姫子達とグレイフィアがキッチンに向かって行くのを見ながら、フィリップスとサーゼクスは一緒にグラスを傾けていた。
「ああして並んで立っていると、まるで本当の姉妹のようだねぇ…」
「そうですね。彼女も、余り年下の同性と一緒に料理をする機会がないですから、内心は喜んでいると思います」
「おや? 妹さんはご実家で料理などをしないのかな?」
「えぇ…お恥ずかしながら」
確かにリアスの立場はグレモリー家の令嬢ではあるが、だからと言って決してキッチンに立ってはいけないと言う訳ではない。
事実、あのソーナは実家に帰った時はよくキッチンに立って両親や姉に手料理を振るっていたりする。
リアスが典型的過ぎるだけなのだ。
「あの…つかぬ事をお伺いしたいのですが…」
「なんですかな?」
「彼女…姫子さんの実のご両親は…」
「あの子が物心つく前に事故で亡くなっているよ」
「そうでしたか…」
国籍の違う…しかも錬金術師と言う非常に特殊な人間に引き取られている時点である程度は察していたが、こうも堂々と言われると流石のサーゼクスも反応に困る。
「もしこれが漫画やアニメならば『本当ははぐれ悪魔に殺されたのだけど、あの子の事を考えて敢えて事故で死んだという事にした』…なんて事になるんだろうが、この場合は本当に事故で亡くなっているから誤魔化しようがないんだよなぁ…」
あっけらかんと言い放つフィリップスであったが、その目はどこか遠くを見つめており、まるで昔を懐かしんでいるかのようだった。
「事故と言うのは…やはり交通事故で?」
「確かに、一般的に『事故』と聞けば普通は交通事故を連想するかもしれないが、あの二人は違う」
「では…?」
「偶然にも建設現場の近くを通りかかった時、鉄骨を運んでいたクレーンのワイヤーが千切れ、その下敷きに…ね」
「その時、姫子さんは…」
「託児所にいた。二人は丁度、仕事の帰りに姫子を迎えに行く途中だったのさ」
当時の事をフィリップスはまるで昨日の事のように思い出せる。
重々しい鉄骨の下にて潰れている男女の遺体。
その周囲は夥しい程に大量の血が広がり…。
「あの子が幼すぎたことが不幸中の幸いだった。もしこれが小学生や中学生の頃だったら、まず間違いなくトラウマになっていただろう」
「そうですね…」
自分の子を持つ親だからこそ理解出来る。
まだ幼い我が子を残して自分達だけが亡くなるのは、筆舌に尽くしがたい程に無念だっただろう。
「だから、私が姫子を引き取った。大切な友人達が残したたった一人の娘を…ね」
「彼女のご両親とフィリップスさんはどのようないきさつで知り合いに?」
「なに、そこまで複雑な物じゃないさ。この世界に降臨して、右も左も分からなかった私に手を差し伸べてくれた…それだけさ。あの川上夫婦がいてくれたからこそ、私はこの世界の現代の知識や常識をすぐに身に着ける事が出来た。そこはまぁ…錬金術師としての本領発揮だね。あの時ほど、普段から頭脳労働をやっていた良かったと思った事は無いよ」
錬金術とは魔法や魔術の類でなはなく、あくまで『科学』である。
それを専攻していたからこそ、フィリップスは通常では有り得ない程の速度で現代に馴染んでいった。
「私が今、医者なんてのをやっているのも彼らの影響さ。姫子の実の両親は医者と看護婦をやっていてね。個人経営の小さな診療所を営んでいたのさ」
「そう言えば…駒王町の地図に『川上診療所』というのがあったような…」
「ズバリそこさ。姫子の両親の嘗ての仕事場であり、それが潰されないように私が引き継ぎ、今では私の仕事場になっている」
「そうか…錬金術師ならば、医療の知識にも詳しいのは当然…」
「そう言うことさ。皮肉にも、この世界のこの時代で錬金術の知識が役に立った瞬間というやつさ」
だが、同時に『錬金術師で良かった』と思った瞬間でもあった。
友人達が亡くなってから初めて恩返しできたと言うのも皮肉な話だが。
「姫子さんは、その事を知って…?」
「知っているとも。隠し事はしたくないし、あの子もそれは望んでいない。姫子は私から全ての真実を聞き、その上で全てを受け入れた。黄金聖闘士になる前から、あの子の精神力は並外れていた。本当なら一番悲しんでいい筈の姫子が立ち上がる決意をしたのに、大人である私が落ち込んでいる訳にはいかない。だからこそ、私は亡き友人達に誓った。この命続く限り、姫子の行く末を見守り続けようと」
「フィリップスさん…」
立派だった。立派過ぎた。
剣闘士とか錬金術師とか関係ない。
フィリップスもまた、立派に姫子の『親』であった。
「おや? なにやらキッチンからいい匂いが漂ってきたね。これは、今日の夕飯も期待できそうだ。もしかしたら、今回はお客さんがいると言う事でいつもよりも豪勢かもしれないな」
「それは楽しみですね。こうして匂いを嗅ぐと、自然とお腹も空いてきます」
「私もさ。今から夕飯が楽しみだ」
こうして、キッチンにて和気藹々としながら夕飯づくりに勤しむ義娘と妻の後姿を眺めながら、二人の父親は酒を飲み交わしていった。
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外も暗くなり始め、夕飯の時間になって食卓に皆が座った。
サーゼクス様が食器の配膳を手伝ってくれたのには本気で驚いたけど。
「おぉ…こいつはうめぇ! スゲェじゃねぇか姫子の嬢ちゃんよ! こりゃ将来、良い嫁さんになるぜ!」
「お褒めの言葉、ありがとうございますわ。アザゼル様」
今日の夕飯は、姫子特製チーズ入りハンバーグ。
勿論、ちゃんとライスとブレットの両方を用意しておりますわ。
「確かに、これは凄く美味しい。グレモリー家のメイドにも決して引けを取らないよ」
「姫子様の手捌きは実に見事なものでした。調理の際、私は殆どアーシア様やゼノヴィア様のフォローをしておりましたから」
ああ言ってはいるが、実際にはちゃんと私の手伝いもやってくれていたのがグレイフィアさん。
プロのメイドの本気というものを垣間見ましたわ…!
「本当に姫子さんはお料理がお上手なんですよね~。私も最低限ぐらいは出来る自信があるんですけど、姫子さんの前じゃ霞んじゃいます…」
「アーシアはまだいいじゃないか…。私なんて料理経験皆無だぞ? これからは少しは女らしく家事も勉強していかなくては…」
少し前時代的な気もしますけど、でも家事や料理が出来るようになって損する事はありませんものね。
勉強しようと言う気概があるだけ立派だと思いますわ。
「これが姫子の手料理か。初めて食べるが、見事なものだな」
「貴鬼は普段、食事はどうしてますの?」
「基本的には外食が多いよ。料理は勉強中かな。練習はしてる」
今じゃ料理の出来る男性なんて全く珍しく有りませんものね。
最も有名な例はデスマスク様かしら。
イタリア出身と言う事もあって、ああ見えて実は料理だけでなく家事全般を完璧にこなせる、俗に言う『主夫属性』なんですのよね。
ある意味、『人は見かけに寄らない』の極致だと思いますわ。
「ソニアやクレイオスはちゃんとした物を食べてるのかしら…」
「あの二人は意外と家事が出来るから大丈夫だと思う」
そうだった。
ああ見えてクレイオスは万能超人だから、料理系動画を見ただけでメニューをマスターしてたりするし、ソニアは普通に手先が器用だから料理作らせると上手い。
「ところで、聖衣の修復具合はどんな感じですの?」
「今の所は順調だ。この調子で行けば明日には確実に修復は完了してるだろう」
「それは何より。でも、あまり無理はなさらないでくださいましね? ちゃんと小休止を挟みながら作業を行うこと。いいですわね?」
「承知しているとも。今の俺は、子供の頃のような『オマケ』じゃないのだから」
あの自虐ネタ…まだ気にしてるんですのね。
十年以上も前の事なんだから、気にする事も無いと思うのですけれど。
「アザゼルはどんな風に感じたんだい? 見たんだろう? 彼の修復作業というのを」
「いやはや…あれはマジで凄かったぜ。神代の時代に作られた代物を、神話の時代から脈々と現代まで受け継がれてきた技術で修復する…見ているだけで勉強になる上に、俺のインスピレーションを刺激しまくってやがる。他の星座の聖衣ってのにも興味が出てきた。どんな形状をしているのかってな」
うーん…実に男の子的な発想。
気持ちは凄く分かるけど。
「他の聖衣に興味が出てきたら、それこそキリが無いですわよ? ねぇ鬼貴?」
「そうだな。なんせ、聖衣は星座の数だけ存在しているのだから」
「星座の数だけと言うと…」
「合計で88個か」
「「正解」」
88と言うと少ないようにも感じるが、そのいずれもが常識レベルで考えて一騎当千級の実力者の集まりと考えると途端に違ってくる。
私から見ても、アテナ軍は戦力として余りにも充実過ぎている。
数だけで言えば冥王軍の方が上だけど、あっちはピンキリですし…。
明らかに冥界三巨頭が戦力としてズバ抜け過ぎてるんですのよね。
まるで、他の冥闘士がオマケに感じてしまいそうになる程に。
「前にも言ったかもですけど、聖闘士には階級と言うのが存在しておりますの」
「聖闘士として最低限の実力を持つ者達が名乗ることを許される、全52人の『青銅聖闘士』」
「因みに、瞬さまや一輝さま、一誠さんのお師匠である紫龍さまも嘗ては青銅聖闘士でしたわ」
「最下級から最強へ…か。良いじゃねぇか」
あの五人の場合は最初から実力が完全におかしかったけど。
他の方々とは明らかにスタートラインが違うんですのよね。
「ある程度完成された実力を持つ、全24人の『白銀聖闘士』。アテナ軍の主戦力とも言うべき方々ですわ」
「その実力は上と下じゃ大きな開きがあるけどな」
「ですわね…オルフェやアルゴル、ミスティと言った面々はかなりの実力者ですけど…」
「下の方は、かなり悲しいことになってるからな…」
特に、一部の白銀聖闘士は不遇な目に遭ってますし…。
ヘラクレス座や大犬座、蠅座とかは特に。
同じ瞬殺でも矢座の方が、遥かにマシな気がするのは私だけ?
「本来ならば、私の守護星座である蛇遣座も白銀だったのですけど…」
「今は黄金だよな?」
「えぇ。蛇遣座自体が非常に特殊な星座ですから。黄道に位置していながら黄金じゃない。でも、遥か神話の時代には蛇遣座も立派な黄金だったらしいですわ」
「その辺の事を語って行けば長くなるけどな。蛇遣座の伝説にまで遡るから」
「蛇遣座の伝説…興味をそそる単語じゃねぇか…!」
あ…アザゼル様をやる気にさせてしまった。
「そして、黄道に位置する星座の名を冠する聖衣を身に纏う、全12人の『黄金聖闘士』…今は13人になっていますけど」
「この世でたった十三人しか存在しない最強の戦士。その実力は青銅や白銀とは完全に次元が違う事になっている。分かり易いのは『速度』ですね」
「「速度?」」
お? 今度はサーゼクス様も食いついた?
「青銅聖闘士の攻撃速度は約マッハ1から2程度。白銀でも最高でマッハ5が限界とされています」
「いや…それでも十分に化け物級だろ…」
それには同感。
「ですが、我ら黄金聖闘士の最高速度は…『光速』。つまり、光の速さです」
「遂には物理法則ガン無視かよ…。そんなのが駒王町に五人もいるってのか…?」
「これからもっと増えますわよ。今度の会談で全員集合することになってますし」
「そう言っていたね…そう言えば…」
普通に考えたら、黄金聖闘士が集結している場に襲撃なんて、相当な実力者でもなければ完全に自殺志願者以外の何者でもないんですけど…どーせ、どこぞの組織とかが仕掛けてくるんでしょうねぇ…。
「こりゃ、会談当日は相当に安心して良いかもしれねぇなぁ…」
「そうだね…」
三大勢力の内のトップ二人が、我が家の食卓で苦い顔をしている。
なんか冷静に考えたら、今の状態ってかなり凄いのでは?
四大魔王の一角に堕天使の総督、それから黄金聖闘士が二人。
これだけでも相当な過剰戦力な気がしますわ…。
まだまだ夜は続くんじゃぞい。