偽校舎内に設けられた閲覧席。
一輝やフィリップスは試合の展開をある程度、予想は出来ていたが、サーゼクス達はそうではなかったようで、まさかここまでの実力差があるとは思ってもみなかった。
「ははは! 流石は我が娘! いやはや…実に見事なものだね」
「あぁ。それにしても『天魔降伏』…か。懐かしい技を使う」
義父としてフィリップスは大喜びし、一輝もまた久し振りに知己の奥義を見て優しい笑みを浮かべていた。
「す…スゲー…! やっぱり、前に俺が見た川上さんの技は、単なる片鱗に過ぎなかったんだ…。体育館を消し飛ばした技といい、今の技といい…桁が違うぜ…」
ここに見学をしに来たのは間違いじゃなかった。
初恋相手の真の実力を、この目で見る事が出来たのだから。
「あ…あの…一輝さん。さっき川上さんが出した技を知ってる風だったみたいですけど…」
「まぁな。あれは、俺の『友人』が最も得意としている技だ。そいつは、俺の『弟』の後見人でもある」
「一輝さんの弟さんの後見人が使う技…!」
それだけで、姫子がどれだけの英雄たちから指導を受け、その魂を受け継いできたのかが伺えた。
希望と期待…普通ならばかなりの重圧の筈なのに、彼女はなんでもないような顔で過ごしている。
「リ…リーア…? 彼女は一体何者なんだい…? 幾らなんでも強すぎるような気がするんだけど…」
「私達も詳しいことは知らないの。けど…」
「けど?」
「川上さんがとんでもない実力者だってことは間違いないわ。決して悪い人間でもない事もね」
自分達が空いた口が塞がらない状態になっているのに、妹たちは普通に試合の状況を眺めていた。
「なんというか…慣れって怖いわね。あの廃工場での一件を目の前で見ているからかしら。川上さんなら、これぐらいの事は当たり前だって思ってる自分がいるわ」
「そうね。彼女なら、例え相手が何者であっても必ず勝ってくれるという不思議な安心感があるわね」
「あの体育館を破壊した一撃…あれは魔法の類じゃない。単純な『腕力』だけで行われたことだ…! あの細い腕のどこに、あれ程までの圧倒的パワーが秘められているんだ…?」
「流石は川上先輩です。本当に心の底から尊敬できます」
オカ研メンバーは完全にいつもの調子で試合に見入っている。
彼女達を驚かせるには、それこそさらに迫力のある技でないと不可能だろう。
「は…ははは…これはなんとも…。よもや、ここまでやるとは…」
「レイヴェルと同い年ぐらいの女の子なのに…凄すぎるわ…」
一方のフェニックス夫婦は、姫子の想像以上の実力と戦果に度肝を抜かれていた。
同時に、彼女に頼んだのは間違いではなかったとも思っていた。
「サーゼクス様…このことは…」
「あぁ…戻ったら、全員と情報共有しておくべきだろうね…。これはいよいよ、本当に『本気の僕』ですら勝てるかどうか怪しくなってきたぞ…」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
『え…えっと…ライザー様の女王…
まさかの超絶奥義を目撃してしまった事で、何故かグレイフィアのアナウンスが少しだけジョジョ風に。
それだけ彼女も混乱していると言うことなのだろうか。
「落下した音が聞こえなかった。もしかして、吹き飛ばされながら消えましたの?」
天魔降伏の威力は想像を絶するものとなっている。
その気になれば、疲弊した状態でも巨神二柱を纏めて葬れるほどに。
試合であるが故の威力減衰とはいえ、それでも威力の方は折り紙つきだ。
そのまま上空に消えても決して不思議ではない。
「ま…どうでもいいわね。そろそろ、運動場方面に向かいますか」
手をパンパンと払ってから、近所に散歩にでも行くかのような軽い足取りで運動場の方へと歩いていく。
すると、いきなり草むらから三つの人影が飛び出してきた。
「あら?」
「よくもユーベルーナお姉さまを!!」
「絶対に許さん!!」
「我等の手で倒してやる!!」
三人がそれぞれに武器を手に襲い掛かってくるが、姫子の目にはスローモーションのようにしか見えない。
「ふん」
「「「なっ!?」」」
結果、三人揃って簡単に避けられる。
攻撃を仕掛けた側からすれば、姫子の動きが速過ぎて、まるで彼女の身体を擦り抜けたかのような感覚になっているが。
「な…なんだ…今のは…!?」
「避け…られた…?」
「けど…今のアイツは…そんな素振りを全くしていなかった…」
目の前で起きた事が信じられず、思わず呆然自失となってしまう三人。
普通ならば見逃す所ではあるが、ここは戦場であり両者は互いに敵同士。
ここで何もしない道理はどこにも無かった。
「もう終わりですか? では…今度はこちらの番ですわね」
鋭い目つきで背後の三人を見つめると、突如として何処からか一輪の『薔薇』を取り出した。
「バ…薔薇の…花…?」
「そ。どこにでもある普通の薔薇。でも、私の手に掛かれば…」
フッ…っと薔薇を振ると、その瞬間に地面を抉るように無数の茨の蔓が出現し、彼女達の身体をあっという間に拘束した!
「こ…これはっ!?」
「一瞬の内に沢山の蔓が地面を覆い尽くし…白い薔薇が咲き乱れた!?」
「まるで御伽噺の魔法のように…純白の絨毯が現れた…!?」
蔓が彼女達を締め付ける力は徐々に強くなっていき、完全に体の動きを封じる。
全身に汗を掻きながらも、まだ意識だけは保たれていた。
「それでは…この『真紅の薔薇』で終わりにしますか。さようなら」
三人の周囲に幾多の薔薇の花弁が舞い散り、その全身を覆い尽くしていく。
これこそ、この世で最も美しい『黄金の双魚』の奥義。
「ロイヤル・デモンローズ…」
「「「あ…あぁぁ…」」」
この『芳香』を嗅いではいけない。
そう分かっているのに、体を動かす事は出来ない。
もし仮に動かせたとしても、この香気は皮膚呼吸からも吸収されるので意味が無いのだが。
「美麗なる薔薇たちに包まれながら、何も感じずに陶酔の内に眠りなさい」
「ラ…ライザー…さ…ま…」
「もうし…わけ…ありま…せ…」
「あぁぁ……」
ガクッ…っと首から力が無くなり項垂れる。
それを見届けてから蔓の拘束を解除した。
彼女達が地面に倒れ伏したと同時に、戦闘不能と見なされ消えていった。
『ライザー様の兵士三名、リタイア』
今までの倒した数はは早くも7名となった。
これで、ライザーを除けば後8名。
もう既に半数近くを倒したことになる。
「お次は誰が来るのかしら?」
「では、私が相手だ!」
何気なく言った言葉なのに、まさか普通に返されるとは思わなかった姫子は、今回の試合で始めてポカンとなった。
「美しき薔薇の花園…我等の勝利を彩るに相応しい美しきものだな」
「アナタは?」
「我こそはライザー様にお仕えする『
まさかの前時代的な名乗りを上げるとは。
そうされては姫子としても応えない訳にはいかない。
「姫子とやら! こちらの仲間を悉く打ち破ったばかりか、まさかユーベルーナまで倒すとは思わなかったぞ! それでこそ、私が戦うに相応しい相手! いざ尋常に勝負だ!!」
「いいでしょう。その勝負…受けて立ってあげますわ。ただし…」
カーラマインが鞘から剣を抜き構える。
それに対し姫子は、真紅の薔薇を引っ込めて、その代わりに『漆黒の薔薇』を取り出した。
「私の相手になれば…の話ですけど」
「心配は無用だ。私は今までの相手のようにはいかんぞ! 我が剣の冴え…とくと味わうがいい!!」
確かに、カーラマインは今までの相手とは違った。
これまでは完全に力押しか、もしくは武器に物を言わせたような奴等ばかりだった。
だが、彼女は違う。
ちゃんと『武芸』を嗜んだ動きをしている。
「体捌き…足の動かし方…見事ですわね。確かに、他の方々とは違いますわ」
「余裕の表情で全ての攻撃を避けながら言われても皮肉にしか聞こえんがな!」
カーラマインは強い。少なくとも、ライザーの眷属たちの中では上位に位置しているだろう。
だからこそ勿体無いように思えてしまう。
もしも、もっと彼女の実力を活かせる場所にいたら、間違いなく大化けしていただろうと。
「貰った!!」
何をどう思って『貰った』と思ったのかは不明だが、勝機と踏んでカーラマインは突きで姫子の顔面を狙ってきた!
悪魔の腕力での剣の突きの威力はかなり強い。
直撃を受ければ致命傷は免れないだろう。
そう…直撃を受ければ。
「ハイ残念」
「なん…だと…!?」
カーラマイン渾身の突きは、あろうことか黒薔薇の花弁によって易々と防がれてしまった。
しかも、姫子は薔薇の花を人差し指と中指の二本で支えているだけ。
「我が剣が…たった一輪の薔薇によって防がれた…!?」
「良いものを見せてくれたお礼に、私も一つ、良い事を教えて差し上げますわ」
「良い事…?」
「えぇ。嘗て、『美の戦士』と謳われた偉大な方がこんな事を仰っていました」
【究極の力とは、真の美の中にのみ存在している】
「真の…美…」
「そう。そして真の美とは…」
姫子が腕を伸ばすと、それによりカーラマインの身体も押されていく。
信じられない事に、一輪の薔薇に剣が圧倒されている。
「決して破壊など出来ない…偉大なものなのですわ」
「わ…私の剣が…押し返される…だと…!?」
姫子の小宇宙が激しく狂い咲く。
それと同時に、カーラマインの剣と全身を黒い薔薇の花弁が覆い尽くす。
「黒い薔薇の花言葉は『呪い』と『死』」
「う…くっ…!」
「触れる者全てに破壊を与える、私の黒薔薇が生み出す死魚は…万物を喰らい尽くす」
剣に罅が入り、カーラマインの身体にも傷が付いていく。
さっきの薔薇とは全く違う『暴力的薔薇』。
「覚えておきなさい。『攻撃』とは…こうするものです」
剣が粉々に砕け、カーラマインの全身もまたズタズタに引き裂かれる。
その美しき薔薇からは想像も出来ない、圧倒的破壊の力!
「ピラニアン…ローズ!!」
「が…はぁ…! 我が剣と…身体が…薔薇に…食い千切られた…!」
その手から剣を落とし、カーラマインも地面に倒れた。
そんな彼女の傍まで近寄り、姫子は胸の真ん中辺りを人差し指で軽く突いた。
「なに…を…?」
「真央点。血止めのツボみたいなものですわ」
「血止め…だと…? 敗者の私に情けを掛けるつもりか…?」
「情け? まさか。これはあくまで『ゲーム』。命をかけた戦いではございませんことよ? それに、私は貴女の戦いの姿勢に敬意を表しているのです。正々堂々、一対一の戦いを挑んだ貴女の姿勢に」
「フッ…そうか…」
力無く笑みを浮かべたカーラマイン。
彼女の身体もまた消えていこうとしていた。
「負けたよ…私の完敗だ」
「カーラマインさん…」
「お前のような戦士と戦えて、私はとても満足している。これはライザー様への裏切りになるかもしれないが…それでも言わせてくれ」
姿が消えゆく瞬間、カーラマインは姫子の手を掴み、最後の力を振り絞って笑顔を見せた。
「勝てよ…姫子」
それだけを言い残し、カーラマインは消えていった。
『ライザー様の騎士一名…リタイア』
残りあと6名。ただしライザーを除く。
捕まれた手を少しだけ見つめた後、静かに立ち上がる。
今までに、あんな風なエールを送られたのは初めてだった。
最初から負けるつもりなど毛頭なかったが、それ以上に負けられない理由が増えてしまった。
「ふぅ…人生、どこでどんな風な出会いが待っているのか…分からないものですわね…」
もしも出会い方や立場が違えば、カーラマインとはいい友人になれたかもしれない。
今更、そんな事を考えても意味が無いと、姫子は頭を振った。
「お見事。まさか、あのカーラマインを正面から打ち破るとは思いませんでしたわ」
パチパチパチと拍手をしながら近づいてきたのは、綺麗な真紅のドレスを身に纏う、金髪で縦ロールな少女。
本物のお嬢様…登場。
結論。
三話だけじゃ終わる気がしなくなってきましたわー!