目の前にいる『糸使い』の暗殺者。
異形の見た目と、その身から溢れ出るような殺気によってこちらを圧迫して来ようとしてきますけど、私には通用しませんわ。
この程度の殺気に怯んでいては『あの十二人』の扱きになんて絶対に耐えられませんから。
「塔城さん。ここは私に任せて、貴女は皆さんの元に」
「で…でも、それだと川上先輩が…」
「大丈夫」
奴の放つ殺気に当てられたのか、さっきまでの自信は消えて弱気な表情を見せている。
しかし、先輩として後輩にそんな顔をさせるなど論外。
なので、私はまたもや彼女を安心させる為に、その頭をそっと撫でた。
「こいつはこの町を…人々を脅かす敵。そして…同時に『私の敵』でもある」
「先輩の…敵…?」
「えぇ。だから…ここは私が戦いますわ」
「…分かりました」
少しだけ心が落ち着いたのか、塔城さんは急いで立ち上がってグレモリー先輩たちの元まで駆けて行った。
これで心置きなく戦える。
「我等『顔の無い者』…これまでもずっと歴史の闇に潜み、数多の者をこの手で葬って来た」
あの木乃伊の言葉を聞いた時も思ったけど…『顔の無い者』というギルドはかなり昔から存在しているみたいですわね…。
「『必殺』こそが我等の言葉。故に…一度でも狙った者は必ず仕留める。当然…それを邪魔する者も同じ末路に至る」
随分と強気で傲慢な言葉ですこと。
完全に自分が敗北することを考えていない愚か者の言葉ですわね。
どんな時も、常に最悪の状況を想定するのは当たり前のことでしょうに。
「我が刃の煌めきにて…冥府へと逝け」
「別に…貴方に私の命を終わりを告げて貰う必要は微塵もありませんわ」
「ほぅ…?」
「私の生き方は…私が決める」
勝手に人を倒した気でいるような者に容赦をする理由は無い。
何より、ここで奴をどうにかしなくては、駒王町の人々が殺されてしまう。
それだけは何があっても絶対に阻止しなくては。
「…川上さん」
「グレモリー先輩?」
いきなり話しかけてなんですの?
まさか、自分も戦うなんて言い出す気じゃ…。
「どうして…どうして貴女はそこまで戦えるの? 本来なら、これらの事は貴女には全く関係ないことでしょう?」
「…関係ない…か。確かにそうかもしれない…けど、そんなのは関係ありませんわ」
「え…?」
「そもそもの話、私は誰かと争いごとをするというのがあまり好きな方じゃありませんの。皆で仲良く出来れば、それに越したことは無いですから」
確かに『憧れ』はあるし、今のような立場になった事に後悔は無い。
けれど、それとこれとは話が別。
戦いなんて本当は無い方が一番いい。
私の得た技々なんて、役に立たない方が良いんです。
けど……。
「だけど…この町を愛する一人の人間として、なにより『力』を持つ者として…他者の命を遊び半分で容易く奪う者の行動を許すわけにはいかない」
ネビュラ・チェーンを自分の周囲に集結させ、いつでも動けるように構える。
「ここで見過ごすなんて出来る筈もありませんわ。こいつは私が…必ず倒す」
「威勢は良いが…出来るのか? 貴様に」
「どういう意味かしら?」
「どれだけ強大な力を持っていようとも…所詮は人間。万物の生命を司る『
「なに?」
動きが…変わった?
刃を下げ…こちらを凝視する!?
まさかこれは…しまった!!
「我が力…『
「こ…これはっ!?」
(体の自由が一瞬で奪われた!? まるで石にされたかのように!!)
なんてこと…まさか
恐らく、バイザーが無抵抗に近い殺され方をされた理由がこれなんだ!!
この『眼』で動きを封じ、その後でゆっくりと『糸』を斬って殺害した!!
「か…川上さん!!」
「今のは…まさか邪眼の類の能力ッ!?」
「見るだけで相手を呪殺するという特殊な眼…! 精神攻撃であるが故に回避することが出来ないのか!!」
「それじゃあ…先輩は次の攻撃を避けられない…!?」
やばい…ですわね…!
なんて言ってる場合じゃありませんわ!!
回避不可能ならば『
「チェーンよ!! 我が身を覆い守りたまえ!!」
これこそがこの『ネビュラチェーン』の真骨頂!!
二対の鎖が私の身体を守るように高速で回転運動をする!!
アンドロメダ星座の誇る鉄壁の防御!!
「ローリング・ディフェンス!!!」
「ヌゥッ!?」
「く…鎖が川上さんの周囲を回転して…」
「その身を守った!?」
なんとか、糸使いの刃を防ぎ切りましたわ…。
けど、このままでは意味が無い。
ここから攻勢に出なくては!
「はぁ…はぁ…はぁ…」
ちょっぴりだけ焦りましたけど、取り敢えずは呼吸を整えましょう。
何事にも呼吸は大事ですから。
「仕方がありませんわね…」
「川上さん…?」
「本当は『これ』を使わずに済めば一番だったんですけど…そんなに甘い相手じゃなかった…か。まだ正式な『資格』を持っていないのに、二回も使う羽目になるだなんて…なんて恥ずかしいのやら…」
邪眼の呪縛の効果が消え、なんとか体が動くようになった隙に上着を脱いで床に置く。
汚れてしまうけど、それは後で洗濯すればいいだけの話。
「あなた…一体何をする気なの…?」
「『奥の手』を使うのですわ」
「奥の手…?」
「今から使うのは本当に強大な『力』。それ故に私は常日頃から強くあらねばならなかった。そうでなければきっと…許されないから…」
瞬間、廃工場の天井を突き破るように『黄金の流星』が飛来し、私の目の前で静止した。
「ま…眩しいッ!?」
「黄金の…光…!?」
「この輝きはまるで…太陽ッ!?」
「太陽が…降ってきた…」
振って来た物…それは『箱』だった。
遥か神話の時代から、ずっと『ある物』を収納し、守り続けてきた『箱』。
「
黄金の箱…『
神話の時代…不老不死の実現を夢見て、志半ばにて神の怒りを買い無念のままに散った偉大なる医師の魂。
それを纏い…死を齎す者を滅ぼす!!
「来い!!!」
私の叫びを聞き、聖衣がオブジェ形態から分解され鎧の形に変形して、私の体を覆い尽くしていく。
腕、足、体に腰。そして顔。
最後に黄金の錫杖をこの手に持つ!
「黄金の…鎧…? 川上さん…貴方は一体…」
「駒王学園2年の川上姫子。でも、今の私は…」
錫杖を地面に突き立て、目の前の暗殺者を睨みつつグレモリー先輩達を守れるように前に立つ。
「
「そうか…それが貴様の真の姿。そして、奴を殺した時の姿か」
「そうですわ」
「確かに強大な力を感じる…だが! この我に恐れなど無い!!」
でしょうね。
人間らしい恐怖を持っていれば、殺人なんて芸当を好む訳がありませんから。
「元々、この町へとやって来たのは我等『顔の無い者』の邪魔をする人間を排除する為!!」
「なんですって…?」
つまり…最初の木乃伊はともかく、この糸使いは私が呼んだも同然ということ…?
『力』と『力』は惹かれあう…とはよく言いますけど、こんな形で惹かれあいたいとは思いませんわ。
理由はどうあれ、こいつの来訪が私のせいだと言うのならば、責任を持って倒す!!
「どんな姿、どんな力を持っていようとも、貴様を抹殺すると言う事実には変わりはない!! 問題は皆無だ!!」
「その台詞…そっくりそのままお返ししますわ」
「なんとでも言え! 黄金の娘よ…これより貴様の命を奪う!! 覚悟するがいい!!」
「『覚悟』…ねぇ……」
言葉の意味も良く理解せずに発言しているのが丸分りですわね。
だからこそ自分が敗北するのだとも知らずに。
「『覚悟』とは…暗闇の荒野に自分の進むべき道を切り開く事を指す言葉。決して生死と混同して使うべき言葉ではありませんわ」
「抜かせ!!」
「そんな無知な貴方だからこそ理解出来ないのですわね。貴方によって無残にも殺められた人々の魂が…今この瞬間も苦しみ続けている事を」
精神を集中させ、全身から小宇宙を一気に燃焼させ、爆発させる!!
見せてあげますわ…広大な『星雲』に吹き荒れる『嵐』を!!
「故に貴方は報いを受けなければいけない。己が今までに殺めた全ての魂に…懺悔を」
「な…なんだこれはっ!? 廃墟と化していたこの場所に突如として…『星雲』が出現しただとっ!?」
星雲から発生した『
まるで自意識があるかのように。
「嘘…でしょ…!? いきなり宇宙が…星雲が浮かび上がった…!?」
「これは本当に…現実なんですの…!?」
「まさかこれは…川上さんの意志の力によって生み出された星雲なのか…!?」
「目の前で起きている事が…信じられない…!」
『
「お…おのれぇぇぇぇぇっ!!」
「あんまり動かない事をお勧めしますわ。じゃないと…」
『気流』の動きが激しさを増し、徐々に変化し狂暴化していく。
それに伴い、糸使いは遂に何も出来なくなる。
「荒れ狂う『
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」
気流の速度と威力が最大に達し、それは文字通り『星雲』すらも破壊する『嵐』となった。
これこそ、アンドロメダ星座の誇る最大にして究極の奥義!!
「ネビュラ・ストーム!!!!!」
「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
それは宇宙をも揺るがす最強の一撃。
この空間にて発生した爆発的な『嵐』によって、糸使いは断末魔と共に完全消滅した。
後に残されたのは夜の静寂のみ。
「す…全てが…消えた…? 私達の首に巻き付けられた糸も…全部…」
「バイザーの遺体も消滅している…」
「それだけじゃない…あれだけの戦いをして、あれだけの威力を持つ技を放ったにも関わらず…戦いの痕跡が微塵も残っていない…」
「私達も全く怪我とかしてません…それどころか服も汚れてない…」
ふぅ…終わりましたわね…。
最初はどうなるかと思ったけど、どうにかなって良かったですわ。
けれど、今回の戦いは反省点も多くありました。
まだまだ修練をしなくては。
「己の罪を知り…冥府にて深く悔恨し、贖罪の刻を得てくださいまし…」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
姫子と糸使いとの戦闘。
それを遠くから見ている一人の堕天使の姿があった。
飄々としているようで、どこか威厳も感じさせる風貌。
まるで『総督』のような雰囲気を醸し出している男は、冷や汗を掻きながら一人呟く。
「おいおい…なんだよあれは…! この前に引き続き、またもや強大な力同士のぶつかり合いを感じたから観察してればよぉ…冗談じゃねぇぞ…! あんだけの力を持ってて『人間』だと…? 有り得ねぇだろ…あの嬢ちゃんは理解してんのか…?」
冷や汗が自分の顎にまで達し、それを服の袖で拭う。
彼に顔にはいつもの余裕なんて微塵も浮かんではいなかった。
あるのは只々、焦燥だけ。
「あの力…間違いなく、あの嬢ちゃんは『神の領域』へと達していやがる…! 三大勢力のどこにも属してない人間が、俺等よりも遥かに強大な力を有しているとか…洒落になんねぇ…! 今のところは害は無さそうだが…どうしたもんか…」
堕天使は頭の中でこれからの事を必死に考えながら帰路に着いた。