前回投稿から間が空き、お待たせすぎて申し訳ありません。
少しずつ書き連ねていく内に長文に……。
そして、誰特な二人の回
「……ちくしょう」
もう何度目になるだろうか?
決して広くはないコクピットの中で、彼は同じ言葉を繰り返し呟いていた。
「くそ……! もっと遠くまで跳びやがれ! 基地はまだまだ先だってのに!」
命令に従い、機体に備え付けられた転移装置を使って基地まで一瞬……というわけにはいかない。
戦艦などに使用されているのと違い、機動兵器用のはある程度の距離しか進めないため、通常空間との出入りを繰り返す必要があった。
そして連続での使用も出来ない。
本来は作戦行動で一定距離内にある艦や、基地といった場所に戻るのに使われるからだ。
ゾヴォークでは機動兵器単体での長距離宙間移動は考えられておらず、リスクや負担も考えれば艦を使った方が良い。
もちろん一部の専用機には飛距離や耐久性、消費するエネルギーを低く抑えた高性能な物が積まれているが、彼の乗機は一般機である。搭載されているはずがない。
「ちくしょう! 姉御のアレさえ完成してれば!」
彼の上官で技術士官も兼任している少女が、一般機にも採用出来るような高性能かつ低コストな物を開発中ではあるが、ここ最近は諸事情により作業は中断していた。
もっとも、このままでは永久に完成することなく終わりそうだが。
「いや、絶対にこのまま終わらせない……終わらせてたまるかっす! だから、もっと早く……速く!」
通常空間でチャージを待つ間、彼――ハイ・カーエはカウントダウンされるモニターを睨むように見ていた。
それで数字の減りが一気に早くなるようなことはないため、よりイライラを増すだけであったが。
通信機を使用した後そのままスイッチを切っていないため、今までの呟きは僚機の相棒にも聞かれているだろうが、今のところ何の反応もない。
着込んでいるノーマルスーツの下はイヤな汗でベタベタしていたが、普段なら不快に思うはずのソレも今の彼は何も感じていない。
彼にあるのは、ただただ無力感からくる自らへの怒りのみ。
口元は噛み締めた歯がカチカチと鳴り、操縦桿をグッと握り締めた両手は、興奮状態により小刻みに震えていた。
「まだか……まだか!」
『落ち着け、ハイ』
通信機越しに、同行している僚機に乗る唯一の相棒であるモベ・ビーシが、ハイに自制を促す。
彼の静かで落ち着いた声を聞いたのは、小隊長のエルミアに戦場からの離脱を命じられて以来。
つい先程のことだというのに、彼の声が懐かしく、随分時間が経っているように思える。
それだけ、怒りと焦りに支配されたハイの頭が周りを認識出来ていなかったのだろう。
『ここで焦っても仕方がない。今は待つんだ』
いつもとなんら変わりない、普段通りのモベの声。
「モベ! お前はっ!」
しかしそれは、ハイの怒りを鎮めるどころか火に油を注ぐことになる。
「お前は、姉御が心配じゃねぇのかよっ!? ガキの頃からずっと一緒だったお前だけは、俺と同じだと思ってたのに!」
昔の口調に戻り、通信機に向かって怒鳴るハイ。
ハイとモベの二人に、家族と呼べる肉親はいない。
毎日を生きるのに必死だった二人は、似たような境遇だということもあって気が付いたら共に活動していた。
感情や勢いに任せて動くハイと理屈家のモベ。性格や行動がとにかく対称的な二人は、だからこそお互いの欠点を補いあい、助け合えてきた。
それゆえにぶつかることも多かったが、うやむやの内に元に戻っている。
軍に入ったのも二人で相談して決めたことだ。
安く住と食を確保し、衣は支給される制服。給料が手に入ってから、徐々に買い足していけばいい。
そんな十分にも満たない時間で決めたのを相談と言えるかは別として、入隊自体はココでは珍しい話ではない。
辛くも試験を通過して入隊した後も、二人の苦労はしばらく続いた。
良く言えば個性的、悪く言えば目立つ二人。後ろ楯もない二人は、様々な部隊を転々とする日々を過ごすこととなる。
二人でワンセットと考えられていたらしく、バラバラにされなかったのは幸いだっただろう。
命令に従って、ただそれをこなす日々。
中には無茶な命令もあったが、少しずつ結果を出しながら二人は生き延びてきた。
子供の時のように生活で必死になることはないが、あの頃みたいな充実感もない。
あの日、自分達よりも年下の少女の部隊に配属されるまでは――。
※ ※ ※
数えるのも馬鹿らしくなるくらいに手慣れた配属手続き。それを機械的に終えた二人は、渡された辞令書を手に目を通していく。
ややあって――
「なあ、モベ?」
「なんだ?」
辞令を読みながら、ハイは既に懐に仕舞い込んだモベに話しかける。
「そっちにはなんて書いてある?」
「『右の者、親衛隊に配属を命ず』」
細かい部分は省き、簡潔に内容を伝えるモベ。
「なんで?」
「知るわけないだろう」
また二人揃って……という意味ではない。『使い走りみたいな部隊が続いていたところに、どうしていきなりこんなところへ?』という意味である。
したっぱな自分達が、上級兵である親衛隊に任命。青天の霹靂とも言える、いきなりの大出世であった。
ハイが疑問に思うのも当然である。
モベの答えも、それに応じたものだ。
念のためモベが、否応なく付き合いが長く顔馴染みとなった人事官に確かめるも、間違いはないという返事。
ただ人事官は、「自分は詳しく知らないが」と前置きをした上で、これにはかなりのお偉いさんが絡んでいるらしいことを二人に伝える。
それを聞いた二人はますます困惑していく。
そんな状況で、先に動いたのはモベ。
踵を返した彼は、部屋の外に向かって歩き始める。
「ハイ、行こう。ここで考えたところで答えは出ないし、時間も無駄だ」
「それもそうだな。ま、場所が変わっても、俺達がやらされることは変わらないだろうしな」
そう納得した彼は、先を行く相棒を追い抜いて指示された部屋に向かった。
部屋の前で乱れていた身なりを整えたハイは、ドアを軽く二回ノック。
「モベ・ビーシとハイ・カーエ、指示によりただいま出頭致しました」
間を置かず、ドア脇の端末でモベが室内に連絡を入れていた。
『はい。では、ロ、ロックを解除します』
年若い女……少女のような声が端末を通して聞こえてくると、二人は無言で顔を見合わせる。
端末からは何やらボソボソと会話する声が漏れ聞こえてきたが、“カチッ”という音と共にロックが解除された時には、二人はもう正面に向き直っていた。
自動で横に開くドアに合わせて、二人は敬礼。
「えっと、二人とも。そこでは話がしにくいですし、中に入って下さい」
部屋の中、正面に置かれたデスクの向こうに座っている人物が、困ったように言って二人を中に招き入れる。
デスクに隠されて上着しか見えないが、真新しい親衛隊の制服を着たその人物は、声から二人が予想した通りの見た目であった。
歳は十五、六くらいだろうか? もっと下かもしれない。
今は若干緊張気味な面持ちだが、争いごとには向かない物静かな雰囲気を醸し出している。少なくとも、自分達(十八)より上ということはなさそうだ。
もっとも、
目の前の少女も、そういった者の一人なのだろうとモベは判断した。
「失礼します」
部屋に入った二人の背後で、ドアが静かに閉ざされる。
背筋を伸ばし、改めて敬礼する二人を前に少女も席を立つ。
背は標準かやや小柄。二人では僅かにハイの方が背が高いが、それでも百八十はある自分達の胸くらいまでしかない。
ストレートな紫色の髪は首筋を隠す程度。動いた拍子にサラサラと揺れたソレは、その艶と合わせてよく手入れがされていることが分かる。
しかし、これまで二人は多くの部隊を転々としてきたわけだが、その間に出会った者達と目の前の少女では決定的な違いがあった。
それは――眼である。
任務をこなすだけの者達と違い、この少女の紅い眼は輝きを持っていたのだ。
生き生きとした、活力に満ちた眼。
それが、二人にこの少女が普通ではないということを悟らせる。
「本日只今を持って、親衛隊第四機動艦隊所属小隊に着任致しました。モベ・ビーシと」
「ハイ・カーエです。よろしくお願いいた――痛っ! 噛んだ、致します」
淀みなく言ったモベと違って、途中で噛むという失態をしでかしたハイであったが、少女がそれを気にする様子はない。
少女も敬礼をすると、
「りょ、両名の着隊を許可します。私はエルミア・エイン。二人には、私が指揮する小隊に入ってもらうことになります」
「……拝命致します」
こういう時、ハイに代わって弁が立つモベが答えることが多いのだが、その返事はいつもより僅かに遅かった。
それに気付いたのは、ずっと隣にいたハイだけであるが。
その理由は……考えることが不得手なハイにも分かった。
敬礼に馴れていないのは気にするつもりはないが、言葉に詰まりすぎるのだ。
入室時もそうだが、変にドモるし、話す時には視線も時々泳いでいる。
まるで、その場で即興文を作っているかのような違和感。
ただそういった挨拶云々が苦手なだけなのかもしれないが、彼女のやる気が並々ならぬものだけに、余計そこが目立ってしまう。
服装と、見た目から推測した年齢。そして会話に慣れていないこと。それらから二人の中で浮かんだ少女のイメージは、“気合いが空回りする新人士官”。
だが、先程の“一握りな例”もあるため、そのような先入観は持つべきではない。
しかし、二人が微妙な思いを抱いているのを、目の前の少女――エルミアも感じ取ったようだ。
「あの、二人とも? どうかしたのかしら?」
「い、いえ、なんにも」
「自分も特には」
エルミアからの問いには対して、ハイは気まずそうに、そしてモベはいつもの鉄面皮の下に感情を仕舞い込んで答えた。
そこで会話が途切れ、部屋の中に不自然な沈黙が落ちる。
そんな時、
「エルちゃんがあ~やしいからだろ」
独特な話し方をする男の声が、ハイ達の真後ろから聞こえてきた。
すると、これまで困惑気味だった少女の表情が一転し、すぐさま自分達(の後ろ)へキツい視線を向け始める。
そんなエルミアにつられて、背後に振り返った二人の顔がみるみる驚愕の色に染まっていく。
慌てて姿勢を正し、その人物に敬礼する二人。
「ぜ、ゼブリーズ・フルシュワ司令官!?」
二人が気が付かなかっただけで、おそらくはずっとそこに居たのであろう。入り口から丁度死角になる場所に陣取り、腕を組んだ姿勢で壁にもたれていたのは二人でさえ知っている“かなりのお偉いさん”――前線指揮官の一人だった。
「ま、今日はオーレからの仕事ってわけじゃないし、堅苦しいのは抜きでらーくにしていいよ」
ゼブリーズは壁から背中を離し、上官が下士官にする答礼を真面目に返すと、二人へ楽にするように告げる。
「は、はぁ」
「しかし、規律が……」
そうは言われても、二人の立場ではソレを素直に受け入れられるはずもなく、今度は二人が困惑することになった。
そしてそれは、
「ちょ、ちょっとゼブ! あたしが怪しいってどういうことよ!?」
たったいま自分達が背を向けたばかりの方からの、机を叩きながら上げた声によりますます酷くなっていく。
振り返ってみれば、今までのイメージはどこにいったのか。おとなしそうな感じは鳴りを潜め、強気で勝ち気そうな少女がそこにいた。
「いや、そーのまんまの意味だが?」
「どこが!? 静かで真面目で頼りになりそうな上司じゃない!」
砕けた口調で、上司のはずのゼブリーズに真っ向から食って掛かっている。
「そーの設定、無理があーりすぎじゃね?」
ゼブリーズの言葉に、いつの間にか左右の壁に分かれて立っているハイとモベも、表には出さないようにこっそりと同意を示す。
「そんなことないわ! それに、ほら! この二人だって……って?」
視線をハイに向けたところで、ようやくエルミアも気が付いたようだ。
ハイからの呆れるを通り越して面白がってるような視線に、慌てて口を両手で塞いだ少女。
反対側の壁に立つモベにも視線を向けるが、彼は相変わらず無表情を貫いており、何を考えているかはそこから読み取ることは出来ない。
しかし、今のやりとりを全く聞いていないということはないだろう。
もはや誤魔化しきれないと悟ったのか、脱力した彼女の手がゆるゆると口元から下ろされていく……が、その動きが途中でピタリと止まった。表情を引き締めると、その強気な眼差しと右手の人差し指を真っ直ぐにゼブに向ける。
「これもぜぇーーんぶ、ゼブのせいよ!」
「あん?」
「今度は何だ?」とでも言いたそうなゼブリーズの反応に、エルミアの目がつり上がっていく。
「あたしの綿密で緻密な計画に基づく大事な一日目が台無しじゃない!」
「どーこから見ても、杜撰で適当だった気がすーるけどな」
何やら言い始めたエルミアだが、壁にもたれ直したゼブリーズは慣れた様子で答えた。
それだけではなく、
「一ヶ月以上前からおーしえてやってたのに、なーんもしてないエルちゃんが悪いだろ」
更なる情報を暴露する。
「エルちゃん言うな! それにこっちが準備しようとしてたとこに、ゼブとセティ姉が仕事を持ってきたんじゃない!」
それに怯むことなく、なおも言い返す少女であったが、
「家に帰った後、ずーっと遊んでるからいーったんだがな」
やはりゼブリーズは全く取り合おうとしない。
「遊んでないわよ! アレも立派な研究の内。本物により近い1/100を作ることで、その改造や改良パターンを――」
身振り手振りを交えながら、自分の行為がどれだけ重要かを語るエルミア。熱弁も振るいながら歩き始めた彼女は、大きなデスクを迂回すると、ハイの前を通ってゼブの前に進み出る。
そのゼブリーズは耳に指を突っ込んでおり、明らかに話を聞いている様子ではない。
エルミアの方も話す方に集中しているのか、こちらもゼブリーズの様子には気が付いていないようだ。
(おい、どうするんだ、これ?)
所在なさそうに立つハイが、反対側で直立不動状態のモベに目で訴えかける。
(俺達が、上司達の話に口を挟むわけにはいかないだろう。もうしばらく様子を見るんだ)
同様に、アイコンタクトによる返事を受け取ったハイは小さく頷き、こちらはやや崩した姿勢で状況が変わるのを待つ。肩幅に両足を開いて背中に回した両手を組む、いわゆる“整列休め”の姿勢である。
そしてその時は、それから一分と経たずにやってきた。
「まあ、ともかくだ」
「むぐ!?」
喋り続ける少女の口を片手で塞いだゼブリーズが、二人に視線を向ける。
それを受けた二人は、素早く部屋の中央に戻って直立の姿勢を取った。
それなりに軍隊生活をこなしてきたこともあって、こういった動きもいつの間にか自然に出来るようになっていたのだ。
「最初がコレで不安に思ったかもしれないが」と前置きをした上で、ゼブリーズが説明を始める。
現在ゾヴォークで使用されている機動兵器は、そのほとんどがそういったモノを専門に扱う所から提供されているのはハイ達も知っていること。
そして、ゼブリーズのように立場ある者が希望すれば、彼の者達は専用の機体を用意してくれもする。
よって今回、扱う自分達がより扱いやすく、かつ実際にどんな機能を必要とするかをリサーチしようということになった。
しかし、例え自分達の機体のことであっても、それだけに専念するわけにもいかない立場でもあった。
そこで――
「白羽の矢が立ったのがあたしってわけ」
それなりな胸を張りながら、エルミアが茶目っ気たっぷりにウィンクして見せる。
「エルミアさ……いえ、エルミア隊長が?」
「そ!」
ゼブリーズやその仲間から任される――それはすなわち、この少女が彼らから全面的な信頼を得ていることに他ならない。
それも、戦場で自分達の命を預ける機体のデータ取りである。彼女を信じていなければ、そんな話を振るはずがない。
ここにきて初めて、ハイの中でコロコロと表情がよく変わる少女を見る目が変わった。
「いーちおう、エルちゃんは技術士官だーしね。機動兵器の操作の腕もそれなり……んー、グルードでエースクラス以外なら、まーけないんじゃないかな?」
エルミアの頭をポンポンと手のひらで叩きながら、少女のことを話すゼブリーズ。完全に、扱いが子供に対するソレである。
「エースにだって負けないわよ! それと、エルちゃん言うな!」
案の定その腕を振り払ったエルミアが、ほぼ真上のゼブリーズの顔を見上げながら怒りの声を上げ始めた。
「俺やセティには全敗だがな」
「う、うるさいわね! 二人がおかしいのよ……コホン!」
咳払い一つして、エルミアがハイ達に向き直る。
彼女の目に、最初に二人が見たような煌めきが宿っていた。
「ということで、あなた達にはあたしの手伝いをしてもらうわ」
「俺……いえ、自分達がですか?」
「あ、畏まった言い方はしなくていいから。普段は楽な喋り方で良いわ。あなたも面倒でしょ?」
ヒラヒラと手を振りながら、ハイに向かって自身も面倒臭そうに言うエルミア。
「は、はぁ……」
そんな少女にペースを乱され続けて曖昧な返事をするハイに代わり、モベが口を開いた。
「自分は普段からこの口調のためお許し下さい。それで、自分達なんかにそのような大任がこなせるでしょうか?」
「そうね。こなせると思うし、あなた達にしか頼めないのよね」
「それは……理由をお聞きしても?」
「あなた達には、誰の息もかかってないから」
「貴重な存在よ?」と、エルミアがアッサリとした口調で答える。
その言葉に、ハイだけでなくモベも息を飲んだ。
人が集まればそこには思想が生まれ、やがては派閥も出来る。
当然ゾヴォーク――つまりはゾガルやウォルガにとっても、それは例外ではない。
「あなた達二人は、今までに様々な任務に就かされてきた。そして、それらをこなしてきたことで経験と、応用力も身に付いてきている。今回のこの仕事も、誰かが妨害をしてくるかもしれないの」
これまでとはうってかわって、真面目な口調で話し始めるエルミア。
「それになにより……」
「なにより?」
少女のまだ幼さを残す顔に、ニヤリと笑みが浮かんだ。
「あなた達、退屈してるでしょ?」
自分達が抱いていた思いを言い当てられ、動揺が顔に出てしまう。
「あたしには分かるわ。退屈という満たされない渇きに喘いで、変化をもたらす潤いを求めてる」
胸に手を当て、詩を朗読するように語るエルミア。それは、さながら舞台の上で演じているかのようだ。
そして二人は、その芝居がかった動きから目を離せないでいる。
「あたしなら、それを与えられる。退屈な日々なんてさせてあげない」
少女の言葉は、二人にはとても魅力的に聞こえていた。
そんなハイ達に、妖しく笑いながらエルミアは手を差し出す。
「さあ。あたしと、覇道を共に歩みましょう?」
「お、おお……」
ハイの口からは、うわ言のような声が漏れていた。差し出された手に、震える自らのソレを伸ばし――
「こら」
「いったーい!!」
遥か遠い星で言う撞木で鐘を突いたかのような重い音と、それと同時に響き渡る少女の悲鳴。
ハッと我に返るハイとモベ。
「まったく。どーこで覚えるんだか」
少女の頭に(軽く)拳を振り下ろした姿勢のまま、ゼブリーズは呆れた様子で嘆息している。
「――って、いきなり何するのよ、ゼブ!?」
殴った本人としては軽くだったのかもしれないが、庇うように頭を押さえているエルミアの目には涙が浮かんでいた。
「お前が何してるんだ」
「何って……スカウト?」
「オーレにゃ、別な何かにしか見えなかった」
少女の答えに、もう一度嘆息したゼブリーズはこめかみを手で押さえていた。
しばらくそちらを睨んでいたエルミアであったが、また唐突に彼女はハイ達の方に顔を向ける。
「ま、ゼブのことは横に置いといて」
と、手で横にどけるジェスチャーをしながら、今度は小悪魔めいた表情を浮かべるエルミア。
そして、
「ま、少しの間だけでも一緒に仕事してみない? 少なくとも、日々これ退屈ってのは無くなるわよ?」
自信満々に、そう言いきってみせた。
※ ※ ※
「――あの時の姉御の、エルミア隊長の言う通りだった。俺達が退屈するようなことはなく、それまで感じたこともないくらいに充実した日々を送ることも出来た。……何度も死にそうな目にもあったけど!」
『……ああ、そうだな。あの時、オレもお前もオカシラに救われた。それは事実だろう。……死線をさ迷ったことも多かったが』
エルミアと出会って彼女の小隊に参加してからは、賑やかで(危険なこともあったが)、あの時の言葉通り退屈することは無かった。
シミュレータによる訓練の際、二人がかりでエルミアに挑んで敗北したり。その彼女がゼブやセティを相手に善戦するものの、力及ばず撃墜されて愚痴るのをモニター越しに聞いたり。
少女が特定の機体に傾倒していることも、それが絡むと他を投げ出してしまいそう……しまったことも。
設計図を描くだけ書いたら、後は
本末転倒なことをしているのに気付かず、必要な物を手に入れていよいよ趣味の時間――という絶妙のタイミングで、少女(と自分達)が技術部に転属させられたのは自業自得といったところだろう。……ハイ達にとってはとばっちりであるが。
後のタイミングでゼブリーズが二人に教えてくれたことなのだが、設計図のところどころにセティにも理解出来ない理論があったかららしい。あのタイミングは完全に偶然だったそうだが……仕事に厳しいゼブリーズのこと、ある程度は狙っていたと思われる。
色褪せぬ記憶。
「それなのにお前は――」
『ハイ』
「っ!?」
静かだが強い語気で名を呼ばれ、
『落ち着くんだ』
続く二度目となるその言葉が、再び激高しかけたハイを今度は押し止めた。
「ぐっ……くっ……」
硬く強く握り締められていた拳から、やがてゆっくりと力が抜けていく。
次に大きく息を吸い込むと、時間をかけて吐き出していく。自分の中にある、言葉に出来ないモヤモヤしたモノを全て吐き出すかのように。
「…………ワリぃ」
コンソールを操作して呼び出したサブモニターに映る顔に、バツが悪そうに謝った。
モベにしては珍しく、口の端が笑みを型取る。
『気にするな。しかし、首尾よく片付いたら、一週間のメシ代はお前持ちだ』
「うげっ!」
シレッと告げられた一言に、高くついたなとぼやくハイの顔からは逆に悲壮さが抜けていく。
ドン底だったはずの気持ちは、少しずつ浮上してきていた。
『落ち着いたか?』
「……少しは、な」
『そうか』
完全にはほど遠いだろうが、それでも随分マシになったのは事実だ。
『今の内に持ち直しておかないと、後からがつらくなるぞ』
「後から?」
モベの言葉に首を傾げるハイ。
そんな彼に向かって、何てことのない口調でモベが話す。
『ゼブリーズ様達に伝えたら、すぐに隊長の所へ戻らなくては、な? 怒りに任せて戦っても、相手にいいようにされるだけだ』
「モベ! やっぱお前も」
『当然だ。オレもオカシラのチームなのだから』
さも当然といった感じで話すモベに、喜びを露にするハイ。
しかし、その表情はすぐに陰りを帯びる。
「なぁ、俺達――」
『隊長に内緒で、オレ達がドクターから受けていた指示のことか?』
今まさに口にしようとした内容を先に言われたハイであったが、それに頷き返しはするもののツッコむようなことはしない。
「……俺達がドクターに報告していたエルミア隊長の様子って」
『隊長の身体が余り丈夫でないのは事実だろう。そのことはゼブリーズ様も仰っておられたし、それにあの男は主治医だ。隊長に、普段と違うようなことがあれば報告するように言われるのは、決して間違いではない』
ゼブリーズ達が基地内にいつもいるわけではない。そうなると、普段エルミアに近い場所にいるのは自分達二人ということになる。
『そこに何らかの思惑があったのも事実だろうがな』
「……ああ」
淡々と話をしてはいるものの、やはり彼も思う所はあるようだ。顔や言葉の端々に苦々しさが出ていた。
モベも苦しんでいたことを知ったハイは、両手で自分の頬をはたく。
コクピット内に甲高い音が響く中、ハイの目からは迷いが消える。
「よし! チャチャッと隊長からの命令をこなして、このムシャクシャをぶつけにいこうぜ!」
『同感だ』
二人は笑いながらコンソールを操作し始めた。
間もなく数字はゼロになり、転移が可能となる。
AとB。右肩と左肩のいずれかにエンブレムの如く描かれた二機のゲイオス=グルードが宇宙を翔ぶ。
『オレはお前の銃で』
「俺はお前の剣だ。で」
二人は声を合わせて、言った。
「『俺(オレ)達は隊長の盾だ』」
頷き合い、転移に入ろうとした所で――
「……通信? こんな場所で、いったい誰が」
小さなコール音に手を止めて、訝しげにするハイ。モニター向こうのモベにも届いているようだ。
しかし――それがエルミアが設定した秘密回線で、そのかけてきた人物は今まさに自分達が求めている人物だと知ると、驚きに大きく目を見開いた。
二人は即座に通信ユニットに手を伸ばし、そしてモニターがその人物を映し出す。
そして……――
最後の戦いが始まる。
――→続く
next stage
『ジェノサイドドール』
※ おまけ
ある日の会話。
「それにしても、姉御」
「姉御って言わないで! で、何よ?」
「あの時、俺達が引き受けなかったら、どうしてたんすか?」
お互いに気にした様子もなくいつものやりとりを終えて、ハイは気になっていたことを聞いてみる。
「ん~、引き受けてくれるって確信してたから、全く考えて無かったわね」
「その根拠は何です?」
言い切った少女に、今度はモベが尋ねた。
それを待ってました! とばかりに会心の笑みを浮かべて、エルミアは懐から手帳を取り出す。
小さな字でビッシリと書かれたソレを見せながら、
「ふふん! 見なさい! この、寝る間とモデル作りとシミュレータ訓練を惜しんで、仕事の時間をフル活用して作った、二人の反応とパターン別スカウトマニュアルを!」
「「仕事して下さい」」