気がつくと――そこは東京競馬場。その馬主席に鎮座していた。
周囲を見渡してみる。誰もいない。
ターフを覗き込んでみる。誰もいない。
まったく以てわけのわからない状況に巻き込まれているようだ。
俺以外に誰も存在しない競馬場。
普段は人がいたり、レース直前に発する熱気が凄まじいものだから、こういう状況だとなんだか新鮮な気分だ。
人や馬のいない競馬場――それを競馬場と呼んでいいのかわからないが、内部構造がそうだと思しきものであったため、東京競馬場とする。
東京競馬場の広大なコースを眺めてみると、そこにはやはり壮観な景色が広がっている。
ここで馬が走っている場面をついつい想像してしまうと、胸の内が熱くなってくる。
込み上げてくる熱を今にも解き放ちたいぐらいだ。
しばらくコースを見下ろしていたら、どうにもターフの上を走りたくなってしまった。
競走馬と同じ舞台を味わえるのは、今だけ。
ならば行かない道理がないだろう。
そうしてコース上に降りようと移動しかける直前、最後にもう一度だけ壮観な景色を味わいたかったため、再び見下ろすと。
いい意味で信じられない光景が広がっていた。
十頭というやや少頭数ながらも、競走馬が各々騎手を背に、ゲート入りを済ませているではないか。
あまりにも突然の出現。
だがもはやそんな不思議など気にもかからなかった。
慌てて観客席に移動し、今から繰り広げられるであろう激闘を待ち望む。
席に座ると同時に――それは開かれた。
『スタートしましたっ! 十番、好スタートを決めました! そのまま鞍上■■■■がぐいぐい押してハナを切ります。この馬にペースを握らせると超ハイペースになるぞ! 後続はどう対応してくるのでしょうか』
緑のメンコを被った黒鹿毛の馬が好スタートを決めると、ハナを切る勢いのまま後続を引き離していく。
その走りに見覚えがあり、ゼッケンを見てみると――やはりあの馬だった。
『先頭カブラヤオー、カブラヤオーが先頭。やはり『狂気の逃げ馬』が逃げていきました。あのダービーでの逃げて差すを、ジャパンカップでの狂気的な大逃げを期待しております。
二番手追走はドイツ産のノヴェリスト。鞍上の■■■■は逃げるカブラヤオーを捉えるべく仕掛けていきました。次いで三番手にデインドリームとその鞍上■■■■。こちらもカブラヤオーを追っていきました。
四番手、先団に着けたのはトレヴ。そのやや後ろにレイルリンク、さらにはエネイブルと続いています。
七番手に控えたパントレセレブル、それをマークするようにシャーガーもおります。シャーガーの半馬身ほど後ろにはモンジュー、さらにはエレクトロキューショニスト。エレクトロキューショニスト、今日は後方待機を採った。
最後方にはスノーフェアリー。あの豪脚を強豪たちに見せつけるか。
前半の1000mは58秒6! ハイペース! やはりハイペースになりました! カブラヤオーにペースを握らせると怖かった!
先頭はカブラヤオー、後続との差は三馬身ほど。それを追走しているノヴェリストとデインドリーム。
ここでエレクトロキューショニストが上がってきたか。五番手、四番手と位置を押し上げた。その前にはトレヴがつけております。
レイルリンク、エネイブルは先団。パントレセレブルはエネイブルのすぐ後ろ。シャーガーはパントレセレブルがっちりとマーク。モンジューはシャーガーのやや後ろ。
スノーフェアリーは変わらず最後方。ここからどう仕掛けるのか』
各馬が府中のターフを駆け抜けていく。
明らかに日本馬ではない馬たちも走っているが、もう気にしない。
東京競馬場といえば、2400m。そうだとするなら、もうすぐ。
そうして、彼らは決着へと駆けていく。
『最終コーナーを曲がって、直線勝負! カブラヤオー、鞭が入ってカブラヤオーが先頭だ! ノヴェリストは脚色が厳しい! デインドリームは伸びてきている! しかしカブラヤオーには届きそうにない!
後方、大外を突いてスノーフェアリーがすんごい脚で上がってきた! エネイブルは後退している! ハイペースが祟ったか!? トレヴ、エレクトロキューショニストも鞭を打って上がってくる! 遅れてモンジューもやってきている! しかしトレヴとモンジューはやや脚がキツいか!?
レイルリンク、パントレセレブルが猛然と追い上げてきている! レイルリンクは内、パントレセレブルは外を突いて上がってきている! そのパントレセレブルのさらに外! シャーガーが末脚を炸裂させ、パントレセレブル、レイルリンクをあっという間に躱した!
残り400m! カブラヤオーが先頭だが、差が詰まってきている! 差が詰まってきている! 二番手にはシャーガーが上がってきて並びかけようとしている! スノーフェアリーは大外から上がって三番手!
カブラヤオーとシャーガーの差が、三、二、一……と縮まってきている! シャーガーの脚色があんまりにも良すぎる! カブラヤオーが粘る粘る粘る! だがシャーガーが優勢だ! やや遅れてスノーフェアリーも接近してくる!
残り100mで……並んだ! 並んだ! だがこれ以上縮ませない! カブラヤオーが意地を見せつけるか!? それともシャーガーが差し切るか!?
どっちだ!? どっちだ!? 大外からスノーフェアリーが一気にやってきた! しかし二頭にはやや届かない!
カブラヤオーか!? シャーガーか!? もつれ合ったままゴールイン! これは大接戦でゴール!
――シャーガーがやや体勢有利か! 写真判定であります!』
手に汗握る激闘――あまりにもいいものを見せてもらった。
もし馬券を売っていたなら、一直線に買いに行ってただろう。
東京競馬場の掲示板には、確定という文字がでかでかと赤く点灯していた。
勝ち馬を見ようとコースを見渡してみると、そこには誰も何もなかった。
まるで夢のように、すべて消え去っているではないか。
「おはようございます、オーナー」
「ああ、伊坂先生。おはようございます」
「普段より生き生きとされていますが、何かあったので?」
「はい、とてもいい夢を見れたもので」
「ほほう。気にはなりますが……申し訳ありません。カブラヤオーやグリーングラス、倉田くんと的田くんが芝コースで待っているので行きましょう」
「ですね。行きましょう――有馬記念に向けて、最後の追い切りへ」
【東京 夢の第■■レース 結果
一着 シャーガー 2:21:7
二着 カブラヤオー ハナ差
三着 スノーフェアリー 3/4馬身】
どうしても書きたかったから書いた。反省はちょっとしている。