彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第79話になります。


それぞれの路
第79話


魏の都大梁に建つとある屋敷。

 

「うぬらに肩身の狭い思いをさせたのは儂の不徳の致すところ。許せ」

 

 まず廉頗は、自身の四天王と呼ばれる側近たちを自らの一室に集めると開口一番にそう口にした。

 それに真っ先に反応を示したのは、この場においてもっとも老獪な策を用いる軍略家玄峰であった。

 

「まったくその通りじゃ。此度の敗戦で大戦に立つ機会が遠のいたではない。この阿呆め」

 

「なんじゃ、玄峰じじいは手厳しいのォ」

 

「当然じゃろうが。儂が用意した策をぶち壊して戦を進めおってからに、なにを言うとるか」

 

「うぬは根にもつのォ」とぼやく廉頗に四天王筆頭介子坊と随一の突破力を誇る輪虎が間を取り持つように声を掛けた。

 

「玄峰様。敗戦の責は、中央を抑えきれなかった我らにあります」

「そうですよ。そもそも初日に大怪我をした僕の責が大きい。そうでなければ、間違いなく僕たちが勝っていました」

 玄峰は二人を一瞥すると、自戒の意味も込めて言葉を返した。

「フンっ そんなことは分かっておるわ。それに、儂であれ姜燕であれ敵の策に嵌っておったんじゃからな」

 

「……申し開きもありません。敗戦の責は、王翦の姿を見失った私に」

 

それぞれが自責の念に包まれて沈む部屋の空気に廉頗は「嗚呼ぁああ」と唸るように腹から声を出して続けた。

 

「もうよいわ。儂ら皆が嵌められておった。つまりは蒙驁のひよっこが儂らの想像を超える者たちを従えておった。そういうことじゃ。それに中央にせよ鬼面に虎の面、極めつけは王騎やつじゃ」

 

 廉頗と王騎は両国の和睦が済んだあと言葉を交わしていた。

 

 

「此度は負けてやる。さあ皆よ、帰るぞ」

 蒙驁と和睦を成立させた廉頗は、秦の本陣丘を正面からを魏に向けて移動を開始する。その丘の下、廉頗は中央の戦場で矛を振るっていた介子坊らと合流を果たした際のことである。

 その介子坊より王騎が隠れて参戦していたことを耳にしたのだ。

「うぬらは先に行け。儂は少し用ができた」

と廉頗は馬首を翻すと朱錐たちのいる場所に向かう。そこには、廉頗が来ることを予期していたように朱錐と虎豹、そして青騎が朱錐軍の前に揃って並んでいた。

「随分と久しいの、鬼面。いや朱錐よ。子坊とやり合ったそうじゃな」

「これは廉頗殿。介子坊殿に決着は次の機会にとお伝え願いますかな。それと貴殿にも、一つ。あの借りはいずれ必ず返させていただくのでご覚悟ください」

 朱錐の強気な言葉と内包される威の圧に廉頗は「ふはっ」と愉快げな様子をみせると続けた。

「ヌハハ。よいぞ。やれるものならなァ」

 そうして不敵に笑みを浮かべた廉頗は視線を虎豹に移し、そして青騎に向けた。

「それで、うぬはコソコソとここで何をしておる。おうーーー」

 青騎は名を呼ばれる前に言葉を被せた。

「これは初めまして。廉頗大将軍。わたくし、朱錐軍の参謀を務めさせていただいている青騎と申します。以後お見知りおきを、ねえ将軍?」

と威圧を込める青騎に、廉頗は意図を図りかね一先ず名の件は置くことにした。

「……貴様。なにを企んでおる」

「ンフ 何も」

 瞬間。廉頗のこめかみに筋がはしり周囲の空気が重さを纏った。

「ふざけておるのか」

 一触即発。和睦が何だと言わんばかりの殺気は軍馬にも伝わり怯えをまじえて嘶(イナナ)かせた。

 そんな殺気の矛先を向けられた青騎もとい王騎はというと。

「んふっ んふふふ。あなたには敵いませんねえ。廉頗さん」

 それはじつに心持ち愉快であると声から察せられたほどであった。

「では、少しばかりお話します。まず本当に、私が戦場に立っていることに企みなどありませんよ。ただ一人の武人にかえり、戦場を駈けてみたくなった。それだけです」

「なにをつまらぬことを。それが儂ら三大天と争った漢の言葉か」

「納得できませんか。それではもう少し。一昨年のことです。あなたの祖国と戦ったあの一戦です」

 

 すぐに浮かぶのは趙国、馬陽。そしてあらたな三大天。

 

「……李牧か」

「ええ、見事にしてやられましたよ。趙軍十数万を動員した目的は、すべて私を討ちとるため。そのために練り込まれた策謀は、正直に私の想像を超えた場所にありました」

「ふん。なんじゃお主。儂に敗戦の弁でも聞いてほしいのか」

「ンフ それも一興ですが、またの機会に」

 そうして、天に仰ぐと言葉を紡いだ。

「……たしかな、時代の移り変わりを感じました。私とあなた方が鎬をけずったあの狂乱とも呼べる刻のはざまからの」

 それに廉頗は憤懣を噴出させた。

「どう時代が移り変わろうとも強者は死ぬまで強者。弱いから死ぬ。それが変わることのない戦乱の世のしきたりじゃろうがッ。貴様ァ、敗けて腑抜けおったか」

「んふふ。あなたならそう仰ると思っていましたよ。ですが、私はなにも弱かったから負けた、と考えてはいません。矛を交える戦場だけが戦いではなくなったということですよ」

「……ふん。なるほどのォ。言いたいことはわかった。じゃが、それを含めて戦じゃろうが。うぬが呆けておる間に李牧は準備をしておった。そういうことであろうが。なにを甘えたことをぬかすか。この馬鹿が」

 その言葉は青騎に「んふふふ」と漏れ出るような声と微笑みをたたえさせた。

 

「あなたのそういうところ嫌いではありませんよ」

 

 それに対して「フンッ」とそっぽをむく廉頗の姿があった。

 

「さて、お話はまたの機会に。そろそろ往かれて如何ですか。将軍」

 

「ん。それもそうじゃのォ」と口した廉頗は、鋭い眼光を青騎に、つぎに朱錐、そして虎豹にむけた。

 

「次に戦場でおうたときは貴様らを細切れにしてやるゆえ、肝に銘じておけ。じゃあのォ」

と馬首を翻した廉頗は魏に帰還する軍列に向かって駈けた。

 

 

「なにがまたじゃ。あやつめ。ふざけた書簡を寄越しおって」

 

「書簡……」と口にしたのは姜燕であった。

 

「その様子からして、うぬらにも届いておるのであろう」

 

「ハッ こちらに」

 廉頗は差し出された書簡をざっと読んだ。

「ヌハハ 先の戦のばかりだというのに、大胆なことを思い浮かべるものじゃ。のォ、子坊」

 

「いえ、まったくの論外かと。生涯、私が殿の元を離れることはありえませんゆえに」

 

「お主はそうであろうなァ あとは」

 

「私も。殿に忠誠を誓ったあの日から、この心持ちが変わることはありません」

 

「ということじゃが、玄峰じじィはどうじゃ」

 

「儂か。儂は決まっておろう。この話に乗るつもりじゃ」

 

「ッな」と驚きを露わにする介子坊と姜燕、そして声には出さずに驚いた表情をみせた輪虎らに、玄峰は言葉を挟ませることなく続けた。

「儂は老い先が短いでな、好きにさせてもらう。それに儂は、お主ほど趙国に愛着をもってはおらぬ。このままお主に付いておっても大戦にありつけそうもなさそうじゃからのぉ」

 それに介子坊は「と、殿。よろしいのですか」と驚きを浮かべて訊ねた。

「ヌハハ そうかァ。うぬもただの軍略家に戻るつもりか、玄峰じじィ」

「あと付け加えるとしたら、馬鹿王にはもううんざりしておる」

 その言葉で、この場にいる皆が察した。

「この年齢になれば地位に名誉、金。そんなくだらぬものにさほどの価値は見出せぬ。ただ儂が求めのは、この脳髄の隅々余すことなく用いられる戦場だけじゃ」

 姜燕は玄峰の真意を耳にして静かに「……玄峰様」と名を漏らし、廉頗は視線を玄峰から残す一人にむけた。

「うぬの考えは理解った。最後は輪虎。お主じゃ」

「僕は……もちろん殿の御側にーーー」

とそこで廉頗は言葉を被せた。

「輪虎よ。なにか思う所があるのであろう」

 それに輪虎は「ハハ、殿……。やっぱりばれちゃいましたか」と失敗したなぁと頭を垂れた。

「ふんッ 当然じゃ。いったい何年の付き合いじゃと思うておる」

 そうして、輪虎はふだんの飄々としたなりを抑えると床に片膝をついて携えていた宝刀、その両の剣を手のひらの上に乗せて「殿にこれをお返しします」と差し出した。

 輪虎の行動は、場に沈黙のときをつくった。廉頗は話のさきを促す。

「……理由をきこう」

「僕は戦によって行き場を失い死にかけていたところを殿に拾われ、この命を繋げました。それから、殿ため全力で励み側近に。そして、ほかの皆と並べられる栄誉を承りました。そして、僕の命すべてを殿ために使い切る。その誓いは、いまこの時にあって微塵にかわりはありません。って聞いてます?」

 

「前置きがながいわ。さっさと言わんか」

 

「ハハハ。そうですね……僕はこの中華の天を、地を、この目で一度確かめてみたい、と考えています」

「六国を旅する、と申すか」

 

 これまで輪虎は多くのことを教わった。

 

「そうなります。僕にとって「国」というものにさしての意味はもちません。僕は殿がいて皆がいて、その恩を返せる戦があればよかった」

 

 玄峰から智を授かり、介子坊から戦う力を学び、姜燕からは忠節の意味を。

 

「ですが、その役は介子坊様と姜燕様にお任せしようかなと。やっぱり……、勝手ですかね」

 

 だからこそ輪虎は引け目を感じていた。

 

「なんじゃ、お主。胡散臭い顔をしてそんなことを考えておったのか」

「あっ、殿はひどいなぁ。僕のこと、そんな風に見ていたなんてがっかりです」

 

「ヌハハ 家臣の分際で言いよるわ」

と廉頗は笑みを浮かべながら顎をさすった。

「そうじゃのォ、まずはひとつ。はっきりさせておくか」

 

 廉頗の目が輪虎の曲剣にとまる。

 

「儂がその剣を受け取ることはない」

 

 そうはっきりと口にした。廉頗が示したのは申し出への拒絶であった。

 

「……だめですか」

 

 輪虎は残念に思いながらも「仕方ないか」と意識を切り替えようとしたが、廉頗の真意はそうではなかった。

 

「その曲剣じゃが、儂に、死ぬまで使うと申したであろう」

 

 輪虎と廉頗の記憶。他愛もない日常のやり取りであった。

 

「殿、覚えていてッ……。まだ僕が、この剣を持つことをお許しくださいますか」

 暗に、廉頗は言葉でそれを示したのだ。

「フン、その曲剣はそのように大層なモノではないわ。使えなくなったら、どこぞの野にでも捨てればよい」

「ふふ、殿に頂いたこの宝刀。僕は絶対に手放しませんよ。この宝刀に誓い、僕は殿の窮地に必ず駆けつけることをお約束します」

 

「儂に窮地など存在せぬわ。うぬは気の済むまでこの広大な中華を見渡してくるがよい」

 

 

 その後廉頗は魏王と謁見した。そして、山陽一帯の戦いひいては流尹平野での敗戦の責を問われ魏国を追放された。




第79話でした。

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