Fate/extra future   作:きちきちきち

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第1話

 

 

(…ここは、何処だろうか)

視界に拡がる青い蒼い青い世界。

海を連想させる静寂な世界。1と0の螺旋で構築された完全な世界。

水泡が上り往くのゆったりと見送りながら。ぼんやりと考える。

(沈んでいるのだろうか浮かんでいるのだろうか)

わからない、身体も動かない。思考だけがくるくる滑車のように回り続ける。

 

『ムーンセルに接続を確認。個人情報(パーソナル)の取り込みを開始…』

女の声がした。

無機質な声、自分が分解されかた隅まで解析されていく。

それが漠然とわかった。編み出される1、0の数字の群れに手を伸ばす。

(返せ…っ!)

痛くはない、ただただ気持ちが悪かった。

拒絶する。

 

『アクセス由来の確認―――エラー、不明なデータ発生』

そのに応えたのかは不明だが、静かな海に異常が発生する。紅く紅く、アラートをならし。

 

暗転、この世界は崩壊する。

 

 

そんな遠い…。夢を見た。

停滞の世界で燻る『城井彰人』という情報。

「ンっ…んー」

突っ伏した机の冷たさと意識が戻る。

凝り固まった背を伸ばした。周囲を見渡せば灰色の校舎、がやがやと騒がしい生徒の声。

だが、オレは知っている。これが全て作り物の偽物だという事。

 

「fate/extra、ムーンセルの世界、ね。ハァ…夢じゃない。か」

この世界は電子に包まれた仮想空間「月海原学園」。

そして月の聖杯戦争という、名の儀式に挑む試練の舞台装置である。

この学校に配置されている人物大半が、昨日も明日もないコピーのように量産されたNPC達だった。

 

…そして、城井彰人はそのNPCの一人、だと思う。

だが彼は役割(ロール)は与えられてはいたが、過去の記憶を持ち、自己拡張が可能な人間だった。

気が付いたらここに居て、何の疑いもなく、日常(ロール)を送っていた一人だった。

『月の聖杯戦争』

オレの世界ではこの戦争を舞台にした娯楽が出回っている。そんな遥か遠い場所の出身。

つまり、この身は異世界人だ。

柳洞一成

藤村大河

間桐桜

言峰綺礼

この聞き覚えのある名を思う。

この違和感を持ってこの虚構を知覚できた。

 

 

また、溜息。

「何でこんなことに、ムーンセルは、並行世界にも手を伸ばしてデータ採取しているんかね」

意図はわからないが、ムーンセルのNPCは実在の物に限られる。

この月海原学園は聖杯戦争に参加する魔術師を選別する為の場。それ以下でもそれ以上でもなく。幾度もリセットされて、また再生されたのが降り積もる不思議な実感があり、また事実だろう。

つまり、人間に近いNPCである城井彰人も例外ではなく。幾度のリセットにあっていると予想する。

この世界には、過去も未来もない。

そんな状況で与えられた役割(ロール)を、延々と繰り返す事にやる気が出る訳もない。

 

「今回のマスターにも、憶えのある人間はいない。本編より過去の世界なのかね」

そんな空間に変化をもたらすのがマスターと呼ばれる存在。役割(ロール)に縛られた世界で、彼等を発見するのは非常に簡単だった。

その中にEXTRA本編の主要人物は存在しないようだ。

間桐シンジは不在、レオ=ビスタチオ=ハーウェイは不在、遠坂凛は不在、勿論岸波白野も不在。

それは、これから聖杯戦争に参加しようとする身には、幸運な事かもしれなかった。

 

 

「…退屈」

彼は明日も昨日ない世界にうんざりとしていた。

どうせ再生されるなら、元の世界に戻る為、挑んでみるのも悪くない。

そんな気紛れが殺し合いに参加する理由とは我ながら。ヤケクソ過ぎて笑えた。

過去の再構築の際も城井彰人はこんな気紛れを起こし、そして無様に死んだのかもしれない。

そんなことをなんとなく思った。

 

「…こんな不純で何も取り柄のないマスターに、応えてくれるサーヴァントはいるのかね」

サーヴァント契約は双方の同意を持って成される。

つまりは歴史上の偉人の誰かが城井彰人というマスターに勝機を見出すか興味を持たない限り、俺は聖杯戦争の参加資格さえ持たないだろう。

 

「前途多難だ」

思い返せば、同じような境遇にいた岸波白野は怪物(モンスター)だった。死にかけ、脚がなくなろうが腹がなくなろうが。頭さえ残っていれば這ってでも先に進もうとする存在を俺は知らない。

更に成長すればサーヴァント戦でも音速を超えるそれに適時指示をだし、あまつさえ敵の手を読むなど並では不可能。

それを知る故に、何とも全く自信が持てない。

自暴自棄それが己を構成するすべてだったのだから。

 

―――自暴自棄だと思い込む事で何とか心を保っている。

そんな自分を薄々自覚しているからこそ、このスタンスは崩せない。

 

「さて、何人かもう記憶を取り戻して動き出してるみたい。取り入り易そうな奴はいるものか」

魔術師でもない城井彰人が生き残る為の戦術は、他マスターとの共闘の他にない。

サーヴァントを召喚する場所には、人形の試練が待ち構えている。

4日以内に、与えられた役割(ロール)から記憶を取り戻し。

戦闘人形を連れ、敵性人形を撃破しサーヴァントを呼ぶ戦闘適正試練だ。

あのジナコ(ヒキニート)さえ突破している事から、何かしらの抜け道があるのだろうが。

それは本編中には示唆されなかった。

人形の性能は五分。ならば素人マスターの存在あっても勝率は五分。そんな賭けはしたくはない。

 

「予選で、誰かと共闘してはいけないなんてルールはないからな」

ムーンセルが求めているのは強いマスターではなく、最後に残るマスターだ。

規定違反以外のあらゆる手段が認められ、時には規定違反すら期待されているのだろう。

その為には今は人間観察を続ける。

程々に弱く、こちらが出す本編知識(チシキ)と、利益《うまみ》を共有できる相手を探して。

それを虎視眈々、蛇のように探し続ける。

 

 

そして2日、3日と過ぎて。

生徒の数が続々と減っているのがわかる。記憶を取り戻し試練の場に赴いたのだろう。

…この教室の中にいるのは、未だに記憶の戻っていない城井彰人と同じく未熟者ばかりだ。

「そろそろ決めないと」

夏休みの宿題でもあるまいし、本当に切羽詰る前に共闘者を決めなくては、4日目最終日に128名の枠が空いているとは限らないのだ。

どうせ1日、2日目に役割(ロール)を抜けたものは優秀な魔術師ばかりに決まっている。元から強い者に共闘を望める者はいない。

把握している記憶の戻っていないマスター候補は8人。その中でもとびきり役割(ロール)の中にも善性が見えた者を見出して。

 

「ごめん。ちょっといいかな」

「?、はいなんしょうか。私に用ですか…?あの、二年の先輩ですよね」

声をかけたのは黒髪ポニーテール、花の髪飾りが印象的な低身長の女生徒である。

与えられた役割(ロール)は一年弓道部の生徒だった。

彼女はこの世界の違和感にとびきり鈍感な一人だった。

時折、この世界に違和感を不審に感じ周囲を観察するのだが、圧倒的な精度を誇るSE.RA.Hの虚像に安心し、また日常(ロール)に戻っていく。

 

そんな脱落候補の一人に声をかけた。

「ああ、名前言ってなかったな。軽い自己紹介を兼ねて、俺は城井彰人って言うんだ。君と同じ参加者(プレイヤー)だ」

「…は、はぁ。ぷ、ぷれいやー?なんのことだかさっぱり、すみません何のようでしょうか」

警戒の色。

それは知らない人にいきなり話しかけられた困惑からだろう。

決してこちらの思惑が透けて見えたわけじゃないはずだ。

…多分。

 

「想像以上に鈍い、か。俺はちょっと提案があるだけ、これからの君の未来に大きくかかわる事だ。手早くいこう―――君はこの3日以前の記憶はあるかい?家族の名前は?」

「!、なに…頭痛が…!な、何なんですか宗教の勧誘なら…!」

思った以上に鈍い。

いや、だからこそいいか。この鈍い個性はこちらの希望に強く沿う。

「―――まだ気が付かないか。ムーンセルオートマトン(聖杯)。この言葉に聞き覚え、ないか?」

「貴方何を言ってあっ―――がっ!ノイズが…!?」

旗から見れば電波な言葉。だがこの世界にとっては確信に迫る真実である。

というかそのまま答えだ。自分が何のためにここに居るか、願いがあるからこそ参戦に応じたのだろう。

その人物(アバター)骨子を完全に奪う事まではムーンセルは行っていない。

 

しばらく頭を抱え、うずくまり彼女は呻く。

「そ、うだ。私は……窪田 千砂。私の名前なのに、忘れてました…。まだ記憶はもどら、ないけど」

「思い出したようで何より、で、しなきゃいけない事はわかるか。それとも説明が必要か?」

「ま、待って!ちょっとまだ混乱してて…」

ぶつぶつと呟き。現状を整理する窪田 千砂と名乗る女生徒。

呑みこみはなかなかに早い方らしい。だからこそあんなにも虚構に適応したのだろうか。

沈黙の中、一分、二分とたち…。

 

「や、やっと、落ち着いてきた。さっきはごめんなさい。アキトさんもマスタ―候補、なのですよね」

「そうだが」

「その、なんで私に声を…?」

当然の疑問だろう。

 

「信じるか信じないかは別。俺にはこの試験の内容が理解できている。そして俺がそれを突破できるのが確実ではないという事実も、そこで取引というわけだ」

「と、取引ですか?」

「そう取引。この月の聖杯戦争に招かれたマスターは例外(イレギュラー)を除けば、霊子ハッカーの素質がある」

人形同士の戦闘。

つまりマスター候補は自身の腕(ハッキング)で勝率をあげる事が可能だ。

まったく羨ましい。

 

「けど俺の腕(ハッキング)はハッキリ言って無能で。この知識とその腕との等価交換を申し出たわけ、魔術師ならこの意味がわかるだろ」

「はぁ…。つまり私は何処かにハッキングをすればいいんですか?」

「理解が早くて助かる」

殆ど包み隠さず説明し、相手の―――窪田 千砂の出方と伺う。

記憶の返却は行われていない、まだ彼女は最終的に互いが敵同士という事も理解していない。

だが、それがいきなり怪しい男の話を鵜呑みにするかとは話は別だ。

 

(まぁもしご破談になったとしても、別の人間に声かけるだけだが)

こうやって、候補者の記憶の覚醒を繰り返せば本選128の席が埋まっていく可能性があるが、まだ致命的な状況ではない。

破綻したならその時はその時で諦めるほかない。

 

「…わかりました。試験の内容をカンニングなんておいしい話は見逃せません。声をかけていただいた恩もありますし、その提案乗らせていただきます」

「うん、取引成立。ならまずは……購買のハッキングか。データの海を漁って陳列にエーテルの欠片っていう商品を載せて欲しい」

「エーテルの欠片、何ですか?それ」

「とりあえずはそっちの作業が中に説明する。情報だけもらってとんずら扱かれても困る」

「そ、そんな事はしませんよ…」

不審に思う声。それはそうだろう。『エーテルの欠片』なんて日常では聞かない単語だろう。

魔術を齧る者でも、太古に神秘に溢れていた頃の神代の資源であるエーテルに聞き覚えがあるのは、相当に踏み込んだ者たちにかもしれない。

本編知識なしで、それが回復アイテムであると認識するのは難しい。

 

 

 

「まぁいいです。作業を開始しますね」

周囲にコンソールを呼び出し作業を開始する彼女。これがこの世界の魔術師というものか。本当に電子的に発達しているようだ。

その傍らで。

「さてじゃあ対価だな。少し長い話になるがいいか」

「構いません」

「まず状況説明から。霊子ハッカーたちはムーンセルの門を潜った時点で自我や記憶といったパーソナリティを全て削除され、全て128席もの本選の資格を得るために、仮初めの記憶と役割を与えられた上で学園生活を送る。自我も記憶も取り戻せなければそれまで。……ここまで君の状況と差異はあるか?」

「ありません」

迷いのない答え。

作業中の中に一気にこれだけ情報を与えられても。状況整理はきちんとできているようだ。

頭の中で『窪田 千砂』の評価を一段階上げた。

 

「自我を取り戻してもサーヴァントを召喚する為の試験がある。同じ性能の人形を使役しての戦闘試練だ。ここで負けても終わり。ここまでが予選だな。俺が警戒しているのはこれだ。何もしなければ五分五分の勝率だからな」

「勝率五分って、運任せじゃないですかそんな…っ」

「大丈夫、だからこその対策。ここで活きてくるのがさっき頼んだ『エーテルの欠片』の調達。これは傷を治す効果がある。ムーンセルはまだ地球が神代であった頃の環境を…いや、わかんないか。太古の環境を再現してあるからこういうファンタジーなものが効いてくる」

これさえあれば、素人マスターの手でもまず負ける事はない。

元の条件が五分であるが故に。

 

カタカタカタとコンソールを叩く音が止まる。

「なるほど。納得です。…よし!ハッキング完了しました。購買部に『エーテルの欠片』を配置…売値は500円です」

「速い。良い腕だ。ありがとうな」

霊子ハッカーの知識も評価の天秤もない癖に、とりあえず褒めておく。

落ちこぼれだと思って近寄った。そこをおくびにも出さずに。

「!、えへへ。大したことじゃありません。禄に防壁もありませんでしたし…!」

「っ」

はにかむ様な笑顔の不意打ち。

笑顔、社交辞令のつもりだったのに、本気で喜ばれた。

ずきりなけなしの罪悪感が痛む。

(やめろ、邪魔だ)

喝を入れる。利用しきると決めたんだ。

 

「でも、そんな運任せの試練なんて他の方はどうなされているのでしょうか…?」

「自力で何とかできるからこそ、一流を名乗って参加してるんだろう。人形程度なら素手で何とかできる奴も知っている。そんな一流も打倒せねばならないのが聖杯戦争だ」

「え、そんな冗談を」

「くく、ほんとに、冗談ならどんなにいいか」

本編知識、臥藤門司。殺生院キアラ。

特に自前のサーヴァントで聖杯戦争に参加する、あの規格外(キチガイ)ごった煮僧連中を思い浮かべた。

ろくな装備も付けずヒマラヤ踏破をやらかすアレは、もう人間と呼べるかも怪しいかもしれない。

そんな連中を人類史を記録する為、願望器という餌で釣り収集する。

霊子虚構世界「|SE.RA.PH(セラフ)」という場所だった。

 

日常を違和感なく過ごす、昼食代として配給されたと予想される通貨で『エーテルの欠片』を購入した後。

彼女に問うた。

「さて、これで取引は終わりだ。購買の品揃えはそのままにするかは、君の判断に任せる」

「え、はい。なら残しておきましょうか…、きっと、助かる人もいるでしょう」

彼女を試す言葉に、相変わらず魔術師らしくない応えで返される。

推測するに、その言葉は純粋に善意でできていた。

わざわざ、等価交換という魔術師らしい言葉を用いて、取引を持ちかけたのが馬鹿らしく思えた。

 

本選の席は128固定され。奪い合うのがこの予選、記憶は返却されていなくてもそう説明済みだ。

誰かを助ければ誰かが落ちる。

それでも彼女は純真にそれを口にした。

この一時だけでも『窪田 千砂』を魔術師らしくないと断言できた。

 

「試練の場は二階の突き当り。俺はもう行く。本選の席が埋まってしまわないとも限らないからな、君も急いだほうが良い」

「…あ、ありがとうございました。その、アキトさん、あのできれば名前で呼んでほしいのですが。この世界に他に知り合いも、いないですし…」

「ん?ん……君が本選を抜けられたらね、そうでなくちゃ無意味な事だ」

背後の手を振り、彼女と別れる。

心細いのだろうか、たった一人である知り合いもないだろう。

(……名前、ね。ずいぶんと懐かれたようだ)

―――都合がいい。

この分なら本選でも共闘関係を維持する事ができそうだ。

例え一回戦でぶつかるとしても、優位に進める事ができる。

自身の都合に置いて、彼女の幸運を祈った。

 

 

―――まばゆく螺鈿の輝きを放つ、ステンドグラスの下。

選定の場に人形を引き連れ、入場する。

周囲には山とまでいかずとも、多数の敗北者が転がっていた

「初めてみるがこれが電子世界の死、か。確かに、電子の世界でも、波長を奪われた様は死と呼ぶにふさわしい、か…」

周囲に転がる土器色の人型をみた。

力及ばず、倒れた彼等は最後の瞬間何を思っただろうか。置いてきたものがいるはずだ、望むものがあったはずだ、何より俺にはない未来があるはずだった。

そんなものを一瞬にして無に帰する圧倒的な現実。

重たく心に圧し掛かるそれを、押し殺し道化を演じた。今更何をしても変わらないと。

 

その中で活動を停止していた一つの人型が動き始めた。

紅い紋様を刻まれたそれは、戦闘に調整されたキリングドール。並の人間には及びつかぬ程の身体能力を誇る。

「おっと、試練開始か。もう少し準備にさせてくれてくれても―――ッツガード!」

言葉が通じる訳もなく、いきなり鋭い突きで挨拶をしてくれる敵の人形。

それを両腕で防ぎ、カウンターを決める己の人形。

自身の隣に立つ、己の剣も盾となる人形に指示を飛ばした。観察眼に欠けていても、距離が離れていたのだから敵の動きは予想できた。

 

「ぐっ。初手は防げたが。やっぱり真向からはきついか」

彼が頼るのはすでに試練の内容を予測して知る覚悟と、およそ凡人の域を出ない論理的な思考のみ。

故に、互いに人形は同じように傷ついて行った。

初めての戦い、彼には見えないし読めない。

それが自身に他人に勝る所のない凡人だと再度実感させてくれる。

 

「上等……。ふふ条件が対等じゃなければ、お前に勝ち目はないよな」

だが喜悦をもって叫ぶ。

『城井彰人』という人間は闘うのは好まないが、しかし勝つ事は好きな凡人だ。

―――ザン。ガっ!ガン!!

鋭く劈く突きの音。人間を越えた高い能力で攻防を繰り広げる人形たち。人知を超えるその姿に喜悦を抱いているわけではなく。

―――初めから勝利が確定しているからこそ、彼は笑うのだ。

 

「ほら鬼札だ。使用、選択『エーテルの欠片』!止めを刺せ!」

己の人形に魔力の塊を使用し。傷を塞いだ。

これで形勢が定まった。あのままでいてもぎりぎり己の人形が勝っただろうが。万が一という事もある。

 

―――ガン!しゅううん…!

敵人形が貫かれ、ゆっくりと消滅した。

だが。

「よし、予定通り勝った。後は待つだけ」

しばらくの空白。だが。

「―――何も起きない?―――――――………………まさか、ほんとに!?」

沈黙、静寂を取り戻し、螺鈿の光のみが残った。

ステンドガラスに覆われた空間に変化はない。

勝った、勝ったのに。彼の元にサーヴァントが現れる事はない。

 

「剣を携えた男装の少女」。「赤い外套に身を包んだ武人」。「妖艶な半獣の女性」。

力ない者の声に応えたその三騎さえ、彼の召喚に応じなかった。

苦々しい心臓の音、焦りの音、激しい動悸と発汗を抑え、記憶を引っ張り出す。魔術師でもない己には、意味のない事だとわかっていても。知識のままに足掻く。

「“―――告げる!

  汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に! 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら―――”」

元祖(オリジナル)の呪文

サーヴァントを召喚するまでが、この予選だ。このままでは『城井彰人』は、月の聖杯戦争のコトワリに応じて脱落するほかない。

それは自暴自棄にて殺し合いに身を投じた彼にとっても、許容できる結末ではなかった。

「―――我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう……!」

反響する声。ただ沈黙だけが空間を満たす。

「ああ…」

彼は初めて自覚した、実は内心微かに期待をしていた。人を越えたる英霊であるサーヴァント、明日も昨日の世界の道理を越えて、停滞の世界に囚われた『城井彰人』を救ってくれる者がいるかもしれないと。

そう。自暴自棄の中に期待していたのだ。その分の反動も心に圧し掛かる。

 

そして…。

「―――あは、あはは、アはハハハハハ。そうか何度。再生前のオレが挑んだかは知らないが、抑止の輪中に呆れられたらしい!オレはそこまで醜いか、そこまで凡庸か、そこまで……」

嗤うしかないとはこの事。

英雄(サーヴァント)は応えない。

己の停滞に希望なんて元よりない。その得た答えも次の再生には忘れているだろう…。

明日も昨日もないただ役割(ロール)支配された変わらぬ世界で。ただただ不変の日常を繰り返していくしかない。

 

ただ、見捨てられた哀れな男の嗤い声が空間に響き渡る。

 

 

 

 

 

 

―――さて、この結果には審判役のNPCとて困惑する。

魔術師でもない、素質で劣っていた。自暴自棄、心持ちで劣っていた。

さりとてこの結果はありえないものだ。

どのような悪人であろうとも、善人であろうとも、罪人であろうとも、それとも働かない無能であっても、それに応じたサーヴァントが召喚に応じる物だ。

 

―――その理由は異世界人『城井彰人』の由来による。

彼はこの世界に全く”縁”がない。

稀人となれし、第二魔法の手による平行世界とも違う、法則の異なる世界の者(マがナイセカイ)だ。故に、彼自身の性質を『触媒』にして抑止の輪の戸を叩く事が出来ない。

だがそれでもたまたま、この選定の場に赴いている物好きな英雄が応じれば、相互同意で召喚に成功した可能性もあっただろう。

だが、彼は才能がない、彼は美しくない、彼は魂がイケメンではない。彼は無垢なる被害者ではない。

故に『城井彰人』の声には誰も答えない。

 

時間が過ぎる。

裁定の場は後戻りができない。役割を果たさないそれは『城井彰人』を閉じ込める牢獄と化していた。

「―――これならあの学校の方がまだましだった。嗤いも出ないな……、疲れた」

誰が好き好んで、こんな静かな場所で、死体に囲まれて延々と時を過ごしたいだろうか。

そして、膝を抱え世界から目を閉ざす。

 

 

パリン。

少しだけ、ステンドグラスに罅が入った事も気が付かず。

 

さて。

―――『城井彰人』に英雄は応えない。だが、亡霊はどうだろうか?

既に名を誰も知らぬ。だが、ムーンセルが人類史の全てを、価値無価値問わず記録する故に存在できた亡霊。

だが聖杯に託す譲れぬ願いを持って虎視眈々と、召喚されるのだけを待っていた忘霊がいた。

―――彼女は個として知名度皆無、英雄としての格もない。

―――それを補うために寄り合って真名を喪い、召喚の機会を真名を得る為似た逸話(ルーツ)を持つ大英雄の殻を被り、致命的に変容した(ベツモノニナッタ)

―――それで得たのはやっと無限に0の続く、奇跡の様に低い召喚の確立だけ。どのような事態でも殻を借りた大英雄が呼ばれるだろう。

霊格の中心を成す単語(キーワード)にも、他に対象になるものはいくらでもいる。

彼女の名は歴史に埋もれた。世界に縁も残っていない。故に彼と同じく稀人。

 

 

だがそれがどうした。

『―――やっとつかんだこの機会、絶対逃さない』

亡霊である彼女の身は、ただでさえ高次情報の海から浮き上がるのに、時間がかかる。

急げ、他の誰かが応えてしまえば。塵に等しいこの身に機会なんてないのだ。

『―――ぼくは、どうしても!聖杯が欲しい!!』

生前の記憶はない、その最後は誰か別の誰かの火葬の処刑にすり替わり。

虚偽を絞り出す為の拷問は、誰かの女を、神を否定させる凌辱に置き換わり。

半生を伴にした父と母の顔も、誰かが率いた兵士の顔で塗りつぶされた。

それでも例え、彼女はこの身が如何に変質してしまっても。叶えたい願いがあるのだから。

 

『―――なにそこで塞ぎ込んでるの!せっかく勝ったのにばっかじゃない!こっちを見て!そしてぼくに応えなさい!』

遅れてきた彼女は全く経緯が分からない。何かの”縁”に惹かれたわけではなく、ただ彼女は誰かの気配を感じると、例外なく浮き上がろうと足掻いていただけなのだ。

泥臭く、現世の境(ステンドグラス)を叩き。自己主張する。

亡霊でもマスターが応えれば、パスが形成されこちらに引き寄せるだろう。サーヴァント契約は相互同意にてなされる。

だから諦めない。

 

 

 

―――そして一方の『城井彰人』。

彼は相変わらず世界から目を閉ざしていた。

この世の誰よりも価値のない人間だと、宣言されたと彼は受け取っていた。

確かに、無限に連なる人類史から応える声が皆無というのは、事実そういう事だろう。

 

 

彼はただ終わらせたかった。

彼は凡人だ。解決する事はない逃避でも、この牢獄から出る方法はすぐにわかる。

「よし死のうか」

何でもない事の様につぶやいた。

『―――ちょ!?バ、バカバカ!!せっかくの機会が!!』

明日のない、同じ事しか言わないNPCに囲まれた校舎の方でも。このただ静寂しかない牢獄より、遥かにましだと。

未だに残っていた己の人形に命令しようと顔を上げ。

 

「―――ん」

誰かと目があった気がする。

彼はあの壁を超える眼を持っているわけではないが。何か、先程にはなかった違和感を感じた。

更に見つめればステンドグラスに罅が入っているのがわかる。

 

「まさか、な」

自棄に呟く。有り得ないと思う。

あの『施しの英雄』さえをも応えなかったこの身に、骨の髄まで絶望していた。

それでも目の離せない物を、あの罅の奥から感じた。区切られた次元の壁をも越える執念、だろうか。

 

ただ惹かれる。

「“―――…告げる

  汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に… 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら―――”」

言霊をもう一度唱えた。

 

「我に従え ならばこの命運、汝が剣に預けよう」

―――そしてその気紛れは、世界は一変させた。

静寂が崩れる。

突然に、砕け散り降り注ぐ螺鈿の硝子細工(ステンドグラス)。ともに部屋に光がともった。

 

「やった、繋がった!」

呆然とする彼の前に、降り立つ少女が一人。

途端、放たれる人形も遥かに越える存在感(プレッシャー)。知識としては知っていたが実感する。これがサーヴァントなのか。人類の上位存在と言われる故を。

「―――……幾星霜の時をただ耐え続け、重い高次情報の海を掻き分け、虚ろな存在を必死に縛って、やっとやっと…!ぼくにも聖杯を奪い取る機会がやって来た!!」

片手を振り上げ、悦びに身体を震わせる少女。

短く纏められた赤の混じった金髪、黒の生地と紺プレートであしらわれた戦鎧とマントを纏った、

それは純朴な美しさを持ってそこにいた。

 

「さてあなたがマスター?サーヴァント、キャスター召喚の儀に招じて参上しました。我が身を杖として、盾として幾多の敵を打ち破り、勝利と聖杯をもたらしましょう」

「あ、うん。そうか」

「?、ぼくのマスター、だよね?茫然として頼りないのね。この機会を逃してなるべきかと。気合入れて辿りついたのになんだかとっても頼りないわ。本当にヤル気あるの?」

召喚されていきなり、マスターと目される人物に鎖で巻かれた旗の様なものを突き付ける。

頭の中では召喚されたときの為、何度も復習した儀礼的な口上を。マスターとなる人物も完璧に応じて。颯爽と月の聖杯戦争に参戦し、信頼関係を万全を持って聖杯を勝ち取る。

―――という新米サーヴァントとしての憧れがあったのだ。その為、かなり不満そうに問い詰める。

 

「ぁ…ごめん、ちょっと胸が痛くて言葉が出ない。…ちょっと諦めてたから」

ただ全てに見切られ、見捨てられなかった事が嬉しくて。

「ああよかった…。遠くなる、夢じゃないよな」

意識が遠くなる、夢の様な話。次に目を覚ませばこれは夢で、牢獄のままじゃないかという不安感。

「―――…ちょっ!マスター!?マスター!」

だから。彼は一杯一杯に、自身の明日(サーヴァント)を抱きしめた。

その場はそれで晴れていく、意識は断裂する。

 

この選定の場は役目を果たしたことで霊子構成が解かれていくのである。

事実無能であるマスターが歩くその先は苦難に溢れる道だろう。

それでも、何もない明日よりははるかにましなのだ。

紛れ込んだイレギュラーの挑む聖杯戦争がどこに行き着くか、観測者ですらまだ誰にもわからないのであった。

 

 

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