彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

89 / 109
第83話になります。


第83話

 ここは、先の秦魏の大戦山陽一帯攻略戦で秦が得た城のひとつ微子城。 

 

「蒙恬様。一番隊、ただいま帰還致しました」

 

「おっ、陸仙。帰ったのか。ご苦労さま。敵さんはどうだった」

 

「そうですね、今日はやけに敵の当たりが弱かったので森の奥まで強行偵察を行ったのですが、敵はどうやらこの地域からの撤退をする可能性がでてきました。というのも、その奥にあった敵本陣と思われる場所を発見したのですが、もぬけの殻になってましたから」

 

「へぇ。判断が早いな。もうちょっと粘ってくるのかと思ってたけど、他の場所でなにかあったかな」

 

「それなのですが、敵は別の場所に戦力を集中させているのではないかと」

 

「別の場所、ね。どのあたり」

 

「里井です」

 

「って、飛信隊が援軍で入ったあたりじゃなかったっけ」

 

「そうです。どうやら、大負けはしていないようなのですが、里井全体の戦況自体も芳しくないようで、何とか踏みとどまっている状態だと耳にしました」

 

「あぁ。やっぱりか。そんな気はしてたんだよね……。ってそういうことか」

 

「はい。おそらくここを陥すことをあきらめて里井の地を一気呵成に奪い取り、そこから反転攻勢をしかけてくるのではないかと思われます」

 

「……とはいっても、ここの守備兵を向かわせるわけにもいかないよね」

 

「そうですね。撤退したとみせかけて、城から兵が出払った瞬間に戻ってくるのは常套手段ですから、周囲一帯の偵察が終わるまで動かない方がよろしいかと」

 

「だよね。飛信隊はわかったけど、ほか連中のことは何か知ってる」

 

「それなら、まずは玉鳳隊ですかね。こちらも以前ほどの鋭さがなくなっている様子です。なにやら現体制の見直しを図っているいるみたいです」

 

「副官の番陽さんがまだ復帰できてはいないだろうし、王賁のことだから本格的に将軍を目指す前に中核となる部隊の洗練でも施しているのかもしれないね」

 

「なるほど。なら、うちもやりますか、部隊のさらなる洗練を」

 ちょうどその時「蒙恬様~」と遠くから耳馴染みのある声がした。

「必要ないよ。うちのじィはあのとおり元気だし、一番隊の陸仙をはじめ、みんな優秀だからね」

 蒙恬の視線のさきにはこちらに馬で向かってくる副官胡漸の姿あった。

「ふふ、そうですね。では必要になったときにしましょうか。あとは、豹騎隊ですね。あそこは先の大戦で隊長の李豹殿が瀕死の重傷を負い加えて副官殿は戦死でした。そのため現状は戦線に部隊が復帰したばかり。千人部隊に慣れないのか、ほかと同様に苦戦を強いられているとのことです」

 

「なるほどねえ。どの隊も先の大戦の傷痕がまだ尾を引いてる感じか」

 と蒙恬が視線をずらせば馬の脚を緩めて近寄る胡漸の姿があった。

「どこにおられたのです、蒙恬様。随分と探しましたぞ」

「ごめん、ごめん。ちょっとね。それで、じィはどうしたの」

 胡漸は懐から書簡を取り出すと言った。

「おっとそうでございました。こちらが弟君の蒙毅様より届いておりましたぞ」

 蒙恬は受け取り書簡の封蝋を確認すると中身を検めた。

「ん。蒙毅からね。なんだろう」

 そして、書簡の内容を理解すると口元に手を当てて思案をするような仕草をした。その様子に、陸仙はなにか不測の事態が起こったのかと危惧して蒙恬に声を掛けた。

「蒙毅殿はなんと」

 

「……うん。いや、蒙毅も思い切ったことをするなと思ってね」

 

 

蒙恬が自身の弟蒙毅の決断に感心を覚えている頃、飛信隊の駐屯地では車座になって喧々諤々な様相を呈している信たちの姿があった。

 

「だァかァらァ、敵が左の側面を衝くためにこう動いてくんだから、田有んらのとこで足止めしてその隙に俺が前線を突破しちまえばあとは本陣だけだろうがっ」

 そう己の考えを口にしたのは飛信隊隊長の信である。

「馬鹿やろう。それは一昨日やろうとして失敗したやつだろうが。松左が機転をきかせて退路を確保してなけりゃ、田有とこが壊滅して完全に負けてただろうがよ」

 と異議を唱えたのは血の気の多い漢田永であった。

「ンンだとっ。じゃあてめえが勝てる作戦ってやつを考えやがれってんだ」

「ァアア˝ バカ信の癖しやがって何が考えろだ。てめえは隊長の癖に一昨日の失敗も覚えてねぇじゃねえかッ」

 お互いに立ち上がると額をぶつけ合うほどに接近する信と田永。

「嗚呼いえばこういいやがってッ。もう我慢ならねえ」

 売り言葉に買い言葉。信が口火を切れば田永も黙ってはいない。

「上等だ。掛かってこいや。俺がお前の頭に一発ブチ込んでそのバカを取り除いてやるぜッ」

 そうして今まさにお互いの胸倉を掴んで離さず喧嘩に発展しそうなった二人の眼前に木剣を差し込んで制止する者がいた。

「落ち着け。お前たち。取っ組み合いの喧嘩をしている場合じゃないぞ」

 それは飛信隊きっての剣術の使い手祟原であった。また、その祟原に同調を示して言葉を続けたのは冷静沈着な槍使い松左であった。

「祟原の言う通りだ。この地に援軍にきて俺たちはまだただの一度も勝っちゃいねえ。というかなんとか負けちゃいねえってな具合だ。援軍にきてこの様じゃ風当りも強くなってじゃねえのか、信」

 信は松左に水を向けられると田永の胸倉から手を放して言った。

「ッチ。……たしかに結構にらまれちゃいるが、俺たち以外の所も似たようなもんだからそこまでじゃねえよ」

 信の言葉で現状のまずさをある程度理解した皆が静まる中、信と同じ城戸村出身の少年兵昂が弱気な言葉と現実的な案を口に出した。

「やっぱりぶっつけ本番で実戦を迎えるのは無理があったんだよ。いまからでも楚水副長にこっちへ来てもらって作戦を考えてもらったほうがいいんじゃないかな」

「昴。そんなこと言ってもよ。しかたねえだろうが。飛信隊千人の食いもんやら何やらの手配を確実にできるのが楚水しかいなかったんだからよ。だからそんななかで俺たちにできる最善っていうのがなにかって考えたのが、壁のあんちゃんからもらったこいつを元にして隊の作戦を立てようぜってことだろうが」

 壁の名に反応するように、飛信隊副長渕は自身の考えを述べた。

「そうですね。もし我々にこれがなければもっと酷い状態だったと思います。壁様には私から改めて丁寧な謝辞を伝えておきます」

 澤圭はそれに補足を加えるように言葉を続けた。

「お願いします。そしていまの私たちの問題は、飛信隊のために用意してくださったこの書物の内容を理解して実践する力が私たちにないことにあります」

「澤さんの言う通り、俺たちには学がねえ。だからってなにもしないってわけにもいかねえ。結局はできることをやってくいくしかないってことだろ」

「それはいいけどよォ、そもそもその壁千人将に直接教えを受けたはずのばか信のせいでこうなってじゃねえのかよ」

「田永ッ しつけぇぞてめえはッ」

「俺は事実を言っただけだろうがッ信のボケがッ」

 そうして再び胸倉を掴み合う信と田永に、これまで黙っていた田有は声を挙げた。

「お前らやめろ。そのくだりを何回やるつもりだ。いい加減にしねえと俺や竜川らで強引にでも取り押さえるからな」

「ウッス」と立ち上がる竜川、中鉄ら怪力衆の威容に流石の二人も距離を空けた。

 そうして沈黙がおりることしばし。口を開いたのは飛信隊の古参隊士である沛浪であった。

「俺も田有に一票だ。だけど、信だけが悪いわけじゃねえ。俺たちだって飛信隊の隊員なんだ。こうして皆で考えても勝てねぇってことを、一旦認めることは必要なんじゃねえのかとおもう」

 信は沛浪に視線を向けるとその意味を問うた。

「沛浪。何が言いてえんだ」

「お前だって言ってただろうが。外部から人間を入れるっていう手もあるってよ」

「そ、そうだぜ、信。少し間前に来てたんだろ。中央から人を送るって話がよ。ちょ、ちょうどいいじゃねえか」

「なにがちょうどいいんだッ 尾平。俺たちは百人隊から一丸となって戦って、それでいくつもの窮地をみんなで乗り越えてここまで来たんだぞ。いまさら他所のやつに飛信隊の命を預けられるかってんだ」

 この信の気勢にたじろぐ尾平を横目に百人部隊からの古株去亥は声を挙げた。

「おい、信。俺はありだと思うぜ」

「な、去亥。お前も反対だったんじゃねえのかよ」

「ああ。最初聞いたときはな。けどよ、俺はもともと馬陽んときはお前ら第四軍と違ってほぼ全滅した第二軍にいたのは知ってるだろ。なんでか、あん時の感じがするんだよな。うまく言えねぇけどよ……」

「どういうことだ」

 

「あぁ、となんだ。そう。昨日あたりから空気がひりつくっつうか、重苦しい気がしてんだよ」

 

 

一方、対峙する魏軍里井攻略軍本営では。

 

「クハハ。山陽奪還に向けた里井攻略の援軍に来てみれば、かの山陽戦でハネておった若造が率いる飛信隊なる千人部隊がこの地にいるという。山陽奪還の狼煙をあげるにはちょうどいい首だとは思わぬか。魏・軍師八指がひとり氷鬼よ」

 

「フッ 左様でありますな。間永将軍」

 

「よし。この地に部隊は着々と集結してきておる。明日から本格的な里井攻略に入るぞ。先陣は道清。お前だ」

「ハッ しかと先陣を承りました。この道清、必ずやご期待に応えてみせますぞ」

 

 

魏軍が里井攻略に向けて各地の部隊を続々と集結させて動き出そうとしていた少し前。

 

蒙毅は、一足早く目的の地にたどり着いており着任の挨拶を行っていた。

 

「僕の名は蒙毅。名が示す通り蒙驁将軍の孫にして蒙武の子。そして、ご存じかもしれませんが、蒙恬は僕の兄にあたります」

 蒙毅は部隊の長と立ち並ぶ隊員たちの前で会話を交わす。

「この部隊を選んだのは、あくまでも僕の判断によるものです。それと僕に敬称は不用です」

 蒙毅は部隊長から兄蒙恬の話を振られると自身の思いを口にした。

「そうですね。兄はひょうひょうとしているようで、常に先のことに目を向けられる人間です。僕もそうありたいと考えていますが、まだまだ修行の身。どうぞよろしくお願いします」

 そして蒙毅は部隊長の申し出を快諾する。

「ええ問題ありません。早速軍議を開きましょう。この地に赴く間に、必要な情報はすべて頭に叩き込んでありますから」

 

 蒙毅は部隊に快く迎えられると、この地に到着するまでの間に纏めていた策を速やかに実行に移すべく動き始めた。




第83話でした。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。