新年早々、大変な年明けになった2024年ですが、本年もよろしくお願いします。
「前衛変わるぞ。田有、竜仙。ッおりゃあぁぁぁ」
飛信隊隊長信は前衛のふたりの間から敵前に躍り出るとその勢いのまま強く握りしめた剣を振り抜き敵兵を斬り払った。
「ぬんッ」と隊長に続いて前衛に現れたのは怪力衆のひとり中鉄。
「すまねえ。しばらく任せるぜ隊長に中鉄」「お願いします」
と怪力衆の顔役田有にその三倍力を誇るという竜仙が後衛に下がった。そして田有は荒くなった息を整えて周囲に目を配った。
「フゥ、フゥ、フゥ……。橋に群がる敵の攻撃も激しいが、川岸も相当だぞ。けど去亥と田永がうまい具合にやられそうなところの支援に入ってるおかげで何とかもってるって感じか」
田有の言葉通りに川岸でも激しい攻防が続いており予備兵すべてを使ってのギリギリの戦いになっていた。橋の左では祟原が声をあげた。
「敵を無理に殺す必要はない。川にさえ叩き落せば流れの強い川だ。また這い上がるのは至難。敵を徹底的に疲れさせろ」
その反対側では、松左が槍を巧みに扱って敵の甲冑の隙間に突き刺した。
「おっと。ととっと。ふう。敵さんの勢いが途切れないから疲れるね、まったく」
と松左が持ち場を見渡すと古参の尾平の叫び声が挙がった。
「く、ちょ、ちょっとだれか、誰か助けてくれ」との声に、少年兵昂が「尾平さん。まってて僕が助ける」と向かおうとするも敵兵に阻まれる姿が映っていた。
「ひぃいいい、だれかぁあ」
そのため叫び続ける尾平に、松左はため息を漏らすように言葉を吐いた。
「少しは休ませてほしいね」
飛信隊に対峙する魏軍本陣。
「儂の目に戦況は拮抗であるようにみえるが、どうだ氷鬼」
と魏軍将軍間永は軍師に訊いた。
「そうですね。私の想定よりも幾分かは堅いかと。ですが数の利を覆すほどではありません。さらに、もう間もなく趨勢を決める襲撃部隊の到着があるかと」
「うむ、そうかそうか。それでは崩れた敵を討ち取る準備に入るとするか。がはははっ」
とさも愉快だと笑い声を挙げた間永に氷鬼は軍師として言葉を掛けた。
「お待ちを、間永将軍。いまだ勝敗が決したわけではありません。将軍は、万が一に備えて追撃には加わらず後方にて待機でお願いします」
「むっ。なぜだ。ここで戦を決するつもりなのであろう。ならば儂自らが前に出て声を挙げねば儂の名が廃るであろうが」
「将軍の仰ることは重々承知しておりますが、この場所は木々や草木が生い茂る戦場です。どこに兵を伏せているかはわかったものではありません。それに勇猛であられる将軍に慎重を期する助言をするのが、私の務めであると認識しておりますゆえ、どうか」
そう拱手の姿勢で礼を示す姿に間永は肯定の言葉を発した。
「ぬぅ。わかった。ならば逆にーーー」
間永の言葉に、軍師氷鬼は肯定の言葉を発した。
「良いお考えです。それは私も提案するつもりでいました」
そうふたりが魏里井攻略本陣で話していると彼らが待ちに待ったひとつの報が届いた。
「別動隊到着っ。到着した別動隊は敵川沿いの守備兵の側面に襲い掛かりました」
「た、隊長ッ。 右の上流側から敵援軍があらわれたと。松左隊より至急救援の要請です」
「なんだとッ。クソッ、俺が行く。田有、竜仙、中鉄。ここは任せたぞ」
そんな信を田有は引き留めた。
「待て。信。河了貂に言われてたことを忘れたのか」
信はハッとした表情をしたあと言った。
「ッ、と。そうだった。ってことは」
と信が耳を澄ましてすぐに銅鑼の音が響き始めた。
「銅鑼の合図だ。全員、退くぞ。俺について来いッ」
飛信隊は退却を報せる銅鑼の音にくわえて信の号令により、すぐに戦いを納めると退却をはじめた。当然、背を向けて逃げ出す飛信隊を見過ごす魏軍ではない。
「敵は退却を始めたぞ。いまこそ敵を討つ絶好の機だ。全隊追撃に入れッ」
ここから、魏軍の激しい追撃が始まるはずであったが、その初手で躓くことになった。
「追え、追えぇぇ。敵を討て。武功を挙げろ」
魏軍は隊列を伴って逃げる飛信隊の背を衝くため隊列を乱して追った。そうして魏兵の槍がその背後に届きそうになったその時であった。
「いまだ。敵の隊列が乱れている隙をつけ。皆が逃げる時間を稼ぐぞ」
そう声を挙げたのは、古参の頼れる強面沛浪であった。彼らは戦が始まった段階から伏せてあった百人ほどの小隊であった。
そして寡兵とはいえ木々と草木が生い茂る森という立地にくわえて完全な奇襲となる攻撃、なにより逃げ出した飛信隊の背を追って勝ち戦だと浮かれて乱れてはじめていた魏兵に驚きをもって迎えられ、わずかながらにも混乱をもたらしていた。
「敵襲、敵襲だ。敵の伏兵が現れたぞ。隊列だ、隊列を組んで押し潰せッ」
と魏将校は混乱する部隊を収拾するために声を挙げた。が、その立て直しを図る時間こそが沛浪たちとって最も欲しかったものであった。
即座に踵を返した沛浪は「今のうちだ。森を抜けるぞ」と声をあげて一目散に逃げだした。
「ここまでばっちり敵の動きを読むとはな。たいしたもんだぜ。軍師河了貂ってのは」
その報を受けて魏軍師氷鬼は「フム」と声を漏らして続けた。
「どうやら、敵もなかなか切れ者のようですな。私の策を読んでいたのかまでは定かではありませんが、想定外の事態に備えて策を弄していたようです」
「よいのか、このままでは飛信隊をとり逃がしてしまうぞ」
「いえ。伏兵との報告でしたが数は寡兵も寡兵。最後のあがきしょう。ですから、そう遠くない所で捕捉ができ、包囲完了の報もいずれ届くかと。あと、付け足すことがあるとすれば、この美仁橋は周辺唯一の橋であり、秦の他の戦線にとっては重要な兵站を担う地の一つです。よって、飛信隊隊長信の首は取れれば良い程度とお考えださい」
「むぅ。そうか」
「残念そうですな、将軍。私はなにも、できないと申し上げているわけではございません。できるなら実行する。状況の問題です。そうしている間に、あらたな伝令がきたようですぞ」
伝令は言った。
「報告します。道清千人将より飛信隊を崖際にて包囲。これより攻撃を開始するとのことです」
その報は、間永に勝利が眼前に迫っているという笑みをこぼさせた。
「よいな、氷鬼」
氷鬼はこくりと頷いた。
「出るぞ。今日中に敵兵を殲滅し、我らが山陽奪還にむけての最初の狼煙を挙げるぞ。進めッ」
そうして動き出した魏軍本陣の様子を窺うものたちがいた。
「楚水副長。敵本陣が動きました」
副長楚水は、敵部隊が隊長信の本隊の追撃に移ったことでうまれた余白。草木が茂るその隙間に身を滑り込ませていた。
「よし。皆の者、聞け。我らの狙いは、この戦いを指揮する敵の将軍のみ。奴らが橋を渡りきり、我らに背を向けた所で一気に制圧する」
楚水は別動隊指揮官として息をひそめ、その時をじっと待った。その頃、飛信隊は切り立った崖を背にしながら円陣を組んで屈することなく激しい抗戦を繰りひろげていた。
崖を背に半円の形となった陣の中心。信は声を荒らげて部隊を鼓舞していた。
「野郎ども。ここが正念場だぞッ 絶対に生き残ってやるっつう強い意志を持って、一丸となって戦えッ」
それから信は周囲を見渡す。
「田有、竜仙。お前たちの底力を魏軍の雑魚すけどもに見せつけてやれッ」
信の檄に応えるように、田有の矛が魏兵を薙ぎ倒し、竜仙の棍棒が唸りを上げた。それらは複数の魏兵を一振りで薙ぎ倒してはふき飛ばし、彼らの勇が戦場にしめされる。
信は続けて声を挙げた。それは檄ではなくもはや挑発そのものであった。
「田永。お前が達者なのは口だけかッ それだけじゃねってところを俺に見せつけてみやがれってんだ」
「嗚呼ッ んだとッ信、てめえふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ。コラぁあああ」
と田永は敵兵との槍の柄同士での鍔迫り合いの状態から片足に地力を込めると反対の足を浮かせて前蹴り、俗にいう喧嘩キックを放って敵を転ばせたところに槍を突き立てた。
「どうだ、コラァ信。あとで覚えとけよ。この野郎ッ」
そのまま勢いに乗った田永は俺が田永様だと誇示するように暴れ回った。
「カカッ 単純な野郎だぜ」
そう信はひととき口角を上げて笑みを浮かべたが、全体の戦況が好転したわけではない。各持ち場を任せている伍長や什長、百将たちの奮迅の働きによってなんとか持ちこたえている状態で、余力の底は見え始めていた。
「限界が近え」
信はそう言葉をもらすと副長の渕に向けて目配せた。渕はその意を汲み敵の囲いのそとに目を配ったが、望んでいる姿を確認できずに顔を横に振った。
「ッチ。あと、少しだ。あと少し皆耐えてくれ。かならず、必ず転機がくる」
飛信隊は、魏軍に完全に包囲されている状況にかかわらずに誰一人諦めることなく団結して立ち向かって抗戦を続けた。
第86話でした。
「紫夏。お前がこの先他人のためになにかできたら、それは私にとって大きな意味をもつ」
「どんな些細なことでもいい。受けた恩恵を次の者へ」
「そうやってひとは、繋がっていく」 紫啓の言葉より。
大変な時期だからこそ、考えていきたい言葉だと思います。