さぁて…頑張りますか。
生徒会室での話し合いの後、私はグレモリー先輩と支取先輩と一緒に駒王商店街へと向かっていた。
「ここって…商店街よね? ここにアナタのお義父さんの知り合いの情報屋がいるの?」
「えぇ。その人の事は私もよく知っているのですけど、その人が情報屋だったのは初耳でしたの」
「それが普通だと思いますよ」
学校帰りの学生や夕飯の買い物をしている主婦の方々の姿を横目で眺めつつ、私達は商店街の奥へと向かっていく。
この『駒王商店街』は割と複雑な構造になっていて、表の部分には比較的普通の店が軒を連ねているが、少しでも裏路地の方へと足を運ぶと、そこから一気に雰囲気が変わり『大人の世界』が姿を現す。
「こちらですわ」
「こっちって確か…」
「居酒屋やバーなんかがある場所じゃ…?」
「その通り。今から行く場所は『ヴィディアムー』という名のバーですわ」
まさかの場所を提示され、流石の二人も一瞬だけ固まってしまったみたい。
悪魔と言えども未成年の少女であることには変わりがない…って事ですわね。
「えっと…もしかして、川上さんも行った事が有ったり…?」
「少しだけ。と言っても、流石にお酒を飲む目的ではありませんけど。中々、家に帰ってこないお義父様を迎えに行った際に店内に入ることになったというだけですわ。その際に今回の人物とも知り合ったんですけど」
初対面の時はかなり驚きましたわね…。
『アレ系』の人とは初めて会って、話したから。
けど、何回か話す事で凄く良い人であると心で理解した。
だからこそ、今回のことにもそれほど驚かなかったし、全面的に大丈夫であると思っている。
「ウチのお義父様から話は通してある筈ですので、遠慮なくお店には入れますわ。っと…到着ですわね」
藍色の看板が目印のお洒落なお店。
ここがお義父様の行きつけのバー『ヴィディアムー』だ。
扉にはちゃんと『準備中』という看板が掛けられている。
「ここが…そうなのね」
「バーなんて初めて来ました…」
「でしょうね。では、入りましょうか」
お店の扉の鍵は開いていて、普通に店内へと入る事が出来た。
ドアが開いた時に『チリンチリーン』という良い音色が鳴る。
「お邪魔しますわー……あれ?」
いない…? まだ来ていない…訳じゃあないみたいですわね。
奥の方から灯りが漏れているから。
ということは、まだ準備をしている最中ってことですか。
「姫子ちゃ~ん!」
「来たみたいですわね」
店の奥から慌てて走ってきたのは、紫の綺麗なドレスを着て、見事な化粧をしている『男性』。
彼こそが、この店の店長の『岳路さん』。
「ゴメンなさいねぇ~! お待たせしちゃってぇ~! 実はぜ~んぜん朝起きれなくってぇ~…昨日なんて寝たの夜中の四時なのよっ!?」
「職業柄、不規則な生活になるのは分かってますけど、もう少しだけ気を付けてくださいましね?」
「わかってまぁ~す!」
この口調から分かる通り、岳路さんは俗に言う『オカマ』さんだ。
だからと言って偏見の目なんて持ってはいないし、彼が善人であると言うことは私が誰よりも分かっている。
「あら? そっちの子達は誰かしら?」
「こちらは私が通っている学校の先輩方ですわ」
「えっと…支取蒼那です」
「リアス・グレモリー…です」
「あらあら、ご丁寧にどうも。アタシはこの『ヴィディアムー』の店長兼ママをやっている『蘭子』よ。よろしくね♡」
「「ど…どうも…」」
やっぱり緊張している?
生まれて初めてのバーなんだから仕方がないかもだけど。
「今日は無理を言ってしまい、申し訳ありません。岳路さん」
「んもう! 姫子ちゃん! アタシの事は本名で呼ばないでって何回も言ってるじゃない!」
「あ…そうでしたわね。申し訳ありません」
「『この格好』をしている時のアタシは『蘭子』! もしくは『ママ』よ!」
どうも癖で彼の事を本名で呼んでしまう。
その度にさっきみたいに怒られてしまうのだが、この人なりの拘り…なのかもしれない。
大人って大変だ。
「この度は本当に、ワザワザ私の為に来てくれて、ありがとうございます」
「別にいいのよぉん! アタシだっていっつも姫子ちゃんのお世話になってるんだから! 姫子ちゃんの手料理のお蔭で、アタシもこの店も頑張っていけてるんだから!」
「そう言われると…なんだか照れますわね」
「ん~…本当に可愛い! ほら、遠慮なく座って座って! アナタ達も!」
「「あ…ありがとうございます」」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
席に並んで座った私達は、初めての経験にドキドキしていた。
実際、こうしてこの店の椅子に座ったのは地味に初めてだったりする。
「話の前に、まずは何か飲み物でも出しましょうか。勿論、アタシの奢りでね」
「それは嬉しいのですけれど…私達はまだ…」
「分かってるわよ。大丈夫! この店にはちゃ~んとお酒が駄目な人の為にノンアルのカクテルレシピもあるんだから!」
それは初めて聞きましたわね。
ノンアルとは言え、生まれて初めてのカクテル…飲み方の作法とかあるのかしら…。
「はい。まずは姫子ちゃんには『シンデレラ』って名前のカクテルよ」
「まさかの童話のヒロインの名を冠するカクテルとは…」
「オレンジジュースとパイナップルジュースとレモンジュースを均等に入れたカクテルだから、ジュース感覚で飲めるわよ」
「ありがとうございます。では、いただきますわ」
あ…美味しい。
ちょっと酸っぱくて酸味もあって、ほんのりフルーティーですわ。
これ普通に好きかもしれない。
「そこの紅い髪の貴女にはこーれ。その名も『サマー・ディライト』。英語で『夏の喜び』って意味のカクテルよ。召し上がれ」
「いただきます。これ…甘酸っぱくて美味しい…」
紅い髪を持つグレモリー先輩だからこそ、赤いカクテル…ですか。
確かに絵にはなりますわね。
「眼鏡を掛けた真面目そうな貴女には、この『アクアマリン』なんてどうかしら。甘くて美味しいわよ?」
「どうも、ありがとうございます、いただきます。…本当に…甘くてスッキリとした喉越し…美味しい…」
流石は蘭子さんですわね。
見事に私達三人に合うカクテルを出してくれるなんて。
「蘭子さん。そろそろ……」
「分かってるわ…姫子ちゃん」
急に蘭子さんの雰囲気が変わる。
これは間違いなく『裏の世界』を知る者の気配だ。
「アタシもね…今までに教師をやったり警官をやったりして、色んな所を流れ流れてきた人間だから…自分が決して安全な場所にいる人間じゃあないって自覚はあるわ。だからかしらね…不思議と分かってしまうのよ」
「分かる…とは?」
「どんなに大人しく隠れていても…姫子ちゃんが本当は『強い人間』なんだってことが」
「蘭子さん…」
人生経験の差…ってやつなのかしらね…。
どれだけ強大な力を身に付けても、この差だけは絶対に埋められない。
「私は…怖い…ですか…?」
「まさか。全然平気よ。だって…姫子ちゃんは本当に良い子だもの。アナタは『
「はぅ…?」
急に頭を撫でられた…?
なんて優しい手つきなのかしら…。
「『正義の味方』って感じがするモノ」
正義の味方…か。
まだまだ未熟な私には過分な褒め言葉ですわ…。
凄く嬉しいけど。
「流石のアタシも、正義の味方に頼まれたら『イヤ』とは言えないわぁ~」
「じゃあ、遠慮なく聞いてもよろしいかしら?」
「勿論。一体何が知りたいの?」
少しだけ間を開け、カクテルを一口だけ飲んでからそっと言った。
「『顔の無い者』…そう呼ばれている暗殺組織。その動向を知りたいのですわ」
「…随分とまた大きく出たわね。まず最初に言っておくけど、『アレ』は本当に危険よ?」
「承知しておりますわ」
実際に出会って、戦ってもいますから。
「まず前提として、奴らは極道やマフィアと言った連中とは一切繋がってはいないわ。良くも悪くも奴らは『中立』。『依頼』を受けて、それを実行する。只それだけの存在」
それだけを聞くと害がなさそうに聞こえるけど…実際には違う。
奴等の『仕事』に巻き込まれて大怪我を負ったり、死亡した人々もいるし、場合によっては『趣味』として殺している場合もある。
絶対に楽観視は出来ない。
「だからこそ、簡単には動きが掴めないのが現状なの」
「成る程…」
謎の多い存在とは思っていましたけど、こちらの予想以上だった…か。
「だけど、最近になって裏社会が活発に動いている場所なら分かるわ」
「…それは?」
「少し前までは東京の新宿や六本木。京都や大阪なんかが五月蠅かったけど…今、国内で最もドロドロとしている場所…それはこの『駒王町』かしら」
「「「!!!」」」
やっぱり…顔の無い者は完全に駒王町で本格的な活動を開始した…そう見てよさそうか…。
「昼間はまだ平気だけど、暗い時間帯になると途端に町全体が何か『怪しい雰囲気』に包まれてるのを感じるの。まるで一切の光も届かない『闇』のような気配が…」
確かに、奴らは現代の常識が一切通用しない『闇の住人』と言っても過言じゃない。
一般人である蘭子さんがそう感じるのも無理は無いことか…。
「あ…あの…蘭子さん。一つよろしいですか?」
「あら。何かしら?」
「その『怪しい雰囲気』を感じ始めたのは、いつ頃からですか?」
「ん~…そうねぇ…四月頃ぐらいから…かしら? それがどうかしたの?」
「いえ…」
支取会長がここで初めて口を開いて質問をした。
にしても、四月頃って…兵藤さんが堕天使達に襲われた頃?
ま…まさか…!
(あの頃から既に『顔の無い者』は街中に潜んでいた…!?)
それまではずっと気配を殺して隠れ潜み、依頼があったから急に動き出した…?
もしくは、あの『木乃伊』や『糸使い』達はつい最近来ただけであって、他の者達が町中へと潜入していた…?
「…ありがとうございます。謝礼などは…」
「大丈夫よ。もうフィリップスさんから貰ってるから」
「そうなんですのね」
相変わらず、用意周到ですわね。
お小遣いが減らずに済んだのは良かったですけど。
「詳しい資料なんかは、後でメールしておくわ」
「何から何まで…本当に助かります」
「いいのよ別に。常連さんの愛娘なんですもの。遠慮なんてしなくていいわ。その代り…」
「その代わり?」
「大人になったら、ここに来て頂戴。お客としてね。その時はまた美味しいカクテルを御馳走してあげる。そこの二人もね」
「「ありがとうございます」」
フッ…そうですわね。
成人したら、このお店の売り上げに貢献しに来てあげますか。
ある意味、それが一番の恩返しになるかもしれませんわね。
「姫子ちゃん…無茶だけはしちゃダメよ? アナタが傷ついたら、悲しむ人が沢山いるんだから。勿論…アタシもね」
「…分かっていますわ」
分かっている…けど、場合によっては命を懸けて戦わなければいけないかもしれない。
私は地上の愛と平和の為に戦う希望の闘士『聖闘士』なのだから。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
姫子達が帰ってから数分後。
ヴィディアムー店内にドタドタという大きな足音が響き渡った。
「ち…遅刻にょ~! 深夜アニメの録画予約に手間取っていたら遅れてしまったにょ~!」
店の中へと入ってきたのは筋骨隆々な巨大な体にピンク色のフリフリなドレスを着た男。
その見た目だけで大迫力な感じがする。
「やっと来たのねミルたん。残念だけど、もう姫子ちゃん達なら帰っちゃったわよ」
「そ…そんなぁ~!」
この人物の名は『ミルたん』。
無論、これが本名ではないのだが。
実はこの人物、姫子の数少ない親友だったりするのだ。
因みに、このヴィディアムーの従業員だったりもする。
「ところで、どうして姫子ちゃんはママの所に来たんだにょ?」
「ちょっとね。アタシの『もう一つの方の仕事の話』を聞きに来ただけ」
「あぁ…成る程にょ」
ミルたんも蘭子の『裏』の顔を知っている人間の一人であり、だからこそママからは全幅の信頼が置かれている。
「大丈夫よ。姫子ちゃんは『正義の味方』だから…きっと、この町を覆い隠している『闇』を晴らしてくれるわ。その『黄金の輝き』で…ね」
「そうにょね…姫子ちゃんなら、きっとなんとかしてくれるにょ」
そう話す二人の顔は、どこまでも晴れやかだった。