Fate/extra future   作:きちきちきち

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第7話

 

【月海原学園】

 

―――第1回戦

 

 【7日目:決勝】

 

 そうこうしてやってきてしまった運命の日。

 目の前には厳重なセキュリティに封印された。決戦の場直通のエレベーターが目の前にある。

 

 その扉には、予選で取得した2つの"トリガーキー"を嵌めこむための窪みが。

 資格を示せと爛々と脈動しているのがわかる。

 

 この『月の聖杯戦争』に参加するマスターの一人、城井彰人はその前に立つだろう。

 この先は一方通行、一度またいでしまえば、戻ってくるには勝つほかない。

 禍々しい封印の扉を前にそれを改めて実感し、背後に振り返って。

 

「さて、この先は殺し合い。勝者のみが帰還を許された決戦場な訳だけど……」

 己がサーヴァント(明日)、霊体化している彼女に声をかけた。

 その声に応じて、電子に色を纏うよう短く纏められ赤の混じった金髪の輝きを流して。

 実体化、黒の生地と紺プレートであしらわれた戦鎧の少女が現れる。

 

「心の準備はいい?キャスター」

「……もちろん、絶対に勝ってぼくは、願いをかなえるのだから」

 その問いかけに対して。

 紺銀の少女は震える手を、自身の武器である旗槍を強く握りしめ誤魔化しながらも答えた。

 聖杯戦争(サドンデス)の初戦である、明らかに緊張した姿に無理もないだろうと思う。

 

「勝つ、絶対に勝つんだ。ぼくがやるんだ。ぼくたちを否定してやるんだあんな―――」

「ほら、そんなに気負わない。武器を実体化するのもまだ早い」

「え、あ」

ギュ。

 その内に籠って繰り返される呟きを、固く閉じられた手を解いて握る。

 体温にて伝える。

 ここに確かに味方がいる事を、それだけできっと気持ちは楽になる。

 

 手を握る強さそれに応じて、徐々にその震えは少しずつ収まっていくだろう。

 そして城井彰人は努めて気楽に言う。

 

「消えるときは一緒だ。そうなればキャスターは次を考えればいい。英霊である限りキャスターには次がある」

「……わかってない。ぼくはマスターの願いも叶えたいんだ。『聖杯戦争』に挑むサーヴァントってそういう物でしょ?」

「厳格な騎士様でもない。聖杯戦争でそんなのは建前、気にしなくていいのに」

 その言葉には双方に隔たりがある。

 城井彰人に願いはない。その紺銀のサーヴァントは広大な無限に続く人類史の中において。

 唯一、己の声応えてくれた。停滞から連れ出してくれた"明日"そのものである。

 

 聖杯戦争における主従に、まるで騎士めいた幻想を持つキャスターに対して、城井彰人はその成り立ちを知っている。

 大概の魔術師はエゴの塊である。英霊は終わってしまった人の道筋である。

 何処か噛み合わないものだろう。だからこそ、こうして何処か温度差がそこにあった。

 

 そして二つのトリガーキーを嵌めこんで、エレベーターの鍵を開ける。

 バリンと割れる様にプロテクトが割れて、後戻りできない扉が開いていくだろう。

 

 主従は学び舎から、その中にゆっくり足を進める。

 

 

―――【霊子エレベーターの中】

 

 急速に下降していく電子回路の巡り、サイケデリックの光景。

 先にいた学び舎と正反対と呼べる非現実的な光景に、これはこれで圧倒されるだろう。

 それが周囲を流れていく、電子の海の底へと急速に潜っていく実感へと変わる。

 

 目の前には対戦者同士を隔てる紅色の絶対防壁が広がっており―――

 

「ふははは!よく逃げずに来たものだ。しかし無知とは悲しいものであるな」

「―――………」

 その向こうにマスターとサーヴァントの二人。

 高笑いと共に尊大な態度を崩さない法典を携えた頑固おやじの如く髭ずらの男と―――

 黙して佇むサーコートの凛々しき青年(アサシン)がいる。

 ただ、アサシンは偽装か先の傷を癒し切れていないか、眼帯に片目を隠しているだろう。

 

「そう調べてみれば『キャスター』のクラスは聖杯戦争において最弱と聞く、その非力さは失笑に値する。貴様らに勝ち目は万一もないというのに」

「どうだか、その非力な相手に一手取られたのでしょう」

 対面する彼らは、決戦の場に向かうその猶予期間(インターバル)に刃の如く言葉を投げつけ合う。

 キャスターは自身を鼓舞する為に、あえて強気に強気に振舞っている。

 

 それは、どこか強張る声に一目瞭然だろう。

 

「ぼくは負けない。ここで消えるのはあなた達よ」

「ふん、声が震えているぞ、弱い犬程よく吠えるというものだ」

「……っ」

 城井彰人はあえて、その様子に立ち入らない。

 侮られるのはかえって好都合だ。そのキャスターの表情は、油断を誘う為にきっと"使える"のだから。

 勿論内心は苛立っているが、勝敗をもってその言葉を汚せばいい、勝つ為にその停滞に腐った性根に考える。

 

 しかし、その一方でその傍らには。

「油断は感心しない。マスター、まだこちらの真名を見抜いた"千里眼"の種は知れない」

「……っち、わかっておる貴様に言われんでもな」

 その慢心を諫める様に、冷静沈着なままアサシンが割り込んだ。

 向けられる眼光の鋭さはサーヴァント特有の気配圧と供に、確かに場を引き締めるだろう。

 彼は戦士でなくとも"仕事人"(プロフェッショナル)である。容易に油断は誘えない内心に舌打ちして。

 

―――霊子の泡は流れていく、決戦場へとエレベーターは沈んでいく。

 どうやら、まだ時間はあるようだ。

 

「聞いておきたい事がある」

 城井彰人は、彼の暗い欲求の中、とある問を言葉に表す。

 

「"聖杯戦争"に参加するんだ。アンタにはアンタの願いがあるんだろう?」

「ふはは、勿論だとも!蒙昧には理解できまいが我が崇高なる願い。冥土の土産に聞かせてやる!」

 その問いに、弁護士の男は高笑いと伴に応える。

 その語り口は演説の如く。

 対して誇らしげに、一分の揺らぎのない自信に満ち溢れた雄弁を振るう。

 

「ワシは我が勝利をもって、この世に絶対的な法による正義を作り上げるのだ!!」

「ふぅん」

 空間を揺らす演説の声、正義を騙る、それは世界を変える、そんな傲慢の願い。

 ある意味、城井彰人が期待していたような破り捨てがいのある大望である、

 

「見ろ地上には蒙昧どもが蔓延っている。何が情報の海だ、溢れる情報を考えもせず貪り喰らい目も開けぬ獏共が私情に喚きたて、ましては司法がその顔色を伺う。なんと愚かしいと思わぬか!」

 弁護士の男はその後も、自身の正しさを、その口で謳い続ける。

 その目は純粋な憤りに溢れていた、その口は純粋な怒りに溢れていた。

 

「そう平等でなければならない法が、その実を離していない。『西欧財団』の管理など話にもならん。ならばこそ人の手に寄らず完璧な裁きが必要なのだ!」

 この世界線はゆっくりと破滅に向かっている、管理される事で延命を重ねる重病人だ。

 きっと、その踏み越えてきた経験と辛酸の果ての宿願であるのだろう。

 

「故に吾輩に勝利をもって司法の歴史は完璧なものとなる、すべての罪は白日の下に、ムーンセルの演算能力をもって天秤は平等に、そして地上に蔓延る冤罪を撲滅するのだ!!」

「いやアンタには無理だ」

「!」

 しかし城井彰人はその宿願を何も知らず、容易く吐き捨てた。

 そもそも人は皆同じ貉であるゆえに、己が多数派である事を安堵を得る為に"裁きたがり"だ。

 それは時に真っ赤な虚偽であるのだろう、それは時にただのリンチであるのだろう。

 それは妥当とは程遠い私刑となるだろう。

 

 眼でわかる。

 そういう現実に対して、きっと目の前の男が冤罪を心から怒り憎むのは本当だった。

 だからどうした。

 

「あんたもどうせその見下している奴らと同じ、裁く事が好きな人種だ」

「なっ吾輩を侮辱するか何も知らない蒙昧がっ……、ならば貴様の聖杯にかける願いはっ!いかにも正しいとも宣うつもりか?」

 いくら義憤を抱いたとしても、誰もが同じ穴の貉である事は否定できない。

 異邦人故に世界を知らず、相手の事など知らず、何も知らない故に軽い言葉である。

 彼が知りたいのはこれから己が破り捨てる聖杯にかける願いだけ。

 そして今の城井彰人が信じるモノはただ一つ。

 

「正しいとか知らない、キャスターの願いが"強い"に決まってる」

「……ふん!聞いておきながら己の願いすら誇らしく語れないとは、蒙昧相手に語るだけ無駄だったか」

 城井彰人はそう迷いなく口にして。

 コーネリー=アルフォンスは、マスターであるなら持って然るべき、己の願いすらサーヴァントの影に隠すような軟弱者であると吐き捨てるだろう。

 

―――ブゥウン……!

 

 決まり切った決別を浮遊感の収まりをもって、インターバルは終わりを告げた。

 厳かに扉が開き、決戦場となる広大な空間(アリーナ)が目の前に拡がる。

 

「……」

「ふん……っ!」

 すれ違う。もはやお互いに語るに及ばず。

 互いの間には『ムーンセル』による不可侵たる壁が遮っている。

 導かれるまま、ムーンセルに指定された待機場所にスタンバイする。

 距離は100程か、きっと『英霊』(サーヴァント)であってもおおよそ二息を要する距離である。

 

 変わらず、正面からの戦闘開始はキャスターの不利とする所だろう。

 だが。

 

「気負う必要はない。準備はいい『キャスター』?」

「もちろん。マスターがぼくを信じてくれるんだ」

 紺銀のキャスターはそのエモノである旗槍を構えて。

 彼女は良くも悪くも"新人サーヴァント"である。

 互いに頼るマスターのただ"信じている"との言葉に、緊張による強張りは抜けていた。

 

 

 対して―――

 

「おい、『アサシン』。二度とその腑抜けた情けはかけるでない、わかっておるだろうな?!」

「あぁマスターもはや迷いはない。彼は―――もはや背に川を背負った死兵も同じ」

 アサシンは語る。そう、シャルル・アンリ=サンソンは珍しく、天寿を全うした英霊である。

 かの『フランス革命』の後、皇帝ナポレオンが立つまでの間。

 革命期から戦争に塗れた激動の時代の生き証人として、経験からなんとなく目の前の敵対者を察している。

 

「きっと彼に今生に救いはない。現世において『主なる神』は何も成さないでしょう……、しかし神の御許、死後であるならきっと別」

 ただ淡々と、覚悟を示す様にガチャンと正眼に祈りの所為の様に、その剣を構える。

 その言葉の通り、構えに迷いも隙も見えない。

 

「だからこそ、私は努力しよう。処刑人として、より良い死後の旅路へと苦しまずに、現世の罪を断ち送り出すのが慈悲というものでしょう」

 生前の彼は、敬虔な十字教徒であった。その背景にある祈りの所為の剣術である。

 敵対者であってもこれから手折る相手であっても真摯に祈る。

 そこに偽りはない、冷たくあっても彼は掛け値なしの善人なのだから。

 

 

 対峙する緊張感に、高まる魔力に空間が歪むだろう。

 この場より帰還できるのは、どうあってもたった一組である。

 

 そして互いの間に遮られた障壁が解けて、決戦開始の合図を告げた。

ダッ!!

 それと当時に互いの床面がパネルが砕け、駆けだす。

 俊敏さは互角、得意な距離を奪い取ろうと機先に獲物を振るう。

 

ガギャン!

「砕け、ッろぉ!!」

「っ以前より力が増していますか……っ!」

 旗槍と剣が交差し瞬き合って火花が飛び散る。

 キャスターは長柄の利をもって、距離を保つつ鈍器の如く振り回して殴りつけるだろう。

 アサシンは祈りの構えのまま、待ちの剣にて構え応戦する。

 

 足取りを組み替え、連続して響き渡る破音の怒涛。

 

「力任せにも程がある……、本当に貴方はキャスターですか!」

「当たれば流される感覚があった。その手先で削がれるなら、近づけさせないよ処刑人!!」

ギンっ!

 先の経験に知ってる技巧は言わずとも及ばず。ただ、半端であればすぐ崩される。

 だから勢いに任せるまま補強された身体能力に、近接戦に注力するだろう。

 アサシンは先の負傷に片目にハンデを負うのも大きい。

 小技においても確実に身体機能を削りうる処刑技術を、有利な間合いと力業にて押し流そうとする。

 

バキャン!!

【【ATTACK】】

 しかしそれでも押し切れない。技量の差がどうしてもここにある。

 一息、互いに様子見に距離が開いて。

 

「"輝く炎・魔除けの松明よ"!!」

【オガム文字 T】

 距離の利を持つキャスターによる追撃。手のひらより放られた木片が大火になって空を焼いた。

 事前準備故のシングルアクション(一工程)、間隙縫う小技故に有効だろうそれは―――

 

「確かに、魔女の業にしては非力がすぎる」

「っ気にしないで突き破ってくるか……!」

電脳魔術(コードキャスト)司法の盾(add_cancel)

ザッツ!!

 煤けた埃が晴れれば、そこには健在のアサシンの姿があった。

 その様は無傷、先に炎を突き破った勢いのまま接近し、その刃を振るう。

 

■啓示 C

 導きのまま、打ちそえられる傍槍の機先が逸らされ回し切られる。

 呪い(まじない)のまま、キャスターの負傷とリンクして、二の腕から裂傷が奔る。

■人体研究 B

 ただ身体機能は削がれていない。やはりその精密機械染みた職人芸はやはり、呪いと生者を傷つけられぬ矜持に鈍っている。

 

「……っぅ!この」

「完全に削いだつもりが半端な切開に収まってしまう。厄介ですねその呪いは」

ガキャン!!

 迫撃戦に数瞬の金属音がはためき合い火花を散らして、衝撃にまた距離を取り合う

 城井彰人は傷を抑え痛みに顔を顰めながらも、その様子を見て分析する。

 

(―――今度は焼けてない。きっと"対魔力"としては十二分に強力だ)

 

 猶予期間にムーンセルが提供する情報の集積地『図書館』で調べた。

 実の所、キャスターの扱う魔術は文字を刻み魔力を込める事前準備を要し、仮にもサーヴァントの魔力で放たれるそれは二節クラス以上の威力を持っている。

 

 推測するならCランク以上、大魔術・儀礼呪法に相対する対魔力だろう。

 

 息継ぐ小休止、互いにマスターを庇う様に、対峙するだろう。

 

「感触は?キャスター」

「ダメ、この前と違ってぼくの魔術が通じる感じがない。ズルだよあんなの」

「そう。きっと気軽に付与できていいものじゃない。だから―――」

 城井彰人は推測を口にし、次の手を告げる。

 対魔力が付与できるならと、魔術を封じるのは賢い選択肢ではない。

 こちらは仮にもキャスターのサーヴァント、最初から手札を捨てていては勝てないのだから。

 

 対して。 

 

「アサシン……!とにかく肉薄しろそうすれば容易く首は落ちるのだ!」

「承ったマスター」

電脳魔術(コードキャスト)司法の霧(add_loster)

 コ―ネリー=アルフォンス、熱しやすくそれでも対処は的確である。

 礼装であろう法典の頁を開き、電脳魔術を行使する。

■気配遮断 D 

 アサシンのクラス特性。自身の気配を消す能力。

 

 クラスにしては低すぎるそれも、補助があれば距離を詰めるまで誤魔化しならば十分に活用できる。

 

「こうくるか…っ"カール"嘴にて監視せよ。構えてアサシンが相手ならここで―――」

「ん!"不可侵たる処女性たる女神よ、夜をうつしみ月の守護樹よ"」

『カーッ!』

 サーヴァントの能力を生かす術式の行使だ。

 城井彰人が、こういう所で己が"無能"であることが足を引っ張っていると悪態をつきながら。

 それでも論理的な思考に迫る危機に対処を回す。

 

(右目の眼帯は偽装じゃなかった。きっと左方からは来ない。背後はタイミングを―――)

 単純に視野を増やす為、キャスターの使い魔()を呼ぶ。

 城井彰人は凡人だ。一念、ただ勝利の為に緊迫の緊張の糸を集中力に紡いで。

 

『ッカ―!』

「!―――そこ」

 その鳴き声と背筋に走る怖気と伴に、予測の方向に手振りを合わせる。

 城井彰人の掌から雑にばら撒かれるは木片。

 

シュバ!!

 それぞれに"オガム文字"が刻まれたそれは、確かにキャスターの得手……っ!

 

「ふはは、不意を突いたつもりか何度やっても同じ事―――」

 嘲笑う、果たしてアサシンはその意図の通りに、敵対者の背後に迫っていた。

 だが、放たれた木片から発生した焔は何の妨害もできず、搔き消えるだろう。

 マスターの手による奇襲のつもりだったか、しかし同じ手段では通らないのは証明済みだ。

 

「さて一思いに、未練さえ残さず処刑を執行しよう」

 キャスターは旗槍を構え、しかしその刃先はこちらに向いていない。

■処刑人 A++

 生前の宿業だ。狙いが首であれば、厄写しの呪いが在ろうとすっぱり落ちる。

 好機と勢いのまま、刃を構えて踏み込んで。

 ぴちゃ。

 しかしその踏み込んだ足元、真円の濡れているその意味をくみ取れないまま。

 

「つかまえた」

【オガム文字 L・S】

 "簡易結界"、水と相性のいいウィローの木、古来から月は写り込むのもの、偽りの象徴、魅入るモノその神秘性に媒体にした侵入者に反応するだけの罠。

 アサシンは踏み込んだ瞬間に足元の木片から、まるで水面を踏んだ如く足は沈み込むだろう。

 

 逃れられない。アサシンにかの【騎士王】の如く水面を行く妖精の加護はない。

 

「っ、罠か!」

「そこを、動くなぁあああ!!」

 先のぶつけられた柊炎に、アサシンを守護していた対魔力が剥がれている。

 もとより一度限り、使い捨てだからこそ実現していた瞬間的な対魔力の出力である。

 

 キャスターが、その旗槍を上段より大きく振りかぶる。

 身じろぎで躱しにくく遠心、重力を乗せる上段からの振り下ろし袈裟伐りの構えだ。

 

 アサシンの得物は片手重剣だ取り回しが悪い。

 それを手首の力に回す。足を取られながらも、祈りの構えを引き戻し―――

 

バギャンッっ!!!

 互いの得物、鋼と鋼が交差する。

 ひときわ大きな破砕音が響き渡って、鮮血がとび

 

「……ぅそ、また仕留め損ねた!?」

「運がよかった。あぶない、ところでした」

■幸運 A

 それは果たして"運良く"、アサシンの霊格を逸れてその脇腹を抉るにとどまった。

 そして衝撃のまま、踏み込んだ水面の結界の外へと突き飛ばされる。

 彼女はやはりキャスターでありながら、魔術は決して得意ではない。

 月に見立てた水という下地の媒体がなければ、こんな反応式の結界の拘束すら覚束ない。

 

■医術 A

 アサシンは血染めのサーコートを、流れる血潮をその手に抑えながら手早く応急処置を済ませる。

 見事な手際、まだ戦えることは明白だろう。

 彼は戦士でなくとも職業人(プロフェッショナル)である。その余技はやはり脅威で。

 

 そして。

「おのれおのれおのれおのれえええええ!!己の願いを誇らしくも語らぬ餓鬼が、道理を知らない蒙昧風情がよくもこのワシを梃子ずらしてくれよって!!」

 コ―ネリー=アルフォンスが咆哮が響きわたる。

 それは劣る者にコケにされた怒りだった、自己の理屈にそぐわない現実に対する怒りだった、不甲斐ない己のサーヴァントに対する怒りだった。

 その勢いのまま、口に出すだろう。

 

「アサシンっ貴様の【宝具】の使用を許可する!速やかにその蒙昧どもに処断するのだ!!」

「心得た」

 【宝具】、それは人間の幻想を骨子に創り上げられた武装、物質化した奇跡(ノウブル・ファンタズム)である。

 英霊にとっての生前に築き上げた伝説の象徴であり、文字通りの切り札だ。

 

 発動してしまえば伝承の通りの奇跡を呼びおこす、それは概念と呼ばれる理不尽な現実。

 故に、使われる前に倒してしまうが最上だろう。

 

 

「くそ怒り任せでで勝負を急ぐか、キャスター!!」

「ええ、全部全部ぶつけてやる"戦の柊火―――"」

 互いに距離はある。宝具解放には"真名解放"という予備動作が必要となる。

 キャスターは事前に刻んだオガム文字の木片を、全て己の魔力で煽り熾して投擲する。

 

「"―――輝く炎・魔除けの松明よ"、焼き尽して!!」

しゅうぅぅゥウウ……ボウ!!

 まさしく先に見抜いた対魔力の制限、時間差の着火の手順にその炎を巻き起こす。

 間違いなく最大火力、確かにアサシンは立ち上る怒涛の劫火の中に焼かれた。

 しかしその中にあって、シャルル=アンリ・サンソンは祈る様な動作に微動だにしていない

 

「―――Épée de Justice(正義の剣)、主よ罪深き我が業をお許しあれ」

■処刑人 A++

 アサシンの聖句が焔の中より響き渡る。彼は人類史に刻まれた職業人(プロフェッショナル)である。

 その業《ワザ》は、己が痛み苦しみ死の前にすら翳りはしない。

 

「宝具―――開帳」

「な、どんな精神力だ……!あの炎の中微動だもしないのか!?」

 城井彰人はまだ英霊という存在を見誤っていた。

 その祈りは主なる神の為、これから処刑の刃を捧げる罪人を送り出す良き死後の旅路の為。

 

「"死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)"」

 あくまで冷徹に淡々とした口調に、それは解放される。

 それがアサシンが誇る宝具の真名、そしてアサシンが処刑人たる生涯の象徴、込められた祈り。

 

 

―――空間が一変する―――

 

 それは輝かしくはない幻想、しかし確かに人類史に一節、概念という現実の具現。

 キャスターは初めて目にする形になった奇跡に息をのむ。

 

 虚像の処刑台(ギロチン)が瞬く間に組みあがり、キャスターを取り囲む。

 その姿は禍々しく、幾千もの血を吸った真の処刑道具、ギロチンの具現化である。

 

「なんで、間に、合わなかった―――!?」

 キャスターは背筋に奔る怖気で察する。この刃は己の構成要素(魔女)に対する特攻であると。

 処刑台から逃れようと駆けだせば、その足を掴まれ精神をこの場に縛り付けられる。

 あぁ、中世の時代において処刑は娯楽である。

 足元から延びる足引きの幾多の手は、それを望んでいた。その幾百見物客が具現か。

 

 逃れられない。

 

「このっ離して!!」

 纏わり付く手を振り払わんと全力で旗槍を振るう。

 しかし当然というべきか、纏わりつく手は実体なくすり抜け、処刑台はびくともしなかった。

 

キュラキュラキュラ……!

 その間にも滑車が廻り、刃が高く高く引き上げられる。無常に着々と処刑の準備が進んでいく。

 

「いや、いやだぼくは」

 死ぬ、無念のまま死ぬ。その音は示される絶対的な啓示である。

 この願いを抱えたまま、また幾星霜の時をこの月のデータの淀みの中に還って待ち続けるのか。

 何よりただ、巡り合えた信じてくれたただ一人の己がマスターも喪って。

 

「離、せぇぇええ!」

ギギギギギっ…!

 抗おうと霊核は震える、死力を尽くして受肉した器を引きちぎらんばかりに。

 なおそれでもその拘束から、民衆の足引きからは逃れれない。

 ああ想いなどでは覆らない。それが結実した"概念"という現実なのだから、それでも。

 

 叫ぶ。

 

「ボクは、聖杯を手に入れる!まだ死ねないんだぁぁぁあ!!」

「もちろん。だから行って」

トン

 声がした。それと背中を押される感覚に、先の足引きが嘘の様に容易く処刑台より外れた。

 これは「精神干渉」系の宝具であり、ここより罪人は自力で逃れる事はできない。

 ましては処刑されていた逸話を持つ、魔女という悪性のものであればなおさらに。

 

 しかし。

 最大捕捉は1人、影響力は罪人のみに限られる。処刑台の外から押す手には何の影響も出ない。

 

「勝つのは君なんだから」

「え……?」

 キャスターは拍子はズレて困惑の息を吐いた。

 

ザシュッ

 "振り上げた刃は落ちる"、当然の事である。

 刹那、認識を置いて白黒の刹那に、生ぬるい感覚が背中を汚す、目の前に飛散する血潮は誰のものか。

 何かが背を押したのだ。その刃が何を斬り落としたのかは明白だ。

 

 理解した。その声に事態を。

 

「――――ぁぁあああああ!!」

 キャスターは現実が追いつく前に。咆哮を上げ、波打つ水面のパネルを砕く勢いで加速する。

 いやな啓示は鳴りやまない。

 だが振り向かない、言霊を背に受けている。渾身に変えてその背をしならせて。

 

 先に本能に学び発露するより殺す形、肉体全体を弓の如く滾らせる突きの構えに全霊を込める。

ズガンッ!!

 その霊核目掛けて―――旗槍を討ち刺した!!

「ごほ……っ!なん、っと……」

 その一撃は確かにアサシンが霊核を打ち抜いていた。

 ぶちまけられる血潮に、ガラスの様に飛散する構成要素(データ)、その高度な医療スキルをもってすら、致命傷に違いない。

 

 それを証明する様に、霊子の緒を焼き切る赤壁が互いを両断するだろう。

 

 ムーンセルが審判を下した、間違いなく決着の時である。

 

「マスター!?」

 キャスターはそれに一瞥もせず踵を返し、己がマスターに駆け寄る。

 背を濡らした生ぬるい感覚を覚えている。その感覚に意味するところを察していた。

 

「……ッ…ハァ…ガ、ガ嗚呼、ハア……!!」

「"母なる大地のバーチよ、再生のフレイヤよこの者の新しい始まりを助けたえ"!」

【オガム文字:B】

 城井彰人は、背を押した右腕を握り締め歯を食いしばり唇をかみ切るまでに、蹲っていた。

 その腕が辛うじて繋がっているのは、本来の処刑対象ではないからか。

 しかし血が脂汗が止めどなく流れる、体は叫びもままならない。痙攣し呼吸もままならない。

 彼に痛みに変わらず覚悟はない、ただ妄信するままに差し出した愚か者の代償。

 

「バカ!なんで、あぁどうしよう血が……止まんないよ!?」

 キャスターは同じように。その布で疵口を結んでオガムの縫合を施す。

 先の総攻撃に、呪いを込める木片を全て使い果たしている。媒体がない故にその効果は限定的だ。

 キャスターにもとより医術の心得などないのだから。

 

「―――落ち着きなさいキャスター、まずはその槍を添え木にきつく止血を、その姿勢を正し背をさすって呼吸を意識させそれと……」

「あさ、しん……?」

■医術 A

 意外な声、助言がキャスターの耳を揺らす。

 疑問を挟む前に手が動く。その言葉の通りに処置をすれば様子は落ち着いてくる。

 

 敵になぜと、アサシンの方を見れば―――

 

「私の【宝具】を破りましたか。確かに、誰かが手を差し出せば……抗弁すれば救われた命もあったかもしれない」

 アサシン、シャルル=アンリ・サンソンは崩れゆきながら、その目は穏やかだった。

 己が生涯の宿業が破られた関わらず、まるである意味それを望んでいたかのように微笑んで。

 決着はついたのだ。それは選択を見守る、老成した爺の如くである。

 

 その反面傍らで、頑固親父の如く風貌のマスターはと言えば。

「在り得ぬ在り得ぬ!断じて認めぬ!!己が願いも誇らしく語れぬ蒙昧風情に!なぜ吾輩が敗れるのというのだぁぁ!!」

 コ―ネリー=アルフォンスは怒りのままに身を震わせ、虚空に咆哮する。

 ぽろぽろと崩れる身体。

 データに分解されていく海の泡と消えていく、骨格から伽藍洞になっていくだろう。

 これが月の聖杯戦争の敗者に訪れる運命である。

 

「貴様が弱い、不甲斐ないからだろうがアサシン!!ワシが負ける要因など何一つなかったはずなのだ!」

「否定はしない。しかし正々堂々全霊での決闘でした。主なる神はより正しい方に味方する。そう考えた方がいくらか気が楽でしょう」

「黙れ黙れ黙れ黙れぇええ!!」

 それはアサシンが生きた、中世の決闘に対する考え方だ。

 己がマスターに、わずかでも死後の旅路の安らかさがあらんと紡がれた言葉は届かない。

 

「聞け、『ムーンセル』よこれは大きな間違いだ!吾輩がここで果てれば、この不条理を!腐った世界を誰が正すというのだぁぁっぁあああ!!」

 空ろになっていく存在に関わらず、その怒りは衰えない。宿願の強さを示す如く。

 力の限り、空に叫んで―――

 

「……あああああ」

 コ―ネリー=アルフォンスは虚空のチリへと消えていった。

 

 見送って。

「あぁどうか安らかに我がマスターよ。やはり最後まで貴方は世の不条理に対する怒りに溢れていた。その純粋さが世界を変えるかもしれないと私は信じた」

 十字教徒らしくアーメンと呟き、もはや存在しない手に十字を切って祈るだろう。

 そもアサシンはサーヴァントが致命傷に先に消えるが道理を、祈る為の"気合"に堪えていたのである。

 

 城井彰人はその今際を朦朧と見て、施された応急処置に多少戻った意識に、言葉に問う。

 

「……なんで、だ。アサシン。敵だ。アンタを、あんたのマスターを、殺したも同然なんだぞ……」

「気にすることはありません。私は長くを生きました。祈り見送るばかりの人生だった。なら己が見送られる瞬間は次に託すのがいい」

 その言葉は慈しみ人生の重みに満ちていた。確かに"英霊"としての高潔さに溢れれていた。

 やはりシャルル=アンリ・サンソンは掛け値なしの善人であり……。

 

「わからない。なんで、なんで」

 今際の時に示される。英霊という存在を、完成した一つの答え(人生)が。

 勝つことだけが全てだった。城井彰人の腐った性根に疵の如く染みる。

 この瞬間だけは、身体の痛みを忘れるほどに。

 

「ああ、ただ心残りがあるとするなら、一目見てみたかったな。どんな形でアレ冤罪を撲滅した世界という物を」

 ただ一人の人間として、最後にそう呟いて、アサシン自身も虚空のチリへと消えていく。

 

 確かに、城井彰人の心に勝利で割り切れない余韻を残して。

 聖杯戦争の初戦は決着を告げるのであった。

 

 

 

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