セイガイハシティとはどこか異なる潮の香り。ああ、ここは故郷の海だ。8番道路の磯、ソクと出会った思い出の場所。
「君も臆病なんだね。僕と一緒だ」
「しゅるる」
初めての友達だった。
「あら、その子はお友達?」
「うん!」
「驚いた。こいつはコソクムシだ。すばしっこくて捕まえづらいことで有名なポケモンだぞ」
優しい母と穏やかな父。
「ヨワシは体力がなくなると群体じゃなくなるんだ。だから最初にゼンリョクを叩き込もう!」
「しゅる!」
子供特有の大人気分での旅。
「な、なん……」
「あわあわあ!」
見知らぬ、恐ろしいほど大きな怪物。そいつの撒き散らす水泡に足を取られ、飛び掛かられたところで意識が途切れる。
「上腕骨顆上骨折ですね。全治一ヶ月程度でしょう」
それからは悪夢のような日々だった。
「あそこのお子さん、脱落したんですって」
「まあ、嘆かわしい」
耳に入ってくる陰口の数々。
それらに比例して日に日に語気の荒くなる両親。それに耐えかねて———
「もういいよ!」
「こら、待ちなさい!」
家を飛び出した。どちらともなく走り続け、家出して行き着いた先。
「お前、ハトウだな?」
「なんだ、お前」
「俺様はグズマ。破壊という文字が人の形をしているのがこの俺様だ」
そこには自分と同じ境遇の人間がたくさんいた。
「ねえハトウ。私たち、どこで間違えたのかな」
「全部大人が悪ぃ。なんで島巡り一回の失敗で決めつけんだよ。なあ、鼻パスタ」
「野戦が弱いってだけで仕事やら勉強やらには無関係じゃんな。あとそのあだ名やめろや」
みんながみんな世界を憎んでいた。自分達を産んでしまった制度を破壊したいと願う同志たち。
「なんだテメェら」
「我らはレインボーロケット団、略してRR団」
「我らに歯向かったこと後悔させてやる!」
「ハン、やれるならやってみろォ!」
法なき闘争。
「俺はもう、疲れちまったよ。闘うのにさ」
「…………」
ああ、いつもここで終わる。何も言葉を返せなかった。仮に何か言えたなら、あいつらはどう返したのだろう。
◇
「おいハトウ。起きろ」
「ぐふぅ……!」
鳩尾にいきなり走った鋭い痛みで、センチメンタルな夢の世界から現実へと一気に引き戻される。
奇声の謝罪を周囲の乗客に投げかけながら、鳩尾にクリティカルを決めたであろうルゥに
「いでででで、暴力反対〜〜」
「貴方が、先に、鳩尾を、殴ったからでしょう……!」
「全然起きねぇんだもん。いででで!!」
「平和的に起こす方法を模索して下さい!」
『ミアレ空港へ到着いたしました。お忘れ物にご注意ください』
わちゃくちゃと言い争いをしている間に機内アナウンスがミアレシティへの到着を告げ、乗客たちが一斉に荷棚の荷物を取り出し始める。
それを見たハトウは手の力を緩め、自分もまた荷棚のハッチを開く。
「ちょうどいいタイミングですね。僕たちも降りましょうか」
「ルゥのおかげ。頭にぎったの、あやまれ」
「起こしてくれたことには感謝します。その起こし方が問題なんですよ!」
そのまま入国チェックを通り抜け、二人分の荷物を受け取って外に出て、ルゥの写真とミアレ空港の写真を撮影して、到着したことを報告としてセイガイハジムに送信して、ハトウはルゥがいなくなっていることに気が付く。
「ルゥ!?」
当然返事はなし。ルゥの写真を撮影してから外観の撮影と写真を送信するまでの十秒足らずの間にいなくなっていたのだ。
見渡す限りには見当たらず、買い与えたホロキャスターに電話をかけても反応なし。
「早くも保護者機能の出番ですか」
ハトウはこのような事態のために用意していたホロキャスターのキッズ向け機能、位置情報サービスを起動する。
どうやらオトンヌアベニューとやらの近くにいる様子。動き回る光点に向かって走っていくと、ドラゴンポケモンの咆哮が聞こえた。
彼女の身に危険が迫っているのか、はたまた彼女自身が危険な存在であるのかはともかく、ルゥが危ない。
音の元に走ればいいとホロキャスターを切って路地裏に入ると、地面に這いつくばる不良らしき集団と、彼らのポケモンと思しきポケモンたちの前に立つルゥがいた。
ハトウに気がついたルゥが口を開く。
「こいつら、雑魚い」
「えぇ……」
最初に言うことがそれなのかと頭を抱えつつ、ハトウは状況の把握に乗り出す。
「経緯を、説明してください」
「走ってたらこいつらがいた。『ここいらはちょっとやばい、私もちょっとやばい』って言われて、ポケモン勝負になった」
「あー、正当防衛か普通のポケモンバトルか少し怪しいラインですね」
「全部こいつら悪い」
「いえ、元はと言えば勝手に走り出したルゥが悪いです。反省してください」
「むぅ」
ハトウは後でもう一度説教をしなければと思いつつ、逃げられないようにルゥの手を握りながらもう片方の手で転がっている不良ファッションの一人の顔をぺちぺちと叩く。
「起きてください。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。その子に勝負を挑むとやばいことになるのがわかったよ。だが借りは返す!」
「あ、ちょっ……」
声をかけた不良はふらふらと立ち上がって転がっているポケモンをボールに戻し、仲間の不良を背負って手際よく逃げていく。
あまりの手際の良さにハトウは声をかけるのも忘れており、気がついた時にはバトルの後だけが残る場所に二人は立ち尽くしていた。
「あそこまで後腐れのないタイプの不良も珍しい。いや、ただの一般トレーナーですねアレ」
「ハトウ。はよ行こう」
「絶対に! 僕から離れないこと! いいですね!?」
「えー」
懇々と理由を説明しても納得しない様子のルゥに悩まされながらなんとか説得を終え、目的地の情報について共有する。
事前に伝えたとしても、ルゥは興味のない分野の知識はすぐに忘れてしまうため、泣く泣く直前の説明になっているのだ。ハトウとしては紙面での共有などで楽をしたいのだが、そうはいかないのが子供相手の悲しいところである。
「これから向かうのはプラターヌ研究所です。ポケモンの進化については習いましたね?」
「めきってなるあれ?」
「はい。キバゴがオノンドへ進化して、さらにオノノクスへと進化するように、ポケモンの多くは決まった種類へと進化します。その際に特殊な道具を使ったり、決まった技を覚えていないと進化しない種類もいます。その条件を調べるのがプラターヌ博士のやっている研究です」
「ほえー」
「ただ、特殊な環境で育ったり遺伝的な要因だったりで特殊な見た目や能力を持つポケモンもいて、そういったポケモンを変異種と呼びます。最も有名なのは全身がクリスタルでできたイワークですね。博士は彼らの進化条件についても知っているので、セイガイハ周辺のポケモンの観察情報と引き換えに教えてもらうのが今回の主目的です。あとはメガシンカの情報ですが、それについては博士の方が説明が上手でしょうから後にしましょう」
ハトウは説明を理解しきれていない様子のルゥに補足説明を行おうとしたが、すでにプラターヌ研究所前。
受付に向かい、トレーナーカードと紹介状を見せて要件を述べる。
「セイガイハのハトウです。プラターヌ博士をお願いします」
「はい……確認しました。エレベーターで3階まで上がってください」
「どうも」
天井から下がる案内の表示に従ってエレベーターまで進み、3階まで上がって二人が最初に見たのは———
「やあやあ。キミたちがセイガイハジムのハトウ君とルゥ君だね。ようこそ、プラターヌ研究所へ! ボクがプラターヌだ」
プラターヌ博士がガブリアスにじゃれつかれている様子であった。
プラターヌ博士の一人称、二人称の表記揺れを修正