お義父様との話が終わり、今度はアーシアさんから諸々のお話を聞くことに。
若干の緊張はあるようですが、それでも先程よりは落ち着いた様子。
これならば大丈夫でしょう。
『アーシアさん。そちらの事情はある程度は存じておりますけど、その上であなたのお話を聞かせて頂けますか? どうして日本に来る羽目になったのか。その理由を』
『あ…はい。分かりました』
基本的に断ると言うことが出来ない性分なのか、余り悩む様子も見せずに素直に話をし始める。
若干長くなったので、要点だけを言っていくとこうだ。
アーシアさん自身は元々孤児だったようで、赤ん坊の頃にバチカンの教会の前に捨てられていたらしい。
そこを教会の人間に拾われ、そこで彼女は幸せに暮らしていった。
だがある日突然、アーシアさんの運命は一変する。
そう…彼女の持つ神器の覚醒だ。
なんでも、彼女の持つ能力は所謂『回復系』のようで、対象となる相手の怪我を治癒出来るという物らしい。
あろうことか、それを皆の前でしてしまったからもう大変。
その日からアーシアさんは教会全体から『癒しの聖女』として持ち上げられ、まるで教祖のように色んな人々と謁見して怪我の治療を行っていったそうだ。
聞いているだけで胸糞悪くなってくるが、当の本人は『大変ではあるけど、とても幸せ』だったらしい。
どんな形であれ、誰かの役に立てるのが嬉しいから…と。
能力云々じゃなく、アーシアさんはその性格こそが最も聖女らしいと思うんですけど…。
けれど、アーシアさんの運命はまたもやは一波乱起きる。
ある時、教会の前に一人の男性が怪我をして倒れていた。
それを見つけたアーシアはすぐに駆け寄って彼の怪我を治療する。
だが…それがいけなかった。
なんと、その男と言うのは『悪魔』だったのだ。
人だけでなく悪魔すらも癒してしまう能力を見た人々は、アーシアさんのことを恐れ、あっという間に彼女は『聖女』から『魔女』へと堕ちてしまった。
悪魔をも癒す穢れた魔女として、教会から追放されてしまう。
レイナーレと出会ったのは、その少し後のことらしい。
『それで日本に来るように言われて今に至る…と』
「想像以上に複雑な事情を持っていたのである」
「あるー」
波乱万丈とは、まさにアーシアさんの事を指す言葉なのかもしれない。
幾らなんでも人生が怒涛の展開過ぎる。
『こちらからも色々と説明しなくてはいけないですけど…その前に一つだけよろしいですかしら? こんな事を言うのは非常に心苦しんですけど…いずれ判明する事でしょうし、今の内に言っておいた方が良いと思いますので』
『はい…なんでしょうか?』
『アーシアさん…あなた…』
言うの辛いですわー…。
胸が締め付けられるような思いですわねー…。
『それ…完全に罠に嵌ってますわよ?』
『わ…罠…ですか…?』
『えぇ…そうですわ』
一度、お義父様に目配せをし、コクリと頷いたのを確認してから話を続ける。
『罠って…どういうことですか?』
『私にもワケあって悪魔の友人がいるのですが、その方から教えて貰った事がありますの』
『それは…?』
『悪魔という種族にとって、教会と言う場所は中に入る事は愚か、近寄るだけでも非常に苦痛を伴う行為なのだと』
私の説明を聞き、アーシアさんはハッとなった。
どうやら、彼女は天然ではあっても愚かではないらしい。
『本来、悪魔にとって教会とは絶対に行きたくない場所。それなのに、どうしてそんな場所の前に悪魔が倒れていたのか…その答えはもう一つしかないですわ』
「多少の無理をしてでも、手に入れたい物があったから…であるな」
「るなー」
『手に…入れたい物…』
そう…その手に入れたい物こそがアーシアさんなのだろう。
欲望に忠実な悪魔らしい行動とも言える。
『その悪魔がいつ、どこでアーシアさんの事を知ったのは不明ですけど、そいつはほぼ確実にアーシアさんの能力や性格、身の上なんかも全て把握していたと見るべきですわ』
『教会内にいては手に入れる事は愚か、近づく事すらもままならない。ならばどうすればいいか。体を張ってでもいいから教会へと近づき、態と怪我をして目の前で倒れる。君の性格からして、そんな状態の相手を放ってはおけないだろうから、すぐに近づいていくことだろう。そうなればもう、悪魔の目的は果たしたも同然だ』
「自分が教会へと侵入するのではなく、アーシア自身を教会から出せばいいと考えた訳であるな」
『そ…そんな……』
ショックかもしれないが、それでも何も知らないままでいるよりはマシだと思う。
アーシアさん自身の為にも、これは絶対に必要な事だ。
『アーシアさん…一つ聞いてもいいかな?』
『な…なんでしょうか…?』
『君が助けた悪魔はどんな奴だった? 何でもいいから覚えている事は無いかい?』
『覚えている事…』
お義父様が優しく尋ねたことで若干ではあるがショックは和らいだみたい。
はぁ…損な役回りですわね…ホント。
『えっと…確か、緑色の髪だった…ような気がします』
『緑の髪の悪魔…か。それだけで割と相手は絞られてくるな』
『そうなんですの?』
『あぁ。悪魔の生態と言うのも根本的な部分では人間とそれ程大差は無い。珍しい髪色と言うのはあるんだよ』
そういえば…支取先輩は割と普通の黒髪でしたわね…。
逆にグレモリー先輩は真っ赤な髪でしたけど、あれもアレで珍しいのかしら?
『緑の髪で女好き…となると、もう殆ど判明したも同然だな』
『あら。お義父様がその悪魔の事を御存じなんですの?』
『知っていると言うよりは、嫌でも噂を耳にするって感じかな。悪い意味で非常に有名な男だからね』
その時点で嫌な予感しかしませんわ。
『ディオドラ・アスタロト。アスタロト家の次期当主と言われている男だが…』
『何かあるんですのね?』
『表向きは爽やかな好青年で通っているが、その裏にある本当の顔は、異常なまでに女好きの悪魔だ。なんでも、彼の眷属は全員が女性で、しかもその全てが嘗てはシスターなどの教会関係者ばかりなんだとか…』
『なんでまた、そこまでシスターに拘るんですかしら…』
『それが奴の性癖なんだろう。眷属の女性達は誰一人として自らの意志で悪魔になった訳ではない。脅迫、強姦、様々な方法で心身ともに追い詰めていき、焦燥した所で…といった感じらしい。本人はその事を隠しているつもりだが、知っている者も確かにいる。同じ悪魔たちからも嫌悪される程の男…それがディオドラなのさ』
要は『女性の敵』って認識でよろしいですわよ。
あー…聞くんじゃなかった。
もしも目の前に現れたら、一瞬の躊躇もなくギャラクシアン・エクスプロージョンを放ってしまいそうですわ。
『アーシアさんの場合は、元シスターだった事に加え、癒しの神器を持っていた事が狙われた原因の一つになっていると考えられる。自分の好みの少女が希少な神器を持っていた。あの執着心の塊のような存在であるディオドラならば、例え自分の体を張ってでも絶対に手に入れようと思うだろうね。無論、入念な準備を練って』
それってもう完全にアーシアさんのストーカーじゃありませんの。
話を聞いているだけで嫌悪感がマシマシになってきますわ。
『私は…あの人を助けるべきじゃなかったんでしょうか…』
『誰かを助けること自体は美徳であり素晴らしいことですわ。悪いのは、そんなアーシアさんの優しさに付け込んできたディオドラ。貴女は寧ろ被害者なのですから、何も気に病む事はありませんですわ』
『姫子さん…』
うーん…こんな在り来たりな慰めしか言えない自分が嫌になる。
もっと気のきいた台詞が言えないものかしら…。
『そういえば…レイナーレ様たちはどうなったんでしょうか…?』
『彼女達ならば、今頃は自分達の組織に戻され、そこでキツーいお叱りを受けている最中だと思いますわ』
『生きてはいるんですね…よかった…』
未遂とはいえ、自分の命を狙っていた相手の身を案じるだなんて…底抜けのお人好しですわね。
姫を目指す者として、是非とも見習いたいぐらいですわ。
『レイナーレ達がどうして貴方と接触して、こうして日本に呼び寄せたのか…聞きます?』
『なんとなく想像はついてますけど…一応』
本人の希望であるならば言わないわけないはいかない。
念の為に少しだけ表現をぼかして教えてあげる事に。
『…と言うことですわ』
『やっぱり…私の命を狙っていたんですね…』
『命と言うよりは神器を…ですけど』
『だが、神器と所有者の魂は直結している。命を狙われたことには違いあるまい』
考えれば考えるほど、神器と言うのは難儀な物ですわね。
便利な道具ではあるのでしょうけど、所有することのリスクが大き過ぎますわ。
『それと、これも教えておかないと』
『もう何を聞かされても驚かない自信があります』
『じゃあ遠慮なく。表向き、アーシアさんが赴任する予定となっていた教会…とっくの昔に廃墟となっていましたの。レイナーレ達はそこを拠点にしていましたから』
『教会が…廃墟に?』
『えぇ。私も実際に見て中に入りましたけど、相当に老朽化してましたわ。あの状態だと、台風などが来たら一発で倒壊するかもしれませんわね』
支取先輩がどうにかする的な事を言ってましたけど…どうなることやら。
やっぱり取り壊しが妥当なのかしら?
『アーシアさん。今の君は路頭に迷った状態と言っても過言じゃない。しかも、日本は君にとって完全に未知の国だ』
『はい…』
『…だから、良かったらこの家に住まないかい?』
『えっ!? で…でも、ご迷惑になるんじゃ…』
『全然気にしないよ。私と姫子の二人だけじゃ持て余していたぐらいだしね。一人二人増えた程度じゃ全然平気だよ』
なにかしら…お義父様が『一人や二人』と言った時点で不穏なフラグが立ったような気がしますわ…。
『お義父様の仰る通りですわ。それに、同い年の女の子が一緒だと家も華やかになりますし』
『姫子さん…』
「我も別に構わぬのである」
「あるー」
いや…コクトーさんもある意味で居候みたいなものじゃありませんの…。
今更だから何も言わないけど。
『日本で暮らす以上、日本語の勉強もしないとね。ちゃんと会話が出来るようになるだけでも随分と違う筈だ。大変かもしれないが、その分、やり甲斐はあると思うよ』
『そうですわね。いつまでも英会話ばかりをしている訳にもいきませんし』
英語で話す事が悪いとは言わないが、それでも支障は出てしまうだろう。
下手をしたら買い物するのにも一苦労するかもしれない。
『日本語が上達したら、いずれは姫子と同じ学校に通うのもいいかもしれないね』
『それは素晴らしいですわ』
『私が姫子さんと同じ学校に……』
あらあらぁ~? 目がキラキラし始めましたわね?
『あ…あの…お世話になってもいい…ですか…?』
『『喜んで』』
「である」
「あるー」
『あ…ありがとうございます! これから…その…よろしくお願いします!』
『こちらこそ、ですわ。アーシアさん』
というわけで、この家に新たな住人が一人増えることになった。
バチカンからやって来た金髪美少女。
これこそまさに異文化交流ですわー!
『あの…実は、さっきからずっと気になっていた事があるんですけど…聞いてもいいですか?』
『なんですの?』
『コクトーさんってフクロウさん…ですよね? どうして普通にお喋りしてるんですか?』
『あ。それ聞いちゃいますか。というか、やっとその事にツッコむんですのね』
天然故に気にしてないと思っていたんですけど、やっぱり気にはなっていなんですのね…。
「我をそこらの愛玩動物どもと一緒にするでない。我は神の使いであるぞ」
『か…神さまの使いっ!?』
それが普通の反応ですわよ。
もしかしたら、アーシアさんは貴重な常識人枠になってくれるかもしれない。
『実は、君が信奉している神とは違うが、とある神に仕えている身でね。彼は、その神から遣わされた使いなのさ。今ではすっかり家にも馴染んで、殆ど家族も同然になっているけどね』
『そうだったんですね…。まさか、姫子さんが神にお仕えしておられる方だったとは…』
あの木乃伊と戦った時に自己紹介ついでに色々と言った筈なんですけど…あの時は混乱していて覚えていなかったのかもしれませんわね。
『私がどのような神に仕えているかは、いずれ分かりますわ。それよりも、今日は疲れたでしょう? まずはゆっくりと休んだ方が良いですわ』
『ありがとうございます。何から何まで…』
『こんな事もあろうかと思って、普段から空き部屋の掃除や整理などをしておいて正解だったね』
お義父様はこう言ってるけど、実際には私が単純に凝り性だっただけですわ。
掃除をするなら徹底的に。家の隅から隅まで綺麗にしなくては気が済まなかっただけ。
それが功を奏しているのだから、やっぱり普段の心掛けが大事だって改めて思い知りますわね。
にしても…今日は本当に色々とありましたわ。
私も疲れてしまいましたし…もう休もうかしら…。