アニメ五期がスタートしましたね。(先週)
場所は戦場から少し離れた崖の上。
飛信隊軍師河了貂は敵の動きにあわせて指揮所を移動させ、高所で全体を見渡せるこの位置に設けていた。
「おい、河了貂。隊長たちが崖際に追い詰められて包囲されちまってるぞ。隊長たちは本当に大丈夫なんだろうな」
そう声を挙げたのは物見であった。
「……信の言葉が本当なら、まだ大丈夫なはずだ。それよりも森の様子を注視して。すべては伏兵となっている楚水副長の働き如何に掛かってるんだから」
河了貂がいる崖上は戦場全体が見渡せる程度に高く、この崖から荒野を挟んで信たちが撤退してきた木々の生い茂る森林の切れ目までを見渡すことができた。
「まだ副長の姿は見えない。それより、敵本隊は本当にこの荒野まで前進してくるのか」
「必ずくる。オレがついた日からここまでの攻防を見る限り、敵に力量のある軍師が付いているのは間違いないんだ」
「そうはいってもその力量のある軍師ってのがついていたら、なおさら、安全を期してここまで前進してこないんじゃないのか」
物見の疑問に、河了貂は「そうだね」と頷き自身の考えを口にした。
「言いたいことは分かるよ。だから、そうさせないためにまだまだ粘れるところを切り上げさせてきたんだ。そのおかげで犠牲も極力減らせることができた。軍師といえどひとりの人間なんだ。どんなに慎重な軍師でも己の策が嵌れまば嵌るほど、心にゆるみが出る。なにより、敵にとって絶対的に優勢なこの状況は、それを加速させてくれる。だから、動かないはずがない。いや、動いてくる」
「ただの撤退にも理由があったってことかよ。ってことは、あの森から楚水副長が出てくるのは、敵の本陣を攻めて敵将軍を捕らえた時ってことになるわけか」
河了貂は言葉を発することなく戦場の一点に集中していた。
「……あ、よし。でてきた、出てきたぞ河了貂。でも、なんであんな道から離れた場所から……」
そうして物見は安堵の息を吐こうとして止めた。何かがおかしいと気づいたのだ。
「お、追われてる。敵に追われてるぞ。楚水副長の騎馬隊が。なな、なにがあったんだ」
時は少し遡る。
楚水たちは敵本隊が背を見せるのを木々の隙間からじっと息を潜めて待っていた。
「本隊は五百程か。先行部隊に百。本体が三百。後方に百、か。なかなか用心深いな。よし、予定通り奇襲は後方からにする。美仁橋から続いてるこの街道は、視界を左右の木々と草木に遮らていることもあって騎馬隊の良さを存分に活すには不十分であるからな」
そうして機を見て楚水隊は動き出した。
「行くぞ。敵後方守備隊を貫き一気に敵大将を我ら楚水隊が捕らえるぞ」
それは完全なる奇襲であった。
なぜなら、敵の意識は勝敗を決する戦いに向かうため前方に集中していたからである。そのため、後方を警戒しているはずの敵守備隊ですら、この奇襲に対して後方から響き出したドドドッと地面を踏み鳴らす馬脚の音を拾うまで気づけていなかったのだ。
敵兵も急いで振り返ったが、もうすぐ傍まで迫っていた大きな馬体の圧力に腰が引け、叫ぶのが精一杯であった。
「て、てて敵襲ッ。こ、後方より騎馬隊、騎馬隊です」
楚水の目には、唐突にあがった声に行軍を止めて反転、隊列を整えようと慌てふためく敵兵の姿が見えていた。
「よしッ 楚水隊。今こそ力を示す刻だ。全力を尽くして戦え」
楚水の檄は隊の士気を盛り上げ勢いをまして敵本隊の後方守備隊とぶつかった。
「雑兵に構うなッ とまらずに進めぇええ」
楚水騎馬隊が敵後方部隊が隊列を組み直す暇を与えずに分断、貫通した。
「本隊が視えたッ。勝機はここにあり。この戦いに片を付けるぞッ」
楚水騎馬隊は勢いそのままに突撃した。
のだが……。
魏・軍師八師氷鬼はこの強襲にも
「読み通りですな。将軍」
とほくそ笑む。
「フッ。そうであろう。やれ、氷鬼」
「御意のままに」
氷鬼が天にむかって拳を掲げ、手刀の形に変えて振り下ろした。
その途端に「ガザガザッ」と街道を挟んで両脇の茂みから魏兵が姿を現す。
「殺せぇ。奴らの最後のあがきであるぞ。殲滅だ」
「なんッ。しまった。まさか奇襲を読まれていたのかッ」
直ちに楚水は馬脚を緩めて周囲を睨むように見渡した。
「副長ッ。て、敵兵が……」
その間も両の茂みから敵の後続と思われる敵影の姿が見えていた。
楚水は戦況の変化を感じ取って即座に判断を下す。
「ック。こうなっては仕方がない。森を抜けて撤退だ。撤退するぞ。私について来い」
楚水は馬首をさきほどまで身を潜めていた方角に定めて駈けさせた。
「奇襲は失敗だ。作戦を二の案に移す。この森をなんとしてでも突破し、信殿たちを包囲してるであろう敵の背を衝き脱出の糸口をつくるぞ」
「追撃だ。敵を逃がすな。敵本隊に合流させぬように執拗に追い込めえッ」
魏軍指揮官の声が魏兵を動かし、追撃戦が開始された。
「フフ。将軍、この戦……、勝ちましたな」
「ああ。これで、やつらにもう打つ手はあるまい」
と魏の将軍間永は、そう言葉を発したあと「ククク」と声をもらして、さらに言葉を続けた。
「敵の攻勢の弱い箇所を読みとり、この里井に兵を素早く増員させたお主の手柄であるぞ」
「なにを仰いますかな将軍。私は策を立案しただけ。将軍がそれを採用なされた。その判断力こそが優れた人物の証でしょうな」
「そうかそうか」と得意げな表情をみせる間永を尻目に、氷鬼の心の内には、これまで隠していた強い功名心が顔を覗かせていた。
フフフ。よしよし。間永将軍は勇猛さだけでなく素直さを持ちあわておられるゆえに扱いやすい。ここから山陽奪還の狼煙があがるとなれば、私の評価は鰻登りであろう。そして、この功をもとにして、さらなる大戦の作戦立案にも携わって、ゆくゆくは軍師八師のひとりなどではなく「魏に大軍師氷鬼あり」と、この私が称される日も近づいてくるというものよ。
しかし……、他国に冷酷無比と恐れられた火龍霊凰様が生きておられたことには驚いたものだ。
この私から見ても、霊凰様の智謀に疑う余地など微塵もない。ありもしない。が、皆の注目が、その弟子呉鳳明にだけ集まっていたことが癪に障っていたのも事実。
「あの自信に満ちた漢の鼻を明かせるとおもえば甘美な夢見心地よの」
「て、敵の本隊も森から出てきたぞ。ど、どうするんだか、河了貂。楚水副長の奇襲も失敗して、隊長たちも奮戦しているけれど包囲されたままだぞ」
物見の言葉に、河了貂はおおきな声を挙げた。
「ッ……。信に、みんなに。最後の合図をだして。いそいでッ」
そのとき、飛信隊副長渕の声が響く。
「合図です。信殿。軍師殿から合図が出ています」
信は渕と視線を交わすと剣を掲げて号令を発した。
「全員聞けぇ、いまから俺が突破口を切り拓く。いくぞ飛信隊ッ」
実のところ信は、円陣を組んで抵抗をはじめてから敵と一度も切り結んではいなかった。それは、まさに今この時のため。敵の包囲を一点突破するための力を温存していたからであった。
「うぉぉおおおおおおッ。どけぇッ 魏の雑魚すけども」
そして、これは現飛信隊にとって残していた最後の余力であった。
「どッりぁああッ」
信のゆるぎない信念の籠った一振り、一振りは敵兵を確実に仕留めて掻き分けていく。隊長信が最前線に踊り出て剣を振るう姿は隊員たちに、ここまでの戦いによって積み重なって見え始めていた疲労の色から刹那的ではあるが脱却させた。
田永が声を挙げる。
「お前ら、信だけにいい恰好させるんじゃねえ。気合を入れなせ。やるぞコラァ」
それは檄にも似た叫び声であった。そして、その闘志をむき出しにして戦う姿は、飛信隊皆の心の火にあらたな薪をくべた。
「そ、そうだ。俺たち負けねえぞ。みんな信に続けえ」
「び、尾平さん。……お、おいらだってやってやる。やぁッ」
尾平の、昂の、戦う意思に澤が続く。
「そうです、皆さん。我々はまだ負けたわけでありません。最後まで背中を護り合って戦いましょう」
それらは、この戦場にいる飛信隊隊員のひとりひとりに連鎖を促し、そして鬨の声を響かせた。
その様子に魏の将軍間永は、ひとつ舌を打つと言葉を続けた。
「ッチ。袋の鼠が粘りおるではないか。氷鬼よ、万が一に脱出されてはやっかいだ。よいな」
「はい。将軍直下の精鋭で一気に仕留めましょう」
「ぐははっ、道清に総攻撃の号令だ。そして我が精鋭、お前たちの出番だぞ。飛信隊隊長の首を獲ってまいれ。行けぇッ」
こうして戦いは終結に向かう。
第87話でした。
アニメ五期ではさっそくオギコさんの名言、いや、迷言が飛び出して「……ン、お、おう」の信の姿が印象的でしたね。
※氷鬼さんの自己肯定率を上昇させております。