なりそこないの逃避行 作:彩玻
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人類の隣人を創る。そんな世紀のプロジェクトに乗り出した勇気ある研究所は、現在お通夜ムードだった。
「火崎所長ー、全然見つからないんですけどー」
「五月蠅い分かってる手を動かせ木島」
「でもー、旧時代みたいに町全体を網羅する防犯カメラも電波さえ届けばどこにいっても見つけ出すGPSもないんですよー?」
「それはっ……そうだが……」
人類の努力によって回復された文明には明確な優先順位があった。人々の共通の願いは、悲劇が起こる前に戻ること。ただ、本当の意味で世界が元通りになることはない。
旧時代、人類の技術が極まって隆盛を迎えようとも、人は自在に時を戻せるようにはならなかった。正確に言えば研究は数十年にわたって行われていたのだが、あと一歩、何かがはまればうまくいくはずという場面で、その何かが見つからないのが常だった。そうこうするうちに同じく人類がどうにもできなかった自然災害やら全く未知の病原菌やら争いを求める心やらが原因となって、研究どころではなくなり、今に至る。
だから、時計の針は巻き戻らない。それでも願うことだけはやめられなくて、どうにもあきらめがつかなくて。形だけでもいいから、と請われた数少ない科学者たちが作り上げたのが今の文明だ。形“だけ”の言葉通り、通信技術やインフラ、あとはいくつかの職業と娯楽が復活したが、その基盤となる安全を保障するシステムは存在しない。誰が悪かったわけでも、考えなしだったわけでもない。有事の際の平和よりいつも通りであることを優先した、本当に、それだけのことなのだ。
所長ーー火崎も、それは理解している。ゆえに、歯がゆい。この窮状は必然で、もし事前にこうなるとわかっていても、火崎達になすすべなどなかった。
「……研究所内だけで用意出来る爆発物の量など限られている。おそらく、失敗作達にもう武力抵抗の余地はないだろう」
「研究所さえ出れば俺達に高度な追跡能力はない。わかっててやってそうですねー、特にクローンの方は」
火崎が辛うじて口にした救いになりそうな分析とて、木島の言った通りこの現状が相手の思い通りだという宣告と同義だ。この逃亡劇の初動においては、完全に2体の失敗作に軍配が上がっている。
「技術が使えないなら、原始的な方法に頼るまでだ。なんにせよ他の機関の手を借りることは出来ないし、この問題を解決しないという選択肢もまた存在しない。我々は、もう止まれないところにいる」
それでも、諦める訳にはいかなかった。多くの人の願望を託されて作り上げた完成品を後顧の憂いなく差し出すために。この壊されきった世界に、より一層の平和をもたらすために。なにより、この研究に携わった全ての人間の努力に報いるために。
「方法は問わない。探し出して必ず処分しろ。期限は明日の20時まで。わかったな」
「「「はい」」」
「りょうかいですー、あ、そういえば所長」
「……なんだ」
木島は優秀な研究員なのだが、常に緊張感が無いのが火崎の頭痛の種だった。絶対に失敗してはいけない実験のときでもこの調子だから、逆に周りの者の調子が狂う。それでいて本人には一切のミスがない。どうやら、そんな木島のテンションはこの非常時でさえも変わらないらしい。火崎は溜息をつきたくなるのを飲み込んで続きを促した。
「水原しりません?名誉所長にお使い頼んだきり戻らないんですけどー」
「ああ、金山さんのところか。まあ好きにさせておけ」
「え?」
「あの人も大概、くわせものだからな」
ただでさえ大変な事態が、より面倒な方向に悪化している予感がして、火崎は今度こそ盛大な溜息をつく。さっさと失敗作達を見つけ出したい理由が増えたようだ。
「本当に、何処にいるんだろうな、あの2体は」
〇 〇 〇 〇 〇
一方その頃、件の2体は。
「きゃーーーー!」
「わあ……!」
「ひゃっほーーーう!」
多くの歓声、叫び声、それらを生み出すアトラクションの数々。子供から大人まで魅了する現代の楽園。
遊園地に、いた。
「やっぱりいいね、ここは!」
「何がやっぱりなのか何がいいのかちっともわからないのだけれど」
「まずは何乗る?ジェットコースター?」
「聞く気が無いのはわかったわ」
はしゃぐ少年と呆れた目で彼を見守る少女。周囲からすればお似合いのカップルにでも見えるだろう2人が、まさか現在進行形で逃亡中だとは誰も思わないだろう。カモフラージュという意味では確かに遊園地は最適な隠れ場所であり、リナがこの選択に関して何かを憂慮する必要は無い。ただ、カイがそれだけを踏まえて遊園地を選んだようには思えないという一点をのぞけば。
けれどそれに気づいたところで、リナには問いただす理由がない。そのことすらカイは予測していて、自分の意思を押し通しているのであれば。であればーー一体、何が変わるというのか。リナはここまでの思考を破棄して、目下の問題に向き直ることとした。
「というか、通貨を持ってないでしょう。どうする気?」
「そこはほら、クローンの特性の見せ所っていうか」
「特性?……もしかして身体能力のこと?」
「せいかーい!あとはそれに加えてちょっとした度胸があれば、はい」
カイが差し出したのは数個の財布だ。もちろん、カイのものでは無いし、リナのものでも無い。
「窃盗は犯罪……いえ、器物損壊も既に犯していたし、なにより人間じゃない私達に適用されるはずもないわね」
「そういうこと〜。だいたい人間だって思春期にちょっとした非行に走るのはよくあることらしいし?見逃してもらっちゃおう」
悪い笑顔と形容するに相応しい顔をしたカイに対して、最早感動も呆れもない。カイの真意はいまだに測りかねるが、この短時間でカイと交流するのに適したルーティンがリナの中で着々と確立されているのは感じる。
「まあ、そうね。それで?何に乗りたくてきたのよ」
今の遊園地は旧時代と違い、入場料は無い代わりにアトラクションごとに金がかかるようになっているものが多い。それには入場管理に避ける人員が居ないとか、地域一帯を囲む形でつくる予算がなかったとか、その方が人々が気軽に遊園地という空間を楽しめるからとか、種々様々な事情があったのだが、今となっては済んだ話。人々は開かれた遊園地という娯楽を存分に満喫した。人が集まるところには需要があり、需要のあるところには供給もまたある。経済法則を体現するかのように規模を拡大していった現在の世界最大の遊園地には、旧時代にあったものからなかったものまで、ありとあらゆるアトラクションが取り揃えられている。「何?愚問だね。もちろん、全部だよ!」
そう、優に50を超える数のアトラクションが、ある。
「馬鹿なの?」
「バカって言う方がバカなんですー!」
「くだらないことをいってないで、質問に答えなさい。これでも逃亡中なのよ?金も時間も足りない中でどうやって」
矢継ぎ早にそこまで口にしたところで、リナの言葉は止まった。リナの疑問は至極最もな正論で、だけど、彼女が発するには余りにも違和感のある言葉だったから。
「あれ、リナ。随分心配してくれるんだね」
「……当たり前のことを述べただけでしょう。どうするつもりなの」
「うーん、そりゃあ、全部は言い過ぎかもしれないけど。君とたくさん遊びたいからさ。できる限り何とかするよ」
できる限り、も、なんとか、も、どちらも酷く曖昧な言葉であるのに、カイが言うと本気なのだろうと思わされるのは経験則だろうか。
「さ、行こうか!最初はやっぱり観覧車からで!」
「だから何がやっぱりなのか分からないって言ってるでしょう」
リナがそう言うと、カイは突然吹き出して、ふふふふふと不気味に笑った。
「そういうところ、かなあ」
「は?」
彼等の居るのはまだ入口。遊園地の冒険の、はじまりはじまり。
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ガサガサ、パキン。騒々しい音を立てて、水原は研究所周りの森を突き進んでいた。
「好きにやりますとは言ったものの……どうしたものかな……」
とりあえずあの2体ーーいや、2人を見つけないことには何も始まらないし、終わらない。少なくとも水原の納得のいく結末に辿り着くためには、研究所の人間より先に2人と出会わないといけないだろう。水原だって考え無しに単に研究所を飛び出して単独行動している訳では無いのだ。
「……事実としては、なんの当ても無い状態だけどさ」
さて本当に、どうしたものか。頭を悩ませつつも、光の見える方向に進んで森を抜ける。
「おわっ!」
急な物音の方向に目をやれば、そこに居たのは犬を連れた男性だった。散歩だろうか。森からいきなり人が出てきたらそれは驚くだろう。白衣なんて来てたら尚更。
(……ん???)
「そ、そこの君。君、白衣ってことは研究所の人?だよな。なんで森から」
「あー、そこは、色々と事情がありまして」
正規の道だと簡単に先輩たちに補足されて目的が果たせなくなるという、働く大人としては絶対的にアウトな事情だが、まあ伏せておけば問題ない。なにより、今重要なのは。
「それよりも、ここら辺で森からでてきた人影、他にいませんでした?」
逃亡した人間を探すとき、1番手っ取り早い方法はなんだろう。防犯カメラ?GPS?否、それらは科学技術による入念な下準備があってのものだ。何の用意もなく、何の心得もない人間にできる、1番手っ取り早い方法、それは、つまり。
「俺は知らないなあ」
「ちょっと見かけては無いですね……というか、それ何時くらいです?」
「2時間前?私はその時間のことは知らないかしら。あ、でも、あの人ならわかるかも」
「えーっと、暗くて見えづらかったけど、見ましたよ。確かあっちの方行ったかな」
地道な聞き込みである。
「ほんとですか!?ありがとうございます!」
朗らかに礼を告げると、水原は示された方に向かって行った。そもそも人口の少ない世界だ。周囲の人間なんてほぼ顔見知り。ついでに人が少ないから、人と人とのつながりは濃く、情報伝達はそれなりに早い。
「確か友達が、男女の2人組がいて、女の子の方がすごく美人だったって……え、見た場所?たしか……」
そして水原は、ついに正解にたどり着いた。
「ここか、遊園地」
水原が2人と邂逅するのは、そう遠い話ではない。
――逃走開始から 04:11:52――