転生したらウイポ馬主だった件   作:佐月檀

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 1970年代に次々と最強格の名馬を生み出すアメリカ競馬くんは加減して?


アメリカ最高峰の舞台、一冠目

 五月二週目――遂に時は満ちた。

 そう、この日こそ僕が待ちに待った日。

 ケンタッキーダービーの開催日であり、アメリカ競馬が大いに盛り上がる日であって、アメリカ中から有力三歳馬が集結し競い合う決戦だ。

 アメリカ競馬最高峰の、ひとつの祭典。

 全米の騎手が輝かしい栄冠の前で、各馬に騎乗し争奪戦を展開する。

 そして勝利し栄冠を戴くのは、傑出した人馬の一組。

 ダービーと名がつくだけあって誉れある栄冠であり、敗者に対してはどこまでも残酷な大レース。

 それが開催されるチャーチルダウンズ競馬場に、僕は最強馬(シアトルスルー)と共に舞い降りた。

 真っ白な芦毛の誘導馬に導かれて、本馬場入りを果たす。

 土で固められたダートを力強く踏み鳴らしながら、シアトルは闊歩する。

 気合いと仕上がりは十分。それに調子も万全。正しく十全なシアトルだ。

 

 ケンタッキーダービーに日本馬が挑むのは、これが初めて。

 勝つためのデータは皆無。でもそれでいいんだ。

 そんな不安要素なんてシアトルにとっては肌に貼りつこうとしている蚊のようなもの。

 たとえ貼りついたとしても、即座に叩き潰されるのがオチだ。

 そう考えれば考えるほど、シアトルに乗れるという喜びに勝るものはない。

 もし僕がシアトルに乗れず、他の騎手が手綱を取るとするならば。

 もし他馬に騎乗した際、シアトルと相対することとなってしまったならば。

 僕はどんな実力馬に乗っていたとしても、すぐさま勝利を投げ捨ててしまうだろう。

 

 だってシアトルは、常識など容易く壊してくるから。

 どんな騎手が乗っても最強。そのような馬を相手取り、破ろうとするのは、米三冠馬セクレタリアトとベルモントステークスで当たってしまったぐらいには絶望的ではないのだろうか。

 つくづく思い知らされる。シアトルに乗れて幸せだと。

 

 ゲート前まで辿り着き、シアトルはじっと待ち構える。

 相変わらずこの落ち着きようは異常ともいえる。まるで勝負を、競馬をわかっているようで、これだけでも恐ろしさが見て取れる。

 ゲートから目を逸らさず、視線を注いでいるのにはわけがあるのだろう。

 僕は鞍上だからわかる。そう、スタートで出遅れないよう集中しているのだ。

 シアトルにとってスタートは最重要項目のひとつ。他馬に対しての必勝策だ。

 もうここまで来ると人間のように思えてくる。今度、ランチにでも誘ってみようか。

 

 と、係員がシアトルを引き始める。

 シアトルもこの意図がわかるようで、素直に従い、すんなりと十四番枠に収まる。

 前哨戦のサンタアニタダービーは圧勝。けれどもやや過小評価されているらしい。

 シアトルは三番人気で、オッズは確か七倍か八倍辺り。

 舐められているとしか思えなくて、胸が熱くなってくる。

 日本馬が勝つわけない。そんなふうに考えられているのだろう。

 

 こうなってくると、自然と口角が釣り上がる。

 よろしい、ならば――結果で示すとしよう!

 

 

 

 刹那、ゲートから全十六頭が放たれる。

 始まりは告げられた。そう、レースの火蓋が切られたのだ。

 シアトルは真っ先に飛び出てくれた。僕の促しなど不要だった。

 スタートから猛烈なダッシュをつけ、颯爽と先手を奪う。

 それから切り込むようにして、最内に進路を変更する。

 何か気配がする。真後ろから。シアトルを逃すまいとする気配が。

 ちらりと一瞬だけ。後方を振り返れば。

 やはりいた。シアトルと脚質を同じとする、ジェイオートビンという馬が。

 このままいっても脚色は衰えない。徹底的に猛追してくる。

 

 だったら――と、シアトルの手綱を緩める。

 シアトルも意図を理解してくれたようで、徐々に二番手のジェイオートビンを引き離していく。

 まだ600m。だがこれでいい。

 再び後方を振り返れば。四、五馬身ほど離されたジェイオートビンがいた。

 先頭は独走状態。まあ、無理もない。

 ついていけば残りの直線で伸びなくなるだろうから。

 

 シアトルが独走状態のまま、1000mを通過。

 どよめきが聞こえる。悲鳴が聞こえる。

 大方、大逃げに対する反応だろう。

 これならまだ気づかれていない。

 1000mの通過タイムは恐らく57秒台の超ハイペース。

 こんなので保つはずがない。僕だって普通の馬ならそう思う。

 けれどシアトルは、普通の馬ではない。

 だからこそ、僕はシアトルに手綱を委ねている。

 

 残り800m。後続との差は五、六馬身。

 あれほど大逃げしているというのに、シアトルはまだペースを上げたいらしい。

 仕方ない。全てを委ねるとしよう。

 手綱による抑えを完全になくした途端――白鳥(シアトル)は解き放たれる。

 ぐらり、と。一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 そう、僕の体勢が崩れかけていたのだ。

 すぐさま立て直し、手綱を握る。

 観客席からのどよめきも、ダートを踏みしめる音も、何もかもが聞こえない。

 あるのはただ、真っ白な世界。シアトルとふたりっきりの、独走だ。

 

 だけれど、自然と熱くなってくる。何かが込み上げてくる。

 それはまるで、楽しいという感情だった。

 普段の騎乗ならそう思わないはずなのに、この瞬間、この一時が、どうしようもなく楽しい。

 ああ――そうか。理解してしまった。

 この感情は、()()()()()()()()

 

 ゴール板をくぐり抜けたであろう瞬間、目に入ったのはチャーチルダウンズ競馬場に敷き詰められたダート。

 シアトルの手綱を引いて減速させ、一本の指を立てる。

 

 アメリカ競馬に思い知らせてやる。これがまだ、序盤に過ぎないことを。

 観客席からは大歓声が聞こえてくる。だがアメリカ競馬の関係者は呆然と立ち竦んでいた。

 

 まずは一冠目。ケンタッキーダービーを、シアトルスルーが勝たせてくれた。

 

 

 

 

「小田部さん小田部さん! すんごい競馬をしてましたね!」

 

 関係者としてトロフィーを受け取る直前、偶然居合わせたオーナーから開口一番、そう言われる。

 

「……あれはですね、シアトルが自分でいったんですよ。で、あんな競馬になりました」

 

 頭を掻きながら、オーナーに応える。

 今にして思えば、このオーナーはいったい何者なのだろうか。

 シアトルを発掘し日本に持ち込んだ馬主だが、明らかにただ者ではない。

 恐らく、いや、確実にシアトルレベルの馬をまだ隠している。

 そんな気がしてならないが、今はただ、ケンタッキーダービーでの勝利を味わうとしよう。

 

「大逃げから九馬身ぶっちぎって勝つとか……シアトルはやっぱり名馬ですね」

 

「正しくその通りですよ。これほどの馬に乗せていただけて感謝しております」

 

「それはどうも!」

 

 足早にオーナーは立ち去る。たぶん表彰台のほうへ。

 その際、どこか焦っていたような気がしたのは……流石に気のせいだろうか。

 

 

 

 

【1977年ケンタッキーダービー ダート2000m 良馬場

 

 シアトルスルー 2:00:4】




 競馬蹂躙! 日本馬に侵略されるアメリカ競馬!
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