イッシュ地方から遠く離れた地。山間の小さな村で生まれた少女は、特殊な才能を持っていた。
ポケモンの言語を解する力を。
彼女が六歳になった頃。窓に留まった野生の鳥ポケモンとピィピィと会話する様子を見た彼女の両親は、その力を恐れた。
都市部、情報化社会の恩恵に浴する地域であれば、それはポケモンバトルの才能と褒め称えられただろう。実際に過去のポケモンリーグではそういった人間が上位入賞や殿堂入りを果たしている記録がある。
だが少女にとって不幸だったのは、故郷が山間の小さな村だったということである。その村は世間一般の風潮よりも古来の風習を重視する土地であり、ポケモンは心通わせる隣人ではなく狩る対象の獣であった。
獣の言葉を解する子供。半獣の忌子として扱われ、呪われた家と見做されるのも時間の問題。それを恐れた彼女の両親は、許可証を与えられた人間以外は立ち入ることすらできない区域、自然保護区。その一角に少女を放逐した。
生きる糧を得る術もなく、死にゆくはずだった少女は
「ぐるる?」
自然保護区の主、漆黒の斧竜を統率した。
それからの少女はオノノクスと協力して
「みぎ!」
「ぐるぅぅぅああ!」
ポケモンを狩って、
「なんだこのクソ餓鬼」
「でていけ」
「るせぇ。邪魔するんじゃねぇよ」
密猟者、ポケモンハンターを倒しての繰り返し。そのような野生生活を三年続けた頃。
「おまはん、どっから入った」
自然保護区の水生ポケモン生態調査に訪れたシズイとブルンゲルが発見。オノノクスを捕獲、少女を保護したことで、彼女は文明社会へと引き戻されることになる。
◇
シズイがハトウへ渡した資料にはサイキッカーが過去視して得た彼女の情報があった。九歳と六ヶ月の少女でポケモンと意思疎通する異能あり。年齢と境遇から、十歳の成人までセイガイハジムで保護し、それ以降は本人の意思に委ねる。それらの情報を速読で読破したハトウは、保護された少女ルゥに和やかな笑みを浮かべて挨拶をする。
「こんにちは、ルゥさん」
「紹介するったい。こいつはおいのところのジムトレーナーのハトウ。ちょっち腹黒いが、割と面倒見がええやつじゃ」
「初対面の相手に腹黒いとか言わないでください。バレるじゃないですか」
「マァァア」
否定しろよと言わんばかりに万太が鳴くが、ハトウはこれを華麗にスルー。
シズイは素で、ハトウは意識して朗かな自己紹介を行っても、その紹介相手が敵意を振りまいているのだからどうしようもない。
「「ぐるる……」」
「すまんたい。
「まあ見知らぬ土地に見知らぬ大人達、警戒するのも当然でしょう。このオノノクスは?」
ハトウはルゥと共に唸るオノノクスを指して問う。黒いオノノクスとなればポケモンコレクターたちが涎を垂らして欲しがるようなポケモンである。加えて先ほどハトウの万太、つまりジムトレーナーの手持ちと張り合うだけの実力を持っている。おそらくはレベル60程度はあるポケモン。少女のポケモンとしてはあらゆる意味で危険なポケモンである。
「おいのキープポケモンとして捕獲してあるったい。ボールはルゥに渡してある」
「襲われたり襲ったりする可能性は?」
「しばらくの間ジムトレーナーを常につける。特に襲われる方は心配なかぞ。ルゥもそれなりには
「ほう。それは楽しみですね」
二人がルゥとオノノクスの方を向くと、会話の流れが自分に向いていることを察知してルゥはプイと顔を背けてしまう。
その反応に苦笑いを湛えながらハトウはシズイへと向き直る。
「まずは誰か一人でも仲良くなるところからですね」
「まあな。他の奴への紹介はおはんのジム戦中にあらかた済ませたけん。残りは明日の朝礼じゃな」
「ルゥの件が呼んだ理由じゃないんですね」
ハトウがシズイを訪ねたのは彼に呼び出されたからである。ハトウはルゥとの顔合わせが目的だと考えていたが、朝礼で顔合わせするならばわざわざハトウだけを呼び出す必要もない。
「おおそうだったそうだった。要件を忘れとったわ。ほいこれ。アララギ博士に頼んどったんだろ? 渡すなら早い方がええと思ってな」
「ああ、プラターヌ博士への紹介状ですね。マジでありがたいです」
「いやいや。可愛いジムトレのためなら伝書マメパトくらい屁でもないったい」
「本当に助かりましたよ。わざわざイッシュの反対側まで取りに行くのは骨ですし」
「セイガイハとカノコは遠いからのう」
ポケモンの起源についての研究を行っているアララギ博士は深海に潜む研究資料の引き上げなどでセイガイハジムとは交流が深く、ジムトレーナーであるハトウは積極的に話していた。その縁でカロス地方の進化研究の権威プラターヌ博士への紹介状を書いてもらうよう頼んでいたのだ。
だが、書いてもらったとしても会う機会がなかった。アララギ博士は多忙であるし、ハトウも仕事がある。当然なかなかスケジュールも合わない。
そこで持ち上がったのが、自然保護区の生体調査である。これはアララギ研究所との共同で行っていたため、ハトウはその受け取りを師匠に頼んでいた。
「ジムトレーナーしてるとなかなか動けませんからね。まあそれはジムリーダーも同じですが」
「そうそう、ジムリーダー代理はどうだったんよ?」
「大変でしたよ。今日なんかブルンゲルは暴れるしサニーゴは群れるし……」
しばらく会っていなかった師弟の会話はハトウのジム代理の話からやがて、ハトウのカロス遠征の話へと移ろう。
「ちなみにカロスへはいつ発つんよ?」
「来月の15日にチケットが取れました。リーグシーズン開幕直後にミアレジムの予約が取れたので、それに合わせてって感じです」
「そーかい。ようやくじゃな」
「ええ。今度こそは8つ目まで取り切って見せますよ」
ハトウは代理に必要な二級ジムリーダー資格は取っているものの、一級資格取得の条件であるバッジ8個は満たしていない。前回のイッシュリーグ挑戦が惜しくもバッジ7個で止まってしまったためである。それから鍛え直して別地方での再挑戦。カロスリーグ挑戦はジムリーダーかリーグトレーナーが夢のハトウにとっては夢への再びの一歩目であるのだ。腕が鳴らないと言えば嘘になる。
やる気をみなぎらせるハトウから笑いながらシズイは軽く視線を外し、壁掛け時計を視界に入れる。
「おっと、もうこんな時間じゃ」
「ルゥはどのように?」
「昼はジムで、夜はジム寮で見るったい」
「了解です」
「なもんで、おいは書類を書き上げてるけん。ハトウは女性寮の方にルゥを連れてくったい」
「わかりました。ジムリーダーの事務仕事、頑張ってくださいね」
「おう。まあ出発するまでは仲良くやれよ、二人とも」
「それはルゥ次第、ですかね」
「ふん!」
再び顔を背けられることで、『前途多難』の文字がハトウの頭の中を占拠していた。