彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第76話になります。


第76話

「ヌハハッ やはりな。仕掛けて来ると思っておったぞ、桓騎よ」

 

 このとき廉頗は、魏左軍玄峰本陣に奇襲を仕掛けた桓騎軍に対して配していた伏兵を率いて横撃していた。

 

「妙な場所に本陣を隠したとおもうっておったが、なるほど。儂らの動きを読んだかのような見事な采配じゃったぞ。じゃが、どのように見事な采配であろうが先を読まれてしまえばそれも台無し。無様なものじゃ」

 

この廉頗の言葉通り、桓騎軍の奇襲部隊は敵本陣を強襲するために展開した直後に、唐突に横から現れた伏兵からの攻撃に慌てふためき大混乱に陥っていた。

 

「徹底的に皆殺せぇッ 再び集結されてはたまらんからのぉ」 

 

 そう声を張り上げた廉頗は、桓騎が仕掛けた誘いに敢えて乗ることで、逆に、敵戦力を分散させた上で各個撃破を行い、懸念事項を完全に取り払う心積りであった。

 

 そして、廉頗の読み通り桓騎は、この木々が生い茂る山々を主戦場に決めた段階から初手で相手を翻弄し、敵が業を煮やす頃合いを見計らって本陣の情報を流して進軍を促し、敵が溜まった鬱憤を晴らすべく勢いよく攻め立てる隙を突く形で、おおきく迂回させていた別働部隊の時間差を用いた奇襲の一撃で頭を素早く刈り取るという算段であった。

 

 そのため、桓騎軍の本陣を中央の戦場から遠く離れた位置に配置させたのだが、今回、この遠すぎる本陣が仇となることになった。

 

 玄峰はそれを他軍の介入をなくすことで、両軍だけの決戦に持ち込む算段のひとつであると読み解き、廉頗は初日から頻繁に行われる奇襲自体が魏左軍を狩場に誘い込むため算段ではないかと勘繰っていた。

 玄峰、桓騎の両軍のみがぶつかるという点において、両者の考えは一致していたが、玄峰が早々の幕引きを図る策を口にした段階で廉頗は、妙に、いや、遠すぎる敵本陣に、別の思惑を微かにだが感じ取ることになる。

 

 そして桓騎の動きはこうであった。

 

 まず敵の周辺を引っ掻き回すことで敵の警戒心を高めさせて行動範囲を狭めさせる。つぎに敵の躰の部位を切り取って送り付けることで桓騎軍の残忍さを示して、末端の敵兵士たちの自発的な行動を委縮させて戦意を削ぐことであった。 

 初日に関してこの狙いは的中していた。しかし、二日目半ばに廉頗が左軍に姿を現したことで状況に変化が訪れた。

 

 魏左軍本陣では廉頗の登場によって急遽軍議が開かれ、廉頗、玄峰の両名によって擦り合せた情報によって桓騎軍本陣の位置は、正確に捕捉された。そこから、玄峰が初日から続く桓騎軍の動きから敵の狙いは上記の通りであると断定して、敵が戦力を分散させて奇襲を仕掛けてくるのであれば、露わになった敵本陣は手薄であるとして強襲を思い描いたのに対して、廉頗はこの周辺の索敵と掃討をまず優先するべきである、という意見に別れた。

 この方針の対立によってしばし睨み合った両者であったが廉頗の、初日にあった輪虎の深手を負った事実などを重く見ている姿勢を支持する形で玄峰が折れ、索敵が開始されることになった。そのおかげで、桓騎が周辺に配置していた奇襲部隊は次々と発見されては攻撃を受ける結果になり、配置されていた奇襲部隊は壊滅的な被害を受けて撤退するにはめになっていた。

 

 そこから玄峰本陣は、遠くに隠されている桓騎本陣に向けて前進を始めて、ついに包囲するに至る。

 

「オラぁッ 気合入れろテメエら。馬鹿な敵がのこのこ殺されにきやがったぞッ」

 

 しかしながら桓騎は、分散させて配置した奇襲部隊が発見されることや本陣が強襲を受けるであろうことも最初から可能性として織り込んでいた。そのため事前に雷土と、本陣に帰参する最中に陣の弱い部分を補完するように部隊を展開していた壁を見つけて臨時の五千人将に抜擢した上で本陣を守るように命じていた。

 

「なにがあっても桓騎将軍は我らの手でお守りするのだ。壁隊、構えろッ」

 

 そして桓騎は、目論見通りに奇襲部隊が敵に発見されては壊滅、撤退していく様を気にも留めずに、その分散した奇襲部隊を殲滅するために敵が掛けている時間そのものを利用して、本命となる別動隊を敵の索敵範囲をおおきく迂回させる形で移動を開始させていた。

 つまり桓騎は、中央から遠く離れた位置に本陣を隠すことで戦場自体を意図的に大きく拡げて隙の間を増やしていたのだ。

 そうして敵が桓騎軍本陣を陥落させるために本腰を入れた頃合いを見計って別動隊となった本命の奇襲部隊で敵本陣を速やかに壊滅するという二段構えの奇襲作戦であった。

 

 

 だが、しかし。

 

廉頗はそれを読んでいた。

 

 玄峰が桓騎本陣の攻略にむけて本軍を動かし戦闘が開始されてから一刻ほどが経ったころ玄峰本陣に急報が入った。

「突如出現した敵部隊が本陣に接近中とのことです。その数はざっとみて三千はいるとッ」という報告を受けて顔を青ざめさせた側近が「い、いますぐ攻撃中の本軍を戻して迎撃しましょう」と慌てふためく姿に玄峰は眉をひそめて苛立たし気に一喝した。

 

「喧しいわい。すこし黙っとれ。この馬鹿どもがッ」

 

「し、しかしながら、この本陣は手薄。こッこ、このままでは」

 

さらに言い募ろうとする側近に対して、玄峰は説教を垂れるように言葉を荒らげた。

 

「いま本軍を戻したとして、結局は挟撃されるだけじゃとなぜわからんッ」

 

 そうして、おおきく見開かれた目をギョロリと動かして睨みつける玄峰に側近は言葉をなくした。その姿に眉をひそめて玄峰はため息を吐くと「あぁ もういいじゃろう」と呟き、言葉を続けた。

 

「儂らが動かずとも、きゃやつが始末をつけよるわ」

 

 

そうして時刻は冒頭にもどる。

 

「ヌハハッ 取りこぼすでないぞ。皆じゃ、皆殺せぇッ!!」

 

 廉頗の命を遂行しようと意気込む魏国兵を前にして桓騎の奇襲部隊はただただ慌てふためき「や、やべぇ、い、いったいど、どうすれば」と対策を練る暇もなく討ち取れていった。

 

こうして廉頗の伏兵は、桓騎軍の横腹を抉りとって瓦解に追い込み、いよいよ遁走していくこれを執拗なまでに追いかけて駆逐していった。

 

「玄峰様。廉頗様より、あとはようように追い込み、悉く殲滅せよ。との言伝です」

それを聞いた玄峰は、はぁ、ため息を吐き出し、続けた。

「儂の戦術をぶち壊しておいて、さっさと先にいきよったか。勝手な奴め」

 

そうして「あ奴はやんちゃ坊主のままじゃな」と首をやれやれとに左右に振ると全軍の前進と桓騎軍本陣の包囲を命じた。

 

そうしてしばらく。秦兵の断末魔の声が途切れ、桓騎軍本陣付近での小競り合いのすえに包囲が済む頃、陽は傾き三日目は幕を閉じることになった。

 

 

三日目、夜。舞台は秦中央軍の野営地。

 

「なんで俺がお前についていかなくちゃなんねんだよ。お前一人で勝手に行けよ」

と嫌そうな声を挙げる下僕あがりの少年の姿とその少年の腕を掴んで離さず、半ば強引に連れ出した某将軍の孫がどこかに向かっていた。

「あっ、そういう? まあまあ、そう言わずに。なんだかんだ言っても王賁のことが心配でしょ。それに、聞いた話だと、けっこう重傷らしいよ」

と某将軍の孫から告げられた情報に、下僕あがりの少年は一瞬だけ安否を気にする素振りを見せたが、記憶にある小憎らしさが勝ったようで顔を背けて言い放った。 

「ッ、だからなんだってんだよ。あいつがどうなろうと俺には関係ねぇ」

 某将軍の孫こと蒙恬は、下僕あがりの少年信の内心を見透かしたように、フッと笑うように小さく口角上げると「またまたぁ」とおちゃらけるような声を出して軽快に笑った。

 その姿が癪にさわって少し頭に血が上った信が、ッチと舌打ちをして「もういいだろうが」と手を振りほどこうとするよりも早く目的地に着いた蒙恬は「王賁、入るよ~」と他隊の隊長の天幕に押し入るには、気楽すぎる口調で中へと踏み入った。

 するとそこには、躰にできた傷を隠すように痛々しく包帯を巻いた王賁の姿があった。ただし、手に愛槍を握りいつでも突き出せるように構えた姿であったが……。

 

「なんだ貴様ら。俺を笑いに来たのか」

と威嚇するような交戦的な目つきで問う王賁に、蒙恬は「わお、元気そう」とは口には出さず別のことを声に出した。

「いやいや、なにがあったのかなぁって、気になってさ。あとは、お見舞い」

と年頃の女性なら思わずときめかせてしまう爽やかな口調で言葉を返す蒙恬。

「いらん。後ろの下僕を連れてさっさと帰れ」

 そう言って構えていた槍こそ下ろしたものの、いぜん王賁の機嫌は下火のようで取り付く島もない様子であった。のだが、その態度にカチンとくる少年もまたいた。

「んんだとてめえ、重傷だがなんだかしらねぇが、戦場にでられねえようにとどめをさしてやろうかッ」

 信であった。あとは、売り言葉に買い言葉。

「上等だ。怪我の具合を見るには貴様程度が丁度いい。身の程を知って村に帰るんだな」

と両者が武器を構え険悪な空気が場を染めようとした所で蒙恬は慌てて仲裁に入った。

 

「まって、違う違う。落ち着け。俺はこんなことをするためにここに来たんじゃない。二人とも冷静になれ」

 

 もちろん二人も本気ではない。いや、場合よっては……。ゆえに互いに武器を下ろす「ッチ」「フン」とそっぽを向いて。そうして、どうにかその場は収まることになった。

 

「はあ……、まあいいや。それで、実際のところはどうなの。俺と信はずっと左軍側面だったから中央の戦いについては、わからないんだ。だから教えてほしい」

 

「……わかった。一度しか話さんから心して聴け。とくに、そこの下僕」

「ぁあんッ」といきり立つ信を蒙恬はすばやく「はいはい、ね。信も、な」と宥めて座らせると先を促した。

 

 そうして王賁は中央の戦いの詳細について語ることになった。そして淡々と語ることしばし。最初に口をひらいたのは蒙恬であった。

 

「なるほどねぇ。怪我を逆手にとって狩場におびき寄せる、か」

と輪虎の手管に舌を巻くように声をだし思案する蒙恬に対して信はサッと立ち上がると、ざまあねぇなと言わんばかりに捲し立てた。

「っは。なんだよ王賁ッ さんざん俺たちのことを馬鹿にしといて、自分はまんまと敵の策に嵌りましたってか。笑えるぜ」

 そう悪態をつく信に、普段の王賁の調子であれば「黙れ下僕」とでも言い放つ場面であったが「……そうだ。判断を誤った」と己の失態を粛々と受け止めているように座したまま微動だにしなかなかった。その様子に毒気を抜かれた信は「なんだよ。やりずれえな」とこぼすと顔を背けながらもとの場所に腰を落ち着けた。

 それらを思案しながらも窺っていた蒙恬は、珍しいものをみたように「へえ。随分と殊勝な態度じゃないか」と王賁に声を向けた。

 すると王賁は、当然のことだというように言葉を返した。

 

「己の失態を隠すなど、恥の上塗り以外の何物でもない」

 

「フッ さすがは王賁。下手な名家の子息とは下地が違う」

 

その蒙恬の言葉に疑問を感じたのか信は声を挙げた。

 

「あん。自分の失敗を認めるなんて当たり前のことだろうが」と。

 

「ん、あぁそうか。貴族出身じゃない信には馴染みがないかもしれないけど、意外と多いんだ。自分の失敗を隠したり、なすりつけたりする馬鹿」

「な、なんだよそれ。いいのかよ」

「これが困ったことに、じつは罷り通るんだよ。言っちゃうとやろうと思えば俺や王賁くらいの立場ならいくらでもできる」

「て、てめえらッ」

「待って。俺も王賁も、もちろんそんなことはしないよ。まあ、俺は誰かを助けるためにとか明確な理由があれば使うことにためらいはないけどね」 

と信に向かって片目を閉じる仕草をした蒙恬に信は怪訝な表情をした。その様を王賁は呆れた眼付で睨みつけると言葉を発した。

 

「貴様はもう少し周囲に気を配るんだな」

 

そこから少々の悶着を乗り越えた頃、蒙恬はずっと気になっていたことを口にした。

「ねえ、王賁は第六軍の副官虎豹殿について、どう思う」

 

 その言葉で王賁が浮かべたのは、今日の己の顛末であった。

 

 王賁は、輪虎隊と虎豹隊が激しくぶつかったことでできた停滞を利用して両隊の合間を縫って駆け抜けて輪虎の首級を狙っていた。しかし、いざ『輪』の旗を目印に突入を果たしてみれば、そこに輪虎本人の姿はなく名を知らぬ将兵のみであった。それによって誘い出されたことを把握した王賁は素早く離脱を試みるのだが、すでに退路は輪虎隊に抑えらえていた。

「また君かあ。まあ、君でもいいか」

味方の隙間から姿を見せた輪虎。

「もう勝ったつもりか。この俺の槍を堕とさぬ限り、俺に負けはない」

 その強気な様に輪虎は「ははっ」と笑うと「大した自信家だ。なら、生き延びてみなよ」と言い放つとその場にとどまり静かに動静を見守るのだが、その様子は、先日まで隊を先頭で引っ張っていた姿と打って変わっていた。ことさら周囲は頑丈なまでに守られており、輪虎に至っては剣すら抜かずにいることから怪我の深さは窺い知れていた。

 しかし、まずは包囲されている状態を打破せねば全滅は必至。王賁はそうした歯がゆさを抱えながらも円陣を命じて刻を稼ごうとしたとき、不意に路が開けることになる。

 

「ハァアアアッ」と己の内に秘める威を全身から発するように声を挙げて踊りでたひとつの影。 

 

 それは敵の包囲網を断絶して乱入を果たした虎豹であった。

 

 虎豹は部隊の中列から全体の指揮を執っており、横槍を入れるために駆ける王賁の動きを的確に取られていた。そして、それに連動するように蠢きだした敵の動きをも見て取っていた。

 

「ッと。もう来たのかい。動きが早いね」

 

「私を出し抜けるなどと思わぬことだ。ここで貴様の首をもらい受ける。総員かかれッ」

 

 虎豹の号令は付き従う精鋭を解き放ち、相対する敵を喰いつくさんと襲い掛かった。輪虎本隊と虎豹隊の精鋭の激突である。その激しさは、頑強に輪虎の周囲を固める護衛兵の陣形にすら綻びを生じさせていった。

 そして、そのわずかな隙を突いたのは他でもない王賁であった。両部隊が入り乱れる戦いの最中に垣間見えた輪虎へと続く道。

 「視えた」と王賁は己に宿る槍術のすべてを懸けて輪虎に突貫を仕掛けた。輪虎は自らの護衛のわずかな隙間を押し入ってきた王賁に対して堪らずに剣を抜き放って応戦したが、そこに精彩さはなく、すこしの攻防の間だけで、手傷を負うことになった。

 その輪虎の様子に、王賁は確信を得ていた。

「その傷ではもう俺の槍は受けられん。静かに地に眠るがいい」

そう槍を構える王賁からあふれ出る覇気は、一角の将のそれであった。

「ッ、君もか。けど、僕も舐められたものだ……ねッ」

と、そのとき輪虎は片手に持つ剣を投げつけてあと背を向けた。対して「ちぃ」と唐突に投げつけられた剣を槍で弾いた王賁が眼にしたものは、背を向けて逃げ出した輪虎の姿。それを認識したとき、王賁は刹那の間にその背を追った。

 追ってしまった。

 この戦いで幾度も辛酸をなめる羽目になった敵を。千人隊となった玉鳳の門出にケチをつけた廉頗四天王を。番陽を斬った輪虎を。

 王賁は追ってしまった。

 

「釣れたのが君だけなのは、残念だよ」

 

 今にして思えば輪虎直下の護衛にしては緩い守りであったとわかる。けれど、そのときに気付けなかった。

 

 輪虎の首を獲るべく決死の覚悟で抜けた先にあったのは、誘いだした敵将を射殺すために配置された弓隊であった。

 

 それは、弓から射出された無数の矢がゆっくりせまりくる世界であった。このとき王賁の頭を駆け巡ったものは罠に嵌った後悔ではなく生きるために為すべきことであった。無数の矢の嵐から致命傷にいたるものだけを正確に選別して払い落とす。王賁は体感にすれば一秒とない刹那の判断とこれまで培ってきた槍術の粋を結集することで迫るくる死の瞬間を振り払った。「ッぐ……ッ」しかし受けた矢傷も多く躰は馬から零れ落ちた。「かはッ…ぐ」とっさの身動きすら難しくなった王賁を再び救ったのも、虎豹であった。

 

「世話が焼けるッ 激動の刻を戦い抜いた歴戦の将を甘く見るなッ 馬鹿者が」

 

 

「……救われた身だからこそわかる。得体こそ知れないがその抜きんでた実力は、この戦場随一といって過言ではない」

 

「だよね。俺も弟から聞いた趙の馬陽侵攻を戦術盤を使って確認したから、良くわかるよ。彼の将は、ここぞいう大仕事を確実に熟す武の力も然ることながら、李牧が仕掛けた王騎将軍を窪地の罠に誘い込んだ策を後方の盤上を動かし、敵の三将軍を出し抜いて将軍を救い上げた戦術眼。そして隊を率いれば、敵本軍の守備すらをも貫く突破力。どれをとっても超一級品だ。なのに、それほどの人物でありながら、来歴が謎の人物なんて笑えるだろ。だから方々に探りを入れてみたんだけど、これがまったくって言っていいほど、何もわからなかった。信は会ったことあったっけ」

 

「朱錐のおっさんには何度が会ってっけど、副官はしらねえな。なんか面を被ってんだろ」

 

「そうそう、虎の面ね。そのせいで素性もまったくわからない。王騎将軍の所はほんと謎ばかりだよ。今度は龍の面が増えてるし」

と頭を悩ませる素振りをする蒙恬を横目に、王賁は話を先に進めるように私見を述べた。

 

「……どうであれ、蒙驁将軍の目ぼしい将のほとんどが戦場を去った今、恐らく明日の戦いの指揮はその第六軍が執ることになるだろう」

 

それに反応した信が「朱錐のおっさんが中央の大将かよ。よーし、だったら明日こそ敵をぶちのめしてやるぜ」と左の手の平に「パシッ」と拳を打ち付けて期待する声を挙げたところで、蒙恬は口をはさんだ。

 

「ん~、意気込んでる信には悪いけど、たぶん明日の戦いは守備一辺倒のガチガチの戦いになると思う」

 

その言葉に信が、なんでだよと顔を向ければ、蒙恬は信にもわかりやすいように説明した。

 

「今日の戦いこそ何とか乗り越えたけど、正直ギリギリだった。あの場面で土門将軍が息を吹き返さなければ、すくなくとも左軍は終わっていた。右軍の玄象殿の機転と朱錐殿が早々に駆けつけたことで前線こそ保つことに成功はしたけど、その代償もおおきかった。具体的に挙げれば、左軍の損耗の激さだ。俺の楽華隊は他に比べて被害は軽微だけど……。たしか信の所はかなりやられたってきいたけど」

 

「……ああ。俺たちが持ち場を離れたあと、副長の渕さんが踏ん張ってくれたみたいだけど将軍がやられたって話が流れた辺りから大変だったらしい」

 

「ふむ。信に同行してなかったもう一人の副長は」

「ん、羌瘣ならいま休んでる。隊がどうにもならなくって、かなり無理しやがったみたいでぼろぼろだ」

「ってことは信のところも結構な痛手か」

「つっても羌瘣の姉っていうのがきて、二人だけでなんかよくわかんねえけど、気だかなんだかをまわして躰を回復をはやめるとかって話だ」

「気、ねえ。 ふーん。ちょっと気になるけど、いまは明日の話を進めようか」

「おう。思いついたんだけどよ、前みたいに副将から借りられたりできねえのか」

「うん。それなんだけど難しい。俺がきいた話だと、左翼の王翦将軍は敵の姜燕と五分五分の熾烈な戦いになっているらしい。加えて、右翼の桓騎将軍のほうは頼みの奇襲作戦が敵にバレて、すでに本陣を包囲される状態だ。とてもじゃないが援軍を出せる状況じゃない。あとは、じいちゃん……、蒙驁将軍の本軍だけだけど、やっぱり本陣の守りを疎かにはできないから、期待はできない」

「なッ、もうどうしようもねえじゃねえかよ」

「そっ。だからガチガチの守備固めになるってわけ」

とここまでじっと黙っていた王賁が口を開いた。

 

「それは向こうも同じだ。こちらは数こそ削られたがかわりに、敵は主力になる将がそれぞれ浅くない傷を負った。輪虎に関して言えば、かなりの重傷だ。実際に手合わせした感覚からそれは間違いない。それに左軍を荒らした乱美迫も腕をおおきく斬られたと聞く」

「なるほど。つまりはガチガチに守る秦に対して、攻勢にでるには不安が残る魏で膠着に近い形になるっていうんだね」

「ああ。恐らくはこちらの疲弊を狙って着実な手だけを打ってくるはずだ」

「やっぱり王賁もそう考えるかーーー」

と蒙恬は声をだしたあと、顎に手を添えて「うーん」となにやらを思案しては、いや、と声を漏らしては再び考えに耽けていった。そして考えを纏め終えたのか徐に口を開いた。

「うん。ちょっと聞いてくれるかな。仮になんだけどーーー」と。

 

こうして三人の会談はしばし続いて、三日目の夜は更けていった。




第76話でした。

感想や誤字脱字の報告ありがとうござます。

キングダム 『運命の炎』の続編の発表がありましたね。
すでに撮影済みということですので、公開は来年かな。来年はアニメ五期の開始もありますから益々の盛り上がりをみせそうですね。

漫画も次の戦いが……。気になる所です。

あと、朱錐の公式ガイドブック的なスコアをリクエスト頂いていますので、番外編かどこかで出せればと考えています。
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