『どうしたのかな? そんな動きだと、この〔ヴァルク・タウォーム〕とは遊べないよ?』
『どうしたのかな。この前よりも動きが悪いよ』
以前のバルマー戦で相見えた時と同様、タウォームと呼ばれた黒く鋭角的な造りの機体には二人が乗り込んでいるようだ。
相手の少女達からは、ひっきりなしにからかうような通信が入ってくる。
――宇宙を、もつれるように駆ける二機の機動兵器。
両手で持った鎌を振りかざしながら、眼光鋭くラインアイが赤く煌めいた。
二機が接触する度に、レーザーソードの緑光の刃と、相手が振るう死神の鎌たる橙色の刃が幾度も火花を散らす。
単純な
エルミア自身の腕も、決して悪い方では無い。
しかしそれは、『ベストの状態であれば』という話である。
「その……鬱陶しい……しゃべり……方と……ネジ曲がった……性格は……最……悪……よね」
『ほめられたのかな?』
『そうなのかな?』
「んなわけ……ない……でしょ」
主治医に言われた限界時間である三時間はとうに過ぎ、既に六時間が過ぎようとしていた。
「こっちは……戦い通し……だってのに」
何とか鎌を振り払ったエルミアだったが、そこで操縦桿を握り続けていた両手が離れた。
力なく垂れた両の手を持ち上げようとするが、もはや言うことを聞きそうになかった。
『それは、こちらも同じだよね?』
『同じだよね。そこらにあるオモチャを、ずっと操っていたんだよ?』
鎌で、周りのゾヴォークの兵器群を指し示す。
百や二百では無い数。
残骸となっているものも多いが、五体満足な物もまだまだ残っている。
残骸……無人兵器については、そのほとんどはエルミア自身の手で破壊したものだ。
無事なのは有人機か、彼女が手を出せなかったごく一部の機体だけである。
『これだけ操るのは大変なんだよ?』
『大変だよね。タウォームのシステムを使って掌握しても、その間は大きく動けないから注意し続けないといけない』
『もともと、この子は潜入破壊工作機だから直接戦闘行為は不得手』
『あくまでも、力のサポートがこの子の役割。絶対の真理である、この力の』
ハイスペックの隠密能力を用いて敵対する基地に潜入。
後は、相手の戦力を使うことで撃滅を謀る。
一機で戦局を変える力。
しかし、地球で開発された(もしくは古来から存在している)同じコンセプトの機体達とは、その方向性は違っていた。
一機で全てを倒すのでは無い。
一機で全てに対応する必要も無い。
一機で事足りる状況を作り上げるのだ。
何の対策もされていない機体など、彼女達にとっては文字通りのオモチャ同然でしかない。
そして、これに対抗出来るのは“彼女達と同じ力”を持つ者だけであった。
『あなたには、“彼”は持たせなかったみたいだね』
『定め、決められている運命すらも改変することを可能とする、“鍵”たる強念の力……“サイコドライバー”の力を』
※ ※ ※
サイコドライバー。
神にも喩えられる強力な力が、この二人の強さであった。
ヴァルク・タウォームは二人の力をサポートするためだけに開発された機体であり、それを知るのは二人と開発者である彼女らの父親を除くと、部隊の誰も知らされていない。
タウォーム“本体”の戦闘力も高いものでは無い。武装も、中距離への射撃が可能なガンサイズが一振りのみ。
性能のほとんどをサポートに割いているためなのだが、彼女達はこれまでそのことに対して不満を抱いたことは無い。
外見を本体そっくりに作られている遠隔兵器を囮に使い、自らは笑いながら相手の首をはねるだけなのだから。
しかし今、彼女達の盾であり刃であった影武者はエルミアに破壊され、失われていた。
それでもなお、交戦すれば詭弱な本体のみで戦場に赴き、直接戦闘状態になっても退く様子は微塵も感じられない。
敬愛する父からの指令もあるだろう。
影武者を、初めて破壊したエルミアへの興味も並々ならぬものがある。
それらを支えている根幹こそ、サイコドライバーと呼ばれる力。
彼女達はこの力に絶大な信頼を寄せ、確固たる自信を持っていた。
「……反応無いね?」
「反応無いね」
これまで、大なり小なり示していたエルミアからの反応は、無い。
ゼフィリーアの実体剣を覆っていたエネルギーはいつの間にか消え失せて、エメラルドの輝きを放っていたツインアイもその光を落としている。
「つまんないね?」
「つまんないね。死んだかな?」
先程までのからかいから一転、不満を露に言っているのは、複座式のパイロットシートに腰かけている二人の少女である。
彼女達は同じ部隊の制服や仮面とは別に、機体から伸びているコードを身体の数ヶ所に身に付けていた。
「ん……微弱だけど心臓は動いてるよ、ヌン」
「弱いね。今にも止まりそうだよ、サメフ」
モニターに、入手した相手――エルミアのバイタルデータを呼び出して確認する二人。
そこには非常に危険な状態が示されていた。
このまま放置すれば、エルミアが生命活動を終えるまで、そう長い時間はかからないだろう。
「どうする? 父様は、確認を続けるように仰られてたけど」
「どうしよう? トドメを刺しても良いけど」
「もし、父様の計画に必要だったら?」
「困る。私たちに失敗は許されない。……決着もついてない」
「こだわるね? ヌン」
「こだわるよ? サメフもでしょ?」
「うん。連れて帰る?」
「そうしよう。父様に確認を取る時間も惜しい」
結論を出すと、タウォームはゼフィリーアの背後に回り込み、その六枚の翼を適当に掴む。
「オモチャは?」
「邪魔」
「じゃ、手っ取り早く自爆させ――」
『――……な』
抱えて移動しようとしていたタウォームの動きが止まった。
ゾヴォークの機体、その全てに自爆コードを打ち込もうとした手も止めて、少女達は仮面に覆われた顔を見合わせる。
「今、何か言った?」
「言ってない」
『我が機体に触れるなと言ったのだ』
その瞬間、モニターに閃光が走った。
※ ※ ※
切断されたタウォームの左腕が、その勢いのままにどこかへ漂っていく。
不意打ちで放たれたソレから辛くも逃れ、タウォームが距離を離すと二機は改めて対峙した。
『なに?』
『生き返った?』
困惑気味な相手に、エルミアはフッとその口許に不敵な笑みを浮かべる。
「生き返ったとは、異なことを言うな。我は死んでおらんぞ? そう、お前達も言っておったではないか」
『われ……?』
『あなた、誰? 声は同じだけど、違う』
「誰……か。お前達は、我のことを知っているのではないか?」
不遜な態度と物言いを続けるエルミアに対し、相手は戸惑いをどんどん強めていく。
『あなたの力、今一度確かめる必要があるね?』
『私たちの知るあなたのままなのか、内からの警鐘通り……警戒すべき人物なのか』
残る片腕で、ガンサイズをゼフィリーアに向けて構え直す。
「我は構わぬが、お前達はそのポンコツで戦闘を続けるのか?」
その瞬間、冷たい宇宙空間を通してタウォームから殺気が発せられるのを、エルミアは確かに感じた。
『その言葉は許さない。この子はポンコツなんかじゃない』
『聞き捨てならない。その言葉は、作った父様をも馬鹿にしているように聞こえる』
『『後悔させる』』
タウォームが得意とする急加速からの接近。
死神が二機の間にあった距離を僅かな時間で詰め、その鎌を振り下ろす。
「……やれやれ。意外と頭に血が上りやすいようだ。先程のことを忘れ――」
死神の鎌は、微動だにしないゼフィリーアの眼前で止まっていた。
左腕から外れた、四つのパーツが組み合わさって出来た盾によって。
「――自ら飛び込んで来るとは、な。……さあ、存分に舞い踊れ。プラネイト・ソーサー」
ゼフィリーアのツインアイが、蒼く輝く。
盾は
回避しようとするタウォームだが、その先には菱形の遠隔誘導兵器が待ち構えている。
盾に使用せず収納していた、残り二基のプラネイト・ガン・ソード。
『こちらの動きがっ……読まれてるっ』
『あちらには……力はないはず……なのに』
今まで相手を翻弄し続けていた二人は、機体を襲う衝撃の中で初めて逆の立場を味わっていた。
何度も逃れようとしてみたものの、待ち構えている誘導兵器に攻撃を受ける。
二基しかないはずのそれに、取り囲まれているかのような錯覚。
二人が混乱に陥っている間にも、タウォームはその装甲を失っていく。
「――確かにそれは良い機体だ。お前達の力も恐るべきものがある。しかし、お前達が任務に成功し続けてこられたのは、その完璧に近い隠密性能によるところが大きい」
『『!?』』
通信機の向こうから、二人が息を呑むのが分かる。
タウォームのガンサイズが断ち切られていく。
しかし攻撃の手は緩めずに、静かに淡々とエルミアが語り始めた。
「これまで仕損じることもなく、目撃者も全て葬ってきたのであろう? 同じ相手と戦うことなど無かったはずだ。例え囮であっても、操る者がいるならそこには知らずに“癖”が出る。そう……」
手足を失い、機能不全を引き起こしたタウォームを前に、円盤はその動きを止めた。
「隠密と交戦時の囮を用いた奇襲。そのコンセプトが崩壊し、変更することも逃げることもしなかった時点で、お前達の敗北は決定していたのだ」
再び戦うことを考え、エルミアはタウォームの動きを解析している。
それと、今回戦闘しながら集めたデータを合わせた結果、彼女達の機動や行動パターンを得ることが出来た。
『私たちが……手も足も出ない……? この急激な変化は……』
『父様は、これが分かっていた? だから、次の機体を送ってくれた』
「……であろうな。あの男がそんな下手を打つまい。特にそれが、自らに必要なものであればなおさらだろう。それを、お前達が力を過信したがために無にしたのだ」
二人にエルミアがエルミアが同意した上で、思うことを口にする。
『あなた、なぜ……』
『父様のことを知ってるということは、やはり今のあなたは……』
「――さて」
汗で張り付いていた蒼い前髪を払い除ける。
モニターに映し出されているタウォームを蒼い瞳で見据えながら、二人の声を遮ったエルミアが高圧的かつ尊大な口調で問う。
「――お前達のような強者を、ここで散らすのは惜しい。よって、とるべき道は二つ。我に降り、我が道を共に歩むか。この場で新たな輪廻に旅立つか、だ」
そこにからかっている様子は無い。彼女は本気で、それを口にしていた。
『エルミア……!』
『あなた……本気?』
相手に湧き上がる、憎悪と怒り。
「さ、選択するがいい」
勧告する少女の言葉に合わせて、ゼフィリーアの各部から青いレンズが展開していく。
ソーサーも分離し、六つのガン・ソードもタウォームを包囲していた。
『私たちの力は父様のためにある』
『あなたのために使う気は無い。それに……』
『『私たちは、まだ負けてない』』
一対一の対決にこだわった結果、動きを止めていた掌握済みのゾヴォークの機体達が動き始める。
「……愚かな。いくら操ったところで、満足に動けぬお前達を狙えばそれで終わりだというのに」
ため息を一つ吐くと、それは相手への餞別。
「お前達も知る通り、弱者には死を……それが宇宙の原理」
『やれるものなら、やってみせて』
『ただし、その時はあなたも一緒に連れていく』
彼女達は父親に生き残るように言われている。
エルミアについては様子見に留めるようにとのことだったが、ここに至ってはもはやそうも言っていられなくなった。
父親からの指示は絶対である。生き残ることも……まだ諦めていない。
タウォーム唯一の武器であったガンサイズは、既に無い。
しかし、その眼前に白く眩い光球が現れると、みるみるその大きさを増していく。それは、自分達の念の力を集束させたもの。
『『消えて。オウル・レディファー』』
「心穏やかに、運命を享受せよ。ツインブラスター」
被弾する度に蓄積されてきたエネルギーをまとめて撃ち返すリベンジブラストと、ギガブラスターによる複合技。
武装を一斉に解き放つペンタグラムにはさすがに及ばないものの、互いが混ざり重なりあうことにより、その威力と射程を大きく伸ばしている。
黒球と白球、互いに反するかのような光球。
それらが同時に、相手に向けて放たれる。
――まさにその時であった。
『困りますね。サンプル同士で潰しあわれては』
男の声が割り込み――。
「む?」
『――なっ!?』
『――はうっ!』
突如現れた、赤く巨大な右腕だけの物体。それが、傷付いているタウォームのボディを鷲掴んでいた。
タウォームの前にあった白球は、二人の意識が乱れたことで霧散。ゼフィリーアの黒球も、エルミアが攻撃をキャンセルしたことで消え去っている。
『なに、これ?』
『アンノウン……』
タウォームがなんとか振りほどこうともがいているが、腕はガッチリと掴んだままビクともしない。
『ククク。限界を越えた娘を助けるために、野生的な防衛本能が働き、守護者の仮面を被りましたか。全てこちらの狙い通りですね』
「その声……ドクター・テスタネットか?」
聞き覚えのある声に、エルミアは主治医の男の名を上げる。
『ククク。そちらの人格でもわたしの名を知っていましたか。ならば、キミに死なれると困るという言葉も知っていますよね?』
「……仕組まれていたか」
悔しさは無いが、不愉快そうに言う。
『そう、この機会をずっと待っていました。三人が揃う、この時を。よって、三人ともに死なれると困るのです。大事なサンプルなのですから』
「なるほど。我が部屋からデータを持ち出したのは、お前だったか。ドクター」
いつかの原因不明の昏倒騒ぎ。ゼブやセティには告げなかったが、部屋からは機体データを入れたフロッピーが持ち出されていた。
腕だけで姿を見せない男に対して、エルミアは鼻で笑ってみせる。
「しかし、ぬかったな? ドクター」
『何がです?』
「お前が持ち去ったあのフロッピーはダミーだ。知っているだろうが、ゼブ達の機体のデータは我が手元には無く、既に処分されている」
『……ああ、そんなことですか。問題ありませんね』
「なに?」
どうでもよさそうに言うテスタネットに、エルミアも眉を潜める。
『わたしにも、今のその人格と同じく秘密の記憶……虚憶と呼ばれるものがありましてね。ある程度なら補完出来ました。もっとも、“そちら”ほどの技術レベルには足りないため、完全ではありませんが』
タウォームを掴んだままの腕が、ゆっくりと移動を始める。
その先には、姿を現した巨大過ぎる機体。
「グラン=シュナイル。……しかし、その巨大さはいったいどういうことだ!?」
地球に向かったゼゼーナン卿が、彼女の設計したバラン=シュナイルを作製した段階でグランが出てくることも想定してはいたが。
機体色以外はバランに似せた外見のそれは、予想を遥かに上回る大きさであった。
形の若干変わったボディなどは、第二の顔にも見えてしまう。
タウォームを掴んでいる腕が、元の隠し腕の位置に戻る。
『ククク。あなたの虚憶にはありませんか。悪魔を宿すこの
タウォームを、顔に見えるボディの口にあたる場所へ運ぶ。
「っ! ドクター!」
『ククク。鍵の二つ、いただきます』
巨大な顎が開かれ――。
『『きゃああぁぁあっ!? 父様――』』
悲鳴を上げる二人を乗せたままタウォームを呑み込むと、ゆっくりと閉ざされていく。
『グランの更なる進化のために、次はあなたの番ですよ』
※
あっちこっちに出てくるとある人物の設定を用いることにより、OG世界に異物が混入。
最終回まで残りわずかとなり急展開過ぎる流れではありますが、もう少しだけお付き合い下さい。