目的地の一角に、珍しく人だかりが出来ている。
「凄ぇなぁ、あの二人……」
「お? 何が凄いんだ?」
そんな声が聞こえてくると、物珍しさも手伝って自然と早足になる。
そこは基地内にいくつかある、機動兵器の鍛練や習熟などに用いる筐体が設置されたシミュレーター室の一室。
人だかりが出来ているのは、室内に備えられた観測室だ。そこに備えられたモニターが、現在シミュレーターを用いて対戦をしている二人の“戦場”を映し出していた。
基地を仮想戦場として映っているのは、どちらも肌色を基調とした人型機動兵器。
使用されている機体は、本来はここでモニターを見ているメンバーを指揮する者が扱う〔ゲイオス=グルード〕。
彼ら――ゾヴォークが保有している、指揮官用機動兵器として開発された高性能機である。
指揮官用といってもそれは“元”であり、現在ではかなりの数が量産されている。
近・中・遠距離を問わない隙の無い武装に、厚い装甲としっかりとした設定がされている脱出装置も備えられているため、近年では最前線に配置される兵や傭兵部隊でも扱う者が増えてきていた。
そして、この人山が見つめるモニターの中では、二体のグルードが激しく火花を散らしている。
片方が、両肩に装備しているエネルギー砲――ドライバーキャノンの上部から四発のランチャーミサイルを続けて放てば、片方は前に突き出した両手の小手部分から発射したエネルギー弾が、ミサイルを撃ち漏らすことなく迎撃する。
片方が攻撃を掻い潜って掌から発生させたデュアルレーザーソードで左腕を奪えば、同時に至近距離から無理矢理発射したドライバーキャノンによって、アイカメラを一つと主砲二門の発射口をもぎ取る。
発射の際の反動を活かして距離を離すと、再び光が飛び交う射撃戦を展開する。
ちょっと視線をずらしたモニター脇には、二体を操作しているパイロット達の操作ログが表示されているが、これが尋常な早さでは無い。
水が決してその流れを止めないように、高速で延々と表示され続けている。
互いに手の内は分かっているとでも言いたいように、一進一退の攻防が続く。
さらに視線を観測室の外へと向ければ、激しく上下左右に振動している筐体が二つ目に入る。
「その内壊れるかも知れないが、とりあえずこの決着が着くまで保てば良い」と、この場で見ている者達の思いは一致していた。
「どうせ、修理代は自分には関係ない」という思いでも一致していたが。
どちらの機体も損傷が大きくなってきたが、撃墜判定は未だに出ていない。
この演目を互いに楽しむかのように、紙一重の所で直撃になりそうな位置からの攻撃を外していた。
わざと外しているのではなく、本気で避けているのかもしれないが……。
「それにしても、何で音声切ってんだ?」
後から無音のモニターを見始めた一人が、そう疑問を口にした。
「あ~……聞いてたら疲れるからだよ……」
律儀に教えた者の声は、確かに疲れを滲ませていた。
「疲れる……って誰と誰だ?」
「面倒臭ぇな、音声出した方が早いだろ。ほれ!」
分からずに首を傾げる数人の見学者を見て、他の者が密集している中をかき分けて、無理矢理にオフになっている音声スイッチへと手を伸ばす。
画面の中では、二体のグルードがレーザーソードで近接戦を仕掛ける所だった。
「あ、馬鹿! やめ……『あーっはっは! さあ、そろそろ観念しなさい!』……ろ……」
止めようとした者より一瞬早く、役目を再開した通信機から聞こえてきたのは、年若い少女特有の高い声。
『いや~、つ~よくなったな』
もう一方の通信機からは、彼等の上官で間延びした独特の口調で話す男の声が聞こえる。
「ゼブリーズ隊長と、親衛隊のエルミア隊長か」
「やっぱりあの二人か……」
「むしろ、他に誰が居るんだよ……」
正体が分かると、みんながみんなゲッソリとして疲れた表情を浮かべた。無言で音声のスイッチが切られる。
「え、隊長って……まだ若い女の子っぽいのに?」
知らないため戸惑いの声を上げた一人の兵士に、その場に居るほぼ全員から虚ろな笑いが向けられる。
先任達からそんなものを一斉に向けられた、まだ新人であるその兵士は当然恐怖に駆られてしまう。
「この画面を見てそんなことを言ってるようじゃ、突撃兵にもなれず、バイオロイド兵に出番を奪われて終わるぞ?」
「う゛……」
そう言われると、言葉に詰まる。入ったばかりで先が無いと言われるのは、誰でも嫌なものである。
少なくとも目の前で――自分達の隊長とその女の子は、自分の技術の及ばないレベルで死合をしているのだから……
「まあ、お前もその内こっちの仲間になるさ……トラウマになる位、あの子に何度も何度も何度も撃墜されて……な」
男達は、虚ろな笑みを浮かべて手招きをする。まるで亡者が新たな仲間を招くかのように……
その男達の向こうにある画面では、二体の死闘が終わりを迎えようとしていた――
その筐体の中はむせかえるような熱気に溢れ、頻りに何かを動かし……または叩く音がこの場を満たしていた。
「さすがはゼブ! あたしでは、まだちょっと敵わない……かっ!」
機動兵器のコクピットを模しているそこで、楽しそうに言っているのは十六・七歳の少女。
足元近くの床には、この暑さによって吹き出た汗だろう……水分を含んで、重そうな制服の上着が脱ぎ捨てられていた。
左手で握っていた操縦桿を強引に左に倒し、ゼブ機のサーベルをすれすれで避ける。
右肩部の装甲が今のでまた破損したが、少女――エルミア・エイン親衛隊第四派遣機動部隊(小)隊長は全く気にすることなく、視線をメインモニターに向けたまま右手の指がコンソール上で躍り続ける。
あちこち損傷して、生き残っている僅かな武装の中から、両腕のダブルキャノン(既に片腕になっているが)を選択。
回避から間髪置かずに、ゼブ機の――カメラアイが破損して死角となっている側から、腕を水平に上げたエルミア機が攻撃を仕掛ける。
右に左にと弾道をずらしながら、最後は真ん中に。
二発……三発と至近距離から放たれたエネルギー弾は、しかしゼブ機には当たらなかった。
死角でしかも真横からの攻撃……見えていない筈だというのに、前後へのステップで続けざまに二発を避け、コクピットを狙った最後の一撃に対しては……こちらに機体を向けながら、両掌から発動させたレーザーソードをクロスさせて受け止めるという離れ業をして見せる。
「これもかわすかー……。というか、どんな動きよ!」
『いやぁ~、い~まのは危なかったよ?』
口調は悔しそうだが、それとは真逆に表情は輝かんばかりの笑顔。
心底楽しそうな彼女に、大戦相手――ゼブリーズ・フルシュワ機動第三軍攻撃隊長からの音声が届く。
「何言ってるのよ、ゼブ。今の動きからしても、どうせあたしの動きを読んでいたんでしょ?」
『まあ、あ~る程度はね? エルちゃんとは、何度も戦ってるし~ね』
「エルちゃん言うな! 約束忘れてないでしょうね、ゼブ!? あたしが勝ったら……!」
半壊状態のエルミア機が、十数メートル先に立つ――同じく半壊のゼブ機に、右手のレーザーソードを向ける。
『お~れの使ってる機体を寄越せだ~ろ? お~ぼえてるって』
その言葉を聞いて、少女の笑みはますます強くなる。
「よし! その言葉、絶対に忘れないでよ!? あなたのライグ=ゲイオスは、絶対に手に入れてみせるわ……!」
『いいけ~どさ。ど~せなら、新しいの貰ったらい~いんじゃない?』
「あたしがあの機体好きなのは知ってるでしょ? それが、あなたに勝った証なら言うこと無しじゃない。新しいのじゃ意味無いし、メンテや改良は自分でも出来るし……」
両手で分からんと言いたそうな仕草をするゼブ機に、エルミアは先程までよりも幾分かテンションを下げた口調で、尻すぼみにボソボソと返す。
『ん~、でもそ~ろそろ仕事の時間何でね。終わらせてもらうよ?』
ゼブ機が両腕のレーザーソードを構えると、エルミア機も応じて片腕にのレーザーソードを構える。
「良いわよ。あたしの勝ちで……終わらせる!」
操縦桿を握り、足元のペダルを力強く踏み込む……そして、コンソールを舞台に踊る右手の指。
両肩のドライバーキャノンとランチャーミサイル、右手の小手部分からのダブルキャノンが次々とゼブ機に躍りかかる。
『そ~こで撃ってくんのが、エルちゃんだ~ね』
最初に飛んでくるドライバーキャノンを、“最初から”回避行動をとっていたゼブ機は左に避ける。
自機からそれたそれらには構わず、二振りのレーザーソードで“回避した先に”飛んできたミサイルを切り払う。
断続的なダブル……シングルキャノンが執拗にゼブ機の周辺――ゼブの回避行動を予測した位置を突いてくる。
『それじゃ、今度はお~れから』
レーザーソードを展開したまま、こちらはダブルキャノンでエルミア機を狙い撃つ。
距離をどんどん詰めながらシングルキャノンを迎撃し、さらにエルミア機の回避の癖を読んで二門の砲塔を破壊する。
壊される直前にドライバーキャノンが発射されるも、それは斜め上に飛んでいき何かを空しく破壊しただけ。
『悪いけど、墜~ちてもらうよ?』
「まだよ!」
間近に迫ったゼブ機の脚部付近を狙ったシングルキャノンは外れ、自機が振るうレーザーソードを刃で受け止めると、もう一振りの刃でその右腕を斬り落とす。
ゲイオス=グルードが胸部に搭載しているビーム方は既に双方とも使いきっているため、エルミア機の戦闘力はこれで実質無きに等しくなった。
そのエルミア機のコクピット部分に二振りの刃を突き付けるゼブ機。
『最後はあっけなかった~ね、エルちゃん』
「だから、エルちゃん言うな! ま、あたしの実力がこれってことでしょ」
少女は操縦桿やコンソールから手を離すと、大きく背伸びをしていた。
『じゃ、こ~れで俺の勝ち……ッ!?』
ゼブの声を遮って、メインモニターの向こうから激しい物音が響き渡る。
上部と下部を撃ち抜かれた柱に、ゼブ機が押し潰されていた。
そこに、行儀悪く足で操縦桿とペダル操作をしているエルミア機が、突き付けられた刃から無理矢理体をそらした結果……柱に押し倒される反動でゼブ機の刃に胴体部分を斬り裂かれながらも、相手のコクピット部分にその頑丈な足を叩き込んでいた。
ゼブ機のコクピット部分が押し潰されて大破判定が出るのより僅かに遅れて、回し蹴りをいれた姿勢のエルミア機もそのまま巻き込まれる形で倒れ、胴体の切断と潰死の二重で全壊判定が表示される。
前に伸ばしていた足をゆっくりと下ろし、大きく息を吸って、吐く。
額に張り付いていた紫の髪を摘まんで、肌から浮かせる。
「綺麗じゃないし、胸を張っての勝利じゃないけど、勝ちは勝ちよね」
勝利の表示が出ている画面を見つめながらエルミアは喜色満面にそう言うと、シートに体を固定していたベルトを外して立ち上がる。
しなやかな身体を思い切り伸ばし、スカートの埃を払って、足下に落ちている上着に手を伸ばす。
グッショリとして重い上着に形の整った眉をしかめると、自分の身体を見下ろす。
半袖の濃い目のシャツ。こちらも当然のように汗を吸っているが、下着の線は多分出ていない。
うん、まぁ大丈夫。
上着の袖口を持って引きずりながら、筐体の外に向かう。
閉じられていた扉を開けると外から涼しい空気が流れ込み、彼女の火照った身体を心地よく冷やしてくれる。
「姉御、お疲れ様でした!」
「上着、預かります」
外でずっと控えていた彼女の直属の部下の二人、ハイ・カーエとモベ・ビーシが敬礼で出迎えた。
「姉御って言わないで! せっかくの余韻が無くなるじゃない」
モベに上着を預けながら、エルミアが部下達を叱る。
その直後、脳天を襲う痛烈な痛みにエルミアは頭を抱える。
「いっ………!」
両手で頭を押さえた姿勢で、横から現れて一撃を加えてきた人物を見上げる。
「……ったーい……でしょ、ゼブ!? いきなり、何するのよ!?」
「だ~から、最初に上着を脱いど~けって言った~ろ? エルちゃんはす~ぐに熱中するんだ~から」
そう言いながら、ゼブリーズは自分の上着をエルミアに着せる。
「あ、ありがと……って、何でゼブは汗一つかいてないのよ? それと、エルちゃん言うな」
ゼブリーズの上着に袖を通しながら、いつもの飄々とした姿に気付き不満を口にした。
「言ってなかったっけ~か? おりゃ~汗をかきにくい質なんだわ。それより、い~つのまにシミュレーターにあんな~の組み込んだ?」
「聞いたことないわよ、そんなの。ああ、障害物の? 昨日、組み込んだばかりよ。リアリティーあって良いでしょ? そんなことよりゼブ。約束のは!?」
紅い眼を輝かせて詰め寄る少女の顔に、ゼブリーズは頭を掻きながら分かってる分かってると、手に持っていた数枚の書類を押し付ける。
「むぎゅ……って、何これ? 辞令?」
「そ。エルちゃんに渡してってあ~ずかったのよ。俺はエルちゃんの、身元引き受け人だしね」
「エルちゃん言うなってば。えっと……」
定番のやりとりを続けながら、エルミアは書類に眼を通していく。
「えっと……親衛隊から機動第三軍に一時出向? で、そこからさらに技術部に一時出向……って、何よこれ!?」
「いや~、新型機の件でセティがエルちゃんに来てほしいって言っててな。俺や他の機体のデ~タ確認も、ま~とめて頼みたいのよ、これが」
いつもの様に飄々とした態度で語るゼブリーズに、エルミアが食ってかかる。
「だから、何であたしなのよ!? 技術部には優秀な人が一杯いるし、あたしは帝国の機体に使われてるクリスタルを解明して、めくるめくライグ=ゲイオスの改造ライフに専念したいのよ!」
「何がそ~こまで惹き付けるのか、俺にゃあ分~からん」
「良いでしょ、あの機体! 一目見たときから、愛機はあれって決めていたんだから」
「そ~れで、俺の機体なんだが……」
「うんうん。あたしが受け取って、改造しながらずっと使い続けるから安心してね。まずは、塗装して……」
「約束通りエルちゃんで良いけど」
「うん、ありがとうありがとう、それとエルちゃんはやめてね。後は、武装の……」
「出向中は専念して欲~しいそうだから没収ね」
「うんうん、分か……は?」
違う世界に半分以上旅立っていたエルミアの意識だが、聞き捨てならない言葉を聞いて戻ってきたようだ。
親しい者以外には滅多に出さない間の抜けた声を上げ、ゼブリーズを見上げる。
年若くして技術士官と親衛隊を勤める少女が、この時は年相応に見える。戦闘時のあの姿も、年相応といえば年相応に見えないこともないが、笑いながら撃墜された多くの者にとってはそう思える筈もなく。
「あ~げはす~るけど、しばらくは俺が預かっと~くね」
「いや、あのちょっ……それ、詐欺って言うんじゃ」
尚も何かを言おうとするエルミアの両腕を、左右からハイ・カーエとモベ・ビーシが掴む。
「……って、二人とも?」
「ささ、姉御行きましょうか。俺たちも一緒に出向とのことなんでお供しますよ」
「医務室で、先生にいつもの検査をしてもらったら、技術部に向かいましょう」
部下に両腕を取られて、シミュレーター室の出口へと引きずられていく少女。
「ちょっ、ちょっと待って!? こら、ゼブ! ゼブリーズーッ! どういうつもりよ!?」
「いや、理由は言~ったよ?」
「あたしの、ようやく手に入れた念願の時間を! こら、二人共離しなさい! 離して! せめて、ゼブを一発殴らせて!?」
「駄目ですよ、姉御。ゼブリーズさんは姉御の上官なんですから」
「上官を殴るのは禁則事項です」
「あたしは被害者よ! 後、姉御言うな!」
「駄目ですって。辞令に書かれているんですから」
「さあ、観念してください」
「何であたしの方が悪いみたいに言われるのよ!? おかしいでしょ! こら、ゼブー!! ゼブリーズ、ちょっと、覚えてなさいよ! あたしのライグ=ゲイオスー!」
「はいはい、早く技術部の仕事終わらせましょうね」
「ジュスティヌさんがお待ちかねですよ」
「セティに捕まったら家に帰れないでしょ! 離して、は~な~せー!」
シミュレーター室で大勢の者が見つめる中、大騒ぎしながら部下に連れていかれる少女の姿。
シミュレーター室から外に出て、再び扉が閉ざされた後も暫くは少女の叫び声が聞こえてくる。
騒ぎの片割れとなった男も、やれやれと呟きながら仕事にかかるために外に向かって歩き始めた。
「そ~れにしても、元気になったもんだ」
街中で行き倒れていた少女を拾った時のことと、今の姿を比べて――もう一度、元気になったもんだと頭の中で呟くとゼブリーズも部屋を出ていった。
※ ロボット戦闘の練習で書いたものです。描写についてのあれこれをお願いします。
おそらく、一話限り……