彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第82話になります。

祝、累計一億本。単行本70巻が発売しましたね。




第82話

「な、なんじゃ……、なに、が。なにがおこっておるのじゃぁあああ」

 

 老婆の叫びが木霊する山深く未開に等しい山林の地を影が舞う。

 

「我らが里にたった一人で襲撃をかけるとは、愚かなやつめ。皆で切り刻むぞ」

 それは、たった一人の襲撃者であった。

「よ、よせぇッ よすのじゃ。その者と戦ってはならん」

 手には大矛。

「いくぞ。一族の者の仇は我らが手にッ」

 扱う者は、いっそひとであるかを疑わねばならないほどに禍々しい気を発し続ける大男。

「死ねぇええ」

 里の者は舞う。それは「瞬」であり一時の刹那を齎す舞いであった。常人の目では負いきれぬ速度に一息に達して敵を殺す舞い。

 

 が、である。

 

 禍々しい気を発する大男は躰を本能に即してずらし、躱して切った。防いで打った。掴んで地に叩きつけた。

 

 そして、余すことなく生命を刈り取っていく。

 

「ぐッ……、このば、ばけものめ………」

 

 そこには死に即していく里の子らにむけた慟哭だけが響く。

 

「ぁあ、ああ、ああぁァ。なん、て。なんて、ことじゃ。さ、里が、我らの里が、ほ、滅んでゆく……ぁ、あ」

 

 さらには祭という覚悟をする死ではない終わりに己の命を惜しむ声が消えていく。

 

「や、だよ、ま、だし、にたくな、い、ぉ……」

 

 そうして半刻も経へた頃、山深い地に秘された里に立っているものは、ただのひとりになっていた。老婆は惨憺たる里の状況に目から絶望の涙を流して天を仰いでいた。

 

「お、ぉおおお。みなが、さとの、さとのみながぁぁァ……ァ」

 

 この老婆の叫び声も首筋で「ヒュッ」と過ぎる音とともに奥深い人里離れた山にひっそりと響いて消えた。

 

そうして、中華の地から一つの里が姿を消した。

 

 

話は移り替わり、此処は、秦軍総司令昌平君が手筈から整えた軍師養成機関の一室。

 

「それじゃあおさらいだ。敵は僕たちの裏を狙うために、敢えてこの場所を守り薄くして誘い込んで……、聞いているのか。河了貂」

 そう後ろ手で組んで強い口調で問いかけたのは、白老蒙驁の孫にして蒙武の子、蒙恬の弟にあたる蒙毅であった。

「……え。ごめん……、聞いてなかった」

 

 蒙毅は、河了貂の心ここにあらずにハッとした様子をみて厳しく叱責した。

 

「河了貂。現を抜かすためにこの軍師学校にきたのであれば、即刻に村に帰るといい」

 

「ッ、いや。ごめんって。ちゃんと、ちゃんとするから……」

 蒙毅は河了貂の語気が弱まる様と表情に浮かぶ憂いを感じ取って、息をひとつ深く吐いて空気を落ち着かせてから訊いた。

「フゥ……。なにか心配事かい。僕としては、同門の先達として妹弟子の話はきくよ」

 蒙毅の落ち着いた雰囲気に促される形で河了貂は話し始めた。

「え、っと。じゃあひとつ訊きたいことあるんだ」

 それに蒙毅はふむ、と頷いて続きを促した。

「言ってみて。僕に答えられることならいいけどね」

「せ、先生から特別軍師認可っていうのをもらったら戦場にでられるってきいたんだけど、本当なの」

「特別軍師認可。ふむ、たしかに得られるのであれば、戦いの場にでる許可は下りる可能性はあるよ」

「じゃあさ、それってすぐに受けられるものなの」

「受けられるかどうかなら、先生の都合さえつけば受けられる」

「な、なら」

「ただし、一度受けて特別軍師認可を得られなかった場合は、次は半年は待つことになる。さらに挑戦できるのは二度までだ」

「えっ、そ、そんな。なんでーーー」

「……戦場で僕たち軍師が扱う策を間違えれば、それだけで、数百数千、はては万の兵の命が一日やそこらで消えていく。そんな僕らが自分たちだけはすぐに何度でも挑戦できるなんて虫のいい話があるとでも思っているのかい」

「………ごめん」

「いや、怒っているわけじゃない。ただそういう甘さは捨てて臨む試練だと認識したほうがいい。それで、河了貂。君は年の割に頭の回転はとても早い。そんな君が、こうして逸るだけの理由があるんだろう」

 

 蒙毅は河了貂から事の経緯を聞いて、起点は飛信隊の信の窮状を報せる文、か。呟き、言葉を続けた。

 

「なるほど、状況は理解したよ。でも厳しいことを言うようだけど、河了貂。いまの君の実力では十に一つ、よくて二つ。拾えるかどうかという所だ」

 

 その言葉の現実に意気消沈して俯く妹弟子に、蒙毅は励ましの言葉を掛けた。

 

「そう落ち込むことはない。いまは一つ、二つある可能性を三つ、四つにするために学ぶときだ。それと友人の窮地を救いたいと逸る気持ちはわからないわけでない。けれど、半端な実力で助けに行ったとしても、最悪は仲間を殺すだけの結果になる。だからこそ、着実に一つずつ学んで実践できる実力を身に着けることがもっとも最短で、君が進むべき道だと僕は思うよ」

 

 蒙毅の言葉は事実で最も実行するに値する話であることは河了貂にも理解ができた。同時に、いま自身が修めようとしているものの重大性を改めて思い知って不安を口にした。

 

「おれに……、できるかな」

 蒙毅は「ふむ」と呟くと励ましと発破をかける意味を込めて声を掛けた。

「なら君は、私に『軍師に向いていないから諦めろ』と言われたら、素直に従うのか」

「嫌だっ。おれはあきらめない。おれは……。もう、後ろでひとり待っているなんてことできない。おれはみんなと肩を並べて一緒に歩みたいんだっ」

「ふふ。その意気だ。君に教えるということは、僕にとってもおさらいになるし、新しい視点を得るきっかけになる。君に学ぶ意思があるのなら、僕は喜んで協力するよ」

「ほんとに、蒙毅。ありがとう」

「うん。まあそうはいっても、僕もこれから少し忙しくなるから、あまり期待はしないでほしいかな」

「なにかあるの」

「そうか、河了貂はまだ聞いていないんだね。実は、この度あたらしく軍略の師を迎え入れることになったんだ。僕は先生より世話係を仰せつかったから、しばらくはそっちを優先しなくちゃならない」

「フーン。軍略の師、か……どんな人なんだろう」

「ん、僕も詳しくは聞いていないけど、先生が招き入れるほどのひとだ。相当な御仁なのは間違いない」

「そっか、だよね」と口にした河了貂は、そのあと、少しばかりバツの悪い表情を浮かべながらも言葉を発した。

「じゃあさ、虫が良い……ように思われるけどさ、さっきの続きのお願いしても、いいかな」

 蒙毅は片側の口角を少し上げて「ふっ」と微笑み応えた。

 

「わかった。僕たち目指すところは同じだ。だから、これからは今までよりもより厳しくいくから覚悟して。河了貂」

「のぞむところだっ。おれは絶対に軍師になって信を助けに行く」

「それじゃあ、再開しようか」

 

 蒙毅は先ほどまで気後れを露わにしていたとは思えないほどにはっきりと意思を言葉にした河了貂の様に、自分もうかうかしていられないな、と改めて気を引き締めるのであった。

 

 

「怪我の具合はどうだ」

 

 王賁は山陽戦で負傷離脱をした老将で自身の教育係でもあった副長の番陽を見舞っていた。

 

「これは賁様、ッぅ」と番陽は寝台から背を起こしかけたところで負傷した傷の痛みに表情を歪めた。

 

「無理をするな、番陽。そのままでいい」

「この程度の傷ごときで……。申し訳ありません、賁様」

「何を謝る必要がある。お前は俺を守る役目を果たしただけだ」

「……そう仰っていただけるなら、この老骨の身に負った傷も報われます」

「それで、傷の具合は」

「傷、ですか。やはり、若い頃に比べれば治りが遅いように感じております。復帰については、まだだいぶ先のことになるかと」

「……そうか」

「そのことで、儂から賁様に一つ提案がございます」

「なんだ」

「今回の怪我で思い知りました。儂は、いつまでも賁様をお守りすることこそ与えられた使命であると考えておりました。ですが、此度とは違っていつかは、この怪我での離脱然り、儂自身が隊の重荷になってしまう日を想像しないわけにもいかなくなりました」

 王賁は沈黙のままにさきを促した。

「ですので、儂の代わりになる者、つまりは副長として動ける人員をあらたに任命なさってはいかがでしょうか」

 王賁は数瞬の思案のあと訊いた。

「それでお前はどうする」

「勿論、お許しいただけるなら怪我が治り次第復帰いたします。ですが、一考の余地はあるかと」

「わかった。用件はそれだけか」

「……それだけです」

 そして王賁は「もう行く」と踵を返して背を見せて歩き出した。けれど、部屋の入り口の前で立ち止まって副長の名を呼んだ。

「番陽。お前はいつか自分が隊の重荷になると言ったが、俺は違うと思っている。俺の隊はまだ若い。全員が隊のために厳しい鍛錬を積んで強くなってはいる。だが、若さは時に無謀を生む。その轍を俺が踏むとはないが、全ての者がそうであるわけではない」

「賁様……」

「お前は隊の重荷にはならない。多くの経験を積んでいるお前こそが、隊の腰を据える重しだ。外せば腰が浮きあがって敵に隙をみせることになる」

 王賁はさらに言った。

「必ず帰ってこい。俺の玉鳳に番陽。お前が必要だ」

 番陽は本心をあまり明かさない王家にして嫡男である王賁の真意に触れてとめどなく流れでていく涙をおさえることなく応えた。

「ウグ……ハッ。こ、この番陽、この程度の傷ッ、すぐにでも治して参上してみせますとも」

「もう行く。副長の件はしばらく預かる」

 

そうして王賁は去っていった。あとに残るのは、主王賁へむけて元よりあった忠義の火が、一段とおおきくなり、炎となって燃え盛っている番陽の姿だけであった。

 

 




第82話でした。


一億部。集さんの青年誌史上としては初の快挙。読者層のあつさが目に見えるようですね。
おまけのあの「べちゃ」としたシーンは笑いました。



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