邪悪なる小宇宙を辿って屋根から屋根を飛び回り、遠くに目的地である廃工場を発見した時、その近くになにやら見覚えのある集団を見かけた。
「あれは…まさか…」
もしやと思い、急いでその集団の元へと降りていく。
すると、向こうもこっちの存在に気が付いたようで、上を見上げていた。
「やっぱり、オカ研の皆さんだったのですわね」
「それはこちらの台詞よ。どうして川上さんがこんな時間にここへ? 夜遊びなんてするような性格じゃないと思ったけど…」
「その言葉、そのままそちらにお返ししますわ」
「あなたね……」
呆れた顔をこちらを見ても無駄ですわよ。
それが私の中でのあなた達の評価というものですから。
にしても、どうして今日に限って彼女達がここ?
目的の廃工場は目と鼻の先だと言うのに。
「私達は『はぐれ悪魔』の討伐依頼を受けて来ているのですわ」
「はぐれ悪魔…?」
姫島先輩が代わりに私に説明をしてくれた。
なんでも、己の主を裏切って世に解き放たれてしまった『はぐれ』の悪魔をそう呼称するそうで、人間達に被害が及ばない内に内密に排除しなくてはいけないらしい。
「成る程…」
「そういう川上さんこそ、どうしてここにいるのかしら?」
向こうが事情を説明してくれた以上、こちらも説明しない訳にはいきませんわね。
どちらにしろ、彼女達にとっても決して無関係とは言えないのですから。
「そこにある廃工場から奇妙…いえ、邪悪な気配を感じたのですわ」
「邪悪な気配…?」
「えぇ。はぐれ悪魔とは全く違う邪悪さ。恐らくは…『顔の無い者』の暗殺者…」
「なんですって…!?」
顔の無い者に関する情報は共有しているので、ここで話しても問題は無い。
ちゃんと明日、支取先輩にも報告しないといけませんけど。
「リアスから聞いた異形の暗殺者…それがそこの廃工場に…?」
「まず間違いないですわ」
「大凡考えうる限り、最悪の鉢合わせだね…」
「今日は厄日かもしれませんね」
まだ実際に目にしていないから、どこか楽観視している節がありますわね。
自分達が悪魔であると言う自信から来るものでしょうけど…危険ですわ。
「暗殺者もはぐれ悪魔も倒さなければいけない相手である事には違いありませんわ。寧ろ、探す手間が省けて助かるというもの」
「や…やる気満々ね」
「どうせ戦うなら、これぐらいの気概でいかなくては」
自信過剰でも危ないですけど、かといって消極的なのもまた危ないですから。
程よくやる気になっているぐらいが丁度いいのですわ。
「さて…では、行きましょうか……ん?」
ドスン…
すぐ近くの廃工場の中から、非常に大きくて重い物が倒れたような音が聞こえてきたような…まさかっ!?
「か…川上さんっ!? 急に走り出してどうしたのっ!?」
後ろでグレモリー先輩が叫んでいるけど、そんな場合じゃありませんのよ!
もしかして…もしかして!
「こ…これは…!」
「はぁ…はぁ…もう…一体何なのよ…って…えっ!?」
「なんですって…?」
開きっぱなしになっている廃工場の入り口に立ち中を見ると、そこには幾つもの獣が融合したような異形の姿と化した巨大な体躯の女性が倒れていた。
これがさっき聞いた『はぐれ悪魔』…?
「バ…バイサー…!」
「名を知っている…ということは、あの倒れているのが例のはぐれ悪魔で間違いないのですわね?」
「え…えぇ…そうよ…」
あのバイザーとやら…死んでいるのかしら?
さっきからピクリとも動かないけど…。
「少し調べてみますか…」
「川上さん! 危険だよ!」
「調べるのは私達がします」
「木場さん。塔城さん。ご心配なくですわ」
同級生と後輩から心配されたが、この程度で怖がってはいられない。
まずは、どうやって殺されたのかを調べなければ。
「……なんですって?」
外傷が…全く無い?
当人は苦悶の表情…というよりは、まるで驚愕したかのような死に顔になってますけど…。
「物理的手段で殺されたわけじゃない…? 何か別の方法で殺害された…しかも一撃必殺で…」
この間倒した木乃伊とは明らかに違う殺害方法。
あいつは炎を使った大胆極まりない暗殺をしていましたけど、この死に方はまるで…。
(蟹座のデスマスク様の奥義である『積尸気冥界波』で倒された者とよく似ている…)
もしや…このバイザーとか言う悪魔は、命を直接…。
私が顎に手を当てて考えていると、静寂に包まれた廃工場内にいきなり金属音のような歩行音が聞こえてきた。
「Pape Satan Pape Satan aleppe」
重々しい足音と共に闇の中から現れたのは、青い装甲と外套を身に纏った異形の暗殺者。
その背中には青い翼を持ち、頭部には青い仮面をつけている。
最も特徴的なのは、右腕がそのまま刃になっているということ。
あれではまるで『死神の鎌』のようですわ。
「ハァァァァ……」
手を…いや、指を上げた!
攻撃が来る!?
「え?」
奴の指先から銀色の糸のような物が伸びて…私の背後に向かった?
ま…まさか! こいつの狙いは!?
「な…何よこれ…体が!」
「何かに引き摺られる!?」
「首に糸のような物が巻き付いて…取れない!」
「私の力でもビクともしないなんて…!」
オカ研の皆さんが廃工場内へと強制連行された!
このままでは拙い!
あの『銀の糸』…私の予想が正しければ非常に拙いですわ!!
「去らばだ」
「させる…もんですか!!」
刃がグレモリー先輩の首に巻き付けられた糸を切ろうとした瞬間、咄嗟に聖衣の一部である黄金の錫杖で攻撃を防いだ。
カキン! という音と共に火花が散る。
「大丈夫ですか?」
「え…えぇ…助かったわ…」
流石に、出逢って早々に問答無用で殺されそうになって驚いたのか、グレモリー先輩は尻餅をついてしまったようだ。
ちょっと情けない姿ですけど、ここは大目に見て差し上げましょう。
「ねぇ…あれがもしかして…」
「そうですわ…あれこそが……」
無言で我々を見つめる異形の存在。
まるで品定めでもしているかのように。
「『顔の無い者』の暗殺者」
「これが…!」
予想以上の異形に、私以外の全員が少しだけ後ずさりをする。
こんなのに夜中出会ってしまったら、そりゃあ驚きますわよね。
「パペ・サタン。パペ・サタン。アレッペ」
さっきからずっと気になってたけど、この歌は……。
「…ダンテ神曲。地獄編第七歌の言葉。成る程…貴方は生物の命を繋ぐ『
念の為、グレモリー先輩達全員を庇える位置に移動し、錫杖を構えていつでも対処出来るようにする。
「
バイザーの身体に全く外傷が無かったカラクリはこれだったんですのね…。
彼女もまた『銀の糸』を繋がれ、ワケも分からないまま糸を切られ…そのまま無抵抗に近い形で絶命した。
「その黄金の錫杖…そうか。貴様が奴を殺したと言う黄金の娘か…」
「あら? もしかして私の事を御存じで? もしや、お仲間の敵討ちでもお考えなのかしら?」
「我等に仲間意識などと言う人間らしい感情は存在しない。敵討ちなど無意味であり無価値だ」
案の定、こいつもまた完全に人間を止めてますわね…。
一応、こいつの事はこれから『糸使い』と呼ぶことにしましょう。
いつまでも暗殺者呼びじゃ紛らわしいですし。
「我等『顔の無い者』…人間、人外に関係なく全てを殺める為に…自らの意志で人間の姿を捨てた者。故に、我等は既に人間に非ず」
「なんですって?」
「全てを超越した存在であり、同時に全てを裁く存在でもある」
「全てを超えた…ですって?」
それは…ちょっと聞き逃せませんわね。
こいつ…自分が何を言っているのかちゃんと理解してますの?
「まさかとは思いますけど…『自分は神だ』なんて言いませんわよね?」
「他に形容すべき言葉が無いのであれば…そう呼ぶがいい」
あー…駄目ですわ。マジでプッツンきましたわー。
この言葉だけは絶対に看過出来ませんわー…!
「世迷い事を並べるでない。愚か者が」
「なんだと?」
もう止まりませんわよー。
ガチのガチでブチ切れましたわー!
「何かを殺める為だけに自ら人間を止めた者が神を名乗るなどとは笑止。貴様は自らをきちんと知るべきだ。どんな御託を並べようとも…貴様は所詮…薄汚い只の殺し屋だ」
本当に久し振りですわね…こんなにも怒ったのは。
こいつの言葉はアテナだけでなく、ギリシアの神々…否、全ての神話体系の神々を侮辱する言葉。
この糸使いだけは、なんとしてもここで倒さなくてはいけない!
「静かな言葉だけど…分かる…! 川上さんが本気で怒っている…!」
「私達は下手に動かない方がよさそうね…」
「そう…ね…」
「この糸さえなければ…」
なんか後ろでブツブツと言ってますけど、今だけは無視ですわ。
というか、それに反応するような余裕は今はありませんの。
「別に殺し屋でも構わん。好きに呼ぶがよい。我が何かを殺すのが好きなことは変わりない。それを今から…見せようぞ」
「きゃぁっ!?」
「小猫!?」
「「小猫ちゃん!?」」
塔城さんが無理矢理、こっちに引き寄せられた!?
最初の獲物は彼女と言うことですのね!
でも、そうはさせませんわ!
「まずは…この『猫』からだ」
「わ…私の事を正体を…!?」
「あぁ…分かっている。そこの者達が人間ではなく悪魔であることもな」
全て御見通し…と言うことなんですのね。
「あ…貴方がそこに倒れているバイザーを殺したのッ!?」
わお…ここでまさかのグレモリー先輩の質問。
意外と度胸がありますわねー…。
「そうだ。悪魔にも我の『糸』が通用するかの実験としてな。結果は良好だった」
哀れ…とは言いませんわ。
どんな理由があるにしろ、このバイザーも人の世に仇なす者には違いありませんでしたから。
もし仮に糸使いが倒さなくても、いずれ私かグレモリー先輩方が倒していたでしょうし。
「種族など関係ない。人間だろうと悪魔だろうと、一度でも我が『糸』と繋がれたが最後…哀れな操り人形と化す。そして…」
刃を振り上げ、塔城さんの首に巻き付いている『糸』を斬ろうとするが…そこで私は小宇宙を燃焼させる!
イメージするのは、邪悪なる者を退ける聖なる鎖!!
「
「あ…あぁぁ……!」
目の前に迫る死の恐怖で動けないでいる塔城さんの前に出て、小宇宙で具現化した『鎖』で彼女の体を覆う!
「なっ…!? 刃が弾かれた…だと…! バカな…何故に斬れぬ!? どうして糸が刃を弾き返したっ!?」
「い…生きてる…?」
面白いように驚く糸使いと 自分がまだ生きている事にホッとした塔城さん。
私は彼女の傍まで行って、安心させる為に頭を撫でた。
「ふにゃ…」
「大丈夫。貴女の事は私が絶対に守ってみせますわ」
「川上先輩…」
「だから、安心してくださいまし」
「はい…ありがとうございます」
塔城さんの表情に安堵の色が戻った。
これで少しは大丈夫だろう。
「その娘と糸を…何か別の物が守っている…!?」
「愚かな…貴方には見えませんの? 塔城さんの事を守った『聖なる鎖』が」
「聖なる鎖…だと…!」
「そう…これこそが、王女アンドロメダの魂が宿りし守護の鎖。その名も…」
完全に形となった『鎖』が周囲の空間を舞い、我等の事を守るように展開する。
「ネビュラ・チェーン」
さて…可愛い後輩を殺そうとした馬鹿に…神の裁きを与えないといけませんわね。
戦神アテナの名の元に。