悲劇から始まる1978年
「はあ……」
朝になって早々溜め息を吐いてしまう。
手に持っている競馬新聞から目を逸らす。現実から目を背けるように。
1978年という年を迎え、日本競馬も新たなスタートを切ろうとしていた。が、年の始めから悲劇は突然にして起きてしまった。
俺の前世でもその出来事は起きている。だからこそ、身構えてはいたのだが……本当はそうならないでほしかった。
一月に行われる日経新春杯(GⅡ・京都・芝2400m)。そのレースで、ある一頭の馬が故障してしまう。
その馬は、グリーングラスとも幾度となく激戦を繰り広げた、昨年の有馬記念勝ち馬だったテンポイント。
致命的な故障であったが、つい最近まで治療が施され、持ち堪えていたようだ。
しかし……残念ながら、先ほど競馬新聞でテンポイントの安楽死が伝えられた。
無念としか言いようがない。この世界でも、彼は名馬である。これは断言できる。
競馬に神さまという存在がいるのなら、その神さまには人の心がわからないのだろう。
これほどの名馬が突然の死を迎えるのは、あまりにも辛い。
だが向き合うべき現実はこれだけではない。
視界に入れたくない現実を目の当たりにせねばならない。今から目にするのは、自分の所有馬に関する出来事なのだから。
目を背けたくなるような出来事が書かれている競馬新聞に、今一度目を向ける。
ああ、競馬新聞を読むのが、こんなに憂鬱なのは久しぶりかもしれない。
「シアトルスルー……よく頑張ってくれたよ……」
目元から涙が溢れ、零れそうになる。
再び海外遠征しサウジカップに出走したシアトルスルーなのだが……余程現地が合わなかったのか体調不良で調整ができず。
鞍上の小田部さんの指示にはなんとか応えてくれて、逃げを打つ。ここまではよかった。
けれども、最終直線ではとうとう捉えられ三着に敗れてしまう。
現地でも圧倒的な人気を集めていただけに、日本競馬のみならず世界中の競馬メディアがシアトルスルーの敗北を報じた。
報じるのはやめてほしいが、体調不良での敗北なら仕方ない。それでも三着に逃げ粘ってくれたシアトルスルーを褒め称えたい。
小田部さんも悔しそうに表情を歪めつつも、本調子のシアトルスルーはこんなものではないと信じている。
実際、本調子とはあまりにかけ離れすぎていた。でも世界最高峰レースのひとつで三着。調子さえ取り戻してくれればどうとでも立て直せる。
シアトルスルーの次走はメイダン競馬場で開催されるドバイワールドカップ(GⅠ・ダート2000m)。
体調はよくなりつつあるらしい。伊坂先生からもたらされた情報が正しければ、確実に勝てる。
トリプルクラウンホースの真髄、今度こそお見せしようではないか。
放牧地へ出てみれば、可愛い所有馬たちが遊び回っている。
一歳馬のダンジグと、もう一頭――モンテプリンス。
二頭は走り回ったり、飛び跳ねたり、各々動いている。
これには思わず微笑んでしまう。表情筋に優しい。
言わずもがな、馬というのは愛らしい。
ひとつひとつの挙動や仕草もそうだが、たまに愛嬌を振りまいてくるような寄り添い方をされると堪ったものではない。
そうされた途端、俺は星と化す。いわゆる昇天というものだ。
真っ白に燃え尽き、灰と帰す。尊さと可愛さをぶつけられた人間はだいたいそうなる。
このままでは俺も天に召されかねないため、一旦撤退としよう。
すると、普段はあまり人を近寄らせないダンジグが歩いてきたではないか。
遠目には水溜りを蹴り散らしているモンテプリンスの姿も。ああ、なんと愛らしい。
だが目の前に来たダンジグにとどめを刺された。
柵の間から頭部を差し出してきたので、限界にまで至った俺は、ダンジグを驚かせないようゆったりと近づき、彼の頭部をそっと撫でる。
まさに致命的な一撃。いや、モンテプリンスの時点で致命傷を負っていたが。
「ああ……尊い……」
俺はダンジグを撫でながら、真っ白に燃え尽きてしまった。
可愛いさと尊さが悪い。俺は悪くない。だから精々悶えさせてくれ。
しばらく撫でていると、飽きたのかダンジグは移動してしまう。
ほぼ微動だにしなくなった俺を傍目に、ダンジグはモンテプリンスのもとに駆け寄る。
そうしてダンジグも水遊びをし始める。
「……ドバイワールドカップもだけど、幼駒の生まれる四月も楽しみだなぁ」
その独り言は、虚空に呑まれていった。
競馬の神さまは邪神定期。