一誠が目を覚ますと、辺り一面が真っ白な空間にいた。
「あ…あれ? 俺、自分の部屋で寝てる筈じゃ…?」
いきなりの事に動揺し、立ち上がってキョロキョロと辺りを見渡すが、周囲には文字通り何も無い。
何も知らない身からすれば、本当に訳が分からないだろう。
「君が兵藤一誠か」
「おわっ!?」
背後から声を掛けられ思わず飛び退く。
心臓をバクバクさせつつ振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。
黒く長い髪に、線が細くとも服の上からもハッキリと分かるほどに鍛えられた肉体。
何より、同じ男である一誠から見ても間違いなく『美男子』とも言えるルックス。
少し前までの一誠だったならば、間違いなく嫉妬を覚えるほどの美青年だった。
「え…えっと…アンタは…?」
「俺の名は『紫龍』。君の師になる男だ」
「師…って…師匠ってことッスか?」
「そうだ」
師匠と聞き、一誠は放課後に姫子から聞いた話を思い出す。
『兵藤さんの師匠になってくれそうな方に心当たりがありまして』
彼女が言っていたのは、この事だったのか。
それとは別に、目の前の男と姫子がどんな関係かが気になるが。
「君の事情に関しては大方聞かされている」
「そうなんスか…」
「今までの自分を捨て去り、新たな道を歩みたいと…そうだな?」
「はい!」
「ふっ…いい返事だ」
紫龍は優しい笑みを浮かべ、一誠の目をしっかりと見つめる。
その力強い視線から目が離せなくなる。
「言っておくが、己の過去との決別とは、そう簡単にできる事じゃない。それは…分かるな?」
「勿論っす。けど、それでも俺は変わりたいって…本気でそう思いました」
一誠のどこまでも真剣で真っ直ぐな瞳を見て、紫龍は昔の自分達を思い出す。
仲間達と共に数多くの戦いを潜り抜けてきた頃のことを。
「そういや…ここってどこなんスか? 俺、自分の部屋で寝てたような気が…」
「それは間違っていない。一誠の身体は未だに眠りについている」
「え? ってことは…ここは夢の中?」
「その通りだ。今、俺はお前の夢の中に干渉する形で、こうして話をしている」
「マジかよ…スゲー…」
夢に干渉するなんて信じられないが、それを言ったら今までに起きた出来事全てが信じられないような事のオンパレードだった。
なので、改めて説明されると不思議と納得できてしまう。
「ここは特別な空間でな。確かに夢の中ではあるのだが、ここで起きた出来事は現実にも反映されるようになっている。例えば、この空間で体を鍛えれば、ちゃんと現実のお前の身体を鍛えられる。しかも、ここには時間などの概念は存在しない。好きなだけ己を鍛え上げ、好きな時に眠りから覚める事が可能だ」
紫龍の話を聞き、真っ先に思い浮かんだの彼が大好きな『ドラグソボール』に出てくる『精神と時の部屋』だった。
「実際、お前もよく知っている姫子も、幼少期からこの空間を利用して己を鍛え、今のような強さを手にしたのだ」
「か…川上さんも!?」
まさか、自分が憧れを抱いている相手も利用経験があるとは思わなかった。
それを聞いただけで、一誠のモチベーションは一気に上がる。
「これから、お前もここで鍛錬をしていくことになる。覚悟は良いか?」
「はい! 覚悟なら…とっくにできてます!」
「…そのようだな」
幾多の死線を潜り抜けてきた紫龍だからこそ分かる。
一誠の覚悟が本物であることを。
本気で自分を変えたいと願っている事を。
「ならば、今日から早速修行に入る」
「おっす! よろしくお願いします! 師匠!!」
「う…うむ…」
今まで自分が師匠と呼ぶ立場だったのに、いきなり呼ばれる立場になると流石に紫龍も少しだけ照れくさい。
だが、そんな雑念はすぐに振り払い気を取り直す。
「だが、修行に入る前にやっておかないといけない事がある」
「やっておかないといけない事?」
「それは、お前の中にある『力』を目覚めさせることだ」
「あ……」
自分の命が狙われた理由であり、自分が姫子に師事しようと思った切っ掛けでもある能力。
まだどんな能力なのかは分からないが、だからこそ知っておきたい。
「腕を前に出して、頭の中で自分が最も強いと思うものを想像しろ。別にどんな物でも構わない」
「俺が強いと思う者…」
これも、少し前までなら漫画の主人公とかをイメージしていたかもしれないが、今は全く違う。
一誠は知っている。フィクションなんかじゃなく、現実に人知を超越した強さを誇る人間がいる事を。
(俺が一番強いと思う者…それは…やっぱり…!)
イメージが固まっていく。
それに伴い、彼の腕が赤く光り輝き始める。
(川上さんしかいねぇ!!)
そして、遂に『ソレ』が具現化される。
「うおっ!?」
「これは…」
紫龍も目を見開き、一誠の腕に現れた『それ』を見つめた。
『それ』は『籠手』だった。
まるで龍の鱗を模したかのような真紅の籠手。
それが一誠の左腕に装着されていた。
「こ…これが…俺の中に眠っていたもの…?」
「そうだ。だが…それだけではないようだな」
「え?」
「その籠手の中から『意志』のようなものを感じる。…いるのだろう?」
紫龍が語りかけると、いきなり籠手の手甲部にある緑色の宝玉が点滅し、言葉を発した。
『まさか…この俺の存在を一発で見抜く者がいるとは…』
「しゃ…喋ったぁっ!?」
『本来ならば、未熟な内は対話など出来ないのだが…どうやらこの場が特別な空間であるが故か。普通に俺も話す事が出来るようだ』
まさかの籠手が喋ると言う展開に、今度こそ一誠は驚いた。
誰だって籠手が喋れば同じような反応をするとは思うが。
『こうして話せるのだ。取り敢えずは自己紹介でもしてやろう。我が名は『赤龍帝ドライグ』。嘗ては『二天龍』とも呼ばれたドラゴンだ』
「ド…ドラゴン…」
自分の中にいたのはドラゴンでした。
なんだか本当にアニメみたいな展開になってきた。
『そして、貴様の腕に装着されているのは『
「倍化…?」
『そうだ。しかも重ね掛け出来る。ただし、連続使用するには多少の時間を要するがな。その辺は貴様の成長次第で幾らでも短縮できるが』
「おぉ~…」
自分次第で体だけじゃなく能力も鍛えられる。
これこそまさに一石二鳥。
『しかし…そこの紫龍とか言ったか。貴様は本当に何者だ?』
「俺か?」
『そうだ。お前の中からも『龍』を感じる。しかも、只の龍じゃない。恐らくは俺よりも遥かに上位の龍種…『
生粋のドラゴンであるドライグでさえも戦慄させる程の男。
確かに一誠も気になっていた。
一体どこで姫子と知り合ったのか。
彼女とはどんな関係なのか。
「そうだな…説明は難しいが、強いて言えば…」
「『強いて言えば?』」
「俺は…姫子と同じ神を守り、世界と人々を守護する役目を背負った88の戦士の一人…かな」
「川上さんと…同じ…」
それを聞き、一誠は己の無知を呪った。
自分はまだ姫子の事を何も知らない。
彼女が背負っているもの。
その使命。戦う理由。
だからこそ…知りたいと思った。
同じものを一緒に背負言っておきたいとも思った。
そうでなくては未来永劫、姫子の隣になんて立てない。
「どうやら…やる気に火が付いたようだな」
「うっす」
「よし…では、始めるぞ」
こうして、一誠の修行が始まった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
それは、本当に突然のことだった。
私が自分の部屋で次の日の予習をしている時。
机に向かってペンを走らせていると、突如として全身の産毛が逆立つような感覚が走った。
「今のは…!」
近い。
何とも言えない、酷く寒い『黒の気配』。
まるで、誰かの命の灯が消える瞬間のような…。
「死の小宇宙…」
細かくは違うが、でも、この小宇宙には覚えがあった。
あの地下駐車場…業火の中で感じたドス黒い気配。
「まさか…もう…!?」
あの木乃伊を撃破してから、まだ数日しか経過していない。
それなのに、もう次の刺客が現れたというのか?
思わず椅子から立ち上がり窓に駆け寄り、開け放ってから遠くの方を見つけた。
小宇宙を感じたのは、間違いなく町内からだった。
精神を集中させ、町のどこから感じたのかを調べてみる。
「これは…町外れ…? あの廃教会がある方向とは真逆の…?」
私の記憶が正しければ、あっちにあるのはずっと昔に潰れた工場跡ぐらいだ。
噂では、廃教会と同じように野良猫や野良犬、浮浪者の溜り場になっているらしいが…。
「姫子よ」
「コクトーさん…」
やっぱりコクトーさんもやって来たか。しかも窓から。
当然ですわよね。
私が小宇宙を感じたのならば、彼だって感じていなければおかしい。
「どうやら、お主も感じたようだな」
「だなー」
「えぇ…これはほぼ間違いなく…」
「『顔の無い者』の暗殺者である」
「あるー」
奴等に仲間の敵討ちをするような感情があるのか?
殺戮のみを快楽としているような連中に?
それとも、これは単なる偶然か?
頭の中でグルグルと考えていると、今度は私の部屋のドアがノックされた。
私以外に家にいるのはお義父様を除けばアーシアさんぐらいだけど…。
『あ…あの…姫子さん…起きてますか…?』
この声はアーシアさんだ。
まだ少ししか日本語を勉強していないので、ドア越しに英語で話しかけてきている。
『起きてますわよ。どうしましたの?』
ドアを開けながら尋ねると、アーシアさんは今にも泣きそうな顔をしながら体を震わせていた。
『一体どうしましたの? そんなに震えて…』
『わ…分からないんです…。いきなり怖い気配を感じて…それで…』
(まさか…?)
アーシアさんも、さっきの小宇宙を感じたと言うんですの?
いや…神器を宿している以上、有り得ない話ではありませんけど…。
だとしても普通に凄い。
同じように神器を宿している木場さんや匙さんは全く小宇宙を感じている気配なんて無かったのに、アーシアさんだけはハッキリと感じ取れている。
(アーシアさんは生まれた時から小宇宙に目覚めていた…?)
彼女のこれまでの人生から見ても、それっぽい修行をしたとは考えにくい。
となれば、これはほぼ間違いなく生まれ持った才能だ。
「天然が一番恐ろしい…ってことですわね…」
『え?』
『いや…なんでもありませんわ』
と…とにかく、これは一刻も早くどうにかしないといけませんわね。
アーシアさんが怖がっているのもそうですが、奴らが再び町に侵入したのを看過しておくわけにはいきませんし。
「コクトーさん」
「分かっているのである。アーシアは我に任せておくがよい」
「お願いします。あと、お義父様にも…」
「承知しておる。心置きなく行ってくるがよい」
「ありがとうございます」
こんな事もあろうかと、私が編み出した光速お着替え術にて、即座にいつもの私服へとチェンジ。
これ、急いでいる時には本当に便利なんですの。
「聖衣に関しても迷う必要は無い。奴らが相手である以上、遠慮なく纏うがよい」
「少しだけ『これでいいのか』って思ってしまいますけど…仕方ありませんわよね」
早く『試練』を終わらせて、正式に聖衣を纏えるようになりたいものですわね。
『アーシアさん。怖い物を追い払って来ますわ。少しだけ待っていてくださいましね?』
『は…はい…。姫子さんに主のご加護が有らんことを…』
『ありがとうございますわ。では…行ってきます』
念の為に部屋に置いてあった予備の靴を履き、私は窓から夜の駒王町へと飛び出して行った。
目指すは町外れの廃工場。
そこに…新たな暗殺者が潜んでいる。