エルミアが部下の二人を率いて出撃した、丁度その頃。
この宙域に一隻の艦が姿を現していた。
帝国軍側の後方、まるで滲み出るかのように。
その艦の
そこには異様な光景が広がっていた。
そこに存在する、全ての者が仮面を見に付けているのだ。
その内、艦を操作していない仮面の者達が、ブリッジと艦内通路を繋ぐドアの前に整然と並んでいる。
そして、その者達と向かい合うように立っている一人の女がいた。
ここにいる者達の指揮官らしく、一人だけ他とは異なる作りの仮面を身に付けている。
他の者達が顔を全て覆うような仮面を付けている中で、その女が身に付けているそれは口許を露出させるタイプだった。
「ヌン、サメフ」
「はい」
「はい」
指揮官の女が、聴く者に冷徹さを思わせるような声で列へと呼び掛ける。
鏡で写したかのように同じ体型の者が並ぶ列の中から二人、幼くも凛とした声で応じると女の前に出てくる。
他の者達よりも一回りか二回りほど小柄で、背丈は周囲の肩よりも低かった。
「我々はこれより、予定通り例の星に向かう」
「はい」
「はい」
「しかし、お前達二人は“あのお方”から別任務を授かっているな?」
「はい」
「はい」
その返事に、女は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「よって、ここでお前達を下ろす。任務が終われば……辺境方面軍の第二艦隊か第八艦隊と合流して、後の指示を仰げ」
「はい」
「はい」
「では、直ちに出撃しなさい」
「分かりました」
「分かりました」
ここでようやく別の言葉を発した二人は女に一礼すると、まるで同調しているかのような動きで部屋を出ていく。
部下のその姿を、女は仮面越しに面白くなさそうに見つめていた。
「いよいよだね?」
「いよいよだね」
格納庫に部下を引き連れてやって来ると、置かれた自機にそれぞれが乗り込んでいく。
「『確かめれば』いいんだよね?」
「『確かめれば』いいんだよ」
コクピット内で、二人は確認するように話す。
「楽しみだね」
「うん。遊べるかな」
「〔ヴァルク・タウォーム〕」
「出撃」
幾つもの爆発と閃光で満たされた戦場。
相手を殲滅するため、双方共にその火線は一層激しさを増していた。
そこへ、新たに一つが加わる。
「――ギガブラスター、ファイア!」
人型機動兵器のコクピット内。敵を捉えたメインモニターを見つめながら、操手の少女――エルミア・エイン小隊長は躊躇うことなく、自機のトリガーを引いた。
撃ち放たれた一条の黒き光の奔流が、
〔ライグ=ゲイオス ゼフィリーア〕が放ったエネルギー集束砲は、真っ直ぐに敵――ゼ・バルマリィ帝国軍の艦隊へと。
こちらへ突き進んでくる新型機の小隊を巻き込むようにして。
周囲の敵軍とは、明らかに性能が違う機動力を見せる敵小隊。
オレンジが主体色の機体が三機に、隊長機らしい禍々しい外見の黒い機体。
それらは向かってくるギガブラスターに対し、四機共が躊躇いを見せることなく回避する。
「な……」
それは自分達の背後にいる艦を、最初から見捨てるような機動だった。
四機は散開し、後方の敵艦隊の内の一隻……〔フーレ〕がギガブラスターの直撃を受ける。
激しい光の奔流に押し流されるように徐々に後退しながら、やがて艦のあちらこちらで小爆発が生まれる。
そして、それらは閃光と共に一つの大きな爆発となった。
しかし、エルミアはその光景を見ていない。
「艦の楯になると思ったのに、敵の行動を読み間違えた……! 新型二種の機動データを算出……って計器に乱れ? 強力なジャミング機能!?」
回避された直後に、操縦しながら手元を見ることなく入力用の端末に片手の指を走らせていたエルミアが、表示されたそれに驚きの声を上げた。
瞬時に敵機の機動力を計算するはずのシステムが、今は目まぐるしく数値を変化させるのみ。
じっくり時間をかけてとまでは言わないが、それなりに自信を持って完成させたばかりのシステムでさえこれなのだ。
そのジャミングの強力さに、エルミアは思わず舌打ちした。
敵のデータ収集をシステムに任せ、エルミアは操縦に専念する。
ギガブラスターを回避した際、オレンジの機体はこちらを包囲するような形で動いたが……隊長機はさらに加速しながら前方へと回避した。
前方……つまり。
「くっ!」
ゼフィリーアの右手が跳ね上がる。
その手にある実体剣から生まれたレーザーソードが振り上げられ、黒い機体が手に持つ長い棒状の得物……そこから伸びた三日月状のエネルギーの刃が振り下ろされる。
ぶつかり合った二条の光刃の交差部は激しく火花を散らし、鍔迫り合いの如く咬み合っていた。
刃を交える一方で、ゼフィリーアのツインアイと黒い機体――ヴァルク・タウォームのラインアイも睨み合いの様を呈していた。
二機の機体の全高は余り変わらないが、もともとライグ=ゲイオスは重武装で設計されている分重量がある。
敵方のオレンジの方は丸みを帯びた体形で、得物と両肩の大筒から見ると距離を問わない万能型の機体なのだろう。
タウォームの方は鋭角的な見た目をしており、目に見える武装も銃口部がある長柄のそれのみ。
内蔵型の武装がある可能性はあるが、力よりは速さに重点を置いているように見えた。
「単純な力比べなら、負けない!」
タウォームを弾き飛ばそうと、ゼフィリーアの右手に力が込められる。
『速さに重点。間違ってはいないね?』
『うん、間違ってはいないね』
ゼフィリーアのコクピット内に、黒い機体からの声が送られてくる。
「……っ!? こちらの通信に割り込み? しかも女の子の二人乗りなんてね」
そっくりな、幼くも凛とした二人分の声。
一人言を言っているのでなければ、二人乗りなのだろう。
「武装解除して投降しなさい! この戦いはこっちの勝ちよ!」
バルマー帝国の本拠地がどこにあるのかは、はっきりとは分かっていない。
それも踏まえて、有人機であるならと降伏を呼び掛けるエルミアだが、通信機から返ってきたのはクスクスという二人分の笑い声。
『降伏だって?』
『勝ちだって?』
『関係ないよね?』
『関係ないよね』
「あー、もう! 鬱陶しい喋り方は……やめなさい!」
力を増したゼフィリーアがレーザーソードを大きく振り払い、タウォームの鎌を受け流す。
追撃とばかりに剣を振るうが、相手は背部バーニアを吹かして距離を離したために刃はむなしく宙を切る。
さらに追い撃ちをかけようとしたゼフィリーアを、周りのオレンジの機体が連続で射撃を行いそれを阻む。
その射撃の狙いは正確であり、ゼフィリーアも距離を置かざるをえなかった。
部下の二人に説明した通り、『バリアはあくまでも保険であり、基本は受けない、回避する』が彼女の考えである。
破れられないバリアなんてものは無いと彼女は思っているため、未知の機体の武器はより警戒を強めるべきものだ。
バリアが貫通され、それに付加効果があれば戦況が大きく変わりかねない。
『姉御ー! ……うわ、何だこいつら!?』
『オカシラ、すぐに援護します……気を付けろ、ハイ。手強いぞ』
エルミアの方に向かおうとしていたハイとモベの二機のゲイオス=クルードを、相手の三機が妨害しながら立ち塞がる。
周りには数を減らしたとはいえ他の帝国軍機もいるため、三機のコンビネーションも合わさると二人の苦戦は免れない。
「ハイ! モベ!」
『よそ見?』
『よそ見だね』
二人を援護しようとしたゼフィリーアだが、その前に逆さまになってタウォームが現れる。
タウォームは振り上げていた鎌を、ゼフィリーアの下から上へと振り下ろす。
「振りが甘い!」
迫る刃を、後退しながらレーザーソードで斬り払い――
『考えが甘いね?』
『考えが甘いね』
武器を振り払われ、がら空きになったタウォームの機体前部各所から、黒いワイヤーのようなものが伸びる。
『抵抗してみせて?』
『抗ってみせて?』
『『出来ないなら……死んで? メス・ショット』』
ワイヤーの先端がバリアを突き破ってゼフィリーアに刺さると、タウォームは残りを巻き付けるように旋回する。
刃のように鋭いワイヤーが幾重にも巻き付き、締め付けられたゼフィリーアの装甲が悲鳴を上げる。
「この……やることまで本当に鬱陶しいわね!」
逆さまのままモニターの正面に映っている相手に、エルミアは悪態をつく。
『誉め言葉?』
『誉め言葉』
「誉めてないわよ!」
『ふふ、このままバラバラに分解されたい?』
ワイヤーがゼフィリーアの装甲にさらに食い込んでいく。
『ふふ、コクピットの中でじわじわ逝きたい?』
タウォームが両手に柄を握りしめ大きく鎌を振りかぶると、そのブレード部分が長大化する。
『『あなたはどんな死を迎えたい?』』
二人の声に合わせて、タウォームのラインアイが不気味に輝いた。
「……そうね、どうせならベッドの上で死にたいわね。軍人だから無理と思うけどさ」
『…………は?』
『…………え?』
エルミアが返した答えに対して、通信機の向こうからは間の抜けた声が聞こえてきた。
それに構わず、エルミアの独白は続く。
「昔の記憶なんてものはないし、覚えていることはこの数年のことくらいだけどね。それでも返さないといけないことは出来ちゃったし、やりたいこともまだまだある」
『意味が分からないよ?』
『意味が分からないね』
通信機の向こう側の声からは、困惑の色は隠し切れない。
「つまりね。あたしはこんな所で、あんた達に負けるつもりなんか無いってことよ!」
ゼフィリーアのツインアイが力強くエメラルドの輝きを放った。
「あたしのライグを傷付けた恨み、思い知れ! ギガブラスターverF、リベンジブラスト!」
ゼフィリーアの全身から機体正面へと向かう膨大なエネルギーが生まれると、それは途中過程で電撃のように食い込んだワイヤーを伝ってタウォームへと。
伝った先のタウォームのワイヤー射出部の各所からは、エネルギーを受け止め切れなかったせいで火花が上がっている。
たまらずワイヤーを引き抜こうとしたが、それより早くゼフィリーアの手がしっかりと握り締めていた。
そして、ゼフィリーアの前には二度目となる黒い光球が生まれる。
続けて放たれた一条の闇色の光閃。
間一髪で、光の奔流をワイヤーを鎌で切り離すことで回避したタウォーム。
だが、回避した先に闇色の光球が迫ってきていた。
「いっ……けぇー! ブラスターホームラン!」
エルミアは、残っていた光球を、ワイヤーが切れたことで自由になった剣で力任せに打ったのである。
攻撃されている間もじっとタウォームの機動計算を行っていたシステムが完了したことで、相手の回避先は予測されていた。
闇色の光球を無理矢理回避しようとしたタウォームだが、凄まじい勢いで迫るそれを避けきれずに下半身をもぎ取られてしまう。
光球はそのまま帝国軍の機体をいくつか飲み込みながら、あらぬ方へと飛び去っていった。
『やるね?』
『やるね』
二人は乗機の下半身を失っても、各所から火花を散らしていてもまるで気にした様子は無く、これまで通りの感じで話を続けている。
「堪えてないわね。まだまだやるってこと?」
『堪えてないしね?』
『痛くないしね?』
『『続けるよ』』
「それなら、徹底的にやるまでよ!」
操縦桿を握り直し、ペダルを踏み込む。
ゼフィリーアの背部と三対六枚の翼に取り付けられたバーニアに火が点くのと同時に、タウォームも滑るように移動を始める。
「まずはこれから! 撃ち抜いて、斬り裂きなさい! プラネイト・ガン・ソード!」
ゼフィリーアの翼の付け根から再び六つの菱形のパネルが外れて、解き放たれた刃が不規則な軌道を描きながらタウォームに襲いかかる。
ゼフィリーア自身もガン・ソードの後を追うように飛ぶ。
六基のガン・ソードから様々な角度で撃ち放たれる無数の弾丸を、タウォームは身を捻ったり、あろうことか急停止からの別方向への急発進を繰り返して回避していく。
そんなタウォームの軌道上に、回り込むように飛来してきた三角柱状の物体。
「ホーミングレーザー……セット。プラネイト・ガン・ソード、リフレクター転換。ゼフィリーア、包囲殲滅モード!」
メインモニターに映し出されているタウォームの、コクピットがあると思われる場所を避け、その機動を奪う形でロックする。
モニターの中の相手もまた、機体の各所が展開していた。
『数秘予測』
『ゲマトリア修正』
「心静かに受けなさい! ペンタグラム!」
ゼフィリーアの翼に幾つものエメラルド色の小さなレンズが展開。
『強念の力、力の摂理』
『絶対の真理、全ての源』
『『全ては、来たる日のために。ディーン・ミシュパート』』
タウォームが全ての装甲を
先行していたポッドからのミサイルと、翼のレンズから一斉に放たれるレーザー。
蜘蛛の巣のように広がりながら向かう、エメラルドの輝き。
それの一部は光弾を吐き出すガン・ソードに当たると軌道を変え、タウォームへと降り注ぐ。
逃げる隙間も与えないゼフィリーアの攻撃に、タウォームも全身から赤いレーザーを放って対抗する。
ところ構わずに射撃しているように見えて、向かってくるレーザーやミサイルを迎撃するように放たれており、赤と緑の閃光が辺りを彩る。
途中、どうやったのかは不明だが、ゼフィリーアの右の翼が二本半ばから断ち切られていた。
しかし、反撃はそこまでで、二色の共演は長くは続かなかった。
先の被弾で内部を損傷していたらしいタウォームが、攻撃しながら自壊していく。
「早く脱出しなさい!」
本来は武装を組み合わせて行う攻撃であるが、それのシークエンスを中断して再び呼び掛けた。
全身から汗が吹き出し、髪や服が肌に張り付いている。
『必要ないよね?』
『必要ないよね』
『あなたこそ、早くあるべき場所に帰れば?』
『戦いをやめれば?』
しかし、返ってきたのは二人のそんな声。
「な……」
そして、エルミアが何かを言うよりも早く、閃光に包まれたタウォームが爆散する。
「な、何なのよ……いったい」
その跡を呆然と見つめながら、やるせない思いと共にエルミアは言葉を吐き出した。
残っていたオレンジの小隊を撃破した、ロフ率いる傭兵隊や部下二人が駆けつけるまで、ゼフィリーアは動くこともせずその場で佇んでいた。
個室に備え付けられた通信設備。
そのモニターには、眼が四つという奇異な仮面を身に付けた人物が映し出されている。
モニターの前では銀髪の少女が二人頭を垂れており、足下には銀の仮面が二つ置かれていた。
『……聞こう』
「ゾヴォークに対する帝国監察軍第八艦隊の攻撃は、今回も失敗に終わりました」
「再度の製造にはしばらく時間が必要と思われます」
画面の向こう側……年配らしき男の低めの声に対し、頭を垂れたまま涼やかな凛とした声で少女達は報告を述べる。
『機械化艦隊のことは構わぬ。お前達の任務の方だ』
「標的とは接触。機体には知識の流入らしきものも垣間見ることが出来ましたが、偶然と言える範囲のものです。父様が気にされるような“番人”の要素は無いようです」
「“番人達”よりは、父様の“七人”の方が近い印象を受けました。交戦の際に、タウォームの遠隔兵器が破壊されましたが、本体には気が付いていなかった模様」
『分かった。お前達は引き続き、ゴラーゴラム隊に身分を隠して確認を続けろ。それと、代わりの機体を用意する。お前達がこれまでに集めた機体の運用データのおかげで、〔ディバリウム〕の目処もたつ』
「「分かりました、父様の仰せのままに」」
『時間が無い。私は例のモノの完成を急がねばならん……アリエル、アリエール。お前達は必ず生き残れ。来たる日のために、あの二体を手中に置くために』