転生したらウイポ馬主だった件   作:佐月檀

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春の波乱と夏の吉報

 春のGⅠ戦線の締め括りとなるのは阪神競馬場の宝塚記念(芝2200m)。

 ファン投票により出走馬が変動する、グランプリとされるレースなのだが、今年の締め括りは波乱という終わり方を迎えた。

 

 

 

『逃げたぞ逃げた! エリモジョージが逃げていった! 気まぐれジョージがここに来てやる気を見せたぞ! 先行したトウショウボーイは伸びが悪い! グリーングラス、次いでクライムカイザーが追ってくる! テンポイント……テンポイントも鞭が入って伸びてきた! しかし先頭はエリモジョージのまま! 六番人気のエリモジョージ、エリモジョージが逃げ切る! このままだと逃げ切ってしまう! テンポイントは追うがこの脚色だと厳しい! エリモジョージ、波乱を巻き起こすかエリモジョージ! だがそれを許してなるものかとグリーングラス、的田弘が突っ込んできた! ダービー二着のクライムカイザーも脚を伸ばしてテンポイントを躱す! だがエリモジョージが粘る! なんだこの粘りは! 差があまり縮まらない! グリーングラスがじりじりと差を縮め始めるがもう届きそうにない!

 

 エリモジョージが逃げ切った! エリモジョージが今、先頭でゴール板をくぐり抜けました! 六番人気のエリモジョージ、有力馬らを打ち倒しました! 天馬、貴公子、ダービー馬など何するものぞ! 気まぐれジョージの大駆けの前に、各馬は屈しました! 二着グリーングラス、三着クライムカイザー。かなりの大番狂わせとなったのではないでしょうか!』

 

 

 

 

 

 エリモジョージの大激走に追いつけず、グリーングラスは二着を確保したものの、トウショウボーイは五着、テンポイントは四着と、本命視された馬はほとんど大崩れする結果となった。

 もちろん、競馬場には馬券の紙吹雪が舞うこととなってしまった。

 その紙吹雪には、どこか無情さを感じざるを得ない。あんまりにも儚い。

 

 エリモジョージの逃げ切りを許してしまったグリーングラス鞍上の的田さんは地下馬道で「完全にノーマークでした。僕の騎乗ミスです。グリーングラスなら勝ち切れるレースを、僕のせいで獲り逃してしまいました。本当に面目ありません」と拳を震わせてこちらに頭を下げてきた。

 ただそうだとしても、ここで的田さんを降板させるのはグリーングラスのためにならない。

 グリーングラスは的田さんが鞍上だからこそダービーを勝てた。今でもそう思っている。

 それに的田さんは将来的な実績を鑑みても仲良くしておきたい。これは俺にしかわからないかもしれないが、彼はのちに名手となるのだから。

 

 というわけで、「次は天皇賞の叩きに京都大賞典(GⅡ・芝2400m)なのでね、またよろしくお願いします」と声をかけておいた。

 これで幾分かは安心したはず。ただ的田さんは深々と頭を下げるばかりだった。

 

 

 

 

 

 春のGⅠ戦線で活躍した馬は大きく分けて三頭。

 一頭目はマルゼンスキー。朝日杯こそ敗れたが、その後は連勝を重ね、熱発で皐月賞こそ回避したが日本ダービーには出走。ラッキールーラをちぎり捨て、圧勝でダービーの栄冠を手にした。次走は札幌記念(GⅡ・芝2000m)の模様。

 二頭目はカブラヤオー。未だ無敗街道を突き進み、いよいよフランスに乗り込んだ。大阪杯ではトウショウボーイを完封し、五歳になってもその力は健在であることを見せつけた。次走はフランスのサンクルー大賞典(GⅠ・芝2400m)。

 三頭目はグリーングラス。阪神大賞典、天皇賞(春)を立て続けに勝利したが、宝塚記念ではエリモジョージの激走を許してしまう。立て直しは必須で、次走は京都大賞典。

 

 ここまで振り返ると、どうしても年末の有馬記念には心を弾ませてしまう。

 カブラヤオー、TTG、マルゼンスキー――史実では相争うことのなかった時代の覇者たちが、この世界では激突しようとしている。

 これは正しく、夢のような決戦。誰もが想像した夢のグランプリになるのではなかろうか。

 そしてその夢を経たあとでも、夢は続いていく。新たな優駿が新たな時代を切り拓いていく。

 たとえば、今俺の目の前にいるジョンヘンリー。こうして撫でろ撫でろと甘えに来るが、彼は間違いなく一時代を築く優駿となる。

 今は共に泥んこ遊びをしているあの二頭もそうだ。芦毛のスペクタキュラービッドに、鹿毛のダンジグ。

 快速馬二頭も人々を熱狂させてくれるに違いない。彼らは未来の優駿である。

 

 伝説を打ち立てるであろう優駿たち。彼らがここに揃い踏みしているのは、またある意味で伝説なのだろう。

 そう考えれば、この牧場はもしや怪物たちが棲み着く魔窟ではなかろうか。……その怪物を棲み着かせたのは誰だろうな。俺は知らない。

 

「オーナー!」

 

 と、突然耳に入ってきたのは、牧場長の牧野さんの一声。

 何事だろう。急用など……いや、ありましたわ。

 

「よしよし、ごめんな、ちと急用を思い出したから外すぜ」

 

 ジョンヘンリーをひと通り撫で終え、牧野さんのほうに駆け寄る。

 

「オーナー! か、か、カブラヤオーが!」

 

「え!? どうしたんです!?」

 

 まさか何かあったのか。事故でも起きてたら目も当てられない。

 しかし牧野さんからもたらされた一報は、むしろ吉報だった。

 

「倉田隆景さんを鞍上にサンクルー大賞典を逃げ切り勝ち! 初戦の海外GⅠを制覇しましたよ!」

 

 一瞬、固まってしまう。

 そう、もたらされた吉報とは、カブラヤオーの海外GⅠ勝利。

 彼の逃げはフランスでも通用したようで、欧州の芝をものともせず逃げ切ったという。

 しかし臆病なカブラヤオーをよく海外遠征させたな、と自分の勢いにある意味感服してしまう。

 それもそれでよく成功したものだ。カブラヤオーと伊坂先生、倉田さんにはある種の敬意を覚える。

 

「凄いですね、カブラヤオーは。あんなに臆病だったのに」

 

「そうですね。ですが最近はその臆病さも改善されてきているようですよ」

 

「……え?」

 

「馬群はまだ怖がるんですが、並びかけられるのは少し平気になってきたようで。シアトルスルーやグリーングラスと併せ馬をしたり、今まではほぼなかったのですが、他馬の鳴き声に返事をしたり。彼も成長しました」

 

 ここに来て、牧野さんから予想外の言葉が飛び出してきた。

 その内容に感慨深いものがあるし、込み上げてくるものがある。

 これでようやく理解した。あのカブラヤオーは、

 

 

 

 

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 もしかしたら、凱旋門賞も勝てるかもしれない。

 菊花賞の時点で確信すべきだった。カブラヤオーは史実を超えた、と。

 三冠馬となった時点で、カブラヤオーは己を超えていた。

 鏑矢はどこまでも果てしなく。海を超え、戦いの火蓋を切る。

 カブラヤオーは遂に世界最高峰の舞台に赴く。誰もが夢見た大舞台へ。

 ああ――その時が楽しみだ。




【1977年宝塚記念(GⅠ・芝2200m・良) 結果


 一着 エリモジョージ 2:14:1
 二着 グリーングラス 一馬身
 三着 クライムカイザー 一馬身】
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