ちょっとした日常回です。
練習しなくてはいけない戦闘描写がありませんが……。
様々な用途に用いる精密機械が、決して広くない――むしろ狭い内部を有効に活用して作られた棚に――使用目的ごとに整頓されて置かれた室内。
そこに置かれている機材は、どれもこれも現在他で使われている物と比べると、少し古い世代の物ばかりである。だが、目端が利く者が見れば、どれもこれも改良が施され、最新の物にも劣らぬ性能を発揮するであろうということが分かる。
それもこれも、高い機材を用意できないがために、不要となった旧式を貰い受けて改良して使い続ける、涙ぐましい努力の成果でもあったが。
部屋の白い壁にも、様々なメモ書きされた用紙や、あれこれ書き込みされている設計図が所狭しと貼られている。
やや低めに設定された空調の効いたその室内では、設置された二台の端末から、異なる二種のタイピングの音が奏でられていた。
一つは軽やかなリズムで流れる様に、もう一つは重く遅く――まるで重量級の機動兵器に、さらに重装備させた上で地上を歩かせているが如く。
「二時間……」
「駄目」
自分の指が奏でているのと同じ、重く低い声による少女の提案を、涼やかな女性の声が一言で切って捨てる。
「一時間……」
「駄目」
両者とも手を――スピードにかなりの差はあるが――動かしながら、少女の提案はやはり女性によって否決される。
「六時間……」
「増えてるじゃない。駄目に決まってるでしょう」
「セティ、お願いだから帰らせてぇぇ! ゆっくりベッドで休みたいーー!」
少女の悲痛な叫びが、狭い室内に響き渡った。
彼女達が本拠地としている基地にある技術棟。
現在二人が居る場所は、女性――ジュスティヌ・シャフラワース上級士官と、エルミア・エイン技術士官(現)兼親衛隊(小)隊長(元)が共同での使用許可を得ている、多目的研究用の個室である。
二十歳という若さで、既にゼブと同じく部隊指揮を任される実力と、機動兵器の設計にも携わる才能を持つジュスティヌ――通称セティは、家族の居ないエルミアにとっては姉の様な人物である。……普段ならば。
「ダ~メ。それに、休む時間はあげたわよ? それをあなたが無駄にしたんじゃない」
「うぅ……」
※ ※ ※
――鍵を解除する小さな音を立てて、昭明が落とされ暗い室内の扉が開かれる。
中をそっと覗き込むと、端末を横にずらしたデスク上に、椅子に座ったまま前のめりに突っ伏して眠っている少女の姿があった。
曲げた両腕の上に頭を乗せて、静かな寝息を立てながら、毛布の掛けられた肩を呼吸に合わせて上下させている。
その様子を確認すると、セティはエルミアを起こさない様に静かに扉を閉める。
「ここじゃ寝られないって言っていたから、甘い物を持ってきたけど良く寝てるみたいね。良かったわ」
後一時間と思ったけど、二時間くらい寝かせてあげようかしら?
セティはそんなことを考えながら、エルミアが休んでいる間は部屋の外で見張りをしている妹分の直属の部下である二人――ハイ・カーエとモベ・ビーシに視線を向けた。
「それじゃ二人とも、時間が来たら戻ってくるから後をお願いね。ちょっと遅くなるかもしれないけど」
「(は!姉御の睡眠の邪魔はさせません!)」
「(自分達のことはお気になさらず。ここは、お任せ下さい)」
セティに対して、小声と敬礼で返す。
二人に小さく頷いて返すと、部屋に鍵をかけ直し踵を返す。
が……
「あ、資料」
エルミアの様子を見るついでに、部屋に置き忘れていた資料の回収もあった事を思い出して、すぐに足を止める。
再び小さな音を立てて開錠すると、扉を開けて静かに中へ。
腕を伸ばして静かに眠っている少女の邪魔をしない様に気を付けながら、セティは自分のデスクから必要な書類を回収していく。
足音を立てないように細心の注意を払って移動すると、静かに扉を閉める。
扉に施錠され……その際の僅かな音に合わせて、室内の端末が起動する。
暗い室内を、モニターを光源とする僅かな灯りが照らす。
横にどかした端末の位置はそのままにして、腕だけを伸ばしてそちらに頭を傾けるという器用な姿勢で、音を立てない様に入力を始める。
入力をしている少女の顔は、紅い目を輝かせて楽しみを堪えきれない子供といった感じで始終ゆるみっぱなしであり、年相応に見えるそれは他人――親しい者以外――には決して見せられないものである。
シミュレーターや戦場での高揚した姿も、物静かな立ち居振舞いをする、技術者モードの彼女しか知らない面子には見せない方が良いだろうが……
エルミアは端末を操作して待受画面を呼び出すと、そこに設定している愛機(予定)を見てホゥッと一息を吐く。
写っている画像は、撮影時に“偶然”操縦席が開いて、小さいが中からパイロットが出てくる場面であった。
一目惚れした愛機(予定)と、“たまたま”そこに写っていた恩人のこの画像は、自分が今まで撮った中でも最高の一枚と思っている。
そして、“再び”愛機(予定)改良プランを呼び出して……
「なぁにをしているのかしらぁ、エルちゃぁん?」
「ひぃいぃぃぃぃっ!?」
気配を全く感じさせずにセティに耳元でそっと囁かれたエルミアは、全身の毛を逆立たせて悲鳴を上げる。
慌てて振り向けば、僅かな光源に照らされたセティが、朧気に幽鬼然とした佇まいで笑みを浮かべていた。
「まさかぁ、あげた睡眠時間をずっと違うことに使ってた……なぁんてことは、無いわよねぇ、エルちゃん?」
「セ……セティ姉? 話せばきっと……駄目そう!」
笑顔でにじりよってくるセティに必死に弁解しようとするエルミアだが、その怒気に説得は不可能と判断……毛布を落とし、白衣を翻して脱兎の如く逃げ出す。
スカートから伸びている足を懸命に動かし、狭い筈なのに今だけは広く感じる部屋を、ドアに向かって一目散に駆け抜ける。
辿り着いたドアの施錠を解除して、扉を――
「開かない!? って、こらー! 開けなさい! 開けて、早く、開けてぇっ!? 」
「駄目です、姉御!」
「諦めて下さい」
ドアの向こうからは、部下(直属)からの無情な返答。
「姉御って言わないで! それより、二人共開けなさい! お願い、ひらいてぇっ!?」
ドアにかけた指に力を込め、一瞬だけ動くも開くには至らない。
外見も気にせず、へりに足をかけてドアを開こうと――
「どこへ行こうと言うのかしら?」
元々狭い部屋である。あっさりと肩を掴まれ、腰に手を回されて捕獲される。
「セ……セティ姉、待って!?」
「さ、頑張って仕事してもらうわよ。それだけやる気があるのだから、本来の仕事もはかどるわよね?」
明かりが戻った室内で、暫し少女への小言が続く。
そんな二人の座るデスクの端には、二人分の菓子が置かれていた。
※ ※ ※
「さ、分かったら早く進めましょう」
「は~い……」
設定図案から予想される、機体性能や武装評価のデータを確認しつつ、修正を加えていく。
現在セティが使用しているのは、ゼブが使用しているのと同じ――エルミアご執心の上級指揮官用の設計・開発された機動兵器――ライグ=ゲイオス。
それを基準にして、装甲面を犠牲に機動性を高めた、セティが自身の専用機として設計している機体、〔ビュードリファー〕……なのだが。
「おかしいわね、どこで間違えてるのかしら?」
導き出された予測性能データを見て、コツコツと爪でデスクを叩くセティ。
唸るセティの隣の席で、エルミアも複数のデータを呼び出してミスが何処かを確認している。
「今のままだと、装甲は薄く機動性も低いという有り得ない性能ですね」
「そうなのよ……って、仕事モードね」
先程までの今にも轟沈しそうな口調とは違い、落ち着いた理知的な話し方をする技術者モードのエルミア。
肩を越す程度の長さの紫色の髪を髪止め(セティから貰った物)で止めて、雰囲気のためだけに研究者然とした見た目をした伊達眼鏡をかけている。
本当はセティが右目に付けている物と同じ、コンピュータと直結している網膜投影式のデータ閲覧装置――セティが使用しているのは分析装置――を希望していたのだが、「一日中何に使うか分かるから、今はダメ」とセティに禁止されている上に、ゼブにも同様のことを言われている。
セティの本音としては、四六時中ニヤニヤする妹分の顔を他人には見せられないといった所である。
分析ではなく閲覧という点でも、目的は丸わかりであった。
部屋の棚に置かれた機械群を改良した彼女のこと。作ろうと思えば作れる筈だが、二人の言いつけを律儀に守り作製には至っていないようである。
少なくとも、セティやゼブ達の知る範囲では見たことは無い。
「今は仕事中なのですから当然じゃないですか、セティ」
「ええ、そうね。少し前のあなた自身に聞かせてほしいわね」
まるで別人であるが、セティは全く気にしていない。
今の姿と戦闘時の姿、そして親しい者の前で見せる姿の三つ。
ゼブが行き倒れていた彼女を保護した頃から知っているが、その時を思えば今の『生きている』姿は遥かに喜ばしい事なのだから。
セティにも劣らない、流れる様な音程を奏でていたエルミアの指の動きが止まった。
「セティ。ここを見て下さい」
「どれ?」
見やすい様に少し席を下げたエルミア。セティは隣に身を乗り出すと、指し示された画面を覗き込む。
ごくごく僅かな一点。
「ここの姿勢制御用の部分が、装甲に覆われてしまっています。これ一ヶ所で、機体全体に影響が出ているようです」
「あら、本当ね。でも……ほら、データ興し班に渡したこっちの図案だと、きちんと覆っていないわよ?」
そう言って、セティが自分の席から取り出した一枚の資料。
確かに、エルミアが指摘した場所は覆われていない……覆われてはいないが。
「セティ。びっしりと書き込みされているせいで、これでは黒い装甲と思われます。重要性の強調というのは分かりますが、それのせいで他部分の説明と混じってしまっていますし」
エルミアの言う通り、隣接している部分の説明と一部重なってしまっており、データの仮組み――試運転をシミュレーターで扱えるように――しているチームが見間違えるのもやむを得ないと言えなくもなかった。
「でも、ここが重要じゃない。エル、その端末で性能修正出来るようにしていたでしょ?」
「何故それを……?」
思わず口から出た言葉。続く、こっそり追加したはずなのに……は心の中で呟く。
そんなエルミアを見透かす様に、セティは目を細める。
「ライグのデータを日々弄っているあなたが、していない筈が無いでしょう? むしろ……あの班に持っていかなくても、ここでシミュレーター用のデータ作成出来るんじゃない?」
「無理です。あそこで使うための専用のディスクを作るキットがありません。シミュレーターを弄って、データを直接呼び出す様にしてしまうと漏洩の危険もありますし」
「キットが無い……ねぇ」
「な、何ですか、セティ? あれはあの班にしか置かれていない物ですから、ここにはありません」
ジトっとした目で見られ、エルミアが明らかに狼狽える。
一瞬、少女の目が泳いだのもセティは見逃さなかった。
「あ、セティ。ビュードリファーについてですが……」
「何かしら?」
あからさまに話題を変えてきたが、あえてセティはそれに乗る。
追求は、この後いくらでも出来るのだから。
「機動性は問題無いようです……が、やるからには徹底的に弄りましょう」
まだ詰める必要がありますがと前置きをして、エルミアが自身の専用データバンクから呼び出した追加性能案。
彼女達が所属するゾヴォークと共に共和連合――複数の星系国家から成る星間国家連合体――を構成している派閥勢力の一つである、“ウォルガ”で採用されているビーム吸収機構や、使用して排出されたエネルギーを再度取り込みエネルギーの回復に充てる等の機能。
他にも、光学迷彩を全身に施す事で相手のレーダーを眩惑させ――分身しているかの様に複数に見せかけ――たり、それを用いて電波障害を引き起こすジャミング機能。
ビュードリファーに正式採用予定であるトライリッパー……刃を取り付けた円盤状の投射用武器に、切り裂いた面から腐食させ敵装甲の劣化を狙う等のプランが表示される。
「他にも、クローアームで突き刺すと同時に電撃を流し込むとか……」
「エル」
嬉々として語るエルミアを、何故か額を押さえながらセティが制した。
「あなた、良くこれだけあれこれ思い付くわね……」
「そう言われても、思い浮かんでしまうため仕方がありませんとしか……」
自分でも分かりませんが、とエルミアは首を傾げる。
「しかし、せっかく脚部を廃してまでの高機動・高速戦闘が可能な機体なのですから、『真っ先に戦場に辿り着いて』も仮定に入れて相手陣営への嫌がら……こほん、撹乱を狙っても良いと思います。搭載される戦略ミサイルに特殊弾頭を用いるのも良いですよね」
力説する少女から出される案の数々に、セティは自身の端末に呆れながら入力していく。
「いじれるものは徹底的に弄る」という彼女は、こうしてセティ……ここにいる技術者達が思い付かない事を口にする。
実現出来ない物も勿論多いが、発想力は群を抜いていた。
その才能を活かす方向を間違えることも多々あるが。
「……あら、もうこんな時間なのね」
セティの視界に入った時計は、既に夜をかなり回っていた。
「はい、ここでずっと監禁されている私には関係ありませんが」
先程まで語っていた姿から一転。眼鏡を外しながら、恨みがましそうな目をセティに向ける。
それをセティが気にする……ようなことは全くなく、逆に。
「監禁って、人聞きが悪いわね。エルを家に帰す時間も惜しんで作業を進めただけよ?」
「文法が明らかにおかしくありませんか? 私の時間を勝手に惜しまないで下さい」
「あなたが家に帰る手間も惜しんで作業を進めていたら、もっと早くに進んでいた筈だったんだけどね。最初は逃げることだけを考えて、落ち着いたと思ったら今度はライグの改良とか他の作業していたじゃない」
「う……」
端末を閉じて電源落としながら溜め息混じりにセティが言うと、エルミアは視線を向けられる前に顔を明後日の方に逸らす。
「さすがに辛そうだったから休む時間をあげたらあれだしね」
「うぅ……」
視線が突き刺さるのを感じる。
確かに、あれについては悪いとは思っていた。
もちろん、あの機体への情熱を抑えられなかったというのも確かではあるが……
「ま、良いわ。今日のところは帰してあげる」
「え、良いの?」
思わず振り向いたエルミアの目が驚きに見開かれる。
「後半は頑張ったしね。明日も休みで良いわよ?」
「天変地異?」
「いらないのね。じゃあ、明日も……」
「ごめんなさい、セティ姉! ありがたく頂戴させていただきます!」
もっとも、本当に束の間の休みであることを、今の喜びの余り気が抜けた少女が知る筈もない。
まだまだ行う作業は山のように残っており、それらを円滑に進めるためということを、セティも黙して語らない。
「じゃ、医務室の検査も日中に終わってるし、荷物を纏めたらいつもの所で合流しましょう」
「うん」
エルミアは頷き、白衣を椅子にかける。
薄手の濃い色の服を好む彼女は、今は紫に近い赤で統一した半袖のポロシャツにスカート姿である。
デスクの端に置かれていた空になった食器を手に、部屋を出ていく。
「あ、二人共。明日はあたし休むから、あなた達も自由にして」
「ついにジュスティヌさんを怒らせて謹慎ですか、姉御?」
「いや、オカシラの場合は謹慎だと罰にならないだろう。シミュレーター使用禁止の方が効く筈だ」
「二人共、あたしを何だと……って、姉御もだけどオカシラはもっと止めなさい!」
扉の近くから叫びでもしない限り中から外には音は漏れないが、外から中へは丸聞こえである。
賑やかなやりとりを続けながら、やがて歩き去っていく三人組の足音が完全に消えると、セティは携帯通信機を取り出す。
「あ、ゼブ? あの事はエルには言ったの? ……ええ、卿が内密にどこかの星への特使として向かう際に、親衛隊を連れていった件。……そう、奇跡的に助かった卿以外はほぼ全滅した……何かキナ臭ったからって……まぁ、何かありそうだけど証拠は無いし。まだ出向扱いだけど……そう、今回はタイミング良く異動させられたけど、卿にもあの子が親衛隊の中でも優秀なのは知られているし、またどこかに……いえ、どちらかと言えばあたしやゼブも含めて、大規模に動くことの可能性よ。……考えすぎなら良いけど、卿は過激派の筆頭だから今回の件も何かあると見た方が良いわ。……ええ、よろしく」
携帯通信機をポケットに入れると、セティも立ち上がる。
エルミアの端末の電源が完全に切れているのを確認すると、部屋を出て施錠する。
壁に貼られている物は取るに足らないダミーばかりだが、端末の方は公開出来ない内容ばかりである。特にエルミアのは。
念には念を入れて多重にロックもかけている。
ゾガルでは現在大規模な作戦は発表されておらず、他の敵対国家と時折小競り合いがある程度。
それでもセティの勘は、今後何かあると告げている。
それに備えて、警戒しておいて損はない。
自分にもまだやりたいこと……会いたい人物が居るのだから。
荷物を持ったセティが足早に向かうと、黒い大きな手提げバッグに荷物を詰め込んだエルミアが、待ち合わせ場所で既に部下の二人と待機していた。
「ごめん、待たせちゃった?」
「大丈夫、セティ姉。あたしも来たばかりだから」
「そう。それと、ゼブも後から来るそうよ」
「ゼブも? 来るなら別にあたしは良いけど……あ、そういえば、前に殴るって決めたのにまだ果たせてなかった!」
「駄目ですって姉御。上官を殴っちゃあ」
「規則に触れます」
「姉御言うな。それでセティ。今日はどこに行くの? デザートの美味しい所?」
「料理とお酒のおいし……どこ行くの?」
踵を返しダッシュでどこかに行こうとしたエルミアを、部下二人が止める。
「こら、離しなさいハイにモベ! ゼブとセティの二人に付き合えないわよ! 何なら二人が行ったら良いわ!」
「前半はともかく、後半は無茶っすよ姉御。離しませんが」
「夜間に騒ぐのは迷惑行為です。離しませんが」
二人は、もがくエルミアの両腕をがっちりと掴んでいる。
「姉御、自分達は店の前で失礼させてもらいますね」
「ごゆっくり、夜明けまで」
「シャレになってないわよ! でも、さすがにセティ達は仕事でしょうしそこまででは」
「ゼブは知らないけど、あたしは午後からよ。だから、ゆっくり飲みながら色々と話しに付き合ってもらうわよ?」
「離してーー!」
※
セティと、ライグ……ではなくビュードリファーの改造話。
セティのお酒云々はこのシリーズだけの設定……たぶん