転生したらウイポ馬主だった件   作:佐月檀

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 TTGCとかいう化け物揃い世代。


刺客が穿つは、今この一時

 レースというものは、一時も一瞬も目を離せない。

 いつ展開が動くか、いつどの馬が仕掛けるか、またはどんな馬が突っ込んでくるか、あるいは逃げ切るか。見逃すまいと瞬きすらできない。

 特に今から行われるレースでは、仕掛けのタイミングは展開を左右する要因のひとつとなるだろう。

 一秒の遅れすら許されない、生涯一度の栄冠を懸けたデッドヒート。

 彼らがそんな大舞台に立つ。本来であれば、この時点ではまだいなかった第三の強者も添えられて。

 

 ――東京優駿、日本ダービー。十二ハロンの果てには、何が待ち受けるのだろうか。

 天馬が再び飛び立つか、貴公子、あるいは刺客が逆襲するというのか。それとも、また他の馬がこの栄冠に登り詰めるか。

 

 俺が夢を託した馬はもちろん、所有馬であるグリーングラスだ。

 前走の皐月賞では『天馬』トウショウボーイにあと少し及ばず惜敗。だが実力があるということは証明し、現在は三番人気となかなかに支持を集めている。

 狙い澄ますは一番人気である無敗の皐月賞馬トウショウボーイただ一頭か。前走では徹底的にマークしていたがそれでもなお、凌がれた。

 トウショウボーイの勝負根性を見くびってしまっていたのかもしれない。あの馬がとてつもない馬であることを嫌でも再認識させられてしまった。

 

 だが今度こそは勝ってくれる。なぜだか、そう思えた。

 ひょっとすると、やはり所有馬贔屓なのかもしれない。馬主になってからというもの、グリーングラスがますます好きになってしまったことから、たぶんそうなのだろう。

 所有馬が勝つと脳が焼け焦げるといわれているが、強ち間違いではない。グリーングラスが勝ち星をあげてくれる度に、脳が震えているかのような興奮が一気に押し寄せてくる。

 そんな楽しさと嬉しさもあるからこそ、競馬はやめられないし、止まらない。

 このままだと俺の脳はいずれ溶けてなくなるかもしれない。それでも、競馬をやめる気はないが。

 

 一度思考を打ち切って、競馬新聞を取り出し、また別の思考を始める。

 競馬場にはなるべく競馬新聞を持ち込むようにしている。流石に舞わせる度胸はない。

 下馬評が推している本命馬は、やはりといっていいかトウショウボーイだった。

 ここまで無敗で勝ち上がってきた馬であるため、信頼性は段違いということなのだろう。

 対抗馬も二番人気のテンポイントと、かなり堅実な予想となっていた。もし俺に前世というものが具わっていなかったら、これと同じような馬券を買っていた。記念馬券の可能性もあるが。

 

 されどその予想は、覆されてしまうだろう。大外枠の十八番に目を向けつつ、そこに記載されている馬名を小声で呟く。

 ――クライムカイザー。そう、史実ではこの馬こそが観衆の予想した結果を大きく捻じ曲げ、大番狂わせを巻き起こした。

 刹那の輝きを、クライムカイザーは放ったのだ。

 

 一方で、三番の枠にはグリーングラスの名がある。先行馬としては有利な枠でこそあるが、肝心のマーク対象であるトウショウボーイがちょうど外の六番にいってしまい、前走のようにすんなりと外から貼りつき、スタミナですり潰すように徹底的にマークというわけにもいかないため、かなり苦戦を強いられる。

 だが的田さんならば、状況をすぐさま読み込んでグリーングラスにとって最適な位置に取りついてくれる。そう願うしかない。

 

 競馬新聞から目を外し、パドックの方を向くと、既に返し馬が始まっていた。

 グリーングラスにも的田さんが騎乗し、手綱を持つとすぐさま駆けていく。

 

 今から東京競馬場で開幕するは、選りすぐりの強豪ばかりが集う大激戦。

 一生に一度の残酷で華やかなターフに、彼らは挑んでいく。

 

 

 

 今年も優駿たちがゲート前に集結した。

 この中でダービー馬の栄冠を手にできるのはただ一頭。

 死闘の末に、栄冠を勝ち取れる優駿は、果たして。

 

 クライムカイザーが大外の十八番に収まって、遂にその時は訪れようとしていた。

 

 この日、この一時、この瞬間から全てを懸けた競走が――ゲートの開く音と共に火蓋を切った。

 

『スタートしましたっ! 六番トウショウボーイ、好スタートでポンと飛び出しました。そのまま先頭を奪います。十二番のテンポイントも好スタートだがやや下げた。グリーングラスは内に着けて四番手の位置。

 人気馬三頭は先団に集中しております。馬群が凝縮されたまま最初のコーナーに向かいます』

 

 グリーングラスがトウショウボーイをマークするような素振りを見せない。それどころか、テンポイントや他馬にも振り向く様子がない。

 いったいどうしたことか、と胸騒ぎがしだす。

 こちらから眺めて、的田さんの表情は窺えない。だけれど、きっと勝ちにいってくれているのだろう。そう、彼なりに。

 

『トウショウボーイが二番手に下がった。トウショウボーイが二番手にやや後退。これは大丈夫かトウショウボーイ。場内からはどよめきが聞こえ始めました。テンポイントはややポジションを押し上げての三番手。グリーングラスはその真後ろ、なんと真後ろであります。こちらも大丈夫なのか、的田弘。

 ――1000mの通過タイムは、58秒9。平均的なペースとなりました。遅くもなく、速くもない。そんな展開です。

 後方の十四番手には十八番のクライムカイザー、直線勝負に持ち込むか。トウショウボーイは二番手。それに続いてテンポイント、グリーングラスであります。

 1400mを通過して残り1000mとなりました。各馬はまだまだ仕掛けません。トウショウボーイもまだ二番手。三強はどっしりと構えております』

 

 800mを通り過ぎたあとだろうか。グリーングラスに騎乗している的田さんが不自然に外を一瞥した気がしたのは。

 もしかすると、ここからが正念場かもしれない。

 

「さあ、最後の直線! トウショウボーイだ! 無敗の皐月賞馬、『天馬』トウショウボーイがその翼を広げました! トウショウボーイ先頭、トウショウボーイ先頭であります! 場内、大歓声があがっております! テンポイントもやってきた! しかし差が縮まない! テンポイントは手応えが怪しい!

 

 ――大外から黒い影が忍び寄ってきたぞ! なんだこれは!? クライムカイザーだ! クライムカイザーがトウショウボーイに並びかけて、躱した! トウショウボーイ危うい! トウショウボーイは危うい! クライムカイザー先頭、なんと十八番のクライムが先頭!

 トウショウボーイ二番手、しかし脚色が非常に悪く後退している! クライムカイザーだ! クライムカイザーだ! 今この時を支配するのかクライムカイザー!

 これはクライムカイザーか!? クライムカイザーが勝ち切るのか!?

 

 大外から緑がやってきた! なんとさらに大外からグリーングラスが来た! 来たぞ来たぞ、グリーングラス、『緑の刺客』がやってきたぞ!

 残り200! 並んだ! クライムカイザーと並んだ! 互いに鞭が入っている! 互いに鞭が入っている! 登り詰めるかクライムカイザー! 差し切るかグリーングラス! どっちだ!? どっちだ!? もつれ合っている! もつれ合っているぞ!

 

 二頭が並んでゴールイン! やっぱり怖かったグリーングラスと、大番狂わせを狙ったクライムカイザーが、ほぼ同時にゴール板をくぐり抜けました! 写真判定であります!』

 

 

 

「的田さん、伊坂先生」

 

「ああ、オーナー。いらっしゃいましたか」

 

 伊坂先生が苦笑いを浮かべる一方、的田さんの表情は険しいままだった。

 

「……オーナー」

 

「ええ、的田さん。存じ上げておりますよ。大丈夫です、グリーングラスと共によく頑張ってくれました」

 

「……っ」

 

 的田さんが目元を腕で拭う。拭われた目は、赤くなっていた。

 

「まさか、とは思いましたが……」

 

「ええ、そのまさかですよね」

 

「とりあえず、オーナー、的田くん。向かいましょう、グリーングラスと共にいるべき場所へ」

 

 

 

 

【1976年日本ダービー 結果

 

 一着 グリーングラス 2:26:3

 二着 クライムカイザー ハナ差

 三着 トウショウボーイ 四馬身】




 やっぱり怖かった的田弘!
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