
「ッ!? それは」
「王騎ッ!?」
「それに、朱錐さんは知っておいたほうが良いでしょう。人払いも済んでいますし」
言葉に従い回りを見渡すと、すでに、昌文君と王騎以外の姿はなかった。
この時、王騎が話した内容を朱錐は生涯誰にも話すことはなかった。
六大将軍摎が病に倒れる。
この一報は、秦国を大いに揺るがせた。
それにより、馬陽攻略の総大将は摎から王騎へと引き継つがれた。引き継いだ王騎の活躍もあって、見事趙軍を撤退させることに成功した秦は、この地を得るに至った。
秦国はこの祝事に湧き、同時に六大将軍摎が帰らぬ人となった一報に涙することになる。
時間は戻り現在。
六大将軍摎は、馬陽攻略戦の最中、流行り病に倒れて急死したことになっている。
「すまない。恥ずかしいところをみせた」
朱錐が振り返るとそこには、どこかすっきりとした表情のキョウの姿があった。
それは、蓋をしていた想いが、残された傷痕から掻き出されてしまったことで心が軽くなったからなのかもしれない。
「いえ、申し訳ありません」
「あやまるな………。おかげで命がある」
キョウの本心である。あの瞬間、確かに摎は己の死を覚悟したのだから。
「ですが………」
「ふふッ」
なおも言葉を綴ろうとしている朱錐とは裏腹に、ふと、キョウは威圧感すらある鬼の面の下に、あのどうにもおだやかなでなごむ顔があるのを思い出して笑みがこぼれていた。それに対して「?」と仮面下でなった朱錐の気配がしたので、話を変える意味でも朱錐がこの都市に来た理由を尋ねることにした。
「いや 気にするな、朱錐はよくやってくれた。それで十分だ。それより、ここには王騎様の力になるために?」
「そのように昌文君からは………ですが、矛を置いて自分を見つめ直し出直してこい。と先ほど」
「矛を置いて、か」
「はい。ですので、しばらく軍を離れて旅をしようかと。幸いなことに仮面を外せば私とわかる人はそう多くはありませんので、国外も考えています」
「そうか。どれくらいだ」
「わかりません。ですが、明朝には発つことにします。それに伴って一つお願いがありまして ーーー 」
朱錐はそこで、昌文君との最後の任務を終えたあと、預かることになった人物をキョウに託した。さらに「面を外すならあずかっておこうか」との申し出に、少し考えた朱錐は、承諾することにした。
紀元前251年 秋。
城塞都市を出てから、一礼をして歩き出してく朱錐の姿があったという。
その様子を伝えられた王騎と騰は、発つ前の晩、執務室に挨拶にきた朱錐の姿をうかべながら、話しはじめた。
「よろしかったのですか 行かせて。朱錐なら今のままでも確かな戦力に」
「騰ぉ。」 「ハッ」
「あなたもわかっているのでしょう。」
「ハッ ………世代の交代、ですね」
「その通りです。六大将軍なんて呼ばれてはいても残っているのは、もはや、わたし一人。確実に移り変わっていきます」
「列国もそれは同じ。これでは大戦は起きませんな。その間に成長させる、と?」
「ンフフ 先のことはわかりません。そうであれば、とは願いますがね」
ここから先、仮面の朱錐の行方は一年数か月不明となる。
月日が流れて、紀元前246年秋。
「長らくお世話になりました」
「ヒョッヒョッヒョッ 良い出会いであったぞ。それでは、儂は寄るところがあるのでな。将軍によろしくお伝えくだされ」
男は離れていく馬車に向かってもう一度一礼すると、歩き始めた。男の背には深い傷をおった少女の姿がある。
それから一晩かけて目的地に着いた男は、開門を願い、請うと門衛が姿を現した。
「この書状ととにこちらをお渡し頂ければ伝わりますゆえ、急ぎお取次ぎ願えませんか」
その言葉とともに書状と欠けた面のようなものを門衛に渡した穏やかな顔をした男は、背に担ぐ少女の安否を気に掛けはじめた。
男の風体は、下民では着ることができぬような上質な服を自然と着こなしており、どこかの貴族の縁者であるということがうかがいしれた。
門衛は、急ぎ伝令に書状と欠けた面を渡した。
「懐かしい」
門衛は、少女を気遣いっていた男がふと口にした言葉から「この都市に所縁が」と尋ねる。
「ええ。旅立つ前に寄らせていただきました」
どこか感慨深い表情をした穏やかな男の様子に、門衛は、この誰とも知らぬ人間に対して、色々とあったのだろうと柄にもなく絆されている己に気付いた。
「それは、ゆっくりとできると良いですね。もうそろそろ……」
門衛の言葉通りに、伝令は使者をともなって戻ってきており、後ろには数人の者がたちが付き従っていた。
「そちら書状にあった少女ですね。危険な状態であると聞き、医の心得のあるものを連れてきております」
そうして、治療ために少女をあずけた男は、そのまま使者の案内にしたがって都市を縦断していく。
使者は、男が軒先に飾ってあるものに時折目をとめる姿に「あれは魔除けです」と簡単に説明した。その言葉に「あんなに豪華でしたか」と男は問うた。
男がそれを問うたのも無理のないことだった。
男の記憶では、木製で割と簡素な造りであったはずで、色すら付いていなかった。けれど、今見えるものは、細部まで精巧につくられていて、色も塗られており、さらには、石を彫られてできたとても立派なものすら、多数存在していたのだ。
「ええ、あるとき城主様が石像を彫られたことがありましてね。それに触発されたのか、彫り師たちもこぞって作り始めたために、ああなった次第です」
その言葉に男はどこか遠い目をして「そうですか」とだけ返した。
といいうことで第7話でした。
お盆休みも過ぎ去り、日常にもどります。
続けられるようにちょっとずつ進めていきます。
次話は早めに出せるかなと。その先は謎。