水使いと野生児のカロス旅   作:砂廣ジュン

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シズイの帰還

 表すは穏やかな海、セイガイハシティ。島と桟橋で構成されたリゾート都市である。

 その一角、みずポケモンジムであるセイガイハジムには一つの特徴があった。

 

「万太、お疲れ様でした」

「マァア」

 

 それは海とジムがつながっている事。海に大きく突き出したジムリーダー側のトレーナーズサークルに、海面から飛び上がったマンタインとそれに乗った男が現れる。

 長時間の"なみのり"をさせてしまった手持ちのマンタインを労り、回復と慰労の意味でバンジの実を与えてボールへと戻して男は正面の少年へと向き直った。

 

「待たせてしまって申し訳ありません。ルールは50フラットの3VS3シングル。準備はできていますね?」

 

 ジムへの挑戦者である少年が頷くのを確認した男は、ジャッジへ開始の合図を送る。

 

「それでは挑戦者と、セイガイハジムリーダー代理ハトウのバトルを始めます」

 

 ウェットスーツ姿の青年はセイガイハジムトレーナーのハトウ。現在はジムリーダーのシズイが自然保護区の環境調査で出張中であるため、ジムリーダーの代理を務めている。

 挑戦者は年若い少年。バッジを七個集めて今季リーグを目指す有望株である。

 八個目のバッジであればジムリーダー側も本気の手持ちで挑む。ゆえに、ハトウもジムリーダー代理として手加減なしの本気で挑む。

 

「試合、開始っ!」

「ゴチルゼル、君に決めた!」

「ヒヤ子、出番だ!」

「フィーン!」

「キィッ!」

 

 双方のポケモンが繰り出されるのと同時に、ハトウ代理のヒヤッキー、ニックネーム名ヒヤ子が空にエネルギー体を打ち上げフィールドに雨が降り始める。その直後、ゴチルゼルがクイクイと煽るように指を曲げるのを見てヒヤ子が青筋を立ててブチ切れた。

 

「"ちょうはつ"ですか。先発をメタってきましたね」

 

 変化技を使って場を整える先発に対するメタとして、開幕でのちょうはつは比較的メジャーな手である。だがバッジ八つ目のジムバトルにおいて、その程度の手に対策がされていないわけもない。

 

「"さいみんじゅつ"だ!」

「こちらも"ちょうはつ"です」

 

 挑戦者の指示がハトウの指示よりも早く発せられるが、種族として遅いゴチルゼルの瞬発力よりもサポートとして速さを重点的に鍛えられたヒヤ子の方が早い。メンタルハーブの香りで挑発された気持ちを落ち着かせながら、ゴチルゼルをあっかんべーで煽り散らす。サイコパワーを練り上げていたゴチルゼルは煽られたことで集中力を失い、"さいみんじゅつ"の発動に失敗する。

 

「ぐ、ならば落としてからだ!"サイコショック"!」

「"いえき"」

「キィ!」

 

 ヒヤ子は口から胃酸をゴチルゼルに吐き出して彼女の影を捉える力を消し去り、そのお返しに具現化された念力を身体に受ける。もう一発は耐えない程度のダメージ量。特攻がよく鍛えられていることを理解して、ハトウは戦略を組み立て直す。

 

「打点持ちと言うことは、かげふみ持ちの先発起点アタッカーですか。素晴らしい」

「流石にバレるか。しかしやることは変わらないっ!」

 

 ゴチルゼルの特質は攻撃できるかげふみ持ちであること。そこから逆算すればすぐに読める。交代を縛った先発を挑発と眠りで起点にするのは悪くないコンセプトと言えるだろう。

 ただ問題は、かげふみが無効化されたことである。

 

「もう一度だ!」

「ヒヤ子交代、ソク決めてください!」

「シュルル!」

 

 素交代でヒヤ子を引っ込め、ハトウはグソクムシャのソクを勢いよく繰り出す。ゴチルゼルが"サイコショック"を放つも、硬い外殻に阻まれ大したダメージどころか足止めにもならない。ボールから飛び出した勢いそのままに放たれた"であいがしら"の一撃がゴチルゼルを打ちのめした。

 

「ゴチルゼル戦闘不能!」

「よくやったゴチルゼル。デンチュラ、"かみなり"だ!」

「ちゅららら!」

 

 挑戦者側のボールから個性的なメガネをかけたデンチュラが現れ、電気タイプのエネルギーを上空に打ち上げる。それはスタジアム上空に展開された雨雲の力で雷を形成し、ソクに向かって降り注いだ。しかしソクノの実で威力を半減させてなんとか耐え抜いたソクは、危機回避本能に従ってボールの中へと舞い戻る。

 

「交代です、万太!」

「もう一度"かみなり"!」

「ちゅらららららら!」

 

 代わりに現れたのはハトウが先ほどまで乗っていたマンタインの万太。いくら特殊防御の高いマンタインであっても四倍弱点を耐え切る事はできないだろうと、挑戦者は同じ攻撃を指示する。

 それは最善手である。しかし最善手は予測することも容易い。だからこそ、それを外すのもまた戦略である。挑戦者はそれを怠った。ゆえに———

 

「マァァア!」

「デンチュラ戦闘不能!」

「なん……だと!?」

 

 きあいのタスキでぎりぎり耐え切り、"ミラーコート"でダメージを倍返しした万太が勝鬨を上げる。

 

「ケンホロウ、頼む! "ダブルウィング"!」

「万太、"こごえるかぜ"です」

 

 気を取り直した挑戦者が、これまた個性的なハチマキを巻いたケンホロウを繰り出す。ケンホロウは素早いポケモンだが、それよりも"すいすい"と雨の中を進む万太の速度が勝る。万太の起こした零度を下回る風がケンホロウの筋肉を硬直させつつも、直後振るわれた翼がなけなしの体力を削り取る。その身のこなしから、おそらくは三タテができるようなエースであるとハトウは推察する。しかし、挑戦者はハトウに手札を残させすぎた。

 

「ヒヤ子、お願いします!」

「キィっ!」

 

 ヒヤ子が登場し、万太と同様に"こごえるかぜ"を浴びせて"ダブルウィング"で倒され退場する。

 残されたのは一匹のみ。互いに一体でどちらも満身創痍。なれば先に行動した方が勝利する。

 

「詰めです。ソク!」

「シュルル!」

 

 ボールから放たれたソクが優先度を奪取して"であいがしら"を浴びせる。効果は今ひとつながらも、蓄積されたダメージによってケンホロウが力なく地に落ちる。

 それがこの試合の終わりだった。

 

「大丈夫かケンホロウ!」

「…………」

「ケンホロウ戦闘不能! ジムリーダー代理ハトウの勝利!」

 

 ふぅ、と息を吐くハトウ。項垂れる挑戦者。ハトウのジムリーダー代理としての最後のバトルは、辛勝に終わったのだ。

 

 ◇

 

 互いの手持ちを回復させながら挑戦者に幾つかの改善点を伝えた後で、ハトウはきのみジュースを飲んで一服していた。

 挑戦者受け入れ時間は終わり、関係者以外は誰もいない時間。だからこそ、こうして気を緩めることができる。

 

「ジムリーダー、大変だわ」

 

 ジムリーダーという仕事の業務内容は非常に多岐に渡る。

 挑戦者の挑戦を受けてジムバッジを授けるだけではなく、ジムトレーナーの指導、ジムの運営、ポケモンを使った凶悪犯罪への対処、周辺の野生ポケモンとの折衝など、教え導く立場と治安維持のための戦力としての二つの役割が期待されているせいで負荷が大きいのだ。

 今回のジム戦も航路を塞いでしまっていたサニーゴの群れを散らした帰り。実際に体験することで、どれだけジムリーダーが過酷な仕事であるかがハトウの身に沁みていた。

 

「ハトウさん」

「ジャンヌさん。どうかしました?」

 

 ハトウに話しかけたのは同僚の女性。何かトラブルでもあったのかと身構えるが、

 

「シズイ、さっきのジム戦中に帰ってきてましたよ」

「本当ですか!?」

 

 ハトウはガバリと椅子から身を起こす。本来のジムリーダーであるシズイの帰還予定日はこの日だった。まあハトウはそれを激務で忘れかけていたのだが。

 

「ええ。家で待っているから終わったら来てくれと」

「家で?」

 

 首を傾げながらも、荷物の整理などでそのようなこともあるかと考え直す。施錠などの指示を行い、回復の終わったモンスターボールと手荷物を持ってシズイの自宅へ向かう。

 シズイの自宅はセイガイハジムからそう離れた場所にあるわけではない。数分歩いてシズイの家に到着し、インターホンを鳴らす———ことはせずに、左側へと万太のボールを投げる。

 

「マァァア!」

「グルルァアッ!」

「色違いのオノノクスですか。なんとも珍しい」

 

 いきなり襲撃してきた色違いのオノノクスを万太に止めさせつつ、このオノノクスは誰だとハトウは素早く思考を回す。

 セイガイハシティにはオノノクスの使い手はおらず、イッシュにおけるオノノクスの生息地はフキヨセの洞穴とチャンピオンロード。セイガイハはどちらからも遠い。

 ならば旅のトレーナーの手持ちかと考えるが、その可能性は低い。そもそも襲いかかってくる理由がないからだ。金目当てならこのオノノクスを使えば鱗を売るなどいくらでも稼ぎようはある。恨みを買うような真似には、心当たりはあるがそれなら住宅地ではなく路地裏などで襲撃するだろう。

 最も可能性が高いのは逃された元手持ちの子孫。そう決め打ちして、弱らせるためにソクを繰り出そうと———

 

「待つったい! こいつは敵じゃなかとよ!」

 

 シズイが家から飛び出してきて、オノノクスを制止する。それを聞き入れたオノノクスが顎斧を引くのを見て、ハトウも万太を下がらせた。

 

「シズイさん。こいつは?」

「自然保護区で拾った。もう一人の手持ちポケモンたい」

「もう一人?」

 

 ハトウの問いに応えるようにシズイが家の中を示す。二人が中へ入ると、

 

「なんだお前」

 

 年端も行かぬ少女が、周りの全てに対して敵意を振りまいていた。

 

 

 

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