ヒビキの可愛さを一ミリでも表現出来ていたら幸いです。
二月十四日と言えばバレンタインデー。何故かは知らないが世間一般ではこの日は"女性が意中の男性にチョコレートを贈る日"という暗黙の了解として広まっている。
私、猫塚ヒビキにとってこの日は特別でもなければなんて事のない日常の日。毎年、浮かれる生徒達を尻目に日々エンジニア部のマイスターとして発明や開発に勤しむのが通例"だった"。
そう、通例"だった"のだ。
今年のバレンタインデーは私にとっても"特別なモノ"として他の生徒達と同様に浮き足立っている。
その理由は、"シャーレの先生"だ。正直に言うと私は先生の事が……気になっている。
時々仕事中や一緒にお出かけした時に気が付くと目で追っていたり、一緒にいると胸が温かくなったりといった症状が出ている。
最初は先生から伝染する類いの病でも移されたのかと検査したが異常なし。
この症状が一般的に、広義的に定義可能な"恋"や"好き"といったモノなのかは分からない。
なにせ私自身、恋をしたことが人生の経験上一度もなかったから。
バレンタインデーについて詳しく教えてくれたウタハ先輩は「それはまさしく恋じゃないかな」なんて気軽に言ってくるが、そう簡単に定義付けて良いモノではないと私は判断している。
故に、このバレンタインデーは私にとってまさしく都合の良いモノだと言える。先生に対する気持ちが果たして恋なのかそうじゃないのかを判断する実験として。
シャーレの仕事は当番制。色んな学園の子達が日々シャーレを出入りしてる。
当然、各学園皆が仲良しなんて事はなくメジャーな所だとゲヘナとトリニティは相変わらずといった所。その辺りは先生も気を使っているようで確執のある学園同士は同じ当番の日にしないなど上手くローテーションしているみたい。
ちなみに、今日はまだバレンタインデーではない。
数日後にバレンタインデーがやってくる。街は既にバレンタインデー一色で色んなお店にチョコレートや贈り物といった物が店頭に並んでいる。
視覚的にアピールする事でその事を意識させ購買意欲を高めさせるのだろうか。興味深い。
それはさておき、ここ連邦捜査部シャーレでもバレンタインデーの雰囲気が蔓延してる。
先生に対して熱のある視線を送る生徒やわざと先生の前でバレンタインデーの話を出したりと攻勢に出ている子達が多い。
別にそれらに対して嫉妬心はない。先生は優しいからモテるのも分からなくはない。
分からなくはないが……
「先生」
各自治体から送られてくる大量の支援要請や苦情のメールを処理していた私はもう一人の当番の子が席を立ち、執務室から離れた瞬間に声をかけた。
他の子がいたとしても堂々と言えばいいだけの話なのに何故か恥ずかしいので二人きりの時を狙う作戦に移行したのだ。
「ん? どうしたの?」
先生はカタカタと慣れた動きで一台のパソコンに目を向けて口だけで問いかけてきた。
「バレ……」
今更気付いてしまった。
よく考えれば、先生に対して直接「バレンタインデーの日にチョコレートをあげる」なんて言えばそれは暗に「あなたの事が好き」と言っているようなものではないか、と。
"女性が意中の男性にチョコレートを贈る日"と定義されているバレンタインデー。
途端に頬が暑くなり、胸の鼓動が早く脈打つのを感じる。
すらすらと言う予定だったのに気付くと先生の方を向いていた視線は見当違いな方へと向いてしまっている。
そんな私の様子に疑問を持ったのか先生の視線が私の方へ向くのを感じる。
「ん? えっと、何か話があるんじゃ? タイミング的に二人きりだし、大事な話とか相談があるなら聞くよ」
先生はそう言って立ち上がると私の隣の席に移動してきた。距離にして一メートルもない距離。
「なるほど。その顔を見るに……」
連邦捜査部シャーレに所属して私が最初に驚いた事は先生の指揮能力の高さだ。戦況に応じて素早く判断を下し、生徒達に的確な指示を出す。
つまり、それだけ先生は高い洞察力や観察力も兼ね備えているという事。
私がバレンタインデーの話題を出そうとした事も先生には、バレている。
「もしかして……風邪かな? 視線も忙しそうに見えるし落ち着きがない。顔も赤いし、隈もある。疲れているなら今日はゆっくり休んで。風邪はひきはじめが肝心なんだよ」
全然バレてなかった。私の体調は別に悪くない。隈はいつも通り。
そう言い返そうとしたタイミングでもう一人の当番の子が帰って来た。
「あ、ちょうど良かった。ヒビキちゃんの体調悪いみたいだからちょっと休憩室まで運ぶよ」
「あっ! はい。分かりました!」
「あの、先生、私は」
「じゃあ、しっかり掴まってね」
言い終えると返答する間もなく先生の手が私の左腕を取るとそのまま自身の肩に乗せ、その手は私の腰を優しく掴んだ。
ち、近い。こ、これは計算外.
風邪である事を否定しようにも嘘だと思われるのも嫌だし、今この瞬間を経験したいから言わない事にした。
「ゆっくり行こう」
そのまま執務室を言葉通り時間をかけて歩きながら休憩室へと辿り着く。
扉が自動で開いて私達は備え付けのベッドの方へと移動する。
その時、わざと先生の足を引っかけてベッドに二人で倒れ込む。
「うお!? ……えっと、ヒビキ、ちゃん?」
倒れ込んだ瞬間、そのまま姿勢を変えて私は先生の背中からその前へ手を伸ばして抱きついた。
「先生、バレンタインデーの日に最高のチョコレートを渡すから。楽しみにしてて」
「え? あー、うん。分かった。楽しみにしてる」
この人、最初こそドキドキしてたみたいだけどバレンタインデーの話してから鼓動が静まった。
私だけドキドキしてるのはちょっと不満。
「話は分かったから離してくれるかな? そろそろ戻らないと」
「抱き枕になって」
「へ?」
「私、抱き枕がないと寝れないタイプなの。だから、少しの間だけでいいから抱き枕になって、先生」
我ながら下手な言い訳。単に少しでもいいから先生と二人きりでいたいというだけの話なのに。遠回しに言葉を紡いでしまうのは私が先生に恋しているから、なのかな。
先生の鼓動が早くなったのを確認しながら私は目を閉じた。
チョコレートというのはカカオマスを主原料とし、これに砂糖とココアバターと粉乳などを混ぜて練り固めた食品。
カカオマス等の材料は市販でも売っているので問題なく作れる。
しかし、ここで大きな問題が二つあった。一つ目、私は料理が得意じゃない。二つ目、チョコレートには種類が多くどれを作れば良いのか分からない。
前者は試行錯誤を繰り返していけば最終的に良いものが作れる筈だが、後者は先生好みのものを作らなければならない。
そうなると、日頃から先生の事を知っていて料理も得意そうな人物を頼るのが効率的。
「ユウカ先輩にお願い。チョコレートの作り方、ついでに先生が好みのチョコレートを教えて欲しい」
早瀬ユウカ先輩のいる生徒会室にやってきた。ノックをして中に入るとちょうど目的の人物が一人で事務作業を行っていた。
今は夕方で殆んどの生徒は帰路につくか部活動を終えている頃だろう。
「あなたはエンジニア部の……っていきなり来たかと思えば突然なんなの? 先生に迷惑をかけるような事ならお断りよ」
「ただ普通に先生に最高のチョコレートを渡したいだけ。ユウカ先輩が考えてるような事はしない、絶対に」
私の言葉にユウカ先輩は持っていたペンを置くと椅子から立ち上がり、伸びをした。
椅子にかけた上着を取ると私に問いかけてきた。
「……はぁ。料理経験は?」
「……カップ麺なら」
「0って事、ね。あなたそれでよくいきなりチョコを作ろうと思ったわね。ちなみに、市販のチョコを溶かして型にはめたものとかは?」
「それはダメ。エンジニア部のマイスターとして……いや、チョコレートのマイスターとして許せない」
「なんでもう料理人気取りしてるのよ」
ユウカ先輩と私は第十二調理室に移動した。
必要な材料は既に室内に既に運び込んである為、あとは作るのみ。
期間も二日あるので余裕で作れる。
と、簡単に思ってた。流石に全部を語ると長いから省略すると.
「さて、まずはレシピ通りに……ってなんで自己アレンジしようとするの? 隠し味とかチョコに必要ないから! ……やるならせめて一人でチョコを作れるようになってからにしなさい!」
普通のチョコレートだとインパクトに欠けるからエンジニア部の部室に常備しているタバスコを入れたら怒られた。
甘辛いというのを再現しようとしたんだけど。
「っ!? ちょっと待ちなさい! その等身大の人形はなに? 見た目は先生に似てるような……え? それで作るつもり? 大きすぎるし、なにより先生の迷惑になるからダメよ」
普通の型だとチョコレートのマイスターとしてあまりよろしくないので先生の見た目をしたチョコを作ろうとしたらユウカ先輩から即ダメ出し。
大きさがダメならと小さな先生の形をした型を取り出したらこれも即ダメ出しされた。
そんなのあげたら引かれると言われてしまった。
「調理器具を使いなさいよ。って、勝手に調理室の器具を改造するのは禁止よ!」
普通の調理器具よりも改造した神速の泡立て機なら0.5秒で泡立てる事が可能。
軽量カップも目測ではなく、カップ内の液体の量をセンサーが検知して設定した分量まで勝手に調節する機能まで想像したのに。
色々あってユウカ先輩からOKを貰いようやく完成。
「いくら後輩とはいえライバルに塩を送るなんて……でも、今回だけよ」
バレンタインデー当日。
シャーレの当番ではなかったが、先生に連絡を入れて時間を作ってもらった。
「約束通り、チョコレートのマイスターからのチョコレートを先生にあげる」
先生は私があげたものを見ると苦笑しながら口を開いた。
「えっと、これってロボット?」
「そう。この子は『変幻自在なチョコレート工場』。理論上は一時間で約数百個は余裕でチョコレートを製造する事が可能」
「……自爆機能は?」
「当然、自爆機能も搭載。これで料理中に襲われても安心。他にはBluetooth機能もある。音楽聞きながら料理可能」
「そ、そうなんだ……」
なんだか先生の表情がちょっと落胆、というか落ち込んでるような気がする。
「先生、嫌だった? それとも、要らない、かな?」
「あー、ごめんね。要らない事はないんだけど.」
あぁ、先生を困らせてしまった。
チョコのマイスターとして先生にお腹一杯チョコレートを食べさせるものを作るのが最善だと答えを出したが、間違っていたらしい。
「ヒビキちゃんの手作りチョコが欲しかった」
「え、私の?」
背中に回した手が震える。
「うん。いや、このロボットも良いんだろうけどやっぱり人の手が作られたものの方が気持ちがこもってるからさ。貰う方もやっぱり、そっちの方が……」
ごめんなさい、先生。当日になったら恥ずかしくてとてもじゃないけどまともに渡すことが出来なかったから。
先生ならきっと喜んでくれると期待し予想していながらも落胆される可能性を考えたらやはり怖かった。
今日、いつもの自分らしく振る舞うには普段と同じ事をするしかないと判断した為、ヒト芝居うった。
ようやく理解した。 私は先生にチョコレートを渡すという行為そのものに対して緊張、恐怖、期待、喜び、といった様々な感情を持っていた。
特別な日に特別なものを渡すからじゃない。
私が"それだけ先生の事を好きだから"この特別でも何でもない商業によって作られたこの日を特別だと感じているんだ。
だから、色んな感情が混ざり合ってこんなに胸が高鳴っている。
チョコレートのマイスターとして気持ちの隠ったチョコレートを渡そう。最高、とは多分いかないだろうけど。
私が心を込めてプレゼントするという行為が何よりも大事なのだ。
「先生、実は……」
熱を持つ頬を自覚しながら背中に回していた両手を前に突き出した。
ヒビキはミレニアム所属なので感情より理屈よりのキャラだと思うので敢えて今回は感情強めに意識しました。