水使いと野生児のカロス旅   作:砂廣ジュン

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ルゥの襲撃

第三話 ルゥの襲撃

 

 シズイの家から出たルゥはハトウと共に、浜の砂をしゃりしゃりと鳴らしながらジムの所有する寮に向かっていた。

 

 自分を別の場所へと誘導する優男の姿を観察しながら、ルゥは逃げ出すためのチャンスを見計らっていた。シズイの家からは十分離れ、ハトウの視界から外れたタイミングで走り出そうとするも———

 

「そちらは寮ではありませんよ」

「離せ!」

 

 視線の動き方から逃走を見抜いていたハトウが腕を掴んで引き止める。ルゥはすぐには振り解けないと判断したのか、ボールから彼女の長年の相棒を召喚する。

 

「保護している立場としては、家出されては困るんですが」

「でてこい!」

 

 ハトウの言葉を完全に無視して繰り出されたオノノクスは、主人の意図を瞬時に解して顎斧をハトウに向ける。ドラゴンポケモンの中でも屈指の攻撃力を誇るポケモン。人の身でその攻撃を受ければ生き残れないことだけは確かであろう。

 

「恐喝は犯罪です。このような方法では誰も従いませんよ」

「お前らはらちした。おあいこ」

「どこで知ったんですか、そんな言葉。シズイさんの行為は名目上保護ですが、確かに貴方からすれば拉致にも感じられるかもしれませんね」

「だったらはよ離せ。切るぞ」

「そうしたら逃げるでしょう?

 

 ルゥはコクリと頷く。こういうところは子供らしいんだけどなと苦笑しながら、ハトウは子供らしくない剣呑な目をしたルゥを説得する言葉を続ける。

 

「君はまだ九歳で、保護者の元で保護される必要があります。そして恐喝は犯罪ですよ」

「知るか。弱肉強食だ」

「意味を分かって言ってます?」

「まけた雑魚は言うこときく。お前雑魚。ルゥ強い。言うこときけ」

 

 弱肉強食。そのフレーズだけやけに流暢であるのはきっと自然保護区を訪れたポケモンハンター達から言われ続けてきたからであろう。

 大人としては対処しなければならない事案。しかし、叱るだけではきっと通じない。彼女は昔のハトウと同類の香りがするから(・・・・・・・・・・・・・・・・)だ。彼女の中に聳えているのは強いか弱いか。奪うか奪われるかの二元論。弱い者の意見はそもそも耳にすら入れない。

 ならば、打ち倒すしかない。それも、正面から。

 

「ふふ、弱肉強食、ですか。ふふふふふ」

「なにがおかしい」

 

 そして理性ではなく本能は、これほどに面白い状況があるだろうかと嗤っている。

 才あるとは言え未熟な同類と、独断で動くポケモンが脅しをかけている。こんなに滑稽な状況があるか。

 

「それならなァ」

 

 ゆらりと雰囲気が立ち上る。其れは波濤。凡てを押し流す波濤の暴圧がルゥを圧す。拘束していた手は離れているはずなのに、身体が動かない。

 

「俺を殺して逃れてみろォ!」

 

 膨れ上がった殺気の奔流。その根源にオノノクスが独断で顎斧を振るうも、音もなくボールから放たれたソクの”であいがしら”に迎撃される。

 

「砕けィ!」

 

 符牒通りソクが”シェルブレード”をオノノクスの胴に打ち込み、技術に裏打ちされた爪撃で黒い鱗を破壊する。鎧を穿った強敵に一瞬意識を取られたオノノクスから目を離すことなく、ハトウはルゥに向かって鋭い拳を放つ。

 

「はぁっ!?」

「足止め、援護!」

 

 咄嗟にガードしたものの、ひょろっとした雑魚だと思っていた相手からの思わぬ逆襲に驚くルゥを横目に、ハトウは追加でヒヤ子を繰り出しながら二匹に指示を出す。

 

 守るべき主を危機に晒している状況がオノノクスの”げきりん”に触れ、竜の怒気を纏って道を塞ぐムシャに猛攻を仕掛ける。しかしヒヤ子の放った水流で火傷したオノノクスの竜気は目に見えて萎み、ソクの装甲に牙が跳ね返された。その隙を見逃さずにソクがオノノクスの足を“がんせきふうじ”で痛めつけて指示通り機動力を奪う。

 

 一方、構えから拳の軌道を野生の勘で感じ取って守りの体勢を固めるルゥに、ハトウは嗤いながら素早く腕を伸ばす。構えられた腕を掴み引くと、前から後ろへの衝撃に備えていた身体はいとも簡単に地面に引き倒された。ルゥにマウントポジションを取ったハトウが、

 

「動くな」

 

 ルゥとオノノクス両名に向けて警告を発した。それはチェックをかけたと伝える言葉。

 ルゥの首元にはどこから取り出したのかナイフがあてがわれている。そして動けばこうなると示すようにナイフが引かれ、ルゥの首に赤い筋が刻まれた。

 

「ぐるる……」

「…………切らないのか?」

「切らない。ルゥは俺たちの"群れ"の一員になるんだ。だから喧嘩はしても殺し合いはしない」

「"群れ"?」

「そう、セイガイハジムって"群れ"で、人間社会って"群れ"だ」

 

 自然の中で生きてきたルゥはこれから先、人間社会で生きていかねばならない。けれども人間社会のルールを知らないからといって強引にルールを押し付けるだけでは、適合できずに不良の道へ真っ逆さまだろう。

 だったらルゥの理解できる形で人間社会を説明すればいい。弱肉強食のルールの中に人間社会のルールを当てはめる。かつてシズイがハトウに行ったように。

 

「よくわからん」

「じゃあこうしよう。俺が勝ち、お前が負けた。弱肉強食だというなら成人の十歳になるまで。つまり半年は俺たちセイガイハジムに従え。わかったか?」

「…………わかった。お前らがボス」

「よし。その言葉、違えるなよ」

 

 ハトウはナイフを懐にしまい、ルゥの上から降りて立ち上がる。同じように立ち上がったルゥの服に付いた砂を払ってやりながら、ハトウはさらに言葉を投げかける。

 

「これが負けだ。こんな気持ちなら誰にも負けたくないよな?」

「うん、まけたくない」

「じゃあ、強くなりたいよな?」

「つよくなりたい!」

「じゃあ俺たちが鍛える。セイガイハジムの仲間だからな」

 

 戦いが好きな人間には二種類いるとハトウは考えている。弱い相手とだけ戦って強さを笠に着て暴れ回るタイプと、より強くなるために研鑽し続けるタイプ。一見前者の方が負けに対する忌避感が強いように見えるが、実際は後者の方が貪欲だ。なぜならこの世の誰にも負けたくないと思っているのだから。

 

 ルゥにはどちらの資質もある。だから今のうちに後者(今のハトウ)側に引き摺り込む。小さな頂点の蜜の味を知る前に、世界最大の頂点・ポケモンマスターへの執着を教える。

 倫理的ではない、洗脳的だ、と他のジムトレーナーは反対するかもしれないが、ルゥはハトウの嗅覚が同類と認める相手。競技者の信念と執念を教えなければ確実に昔のハトウと同じように(・・・・・・・・・・・)道を踏み外すだろう。

 

 ハトウは一度深呼吸をする。昔の自分からジムトレーナーの自分へと切り替えるための儀式。切り替えて、最初にすべきことは負傷させたオノノクスへの対応である。

 

「さて、ではオノノクスを回復させに行きましょう。寮へ行くのはその後です」

「口調、戻ってる」

「社会で戦うための武器ですよ。これもまた一つの強さです」

 

 野生で生きてきた中には味方と敵、勝ちと負け、強弱、生き死にの二元論しかなかったのだろう。だが、強弱でしか物事を見ることができないのであれば、強弱の幅を広げてやればいい。そうして視野を広げてやれば別の考え方を理解できるようにもなれるだろう。それがポケモンバトルの読みを左右するのだから、彼女ならば勝つために必ず身につけると確信していた。

 

 まあその辺りの教育方針はハトウを含めた協議の上で決定して、ハトウがカロスに発ってからが本番になるだろう。

 

 ハトウは説得の文句を考えなきゃなと呟いて、ポケモンセンターに向かって歩き出した。

 

 ◇

 

 なお寮に送り届けてハトウが事情を説明すると、女性陣に鬼の如く詰められたことをここに付記しておく。

 

「ルゥちゃんになんてことしてんの!」

「レベル60代のオノノクスに生身で襲われたら仕方ないでしょうに」

「あんたならどうにかできたでしょう!」

「んな、無茶苦茶な……」

「喉の傷消毒するからね。痛いかもしれないけどごめんね〜」

「怖かったでしょう。大丈夫、私たちが守ってあげますから」

「ハトウ。こいつらもルゥの"群れ"?」

「そうです。ここにいるみなさんはセイガイハジムの仲間ですよ」

「わかった」

 

 ジムで昼間に会った時よりもルゥの雰囲気が格段に柔らかくなっていることに驚く女性陣。

 

「なんであんたの方に懐いてんのよ」

「これが戦いによるコミュニケーションですよ、ナギサさん」

 

 同類ゆえの直感が正しかったことでドヤ顔を浮かべるハトウに、教育者としても倫理的にも問題の多すぎる解決方法にブチギレるジムトレーナーのナギサ。

 

「いたいけな少女に殴りかかってナイフ突きつけるなんて、ジムの人間の自覚足りないんじゃない? そのチンピラ根性、今から叩き直してあげる」

「オノノクスけしかける奴のどこがいたいけだって言うんですか。上等です、外へ出ましょう。2on2でいいですね?」

「は〜い、ルゥさんはまずお風呂に入りましょうね」

「わかった」

 

 ちなみに勝負は連戦による疲れの影響でハトウが負け、一晩中大人としての対応のなんたるかを叩き込まれた。

 正当防衛とは言え保護者と子供。実力差もあり情状酌量の余地は無いのだが、ハトウの内心は文句たらたらだったそうな。




ストックの補充状況次第ですが、しばらくは毎日投稿のつもりです
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