転生したらウイポ馬主だった件   作:佐月檀

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飛び越え、それから期待

 カブラヤオーを買って三年を経て。

 あれから、牧場経営はかなり安定してきている。どれくらいかといえば、牧場の施設をほんの少しでこそあるが拡張できるくらいには。

 牧場スタッフは少人数だが、精鋭揃い。特に牧場長を任せている方は、精鋭中の精鋭といっていい。

 そんな牧場長こそが――

 

「オーナー、少々お話がありましてね」

「ん? どうしましたか? 牧野さん」

 

 歳は三十代くらいはあるだろう男性、牧野良夫(まきのよしお)さんだ。『ウイポ』プレイヤーにとっては、かなり馴染みのある名前ではないだろうか。

 もともとどこかの牧場に勤めていたらしいが、どうにも馴染めず辞めてしまった矢先に、こちらの牧場に再就職したということだ。

 牧野さんは少し慌てた様子でこちらに駆け寄ると、こう話してくれた。

 

「オーナーが購入してきた馬なんですけれど、二歳馬が柵を飛び越えようとするわ、全くバテる様子がないわで……競走馬としては大成しそうなのですが……けっこうヒヤヒヤしています。いつ脱走するかわからないので……」

 

 苦笑を浮かべて、ハンカチで額の汗を拭うと、続けて口を開く。

 

「あと、オーナーがアメリカで買ってきた一歳馬も馬とは思えないぐらい落ち着いているというか、落ち着きすぎているというか……」

 

 どうやら、昨年と一昨年に購入した馬に関することのようだった。

 前者の柵越えに関しては、正直想定外だった。あの馬は史実だと脚部不安を抱えていたはず。もし誤って柵に激突なんかしたりした場合には、目も当てられない。

 後者はまあ、そうだろうとしか。史実でも引退後は子供の笑顔を見ていることが趣味だったと言われるような馬なわけで。ただ競走能力と闘争心は同年代のとある『怪物』以上のものを誇るだろう。

 

「牧野さん、ちょっと確認しに行きましょう」

 

 

 

 広大な面積に張り巡らされた青々と茂った芝。その上で彼らは歩き回っていた。

 一頭の雄大な黒鹿毛の頭上には『☆グリーングラス』、一歳馬の黒鹿毛の方には『☆シアトルスルー』と表示される。

 ――そう、彼らは史実に名を残す名馬たちである。

 そんな彼らを、馬主として所有し、この牧場に繋養している。かなり恐れ多いことだ。

 それにしても、グリーングラスが柵を飛び越えようとするというのはどういうことだろうか。『ウイポ』の方には柵越えイベントがあるため、まさかそれだろうか。史実だと奇跡の名馬とされるトウカイテイオーの逸話だったはずだが。

 

 ――すると。

 

 突然のことだった。グリーングラスが柵を飛び越えたのだ。

 

 まるで――脚部不安など綺麗さっぱりなくなっているような、そんな脚の使い方だった。

 自身の脚を信じ、そのバネで彼は飛んだ。俺にはそれが、史実を飛び越えたかのように見えた。

 一歳馬のシアトルスルーが唖然とした様子でグリーングラスの方に顔を向けている。人間でいう『これはびっくり!』状態のようだ。

 牧野さんと俺も唖然とする。しかし即座に我に返ると、グリーングラスに慌てて駆け寄る。

 

 幸い、グリーングラスの馬体には全く異常が見られず、当のグリーングラスは満足そうにブルルッと鳴くと、柵の方を振り向き、また飛び越えて戻っていった。これはこれで心配であるが。

 

「……なんだったんだ、今のは」

 

 牧野さんが声を震わせて呟いた。俺もそれに同じような感情を抱いている。

 

 

 

 グリーングラスの柵越え事件というトラブルこそあったが、その後は特に何事もなく、平穏に時が過ぎていった。

 しばらくし、俺は牧場からとある場所に出向く。その場所こそが、去年、条件戦を勝ってくれたカブラヤオーのいるところである。

 

 ――栗東トレーニングセンター。そこの厩舎の一角に、カブラヤオーを預託した。

 

「こんにちは、オーナー。カブラヤオーの調子は絶好調ですよ」

 

「こんにちは伊坂先生、カブラヤオーを預かってくださったことには何度お礼を言ったらいいのやら……」

 

「いえいえ。あれほどのいい馬を預けてくださったことを、こちらが感謝したいくらいですよ」

 

 にっこりと和やかな笑みを浮かべる方こそ、カブラヤオーを預かってくださった調教師の伊坂周二(いさかしゅうじ)先生だ。

 牧場を訪れ、二歳になったカブラヤオーを見つけるや否や「いい馬ですね。もし良ければ、預からせていただけませんか?」と申し出てくれた。預託先が見つからなかったため、本当にありがたかった。

 伊坂先生はカブラヤオーにかなりの期待を寄せているようで、カブラヤオーのことになるとやけに口が回りだすのだ。かくいう俺もだいぶ期待しているのだが。

 

 そんな俺たちの期待を背負ったカブラヤオーは、その期待に見事応えてくれた。

 十一月の新馬戦(東京芝1800m左回り)を圧勝すると、立て続けに十二月の条件戦である葉牡丹賞(中山芝2000m右回り)も逃げて圧勝してくれた。

 あのカブラヤオーの狂気的な逃げを馬主として間近で見れるなんて、夢にも思わなかった。それだから、レース中に勝ってもいないのに感涙してしまったため、他の馬主さんに怪訝な視線を向けられてしまうこととなった。

 

 そんなことはともかくとして、伊坂先生のもとを訪れたのにはやはり理由がある。

 

「カブラヤオーの次走、どうしますか? 個人的にはリステッドかGⅢ辺りがいいのですが……」

 

「でしたら……GⅢの共同通信杯、芝1800mはどうですか? 東京競馬場なので、ダービーを見据えるということでも」

 

「なるほど、ダービーですか。いいですね、そこにしましょう」

 

「登録しておきます。鞍上の倉田くんにも初重賞に向けて頑張ってほしいものです」

 

 次走は意外とすんなり決まった。

 GⅢ共同通信杯。二月の東京競馬場で行われる芝1800mの重賞競走だ。

 どうやら、鞍上を務めてくれる騎手にとっても初重賞勝利の好機であるらしい。

 

「倉田くんはカブラヤオーに乗ることを一番楽しみにしてくれていますからね。こちらもそれに応えて仕上げていきますよ」

 

「ありがとうございます。どうかカブラヤオーをよろしくお願いします」

 

 俺は感謝の意を込めて、頭を深く下げる。

 カブラヤオーの初重賞挑戦は、大変なことになりそうだ。




 読んでくださってありがとうございます。本当にありがとうございますとしか言えない……。
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