Fate/extra future   作:きちきちきち

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第8話

 

―――遠い夢を、見た。

 

 城井彰人が過ごしていた。つまらない人生、その回想の切り抜き。

 モノ好きな己のサーヴァントに聞かれて、曖昧に話したことで想起でもされたか。

 

 モノクローム、木製の床が軋むおんぼろの校舎にて。

 かつて聞きなれたチャイムの音が鳴り響く。

 

「――――――」

 誰かがつまらなそうに窓の外を眺めている。いやこれは過去の己自身か、奇妙な感覚に揺蕩う。

 彼は凡人であった。しかし確かに恵まれていた。

 世界の動向に辛うじて平和な世界、『日本』という恵まれた場所に生きてきた唯人である。

 世界は恐らくきっと緩やかな終末に向かいつつも、それでも平穏を我関せずと貪っていた。

 

「―――」

 普通に大病を患う事もなく、学生として学校に通い。

 この猶予期間(モラトリアム)が終われば普通に就学し、きっと普通に老いて死んだに違いない。

 

 夢の中の己がカバンを持ち上げる。きっと下校の準備だろう。

 

 城井彰人は目立った趣味などなかった。熱中できるものがなかった。

 学校、自然に形成されたどちらかと言えば出不精な学生のグループに混ざり、流行な話のネタに周りに流されて流行りに触れ消費する。

 『型月世界』もその一つでしかなく、熱心な友人に釣られて、詳しくなった。

 現代に蔓延る雑食の情報の中身(コンテンツ)の一つでしかない。

 

 その予想を裏切って、己の足は『図書館』へと向かっている。

 

「!」

 自身の行動に驚く。

 それで少しだけ思い出す、そういえば過去に本に熱中していたか。

 その中でも偉人の伝記なんかを、読み漁るのが好きだったなと。

 『野口 英世』というタイトルの本を読んでいる己の目は、意外なまでに楽しげに見えた。

 

 今ならわかる。偉人の伝記など切り抜きに虚飾に、主観に溢れている。

 それでも過去の己は、こういう凄い人達がいたのだとこう在れればなと、純真に心躍らせていたらしい。

 

「――――――!」

 そんな楽しそうな時間も長くは続かない。

 はっと時計を見て、遅いでドタバタと帰り支度を始める。そんな己をただ眺める。

 

 夢の中の己が、これだけ急いでいるのは。きっと進学の為だ。いずれ来るそれに備えるためだ。

 優れた塾に通う事、それがいかに恵まれている事かと、両親は己にいい聞かせながら。

 貴方の将来の為にとお金を、身に程似合わない位に塾に教材にと詰め込んで、いい学校にいい学校にと、その手を引いて、背を押して。

 

 しかし、やはり城井彰人は凡人だった。

 

「―――ないのに」

 そんな己に呟いた。

 期待された望まれた結果など、出せなかったことなど己がよく知っている。

 

 桜散る正門の前、何度も何度も否定し動悸におかしくなりそうに探した。

 己に割り当てられた三桁の数字。

 

 その合否の間に、どれだけの差があったかなんて知る由もない。

 ただ一度、それだけで全てが無駄になった。その瞬間からかけられた期待が反転した。

 

「意味なんて」

 きっと思えば己の心は、永劫の毒の以前にこの時から根腐れを起こしてきたのだろう。

 

 

 

 

●●●

 

 

 

―――そして目が覚める。

 

 

「―――っ……ここ、どこ」

 ふと目が覚める。目の前は白いここ最近見慣れた保健室の天井だった。

 城井彰人、今や聖杯戦争が参加するマスターが一人である。

 

 先の夢と緊張感の狭間に、ぼーっと現実感に戸惑いながらも、

 穢れのない白きベットを出ようと手を付き立ち上がろうと力を籠め―――

 

「っつぅぅぅう!?」

 文字通り骨の髄から響く稲妻、声にならない叫び。

 途端貫く強烈な痛みにその腕を反射に庇い、顔を顰める。

 そう見れば、己の手首には大袈裟なまでに包帯で巻かれて固定されているだろう。

 

 その強烈な刺激にやっと頭に血が廻る、現実感が戻ってくる。

 

 この『月の聖杯戦争』において、自身が勝利した生き残ったその実感を。

 

「どうしたのマスター!?だ、大丈夫?」

 それにいち早く反応して慌てた声が響く。

 光を纏い実体化する人影が駆け寄った。

 くすんだ金の長髪に紅い一房を流した紺銀のサーヴァント、己の明日たる"キャスター"である。

 

 その声を姿を見ただけで、暴れだした心臓の鼓動が落ち着く。

 デジャブ、数日前にまるで同じようにこうやって心配されたなと可笑しくて笑う。

 我ながら現金なものだと思いながら、右腕にじんじんと染み入る痛みを堪えて手を振る。

 

「いや、キャスター。ケガを失念してただけだから」

「もう無理はダメだよマスター、保健室で繋げてもらったとはいえ手首からバッサリ行ったんだから」

 城井彰人は信じるままに背を押し出して、『アサシン』が宝具たるギロチンの刃を受けた。

 補足範囲が一人、本来の処刑対象ではない。

 その影響かその下された刃は鈍らの如くだったが、骨の髄まで届けば普通に致命的である。

 

「はい。アキトさんの1回戦の終了と供にこちらに転送されましたが、その右手首は折れて骨が皮膚を食い破る寸前でした」

 機械質な柔らかい声(システマボイス)、嫋やかな紫髪を揺らした少女の造形が割り込んで補足する。

 保険医の上級AI『間桐 桜』治療したのはきっと彼女なのだろう。

 この月の聖杯戦争の決着まで、マスターが万全の状態を維持するのがここの役割である。

 

「もともとサーヴァントとの性能差は覆しがたいモノです。身体一つで割り込むのは想定されていません。どうかお大事にしてくださいね。まだまだ聖杯戦争の先は長いのですから」

「ああ、ありがとう間桐さん」 

 つまり上級AI『間桐 桜』はその機能と能力を与えられている。

 それこそ実例でいえば、緑のアーチャー(ロビンフッド)が『宝具』の『イチイの毒』を解呪した位だ。

 逸れぬ比べて造形(アバター)の損傷であればまだ軽い部類だろう。

 

 見つめ返してもその目は眼は揺れない。未だ目覚めは程遠い事に安堵する。

 最醜最悪の自己愛、"殺生院キアラ"の影は、やはりない。

 目覚めていない彼女には必要のない事だがキャスターの手前礼を告げ、他にも患者がいるのか、そそくさとその少女の造形は場を後にする。

 

「どお、右手に痺れはない?腕は手はちゃんと動く??」

「ああ痛む以外は問題はなさそうだ。そもそも現実でないんだから、外装を繋げてしまえばそういうものかもしれない」

「そうよかった。本当によかったよぅ」

「ちょ…ちか」

ぎゅううう―――っ!

 キャスターは安堵にほっと胸を撫で下ろして、背に手を回して抱きしめられる。

 そのくすんだ金糸の髪の匂い体温が、鎧を纏いながらも少女の女性的な柔らかさに官能が刺激される。

 

(やばっ、女の人ってこんなに柔らかいの……?)

 伝わる柔らかい匂いに体温、脳髄を刺激する甘い痺れが脈打ちが止まらない。

 このまま男としての本能が立ち上がってしまう。

 

「きゃ、キャスターちょっと離して」

「あ、ごめん痛かったかな。ケガしてるんだもんね」

 なんとか不埒な欲望を振りほどいて、どうにか言葉と無事な腕で引きはがした。

 こんなに真剣に心配されているのに、それを悟られればきっと幻滅されてしまうだろう。

 

 きっと何処かうちのキャスターは、距離感がバグっている。

 

「それはそれとしてまったくもう!こんな無茶して、きっとアサシンの介助がなければ電脳死するかもしれなかったんだよ!」

「言っただろ"知ってる"って、シャルル=アンリ・サンソンの『処刑宝具』がキャスターに対する特攻だった」

 城井彰人は事実を淡々と並べる、彼にとっては過ぎた事である。

 そもそも覚悟の結果ではなかった。ただ迫る想像を拒んでその足が動いた。

 敗北が最悪だ。

 あのまま刃がキャスターに振り下ろされていれば、それこそ一巻の終わりなのだから。

 

「それでもまた守れなかった。ぼくは誓ったはずなのに」

「気にしなくていい。『宝具』は魔力を集中する切り札、あの状況で振り向くより攻め気を折るのが正解。キャスターは正解を選んだ」

「違う!どんな時だってサーヴァントは!マスターを護る者と相場がきまってる!!」

 キャスターの声に、城井彰人は困って顔を掻いた。

 相手を倒す以外に生き残れないなら、サーヴァントは刃だ。

 純真さは好ましいが、キャスターはどうにも真面目過ぎるきらいがある。

 

「知ってる。ぼくが弱い事が悪いんだ。それでもボクにアキトを護らせてほしい」

 その胸に手を何処か懇願染みた弱弱しい声。

 ここにあるのは相手と理想を想うキャスターと、現実に腐る城井彰人との温度差だろう。

 

「あんな声は聞きたくない。お願いだから、こんな投げ捨てるような無茶はしないで約束だよ」

「ああ、勿論。誰が好んで痛い思いをするもんか」

 城井彰人はキャスターの願いを生返事で聞き流す。

 きっと同じ状況になれば同じ選択を繰り返すだろう。反則を除けば魔術師(ウィザード)でない城井彰人は聖杯戦争に参加するマスターとしては純粋に足手まといである。

 本当にキャスターの願いを信じるとすれば、それ以外の選択肢がないのだから。

 

 

 

 そんな何とも言えない空気の中―――。

がらっ!

 

 

「どうやら取り込み中の所の様だが……、失礼させてもらおうか」

「うわ」

 突然、割り込む様に響く渋いミドルボイスに、思わずいやな思いが口に出た。

 死んだような目に、鍛え上げた肉体をカソックに隠した偉丈高の男。

 月の聖杯戦争における審判役の役割(ロール)を与えられたNPC『言峰 綺礼』である。

 

「なに、何の用、性悪神父」

「おや?仮にも敬虔な神父が怪我人の見舞いに来る。そこになにかおかしい事があるのかね」

 キャスターが、乱入者に向けてこれ見よがしに得物である槍旗を実体化する。

 先の遭遇でこの神父の本性は体感し聞かされている。

 その性格の悪さは折り紙付きであると、だからこそのマスターに近づけない為の威圧である。

 

「言ってろ。公平性を期待されるアンタが動くとすれば、マスターに対する現状の説明だろう」

「お前は相変わらずつまらんな。とにかくおめでとうとでも言っておこうか少年、君たちが勝者であり第二回戦に挑む権利がある選ばれた64組の主従だ」

 言峰綺礼はそれを気にする素振りもなく、口先にもない祝辞を淡々と言葉を告げるだろう。

 巌のような気配、そこに何の感情も読み取れない。

 

「と言っても、二回戦以降も基本的に変わりのない。6日の準備期間(モラトリアム)の間にアリーナにて二つのトリガーを獲得し、資格を示し決戦にて勝利したまえ」

「……なんだ。じゃあやる事も変わらないって事ね」

 勝ち進んだとしてもルールの追加などはない。

 この監督役NPCの行動は仮にも遠回しな殺人を経たマスターが、安定しているかの観察も含まれているのだろう。

 

 『ムーンセル・オートマトン』にとって、願いを餌に招き入れた観察対象であるがゆえに。

 

 キャスターが拍子の抜けたような声を漏らす。しかし。

 

「ただし気を付けたまえ、アリーナの深度潜っていくほどに、環境はより神代に回帰し攻勢プログラム(エネミー)霊器(レベル)は上がっていく、それは時に能力(スペック)で神話の怪物に迫る事もあるだろう。努々修練を怠らない事だ」

「……神話の、怪物」

 その言葉に身構える。

 キャスターの主人格は中世以降の人間である、そして本来に戦いに馴染んだ人種でない。

 神話の怪物と言われても、想像上のものでしかなく、その想像力に身体を強張らせるのである。

 

「しかし、それはそれとして見た所何かしら悩みがあるようだな少年。せっかく勝ったのだ少しうれしそうな顔をしたらどうかね」

「……そんな風に見えるか神父」

「ああ、納得とは程遠い呑み込み切れないような顔だ。どうやら恥じる思いでもあるようだ」

 言峰綺麗は先とは打って変わって、薄気味悪い笑みにこちらを見下ろしてくる。

 

 きっと『切開』を起源にもつこの神父は、

 おそらく城井彰人に"聖杯にかけるべき願い"などない事を、既に見抜いているのだろう。

 

「それは同情か、罪悪感か?何にせよ策謀を好むマスターに似合わぬ感傷だとは思わんかね」

「まさか、ただ―――勝てば、相手の願いを否定してやれば、少しは気持ちが晴れると、勝てば愉しいものと思ってた」

 城井彰人にとってこの聖杯戦争自体が元々永劫から逃れる為、自暴自棄に参加した殺し合いだ。

 真っ当な動機などない。

 勝って己が望めない"誰かの願い"を踏みにじる、きっとそれは気持ちがいいものだと思ってた。

 

(そうじゃないと、きっと中途半端に手段に迷う。キャスターの足を引っ張る)

 勝つ為に、悠久にただ腐った性根を、欲求の方向性と一致させる。

 自暴自棄である己を終わらせる。それにはせめて欲望(愉しみ)をそろえる必要があると思っていた。

 ……ただ漠然とした努力でなく愉しまなくてはかつてと同じ、負けてしまう(否定される)に違いない。

 城井彰人はまぎれもなく"凡人"なのだから、きっと手段を選んで望む結果は得られない。

 

 ただそう思う反面、今際の時にアサシンの介助が、その高潔な祈りが脳裏を離れなかった。

 あぁ、殺し合った『アサシン』ことシャルル=アンリ・サンソンは掛け値なしの善人だった。

 城井彰人は反則に一方的な"知"により、その心を土足に踏み荒らしたというのに。

 

「わからない。『アサシン』は勝てなかったんだ全部無駄になったはず、なのになんで」

 城井彰人は胸にあるのは疑問と困惑。

 あの言葉は慈しみ人生の重みに満ちていた。確かに"英霊"としての高潔さに溢れれていた。

 敵だった。腐った性根に都合よく嘲笑っていた。それなのに託すと言われても困る。

 

 しかし、言峰綺礼はその言葉をわかり顔に笑み深め、目の前の迷える子羊を扱き下ろすだろう。

 

「何を言うかと思えば、分不相応の小賢しさにそんな事を思い詰めているのか。とある高慢ちきの王の言葉だが"愉悦"と言うのは、いうなれば魂の形だ。愉しめぬというならば問うまでもあるまいに」

 ゲーム感覚に、または当たり前の様に勝つマスターに比べてなんとかわいらしいモノか。

 言峰綺礼は審判役の役割(ロール)がなければ、存分に疵を切開し心の傷を炙り出しただろうと惜しく思う。

 

「………そんなはずない。俺は勝つんだ。これから誰かの願いを全部台無しにするんだから」

「いや、かつて破綻した私が保証しようお前は凡庸だ。その魂の形は歪んでいるはずはない、故に存分に悩んで苦しむがいい若人。もとより己に問う道とはそういう物だとも」

「言ってろ不良神父」

 神父はほくそ笑む。

 そも"願い"というたかだが我執を、片隅でどこか尊いと捉えている時点で底が知れているのだ。

 それを神父は口には出さない。

 より悩めばいいと、この男は誰かの不幸でメシが旨い。故に誰かの苦悩は蜜の味である。

 

 そんなやり取りを終えて、神父は次の仕事があるのかその場を後にするだろう。

 

「好き勝手言って行っちゃった。何だったのあの神父」

「さぁ、アレははた迷惑な人好きだ。とにかく俺たちの"マイルーム"に戻ろうか、何をするにしてもあそこじゃなきゃ安心できないから」

「うん」

 神父の言葉を心の棚にぶん投げ、頭を切り替えて、無事な左腕を支えにその床から立ち上がる。

 言峰綺礼という男は外道であるが根は聖職者らしい、案外真面目に聞いてくれたのかもしれない。

 ただ、蟠りをぶちまけて、少しだけ楽になったのも確かである。

 

(悩んでも仕方ない。慣れていく。アサシンの言葉もきっと忘れてしまう)

 わかっていた事、月の聖杯戦争における勝利とは、間接的な殺人と同意である。

 割り切れないものは当然として前に進むしかない、そうすればきっと慣れていくだろうと。

 

(だってキャスターの願いが、強いに決まってるんだ)

 "演じる"、それを当然に様に踏みつぶす己へと。

 己がサーヴァント(明日)を信じるならば、城井彰人にとどまる時間はないのだから。

 

 

 

 

●●●

 

 

 

 

『マイルーム』

 第一回戦を経て、少しばかり喧騒の遠のいた『月海原学園』の廊下を歩く。

 城井彰人とキャスターの主従は、彼らに与えられたパーソナルスペースへと戻ってきた。

 

がらっ!……ブィィイン!!

 古びた教室の扉を開ければ、電子的な接続音が響く。

 

さぁぁぁぁ……!

【陣地作成 D】

 学舎の教室という無機質な空間を、風が流れ木々が侵食する非現実的な廃墟の如く光景。

 キャスターがスキルにより作り出した。彼等の秘密基地である。

 屋内にて風の森の匂いがする、そんな奇妙な空間にまだ戸惑いを抱きながら、適当な場所に居つくだろう。

 

「なんか、空気が変わったかな。少し重苦しかったね」

「第一回戦が終わって脱落者が出たから、ゲーム感覚なマスターが振り落とされた。多分そんな所だろ」

「ふぅん」

 城井彰人は他人事のように言った。

 原典における『間桐 慎二』、事前に警告された聖杯戦争の大前提を真に受けなかった者達。

 そして敗者は何故か、個人情報(パーソナル)のNPCへとその表層だけを残骸として配置されている。

 そこまでしてあくまで学園の形を、運用しているムーンセルの意図は見えない。

 

 それはもしかすれば剥製の如く、まるで見せしめの様だった。

 

「まぁそんなことはいいの!マスター昨日から何も食べてないよね。お腹すいたよね?」

 キャスターそう言って抱えた嬉しそうに紙袋を取り出す。

 そこにはパン、野菜といくつかの彩の食材が主張しているだろう。

 電子の世界にといえどお腹は空くし、眠くもなる。

 それが霊子に高度に編まれたムーンセルが、仮想現実というものだった。

 

「えへへ!マスターが寝てる間に購買で食材を買ったんだ。待っててすぐ簡単なもの作ってあげるから」

「……そういえば、そうか。キャスターは料理できるんだ」

「当然!そりゃもう、村育ちの女の子(ぼくら)のにとって嫁入りに必要な事だったもの」

 第一回戦の決戦から、もう日が変わっている。

 先まで寝こけていたのだ。そう言われると途端に、空き腹を意識してしまうだろう。

 

じゅうううう……!

 キャスターが竈に火をくべて、野菜を切り分けて、纏めて火を通していくだろう。

 その火の竈はキャスターの『陣地作成』で形とられたものだ。

 魔術で編まれた木細工の家具。どこか古風で、いかにも魔女の窯と言った風貌が、キャスターの手により牧歌的な光景に変わっていた。

 

「~~♪通貨さえあれば欲しいものがすぐ手に入る。いい時代だよね」

 

 特徴的な赤毛の一房をどこか愉し気に揺らして、鼻歌を交えてキャスターは鍋を振るう。

 城井彰人はその姿をぼーっと眺める。

 それは戦っている時より、断然楽しそうだと思った。

 

「キャスターは戦うの、好き?」

「嫌いだよ?痛いのも疵付けるのも、だけど仕方ない。ボクは譲ってもらったんだ願いを叶える機会を」

「そっか」

 眺めながら、ふと出た言葉。

 それはそうかとキャスターの気質を想い納得とともに流れて。

 

「ほら出来た」

 召し上がれと御盆に乗せられ差し出されたのは豆がメインの肉と野菜の炒め物。

 それと彩混じった麦粥である。

 

 途端に周囲に、食欲を誘ういい匂いが漂うだろう。

 

「ありがとキャスター、いただきます」

「うん、冷めないうちどうぞ」

 いただきます。

 両手で合わせてキャスターに感謝を、さっそく食べようと食器(フォーク)を手に取ろうとして。

 

「いつっ」

カラン!

 痙攣。いつもの癖で、右腕を伸ばして痛みに顔を竦め、カランと食器(フォーク)を落としてしまう。

 包帯の下、見た目は何も問題ない。機能には支障ない。

 となるとこれは幻痛の類(ファントムペイン)なのだろう。まだ自由には動かせない。

 

 床に落ちたそれを、キャスターは拾って水に洗って。

「ごめん、キャスターつい癖で」

「いいよ。痛むよね食べにくいよね―――そうだ!」

 キャスターはいい事を思いついたと、拾った食器(フォーク)を手に料理を梳くって―――

 その純粋な笑みで城井彰人の口元で持ってくるだろう。

 

「はい、あーん」

「?」

 思考がフリーズする。その意図を飲み込むまでに数瞬の時間を要した。

 その間にキャスターと見つめ合う、妙に楽し気に小首を傾げて、言外に早くとせかすだろう。

 

「なにってマスターの手が痛むなら、ぼくが食べさせてあげようと思って」

「いや、それなら左手を使って食べる。少し不自由なだけで支障はないから」

 気恥ずかしい、やんわり拒否して左手で食器(フォーク)を取り戻そうとする。

 利き手が使えない程度だ。そんな重病人にするような大袈裟にと内心思いながら。

 

 しかし。

 

ぐぐぐギギギギ……っ!

 キャスターは握った食器(フォーク)を離さない。

 

「……キャスター?」

「ダメだよ。マスター、サーヴァントに力で勝てる訳ないんだから」

 その細腕のイメージに反して、万力に固定された如く動かなかった。

 彼女は相変わらず楽し気に赤毛の一房を揺らしながら、変わらずほらほらとせかすだろう。

 

「いや、恥ずかしいから自分で食べれるから!!」

「だからだーめ、無理する必要はないし、また守らせてくれなかったんだから身を顧みないマスターへの罰でもあるの」

 そんな、押し問答を繰り返して。

 梃子でも動かないキャスター相手に、彼は結局作ってくれた好意を無駄にするわけにもいかず。

 根負けしてそれを受け入れる。

 

「―――むぐ」

「どお、おいしい?」

 城井彰人の短い人生の中でも一番の羞恥に、おかしくなりそうになりながら。

 口に運ばれた麦粥を食べる。絶妙な塩味と引き立てられる甘さが、空腹を満たしていくだろう。

 

 キャスターの期待に満ちた目と問いかけ、こちらは気恥ずかしさでそれどころでないが。

「ん、塩味が効いてて程よく甘くておいしい」

「よかったー。ほらぼくはこの時代の調味料なんて全然馴染みがないから、心配だったんだ」

 キャスターはその返答に、さらに素朴な笑顔の華を綻ばせる。

 城井彰人には何がそんなに楽しいか理解できないが、楽しそうならまぁそれでいいかと流れて。

 

「あの神父が食べてた香辛料(スパイス)を贅沢に使い込んだ『麻婆豆腐』なんて、見た時正気かなこの料理って思った、あんなの『黄金』を煮込んでるようなものでしょ」

「あの時引いてたのはそういう理由もあったのか」

 城井彰人はほうと、気づかされ息を吐いた。

 確かに中世において香辛料は高級品、それこそ同じ重量の黄金と等価と言われるほどである。

 意外な所でキャスターと生きてきた時代の違いを、意識させられると思わなかった。

 

 キャスターはごそごそと、背後の荷物袋から何かを取り出す。

 そこには瓶詰めにされた調味料があった。この贅沢を、色々試してみるんだと彼女は楽し気に揺れる。

 それを見ているとこちらもどこか楽しい。きっと痛みとともに空腹で気が弱ってたに違いない。

 

 そして続きをと食器(フォーク)を手にとって、差し出しながら。

 

「ねぇアキトが何を隠しているのか悩んでるかわからないけど、―――ボクはアキトがマスターでよかったと思ってるよ」

「……っ」

 そしてキャスターは真っ直ぐな想いを。

 己がマスターが胸の内に何を含んでいても、この信頼は揺らがないと言葉に表してくる。

 

「きっとこれからもずっと、ね」

 木漏れ日に彩られ、その目は蒼玉の如く澄み渡り、銀木犀の様に柔らかに綻んでいるだろう。

 

「あぁ、最後まで後悔しない様に勝とうかキャスター」

 城井彰人は眼を逸らし、目的にすり替えて言葉に返した。

 ただ、それを真っ直ぐ見つめる事は出来なかった。

 

 




とりあえず、第一回戦を完結させました。
目標通り、纏まったかどうかはわからない。
FATE世界感事態がインフレしてるっぽいから、
自分が想定してる話だとつまらないだろうなぁと思う。

とりあえず、これで区切りがいいので読む人いれば続けます。

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