彼の者の盾はどこへ向かうのか。   作:mukurobone

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第85話になります。

今年最後の投稿になります。
長々とお付き合い頂いている皆様に感謝を。


第85話

 里井に降りていた夜が明けると、両軍は周辺でかかる唯一の橋、美仁橋を境に対峙した。この橋をめぐる激しい攻防の幕が上がろうとしていた。

 

「魏の強者ども押し込こんでいけ。美仁橋を占領すれば我らの勝ちだ」

 

 岸の向かい側では、敵指揮官の檄に応える鬨の声が唸りをあげている。

 

 その様子に、美仁橋の守備の要大工の棟梁かつ怪力衆の顔役田有は声を挙げた。 

 

「おうおう。随分と敵さんはやる気のようだぞ」

 それから田有は右後方に立つ巨躯の戦士に視線を向けて言った。 

「俺はこっち側を受け持つ。そっち側は任せたぞ、竜仙」

「うっす」と竜仙は先端にむかって丸太のように太い棍棒を肩に担ぎ上げた。

 

 そんな二人に隊長信は檄を飛ばす。

 

「前は任せるぞ田有。竜仙。きつくなったらいつでも俺や中鉄の隊が交代ではいる。ふたりとも最初から全力でいけ」

それに力強い「「応ッ」」と声が響く。次に信は各持ち場の長に指示を飛ばした。

「祟原は左。松左は右だ。こっちに地の利はある。敵が川を渡ってきたら容赦なく叩き落としてやれ」

「おう」「なんとかやるさ」と左右の川岸に立っているふたりの声が返る。

「去亥と田永は貂の指示に従って各持ち場の支援にまわってくれ」

「ああ」「わかった。信、てめえ死ぬんじゃねえぞ」

 

「あったりめえだ。野郎ども、絶対に押し負けるんじゃねえぞ」

 

 飛信隊は美仁橋に重量級の怪力衆を並べて敵の行く手を阻み、橋を渡らずに渡河しようとする敵に対しては川べりで待ち受けて叩く作戦を立てていた。

 その作戦を後方より指揮する河了貂は、隊長の檄に飛信隊全体から「応!!」あがる鬨の声に戦う準備はできたと声をだした。

「よし。こちらの士気は十分。あとはこっちの作戦がはまるかどうかが勝負の分かれ目だ」

 里井周辺を模した戦術盤を前に、河了貂は軍師として初めての実戦を控えて、自身の早まる心臓の鼓動に動かされるように吐露した。

「作戦は充分に練った。想定していないことが起こった場合のことも考えてある。失敗はしないはず……なのに、手の震えが止まらない」

 河了貂は震える手を抑えるためにお腹の前で腕を組んで気持ちの整理をつけるために言葉を口にしていく。

「戦いが始まったら、オレの立てた作戦で敵味方をふくめて何人も人間が死ぬ。でも、オレは味方を救うためにおおくの敵を殺さなくちゃならないんだ」

 されど、震えが止まることはない。

「そうだ。オレは自分の意思で信をたすけるために軍師になったんだ。これは、これからずっとオレが受け容れていかなくちゃいけない現実なん、……だ」

 

 

 頭では理解っている。けど、簡単に割り切れるものじゃない。……いや違う。割り切っていいはずがないんだ。誰にだって命はひとつしかない。でも、ここは戦場なんだ。みんなを。みんなを生き長らえさせるために、これはオレがやらなくちゃいけないことなんだぞ。震えをとめろ、しっかりするんだ。黒卑村の河了貂。

 

 

 河了貂が心のうちで自問と自答を繰りかえし善悪の正否の葛藤に囚われて苦悩な表情を浮かべていると、その様子を見かねて声を掛けた者がいた。

 

「貂殿、大丈夫ですか」

 

 それは柔らかく気遣うような声であった。

 

「え。……あっ、うん、ごめん。なに。ちょっとぼぉとしてたみたい」

 と河了貂の動転したような反応に飛信隊副長の楚水は「そろそろ戦いがはじまります」と落ち着いた声をだすと言葉を選びながら続けた。

「信殿から、あなたが軍師としては初実戦であると聞き及んでいます」

 その言葉に、河了貂は少し俯きかげんで訊いた。

「楚水副長……は、やっぱり、オレみたいな初出な新参者が軍師じゃ頼りないっておもう」と。

 楚水は言葉の意味を正確に理解すると、河了貂と視線をしっかりと合わせてから嘘を交えることなく言った。

「そうですね。まったくなかったとは言えません。が、到着直後の後退の判断もさることながら、今日の戦いにむけた作戦立案の様子をみれば、そんなものはなくなりました」

 河了貂は落としていた視線をあげて言う。

「それはここに来るまでに時間があったから、事前に用意できてたのが大きいよ」

「そうかもしれません。ですが、今日提示された作戦は、私たちが逆立ちしたとしても頭から零れ落ちることのない大きなものです。ですから、自信を持ってください」

「自信はある。あるけど……。失敗したらみんなを悪戯に死なせるかもしれないってどうしても考えてしまうんだ」

 楚水は、河了貂がいま抱えているものが手に取るように理解できた。なぜなら、それは自分自身が以前の戦いで知らぬ間に抱えてしまっていたものと同様なものであったからだ。

「なるほど、そうですか。それなら、私が信殿に教えられた言葉を今度は信殿の旧知であるあなたに贈ります」

 河了貂は意外そうな表情を浮かべて言った。

「えっ。信に楚水副長を教えらえるような教養なんてあるの」

「フフ。教養とは違いますが、信殿はあれで本質をよく捉えておられます」

「そう、かな。あっ、でもたしかに、ごく稀にハッとするようなことは言ってたかも」

「そうでしょう。ですので私から貂殿に贈れる言葉は一つ。それはーーー」

 

 楚水の言葉を聞いた河了貂は「ハハッ」とはにかむと「たしかに信っぽいね」と笑みを浮かべた。

 

「どうですか。肩の力は抜けましたか」

 

 その言葉、声色は、楚水が備え持っているどんな相手も気遣える人柄を如実に表すものであった。

 

「うん。ありがとう、楚水副長。少なくても手の震えは止まったかな。そうか、もうオレは飛信隊の一員なんだな。だから、いまはただ全力を尽くすよ」

「そうしてください。どうやら戦いが始まったようですので私も持ち場に戻って、自分の任務に全力を尽くしたいと思います」

 そう言うと楚水は馬に跨って川に沿って植生している木々の隙間に消えていった。

 

「オレはまず、オレのできる精一杯のことをする。あとのことはぜんぶ戦いが終わってから考えよう」

 

 こうして開始した美仁橋攻防戦は、兵士の数で劣る飛信隊が必死な防戦を強いられる一方、魏軍は数的優位をたよりとして間断なく攻め寄せ将軍間永の指揮下のもと魏・軍師八師氷鬼の差配と精鋭道清千人部隊によって攻勢を強めていた。

 

「氷鬼。前線突破の報がいまだ来ぬようだが、どうなのだ」

 

「そうですね。敵は橋の守りを強固にして封鎖を行い、後方に防柵を置くことで騎兵の乱入を抑止しているようです。また川岸に兵を展開させることで上陸を阻んでいると報告があがっております。全体として定石通り、面白味がないぶん堅い守備陣形であり、上策と言えるかと」

 

「やけに褒めるな。そうなると突破するのに時間が掛かりそうか」

 

「いえ、将軍。特段に褒めたわけではありません。定石通り。つまりは戦術を学んだ者ならば誰もがとれる策です。このことから、敵に戦術を理解する者が加わったことが分かります。だからといって問題はありません。私はそういった事態に備えて、昨夜のうちに、この川の上流付近で対岸に渡れる浅瀬の捜索、発見をし、強襲部隊を配置も済ませてありますので、どうかご安心を」

 

「ふむ。それは昨夜だした捜索隊がそのまま強襲部隊と化したということだな」

 

「ご明察です。流石ですね、将軍。敵の索敵に引っ掛からぬように十分な距離をとらせましたので、もうしばらくは掛かるでしょうが、強襲部隊さえ到着すれば川岸に展開している秦兵を蹴散らすことができます。そうすれば、あとは堰を切ったように端から雪崩れこむ我らが兵によって、敵は総崩れになりましょう」

「そうか」と間永はにやりと口角を挙げると続けた。

「ククク 氷鬼よ。奴らは橋の攻防だと思い違いをしているようだが、見えてるモノだけが戦いではないことを敵に教えてやれ」 

 

「フフ 敵は自軍の屍が無数に討ち捨てられてから、初めて気づくことでしょうな」

 

 

 また別の戦場では、先頭にたって気を吐く部将の姿があった。

「うおりゃあぁああっ」

 気合一閃。敵を屠っては部隊に檄を飛ばす。

「戦え秦の兵たちよ。山陽攻略の失態を取り返す機はまさに今この時である」

 そうして先陣を駈ける部将に追いついた側近は言う。

「土門将軍。お下がりください。将軍は急死に一生の怪我から戦線に復帰したばかり。無理をなされてはなりません」

 土門はギロリと側近を睨むと怒声を挙げた。

「うるさい馬鹿者ッ こんな傷の痛みなど戦っているうちに忘れてしまうわ。いまはこの戦いの主導権を握るほうが重要だ」

「しかし将軍。こちらは数的に不利にあります。万が一将軍が討たれてしまっては、この方面軍が崩壊していしまいます」

「そんなことは分かっておるわ。右翼から第四部隊を突撃の号令をだせ。敵が怯んだところを儂自らが切り裂き活路を拓く。すぐにでるぞ。遅れるなよ」

 土門は第四部隊の突撃とともに揺らぎはじめた敵軍に馬首を向けると「ハぁッ」と手綱を撓らせ馬の腹を蹴って駈け出した。

「ど、土門将軍をおひとりで行かせるな。皆の者、腕の見せ所であるぞ。将軍に続けえええ」

 先陣を駈ける土門はふと口走る。

 

「小僧ども、この儂を扱き使っておきながら戦果があがらぬなどほざくようなら、名家の嫡流と言えど容赦せんぞ」




第85話でした。

なんやかんやと年の瀬です。
往く年来る年大晦日。残りだいたい9時間ですが、良い年越しをお迎えくださいね。
いよいよ来年はアニメ5期黒羊編。尾平の、信の、言葉が心に残ります。そして、実写キングダム大将軍の帰還とキングダム年は続いていきます。楽しみですね。

それでは、それぞれにとって良い新年を迎えられることを願っています。
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