彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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幕間なエピソードです。

あとがきに公式ガイドブック的な朱錐のスコアを乗せておきます。


姉の御心

三日目の夜 飛信隊野営地。

 

「ちょっとそこの、そこの出っ歯の君。そう、君」

 

 そう声を掛けられた出っ歯の君こと尾平は仲間のところに向かう足を止めた。

 

「へっ? お、おれ、のことか」

 

「そう、君。飛信隊の人だったよね」

 

そうして声の主をみた尾平は、キリリと表情を引き締めると、見目麗しい女性に言葉を返した。

 

「お、おう。俺は飛信隊の中でも一番のいい漢と噂の尾平です」と息をするように少しばかり?の嘘を織り交ぜて……。

 

「あ、そうそう。尾平だったね。あのあと、弟君は無事に回復できたの」

 

 女性の言葉は明らかに尾平のことを知っている風であったのだが、当の尾平はというと「へ?」と疑問符を浮かべて「あの、どこかでお会いしましたっけ」と尋ねる始末であった。

 

「ほら、趙国。馬陽。真夜中の山中」

 

「趙国の馬陽の真夜中、山中。弟……あれ……」

 尾平はゆっくりと思い出す。死が間近に、指先に掛かるほどに身近に感じられた恐怖の夜を。そっと蓋をしていた記憶に触れる。

 それは死への恐怖と隣り合わせになりながらも必死に生き延びようと足掻いていたあの夜のこと。龐煖と対峙した夜だ。敵の追っ手は執拗なまでに激しく、次々に見つかっては殺されていく仲間を置き去りにして、見て見ぬふりをして、山中を彷徨った一夜のことを、尾平は思い出す。言葉の意味を、ひとつ、またひとつと認識して、言葉は記憶に触れて形を鮮明にしていく。このままもう少し時間を掛ければ記憶は蘇るはずだ。

 

 しかし、女性は待たなかった。そして「再現したほうが早いか」と尾平の前から姿を消すと次の瞬間には背後に回っていた。

「動くな。声も出すな。逆らえば首を刎ねる。分かったら頷け」

 背後から齎されるのは、背筋がヒヤリとするほどに冷徹な声色であった。尾平の全身を駆け巡るのは恐怖であった。けれど、その瞬間におぼろげであった記憶は形を取り戻して鮮明に。

 

「ヒッ、ひいい、い、い?……あ」

 

 それは躰に刻み込まれた記憶によって、脳の記憶が強烈に引き寄せられた結果であった。

 

 その時点で解放された尾平は、すぐに女性に向き直ると、先程とは打って変わって真剣な表情を見せて言葉を発した。

 

「あ、あの。あの時は、ほんとに、ほんとに助かりました。ありがとうござます。お、弟の尾倒も片足を悪くしちまったけど命を取り留めて、あの手当がなかったらって。ほんとうに、ほんとうにありがとうございました」

 

 そう深々と頭を下げる尾平の姿は、声を掛けた時にみせた軽薄さを感じさせない真摯なものであった。

 

「そう、それはよかったよ」

「はい。倒のやつも会ったら絶対にお礼がしたいと、ずっとーーー」

 

 二人がそうして会話を重ねているとそこに馬の嘶きとともに数名の部下を引き連れた楚水が姿をみせた。その楚水から話を聞くと、野営地の見回り中に尾平ら会話を認めたので、こちらの進路を変えたとのこと。

 

「あんた、あのときの……。そうか、ちょうどいい。私は第六軍副官付きの玄象という。昼間は助かった。礼をするのが遅れて申し訳ない。そして、ありがとう」 

と玄象は所属と名を告げて謝辞を述べると頭を下げた。それに楚水は応じながらも相手を立てるように言葉を返した。

「飛信隊副長の楚水です。いえ。たしかに結果として救出する形になりましたが、あなたの孤軍奮闘、獅子奮迅の働きは多くの敵の目を引きつけていました。そのおかげで我々の奇襲は、より敵に深く迫るまで気取られることがありませんでした。そう意味では、こちらこそお礼を申し上げたいくらいです」と。

 

「なるほど、それなら受け取っておくよ。だからそちらも、そうしてほしい」

 

「承りました」と拱手をした楚水は、その後、気になっていたことを口にした。

 

「それで、こちらにはどのようなご用件でお越しに」

 

「うん。ちょっと羌瘣に用があってね。会いに来た」

 

 その言葉に、楚水はぴくりと反応を示すととたんに表情を引き締め、わずかにだが警戒の色を見せて訊ねた。

 

「羌瘣殿はいま……。失礼ですが何用かお伺いしても」

 

 それは今日、相当な無理をしてまで戦い仲間を護った末に倒れて眠りについている羌瘣に、無用な雑事を舞い込ませたくないと気遣うものであった。

 

「ふふ。大事にされてるみたいだね。妹は」

 

「妹……。あなたは姉君なのですか。羌瘣殿の」

 

「そっ。血の繋がりこそないけど、里の出は同じで、姉妹として過ごした。倒れたってきいたから、見舞ってやろうかと思ってね」

 

「なるほど」と口にした楚水は、次に尾平に目を向けた。すると、尾平はその意を汲んだように頷き声を挙げた。

 

「この方は馬陽戦のときに、俺たち兄弟や信を救ってくれた恩人だ。だから、おかしなことは決してしないはずだ」

 尾平の言葉を聞いた楚水は、なにも案ずる必要性はないと判断して任務に戻ることにした。

「……わかりました。わたしはまだ見回りがありますので、尾平殿。お願いできますか」

「おう。まかしとけ」

 

 そうして尾平に案内された玄象は羌瘣が眠りにつく天幕に着いた。

 

「ここだ。でも眠ったままはずだから、静かにな」

そう言って天幕に一緒に入ろうとする尾平に、玄象は声を掛けた。

「ああ、ありがとう。でも、二人きりにしてもらいたい。ほら、瘣の汗とかも拭ってやりたいからね」

尾平はそこで「あ、そうだよな」と羌瘣の性別が女であることがわかった昼間の出来事思い出して「じゃあ終わるまで、ここで待ってるからゆっくりな」と言葉を続けた。

「すまないな。あと里に伝わる術で躰の回復を早めるものがある。それは凄く集中しないといけないから、しばらくは誰も入れないでくれると助かる」

「わかった。この尾平様に全部まかせてくれ」と勇ましく胸を叩いた。

 

「ふふ、ありがとう。よろしくね」

 

 天幕のうちには、中央に敷かれた敷物の上で、すーッ、すーッ、すーッと規則正しい寝息を立てる羌瘣の姿があった。羌瘣の側に座った玄象は、慈しむように頭を撫でることしばし。

「……ずいぶん、頑張ったみたいだね。瘣」

 そのとき玄象は、羌族の里にいたときは考えることもできなかった成長していく妹の姿に愛しさを覚えていた。

「里にいたときは、あんたが見ず知らずの他人のためにこんなになるまで躰を張る無茶をするようになるなんて、思いもしなかった。良い仲間に恵まれたみたいで、うれしいよ」

 そうして視線を傍らに置かれた羌族に受け継がれる緑穂(リョクスイ)と名付けられた剣に向けた。

 

「これからも瘣のことを護ってやってくれ。緑穂」

 

それから玄象は、気持ちを改めるように深く息を吸ってから吐くと声を挙げた。

「それじゃあ、まっ、起こしますか」と徐に体内の気を活性化させて拳を握ると拳骨の要領で振りおろーーー、すことはできなかった。なぜなら羌瘣によってその腕を止められたからだ。

「象姉……、それはやり過ぎだとおもう」

「おっ、瘣。ちゃんと起きたね。偉い、えらい」

「……それは頭が割れるからやめてって、前に言った」

「んー。でもさ寝てても殺気に反応できないようじゃ、どうせすぐに死ぬ。ならいっそ、その役は私がっていう姉心だよ」

 里でも玄象は割と無茶ぶりを羌瘣に課していた。それというのも、放っておくとサボりがちになる妹分をそれなく鍛えるためであった。また、その秘める才能をだれよりも認めているがゆえの行動でもあった。

「そんな心、聞いたことない」

「いいや。いま聞いたね。あんたは才能はあるんだから、ちゃんと修行を積めばもっと強くなれるんだ。ならそれを促してやるのは姉のたしなみってね」

 

 そこでボソっと「……屁理屈ババア」と呟いた羌瘣を玄象は聞き逃しはしなかった。即座に拳を振り上げると「ほんとに拳骨落とすよ」と凄んだが、羌瘣は退かず「……」と沈黙とジト目で応戦した。睨み合いが続くかと思われたが、玄象としても本気でもなく「はァ。まあいいや」とあっさりと引いて言葉を続けた。

 

「私も昼間に無茶をしたから無駄な力は使いたくない。ほら、起きな。躰、辛いんだろ」

 

玄象が言わんとするところを察した羌瘣は、普段よりかなり重い躰をなんとか起き上がらせると脚を蓮を模した座りに組み、両手はその膝の上にそっと添えた。玄象もまた同様の座りをみせて、羌瘣と両膝をつき合わせると、その両の手を取った。

 そうして、二人は呼吸を合わせて視線を通わせると同時に目を瞑った。

 

 それは、深い瞑想の中で二人の精と神を疑似的に同一化させることで気の総量を増やし、それを循環させることで躰の回復を促す術であった。

 

 そうして、静かに深く、ふかく。ゆっくりと刻が過ぎていった。

 

 

 

 

 




姉の御心でした。

以下は、メッセージからリクエストを頂いた公式ガイドブック的なスコアです。

名 朱錐
武力93(平時)
指揮力88
知力82
経験値 A
備考 膂力97 強弓、嚆矢を使う(ただし精密さはなく狙いは雑目)
特技 縁の下。
秦国貴族家の朱家の三男。朱家の歴史は古く、武ではなく文の家系。しかしながら、朱錐は武の道を志し、父の伝手で昌文君と出会う。昌文君のもとで鍛錬を続けて、成長とともに昌文君の私兵団の一人になった。また恵まれた体躯に備わる純粋な膂力を鍛錬で押し伸ばしたことで、常人では振るうことすら難しい鉄昆を自在に操れるようになり、その頭角をあらわした。そこから、昌文君の側付きになると謹厳な昌文君から戦における術を学び、戦いの呼吸を肌で感じとった。昌文君が六将の補佐を務める機会が増えると、六将からも同様の学びを得る。また戦場を股にかけて戦った六将とともに苛烈な時代を駆けたことで、おおくの経験を積んだ。
 そして武神との邂逅を経て朱錐の重心は、自らの武を用いた戦い方から集の力を用いる守備戦術へと置き換わり、これを模索、磨いた。
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