転生したらウイポ馬主だった件   作:佐月檀

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 1977年、開幕。
 その勇姿は、次代へと。


1977年
最強布陣


 目に焼きついたのは、見慣れていても見慣れぬような光景であった。

 阪神競馬場――GⅠ大阪杯、芝2000m。

 そこにはやはりといっていいか、数多の強豪馬たちが出走。

 春の中距離GⅠ戦線の先陣を切らんと、栄光を目指して人馬はターフを駆け抜ける。

 人はロマンを懸けて、馬はそれを背負って駆ける。

 GⅠというひとつの頂、ビッグタイトルを獲得するがために。

 

 この大阪杯には一頭、群を抜いていた馬が出走してきていた。

 天翔ける馬――『天馬』トウショウボーイである。

 前年には無敗で皐月賞馬となり、日本ダービーこそ敗れ二冠を逃すが、その後の古馬GⅠ戦線でも掲示板を確保。

 なかなかに手堅く、安定感のある実力馬だ。

 

 そんなトウショウボーイだが、前走の有馬記念では追走することが精一杯で敗北。

 前々走の天皇賞(秋)でも善戦止まりと、秋はビッグタイトルに恵まれず。

 だからこそ、もう一度トウショウボーイに栄光を。

 陣営も、ファンもそれを望んでいるに違いない。

 

 ――その望みは、儚く砕け散ったのだが。

 

『――最終直線に入っても、先頭はカブラヤオー、カブラヤオーだ! 倉田隆景が鞭を打つ! 三冠馬が他の追随を許さない! 無敗街道を突っ走るか! このまま逃げ切るのか! カブラヤオーが変わらず先頭! 他馬を圧倒している!』

 

 なぜなら――トウショウボーイを善戦止まりに追いやった怪物がいたのだから。

 やや外に追い出した二番手にいる鹿毛の馬体――トウショウボーイと、先頭に立つカブラヤオーとの距離はひたすらに広がっていく。

 カブラヤオーがトウショウボーイを完膚なきまでに叩き潰しているという、見慣れていても見慣れぬ光景が目の前にあった。

 

 鞍上の倉田さんが一発、二発と鞭を入れるたび、カブラヤオーの脚勢が増していく。

 トウショウボーイの鞍上である島広彦さんも必死に手綱を押して鞭を入れる――が、差は広がるばかり。

 

 確かにトウショウボーイは『天馬』と称されるだけあって、まるで空を翔けているように凄まじい推進力を以てターフを駆ける。

 並大抵の馬どころか、俺が所有するグリーングラス相手にすら勝ちを拾えるかもしれない――それほどに強く、速い。

 

 だが今回ばかりは相手が悪すぎたとしか言えない。

 

『残り200m! もう決まったもう決まった! これは決まったと言わずしてなんと言おうか! 今年も鏑矢が桜吹雪の間を縫っていった! カブラヤオーとトウショウボーイとの差は四馬身! もはや縮めようがないぞ! 三冠馬の独壇場はまだまだ続いている!

 

 カブラヤオーが今、ゴールイン! カブラヤオーです! 三冠馬が桜を背に凱旋しました! やはり強かった! いや、あまりにも強すぎた、カブラヤオー! 二着には四馬身離されてトウショウボーイ! ただただカブラヤオーが強かった!』

 

 

 

 グリーングラスがGⅡの阪神大賞典(芝3000m)を勝利してくれてから二週間後。

 伊坂厩舎の馬房には、今年の大阪杯の覇者がじっと佇んでいた。

 特にこれといった異常もないまま厩舎に戻ったカブラヤオーは、馬房内に設置されている袋から飼い葉を食んでいる。

 食欲旺盛で元気いっぱい。そんな愛馬の姿を眺めていると、どうしても頬が緩んでしまう。

 

 カブラヤオーの馬房前には俺含め三人。

 あとのふたりは、伊坂先生と倉田さんである。

 

「ヘトヘトになるどころかピンピンしてますね、カブちゃんは」

 

 苦笑しながら、倉田さんが口を開く。

 あれだけ逃げたあとなのにこんなに元気なのだから、確かに苦笑してしまう気持ちがわかる。

 あんまりにも頑丈すぎる。異常といっていいぐらいに。

 

「まあ、そこはカブラヤオーが元気なだけでよしとしましょう。倉田くんだってカブラヤオーに乗ってたいでしょ?」

 

「そのご指摘は突き刺さるのでやめてくださいよ」

 

 伊坂先生からの言葉に、困ったとばかりに笑う倉田さん。

 一方の俺といえば、傍らでそんなやり取りを見せてもらい、微笑ませてもらっていた。

 カブラヤオーは気にせずむしゃむしゃと飼い葉を食んでいたが。

 

 そのようなやや混沌とした状況になりつつあることに気づいたのか、「ともかくとして」と伊坂先生は居住まいを正し、こちらに向き直る。

 

「カブラヤオーの大阪杯勝利、やりましたね。皐月賞馬のトウショウボーイが相手でも勝てたことは大きいですよ」

 

「カブラヤオーはもう五歳になりますからね。どうかとは思いましたが……勝ってくれて一安心です」

 

 言っての通り、カブラヤオーは既に五歳馬。

 ベテラン中のベテランの古馬である。

 

「倉田くん、乗った感覚としてはどうでしたか?」

 

「そうですね。手応え抜群のまま最終直線に入れて、いつものように逃げ切り……といった感じでした。特に違和感なんかは」

 

 鞍上を務めてくれる倉田さんからしても、カブラヤオーにはまだ手応えが残っていると感じられたようだ。

 このままいければ、もしかしたら……。

 

「伊坂先生、渡仏して初戦のサンクルー大賞典は勝てそう、ですかね?」

 

「メンバー次第なのでなんとも言えませんが、この仕上がりと調子を維持できればいけると思いますよ」

 

 そうだとするなら、きっと勝てる。

 信じる他ないだろう。

 

「グリーングラス、シアトルスルーのほうもだいぶ調子がよさそうですからね。このまま押し切りますよ」

 

 ならば一安心だ。ホッと息を吐いてしまうぐらいには。

 

 阪神大賞典を勝ったグリーングラスは春の盾――そう、GⅠ天皇賞(春)を勝ちにいく。

 天皇賞(春)には菊花賞で完封させられたテンポイントも出走してくるようなので、雪辱を晴らしたいところ。

 

 シアトルスルーは既に渡米し、今週のサンタアニタダービーに出走予定。

 そこを勝てたならケンタッキーダービーを始めとした米三冠に挑むつもりである。

 鞍上はもちろん、小田部信夫さんだ。

 

 日本にグリーングラス、欧州にカブラヤオー、米国にシアトルスルー――そういった布陣で、今年もビッグタイトルを狙っていく。

 

 

 ――しばらくして、とある一報がもたらされた。

 シアトルスルーがサンタアニタダービーを逃げ切り。着差は七馬身差と、大楽勝であったという報せが。

 日本馬による海外GⅠ初制覇。その瞬間こそ多忙で見逃してしまったが、ケンタッキーダービー以降は見逃すわけにはいかない。

 こうなったらグリーングラスのほうも負けられない。

 天皇賞(春)で、テンポイント相手に勝利をもぎ取ろう。

 

 

 

 

 ――タイムリミットまで、あと六ヶ月。




 春の盾は、もうすぐだ。
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