スーパーロボット大戦OG ~求める存在~   作:ショウマ

15 / 16
※ 最後……の前に、書くだけ書いて投稿するタイミングを逸していたモノをまとめて。


幕間 ある日の記憶――道標

 

 

 真夜中の路地を、肩を並べて歩く男が二人。

 

 二人とも仕事帰りといった様子だが酒は飲んでないらしく、足取りはしっかりしている。

 

 繁華街からは少し外れていることもあり、二人以外に歩いている者はいない。

 

「でーもよ、ほーんとにいいのか?」

 

「ああ、もう……決めたんだ。ゼブ、お前には苦労をかけるが」

 

「きーにすんなって。俺とロフのなーかだろ? 俺は応援するよ」

 

「……すまん」

 

 正規軍のゼブと違い、ロフは系統の異なる傭兵隊の所属である。

 

 軍の士官学校を首席で卒業している彼は、本来であればゼブと同じ正規軍――エリート官僚の道が約束されていた。

 

 しかし、彼はそれを良しとしなかった。由緒ある家柄というだけで一生が決まることを嫌い、実力も色眼鏡で見られることを不服とした彼は、自分そのものの力を試すために傭兵として入隊したのだ。

 

 家を飛び出し、親の決めた婚約者にも――一方的に――破棄を告げている。

 

 彼女には本当に申し訳なく思う。酷いことをしたという自覚もある。もとよりこれは自分の我儘で、彼女にはなんの落ち度も無いのだから。

 

 しかし彼は、今のままでは彼女の前に立つ資格は無いと考えていた。同じ士官学校の出で、機動兵器の知識に詳しく開発者としても成功するであろう彼女とは違い、自分には何もない気がしたのだ。

 

 だからこそ、彼は自分の実力が結果となる傭兵の道を決意した。

 

 自分の中で納得のいくものが得られるまで。

 

 想いに蓋をして。

 

 そんな自分の相談を受けて、無茶な願いを聞き入れてくれた上に背中まで押してくれた友人へ、ロフは短い言葉の中に深く感謝を込めて告げる。

 

 ゼブリーズという男はいつもこうだ。適当なようでいて、その実よく周囲の状況を把握していた。

 

 仲間思いで、一歩引いた視点から自分や友人達のフォローをしてくれるこの男は、望んでも得られないかけがえのない存在だ。

 

 だからもし、ゼブが困難に直面するようなことでもあれば、ロフは万難を廃してでも駆け付けるつもりである。

 

「ねーんのため、メキちゃんにもはーなしは通しとくか」

 

「メキボスか。だが、向こうとは行動を共にする機会は少ないんじゃないか?」

 

 古馴染みの彼は、ゼブ達とは別の意味で違う指揮系統の軍に所属していた。双方は余り折り合いのある関係ではなく、ロフの言う通り行動を共にする機会は滅多に無い。

 

「そーだけどさ、ロフは傭兵だから、比較的会う可能性はあーるだろ? おーれ達も、任地で偶然一緒になる可能性はあーるしな」

 

「確かに、俺が会う可能性はあるな。その後に任地でというのも、ありえない話ではない……か」

 

「ま、そーうはない話だけどねー。連絡がつーくかもわーからんし」

 

「違いない」

 

 面倒見が良く飄々としたゼブだが、もちろんそれだけではない。

 

「けーどさ、ロフの中で踏ん切りがついたら」

 

「みなまで言うな。分かってる、彼女には……セティには必ず自分で伝える。今はまだ、時間が欲しい」

 

 友人だからこそ、釘を刺すべきこと、言うべきことはしっかりと伝える。

 

 二人の話は決して大声というわけではないが、周りが静かなだけによく響く。

 

 逆を言えば、

 

「おんや?」

 

「む?」

 

 物音がすれば二人にも聞こえるということだ。

 

 鈍い金属製の物を叩いたような音を、二人の耳が捉えた。

 

 どうやら音源は、差し掛かった脇道の奥からのようだ。明かりも無い道は闇に覆われ、二人の位置からではどうなっているかは分からない。

 

「なーんだろ?」

 

「小動物の類いではないのか? 確か、この先は行き止まりのはずだ」

 

「ま、ちょーっくら見てきますか」

 

 ポケットから取り出したペンライトを手に、そちらへと足を向けた友人に苦笑しながら、ロフもそれに付き合う。

 

 歩きながらロフは、銃をすぐに取り出せるかを確かめている。

 

「物好きだな。……そういえば」

 

 相談にのってもらう手前あえて聴かなかったことだが、やはり気になった彼はそれを訊ねることにした。

 

「どした?」

 

「今さらだが、どうしてこっち方向に来た? お前の家は逆方向だろう」

 

 ロフ自身、話す場所のことなどは特に考えていなかった。せいぜい、どちらかの借りている寮でという程度だ。

 

「こーっちに夜中まで開いてるうーまいメシ屋があるんだわ」

 

 夜食と朝食だという彼の答えに、そのためだけに真逆の方向に行くのかと、軽い脱力感を味わう。

 

 そんな軽口を叩き合いながらも、二人は軍人だ。

 

 それぞれ入隊したばかりであっても、油断なく周囲に気を配っている。

 

 そして――

 

「ありゃま」

 

「急ぐぞ!」

 

 先程よりも大きく派手な音が響き渡れば、躊躇なく走ることも出来る。

 

 頼り無いペンライトの明かりが、暗がりで倒れたモノを捉えた。

 

 時代錯誤な、傷だらけであちこちヘコんだ金属製の箱。どうやらゴミ箱として使われていたらしく、倒れたソレの周囲には中身が散らばっている。

 

 その横には……箱に負けず劣らず傷付き、粗末な貫頭衣を身に付けた女の子の姿があった。

 

 意識は無いようで、ゴミ箱にもたれるようにして倒れている。

 

「な……!?」

 

 驚きの余り呆けた声を上げるロフの横で、ゼブは手早く真新しい軍のコートを脱ぎ始めた。

 

「ロフ、医者だ!」

 

 ロフは時計を見て、時間を確認する。

 

 そして知り合いの医者が今どこにいるかを、記憶と照らし合わせた。

 

「……この時間なら軍の方か、まだ間に合うな」

 

 腕が良いため、軍医と校医を兼任している男。ゼブやロフも士官学校時代に世話になっていた。

 

 ……変人ではあるが。

 

「俺はドクターを捕まえてくる。ゼブはすまないがその子を。俺は……子供の扱いは苦手だ」

 

 ゼブもそれを知っているからこそ、あえてなにも言わない。自分も得意ではないし、どちらかと言えば苦手な方なのだが。

 

 しかし、武骨なロフだと少女に触れることすら出来ないだろう。それでは、医者の所に運ぶのにも支障が出てしまう。

 

 その場をゼブに任せ、ロフはすぐに駆け出した。

 

 銃から一新した通信用の携帯端末に持ち換えつつ、乗り物の類いも探す。

 

 ロフの背を見送ったゼブは、倒れている少女に自分のコートを着せる。

 

 ロフからの連絡を待ちながら、ゼブは少女の様子を窺い――そして顔をしかめた。

 

 十歳位だろうか?

 

 あちこち擦り傷だらけの上に、足は素足――靴も履いていない。身体は痩せ細り、血色も良いとは言えない。

 

 汚れが目立つ幼さの残る顔には、苦悶の表情さえ浮かんでいる。

 

「こいつはちっとばかし許せねえな」

 

 紫色の髪は手入れをされておらず、ボサボサな状態で散らばっているという表現が近いかもしれない。

 

 そんな彼女の頭をなんとはなしに撫でると、気のせいか少女の表情が和らいだ気がした。

 

 ロフからの連絡を確認したゼブは、コートで包んだ少女を抱えると深夜の路地を駆け出していく。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「あ……ああああっ!!」

 

 隣室からの叫び声に、飛び起きたゼブが慌てて自室を出る。

 

 首席卒業でこそないものの、士官学校では優秀な成績だった彼は、上級士官候補として宿舎の一室を与えられていた。

 

 ドアを開けて部屋の中に入れば、布団に寝かされている少女が叫び声を上げながら、身体を大きく仰け反らしている。

 

『――傷の方は大したことありませんが、極度の衰弱状態にありますね。もう一つ、詳しく診てみないと分かりませんが、もしかしたら発作の気もあるかもしれません』

 

 昨夜、どうやって移動したのかは覚えていないが、ゼブ達は顔馴染みの医者の所へ少女を運び込んだ。

 

 帰ろうとしていたところを無理矢理に引き止めたため、男は不快そうな態度を隠そうともしなかった。

 

 だが、少女を見て眉をひそめた彼は、簡易的ではあったが診察をしてくれたのである。それも、気が向きましたからと無料で。

 

『次は意識が戻り、落ち着いて出歩けるようになってから連れてきて下さい』という言葉を聞いた後、とりあえずゼブが少女を引き取ったのである。

 

「当たーり。変人でもさーすがは名医……って、言ってる場合じゃねえな」

 

 この間も、少女の咆哮に似た叫び声は続いている。

 

「あああああああっ!」

 

「……大丈夫だ、しっかりしろ!」

 

 どうしたものか迷った末に、ゼブは少女が暴れないように肩を押さえながら、ひたすら呼びかけ続けた。

 

 そのままの状態で一分ほど経過した頃、少女の声に変化が現れる。

 

 獣の咆哮のような声から悲鳴へと。

 

「怖い怖い怖い怖い! もうイヤ! 寄るな、来ないでー!」

 

「これ、聞こえてたら、誤解、されそうだなっ」

 

 さらに激しく暴れる彼女を、ゼブも必死に押さえ付ける。

 

 少女が眼を見開くが、その焦点は定まっていないようだ。紅い眼は何も映していない。

 

「もうイヤァァッ!」

 

「大丈夫だ、オレが護ってやる。大丈夫だ」

 

 安心させようと、ただそれだけを繰り返し伝える。

 

 ――何分そうしていただろうか。

 

 気が付いた時には、ゼブは少女の頭を撫でていた。

 

 少女も落ち着きを取り戻しており、今では静かな寝息を立てている。

 

 暴れた拍子に乱れてしまった布団をかけ直し、ゼブはまた頭を撫でた。

 

「大丈夫だ」

 

 最後にもう一度、少女にそう声をかけてから部屋を出る。

 

 リビングに置かれたテーブルの上に、少女が起きた時のためボトル水と食事を用意した。

 

 食事といっても、昨夜は結局例の店に買いに行けなかったために、非常食の類いだが。

 

 味はないが、飲むだけで終わるので時間をかけずに栄養補給が出来る。

 

「そーろそろ、行かねえとな」

 

 そして自分も一つ手にすると、家を後にした。

 

 

 

 早めの帰宅を目指したものの、仕事を終えたゼブが家に辿り着いたのは、夜もかなり更けた頃だった。

 

 ロックを解除してドアを開けると、隙間から消えているはずの明かりが溢れ出る。

 

 起きたのかと、それだけを思って家の中へ。

 

「お?」

 

 入ってすぐ。寝かせていた部屋の中から、半分だけ顔を覗かせている少女と眼が合った。

 

 そのまま、しばし見つめ合う。

 

 動かない。

 

 動かない。

 

 全く動かない。

 

 三十秒ほどそうしていた二人だが、「埒があかん」とゼブが前に出る。

 

 すると少女は、すぐに部屋の中に顔を引っ込めた。

 

 ゼブが部屋の中を覗き込めば、盛り上がった布団の山がある。

 

 一歩近寄れば一歩分、掛け布団の山が逃げた。

 

 その光景に、ゼブは溜め息をつく。

 

「あーんまり広くないんだし、にーげてもしかたないぞ。外に出たいってんなら止めないけどなー」

 

 布団がビクリと動く。

 

「ん? 出たいのか?」

 

 そう尋ねれば、布団のこちら側が少し持ち上がり、中から少女が顔を見せた。

 

 表情を見る限り怖がってはいないし、警戒している風にも見えない。

 

 困惑に近いような感じを受けるが、ハッキリしたことは分からなかった。

 

 なにより、少女自身も分かっていない気がする。

 

「とーりあえず、気が付いたようだな」

 

 先の質問は無かったことにして、ゼブが別のことを口にするとまたもや布団が閉じる。……が、今度はすぐに持ち上がった。

 

 そして、

 

「……おじ……さん……だれ……?」

 

 消え入りそうな、蚊の泣くような声で話しかけてきた。

 

 だがゼブはそれに答えずに、別のことを告げる。

 

「オーレはまだ十代なーんだぜ? おじさんじゃなくて、おにいさんだーろ」

 

 布団の中で、少女が小さく二度三度と頷いた。

 

「……おじ……さん」

 

「お に い さ ん、だ」

 

 入口の時と同じく、しばし無言で交わされる視線。

 

 十秒後、沈黙を少女が破る。

 

「おにいさん……だれ?」

 

「ゼブリーズだ。よーびにくかったら、ゼブでいいからな」

 

「ゼブリーズ……ゼブ」

 

 モゴモゴと口の中で何度も繰り返す少女に、今度はゼブが尋ねる。

 

「きーみの名前は?」

 

 小さく首を傾げ、考える素振りを見せる少女。

 

 答えが返ってくるまでに数秒を要した。

 

「……エル……ミア……エイン。……たぶん」

 

「たぶんってーのは?」

 

「気がする……だけ」

 

「家族は?」

 

 

 フルフルと少女――エルミアが首を横に振るのに合わせて、布団も一緒に左右へと動く。

 

 それが“いない”なのか“知らない”なのか、少女のソレだけではハッキリとは分からない。

 

 だが、ゼブはそれ以上を訊ねなかった。

 

 記憶の混乱の可能性もあったが、なによりも発作の時に叫んでいた内容と、その痩身具合から。

 

 親の存在はともかく、エルミアが苦しんでいたのは確かである。

 

 それに今は覚えていなくても、後から思い出すかもしれない。

 

 ひとまず今日のところはこれでと、ゼブは問題の先送りを決めたのだった。

 

「ま、ぼちぼちいくとしますが」

 

「なにを? お……ゼブ」

 

 エルミアが『お』の後に何と続けようとしたのか、ゼブはあえて訊ねようとはしない。

 

 代わりに、明日の訓練にぶつけようと思う。

 

 そんな内心をおくびにも出さず、ゼブは部屋の外に置いていた包み紙を手繰り寄せた。

 

「ま、メシにしようぜ」

 

 帰り際、例の店に寄ったというロフから受け取ったものだ。

 

 袋を開ければ、空腹を直撃する肉のいい匂いが漂い始める。

 

 ……と、小さな音も聞こえた。

 

 見れば、布団の開いていた穴が凄い勢いで閉ざされる。

 

「ほーれほれ。早く出てこないと、ぜーんぶたーべちまうぞ。オレだって腹減ってんだ」

 

「…………おじさん……いじわる」

 

「マジに食べるぞ」

 

 それが本気だと感じ取ったのか、持ち上がった布団から慌ててエルミアが外へと出てくる。出てきたのだが……

 

「あー……あの件で機嫌は最悪だろうが、明日はセティの力を借りねえとならんな、こりゃ」

 

 昨日よりもさらに酷い姿になっている少女に、ゼブは頭を抱えた。

 

 

 ――翌日。

 

 彼はやむを得ず助けを求めた友人から、「ちょっと見ない間に老けたんじゃない?」などと言われることになる。

 

 余談だがそれからしばらくの間、ゼブの戦績は連戦連勝だった。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「おーい、エルちゃん」

 

「なに、ゼブ?」

 

「外、行くか」

 

 ゼブがエルミアを引き取ってから、半年の時が過ぎていた。

 

 人見知りする少女によって最初こそドタバタしたものの、今ではセティとの関係も良好である。

 

 ちなみにセティは、最初から『お姉さん』と呼ばれていた。

 

 それによってロフは、いつか落ち着いたら飲みに行くことと、それの一週間分は彼が奢ることをゼブに約束させられる。

 

 そのロフを連れてきた時には、少女は人見知りとその見た目で怖がっていたのだが、苦手なりに話しかけてくる彼を見ている内にそれも消えていく。

 

 ちなみに、少女からの呼びかけ一回目は『おにいさん』で、名前を聞いた後は『ロフさん』であった。

 

 これによりロフは、ゼブから奢る期間を一ヶ月に延長することに同意させられる。

 

 そんな半年の間に、エルミアには少しずつ変化が現れていた。

 

 どこで覚えたのか、簡単な物ではあったが料理を覚えており、ゼブがいない時間には家事もしている。

 

 ただ、他の時間は家の中でジッとしていることが多いようだ。

 

 買うのに集中力と忍耐が必要になったが、ゼブが買ってきた人間大サイズのヌイグルミを抱いているのが常である。

 

 相変わらず口数も少なめで、自分から喋ることも余り無かった。

 

 ゼブやセティが一緒の時を除けば、外に出るようなこともない。

 

 いつも何をしているのかと訊ねても、『ジッとしている』や『静かにしてる』という答えが返ってくる始末である。

 

 さらに、ゼブと出会う前のことは全く覚えていないらしい。あのドクターが言うには、極度のトラウマで失われた可能性もあるとのことだった。

 

 あの発作は今も続いている。頻度こそ減ってはきていたが、あれは見ている方も心が痛くなる姿だ。

 

 何とかしてやりたいと思うゼブだが、では具体的な方法はというと、何も思い付かない。

 

 ドクターに聞いても、そんなのは時間が解決しますよという答えだけが得られた。

 

 確かに、それも一つの手段だろう。

 

 ロフとセティには聞いていない。お互いに想い合っていることを、二人の友人であるゼブだけは知っていた。

 

 あの二人のことだ。家の件がなくても、時間を置いたとしても、絶対に忘れることはないだろう。

 

 友人達を応援するゼブとしても、二人についてはそれでいいと思っている。

 

 口に出さないよう、エルミアにも二人の事情を話しておいたので、聡い彼女は話題にしなかった。

 

 そもそも、自分からそういう話しをしないのだが。

 

 しかし、こちらの方はそういうわけにはいかない。

 

 エルミアが心に受けている痛みは、実のところゼブには分からない。推し量ることは出来ても、完全に理解することは出来ないからだ。

 

 今はまだいい。

 

 ゼブも、求めればロフやセティも少女の力になってやれる。

 

 しかし、ここ――ゾヴォークは、他の文明勢力との戦闘が近年増加傾向にあった。

 

 ゼブ達は軍人であり、戦いに絶対は無い。

 

 縁が出来た以上は、自分達に何かあったとしても、エルミアには生き抜いてほしいと思う。

 

 そのために、一人でも生きていける力を身に付けてほしかった。

 

 軍人になれとは言わないが、家事の件といい物覚えはかなりいいようなので、研究職には向いているかもしれない。

 

 それだけでも、生活には困らないだろう。

 

 そんなことを考えながら歩いている内に、ゼブとエルミアは居住区を抜け、郊外へと。

 

 二人が今いるのはちょっとした高台で、疎らに草木が生えている。

 

 そこを、二人は並んで散策していた。

 

 非番でもきちんと制服姿のゼブと、エルミアが着ているのはセティとの買い物で選んだモノだ。

 

 フリルが施された丈の短い黒のノースリーブタイプワンピースの上に、リボンが付いた紺のベスト。

 

 肩も出ているし裾も短い服装ではあるが、「暑いのはイヤ」というエルミアの意見を取り入れている。

 

 会話もなく、ただ足だけをエルミアのペースに合わせて動かす。

 

 少女に伝えたいことはあっても、いざとなると言葉にするのは難しい。

 

(やーれやれ。どーにもまいったぁね)

 

 心の中で呟き、ボリボリと頭を掻く。

 

 そんなゼブに気付き、エルミアが顔を動かす。

 

 まだ成長期だというゼブと小柄な少女とでは、ほぼ真上を見上げるようなものだが。

 

 表情や感情が希薄なエルミアだが、全くないというわけではない。頭を撫でた時には一瞬ビックリした後に、はにかみ嬉しそうな顔をする。

 

 服の一件のように、控え目に自分の意思を示すことも、稀ではあるがあった。

 

 ただ苦手なだけだ。

 

 話すことが、誰かと一緒にいるということが、“分からない”。

 

 だから、学習している。

 

 何をすれば良いのかを。

 

 何をしてはいけないのかを。

 

 手探りで。

 

 一歩どころか、かなり後方に引いた立ち位置から。

 

 過去の記憶を失っているエルミアなりに、ボンヤリと理解していた。自分を、“嫌なコト”から助けてくれたのだということを。

 

 では、自分は何をしたらいいのか? どうすれば、助けることが出来るのか?

 

 『するな』と言われたことはしない。それは傷付けるだけで、助けにはならない。だから、セティ達のことは言わなかった。

 

 『しろ』は、今まで言われたことが無い。ゼブのいない一人の時でも、しっかり食事を摂っておくように言われたことくらいだろうか?

 

 それくらいであり、だからこそ困っている。

 

 料理を含めた家事を覚えたのも、一日をただただ過ごすよりはと、ゼブの手間を減らそうとしただけだ。

 

 しかし、これはこれで助けにはなっているのかもしれないが、彼女の想い描く“助ける”とは微妙に異なっている気がする。

 

 本当の意味で助けられるようになりたいと、最近の少女はそれだけを考えて日々を過ごしていたのだ。

 

 答えはまだ出ていない。

 

 だから、

 

「エルちゃんは、やってみたいこととか、なーんかないか?」

 

 それを訊かれても、答えられなかった。

 

 自分の中の基準に照らし合わせて、こういったものは口に出して言うべきことではないと思っているし、何よりも意地である。

 

 闇の中に沈んでいたところを黙って拾い上げてくれたのなら、自分だってそれとなく支えることで返したい。

 

 しかし、そんな気持ちも虚しく、今の自分にはなんの力もなかった。

 

「分からない」

 

 それが、今の正直な気持ちだ。

 

「そうか」

 

 足を止めた二人は、この高台で一番見晴らしの良い場所に来ていた。

 

 周りからは一段低い場所ではあったが、ここからだと街が一望出来る。

 

 辺鄙な場所なのでややアクセスが悪いことが欠点なのだが、その景観から隠れた人気スポットとなっており、ゼブ達も子供の頃はよくここで遊んでいた。

 

 それきり黙ったままの二人の髪を、フワッと風が巻き上げていく。

 

「ゼブは」

 

「ん?」

 

 顔にかかった髪を手で後ろにやった少女が、正面の景色を見つめたままポツリと呟いた。

 

「ゼブは……どうしててほしい?」

 

 してほしいことは、いつか自分で見つけたい。

 

 それはそれとして、ゼブは自分に何を求めているのだろうか?

 

 ゼブの質問は、『こんなことをしてみないか』という指針が得られる機会なのではないか?

 

 いつかは自分で見つけたいが、今の自分では分からない。

 

 ならば、今それを考えることを諦めよう。

 

 その代わりに――何か一つで良い、道標になるものが欲しかった。

 

 そしていつか、今度こそ自分だけで答えを見つけ出してみせる。

 

「んー、そうだなぁ」

 

 ゼブからの答えを、少女は静かに待つ。一言一句聞き逃すまいと、意識を集中させて。

 

 そして、

 

「な~により、元気でいてくれることかな」

 

「元気……?」

 

「暗く沈んでるよりは、明るく元~気な方が良~いだろ」

 

 ポンポンと、軽くエルミアの頭を叩きながら。

 

 その少女は何度も、まるで自分に言い聞かせるように、「明るく……元気」と呟き始める。

 

 それを聞きながら、ゼブも口にすべきか迷っていたことを伝えることにした。

 

「あーとは、一人でも大丈夫なようになることかな」

 

 少女の呟きが止まった。

 

 驚きに紅い眼を見開いた少女が、再びゼブを見上げている。

 

「一人……つまり、家から出ていった方が良いということ」

 

 それでは恩が返せないのだが、それが彼の助けになるというなら仕方がない。拙速を尊ぶという言葉もあるし、外に連れ出したのもそれが理由だとするなら、今からでも出ていかねば。

 

 エルミアの明晰過ぎた頭脳は、瞬時にそんな答えを導き出した。

 

「お世話になりました」

 

「オーレの言い方も悪かったが、エルちゃんの早合点も大~概だ~な」

 

 お辞儀してすぐに向きを変えようとした少女の襟首を、ゼブはため息と共に掴む。

 

「違う?」

 

「半~年も一緒にいて、俺はそーんな外道な真似をすると思われてんのか」

 

 そう言ってジト目で見下ろせば、少女は沈痛な表情で視線を逸らした。

 

「逸らすなよ」

 

 いったいどこで覚えてくるのか。おじさん呼びと共に、エルミアはたびたびこういった行動をする。

 

 問い詰めたい衝動にも駆られるが、それは後だと先に説明を始めた。

 

「オーレが軍人なのは、エルちゃんも知~ってるだーろ?」

 

 黙って頷く。

 

「セティもそうだし、傭兵のロフも似ーたようなもんだ」

 

 これにも少女から頷きが返ってくる。

 

「で、任務によっては三人共がい~ないこともあーるわけだ」

 

 今回は返ってくるまでにやや間があった。

 

『三人共が』の下りで何を考えたかも分かるが、敢えてゼブはそれに触れない。

 

 それも踏まえて、この話を振ったのだから。

 

「期間も分からん。で、その間はエルちゃん一人になるだ~ろ? 出~来れば、今のうちに基盤を整えときたいんだよ」

 

「つまり、生活力?」

 

「まあ、そ~れでもいいけど。今のままじゃ、家に閉じ籠もりっきりで帰ってきたら餓死……ってことになりかねんしなぁ」

 

「それが、『一人でも大丈夫になる』こと」

 

「エルちゃんが行きたいなら、オーレ達みたいに学校に通うって~のもいいけどな。そ~の前に、一人で生活出~来るようにならねぇとだろ」

 

 ゼブの話を聞いている内に、またしても少女の目が大きく見開かれる。

 

 だが、同じソレでも今度は驚きによってではない。

 

“目標が得られた!”という喜びによってだ。

 

 この期待に、まずは応えたい。

 

 瞳には活力が満ち、爛々と光を帯び始める。

 

 少しだけ嬉しそうな少女は右手の人差し指を額に当てると、

 

「明るく……元気……生活力」

 

 などと、こちらもいつもより半オクターブほど弾んだ声で呟いていた。

 

「家には、エルちゃんが居たいだけ居~ればいいさ。何かしらやらかさん限り、俺から追~い出すつもりはないし、出てく必要もないからな」

 

 少女は依然ブツブツと言い続けているが、口許は僅かに綻んでいる。

 

 だが、彼女の呟きは今度も中断されることに。

 

 何かが二人のいる高台の直上を通過し、それが一時的に光を遮ったことで視界が暗くなる。

 

 光はすぐに戻ってきたのだが、今度は空のそれを追うように二人の後方から迫ってきた強めの風が、色々なものを巻き上げながら前へと吹き抜けていく。

 

 ゼブはそういった諸々からエルミアを庇うように動くのに加え、バランスを崩さないようにそっと肩に手を置いて支えてやる。

 

 仰ぎ見れば、手に持つ大きな剣と背中にある翼のような六枚のスラスターが視界に入った。

 

「おんや、ライグ=ゲイオスだーね。え~らく低空飛行だが」

 

 二人の前方を飛ぶ新型の機動兵器を見て、ゼブは硬直している少女に説明してやる。

 

 この近くには施設もあるし、低空飛行はともかく機動兵器を見かけること自体は珍しいことではない。

 

 エルミアが余り外を出歩かないため、今までに見たことが無かったというだけである。

 

「って、お~い? エルちゃん、聞~いてるか?」

 

 ゼブが話しかけても少女は上の空。ただ、いつまでも一点だけを見つめ続けていた。

 

 

 

 ――それからしばらくの後に。

 

 帰宅したゼブは、エルミアが家にあるモノを適当に使い、某機体の模型を作る姿を見かけるようになる。

 

 どうやらハマるとのめりこむタイプらしく、機械方面に才能があったようだ。セティが使わなくなった旧式のデータ端末を手渡したのだが、すぐにその扱いを覚えて弄り続けていた。

 

 内向的だった性格や行動にも、徐々に変化が現れていく。

 

「これなら居~ない間も大丈夫だ~ろ」と、ゼブが言う程度に。

 

 代わりに、友人や知人達からの「老けたか?」というコメントの数は増大したが。

 

 戦果も鰻登りだ。

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……――。

 

 




 
 
 
※ 次回でラストとなります。帰宅時間にもよりますが、今夜か明日中に投稿致します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。