案の定としか言いようのない光景が、目の前に広がっていた。
中山競馬場、皐月賞。芝2000mのGⅠ。
またもや彼がやらかした。
『皐月賞、間もなく発走の時刻となります!
スタートしました! あーっと! ジョンヘンリーが出遅れた! ジョンヘンリー、これは出遅れてしまった! 前のいきますのがサクラショウリ、先行していきます』
ジョンヘンリーは大一番でも出遅れてしまう。
間違いなく問題は気性にある。まあ、憂慮していたのがここでも当たってしまったとなると、頭を抱えるしかない。
それでも鞍上の山南さんはめげずに最後方から競馬をしてくれた。そのおかげで、こちらに一筋の光をもたらしてくれた。
『クラシック一冠目、皐月賞、最終直線に入ります!
短い直線! 先頭で、逃げに逃げるのがサクラショウリ! これは逃げ切ってしまうぞ! これは逃げ切ってしまうぞ! サクラショウリが逃げ切り態勢に入っている!
外からシービークロス! 芦毛の馬体が追い込んでくる! だがそれ以上の脚色が大外、最後方から飛んできている! 豪脚一閃、ジョンヘンリーだ!
残り100m! サクラショウリ先頭! 二番手ジョンヘンリー! 一気に脚を伸ばしてくる!
しかしサクラショウリが粘る! サクラショウリがなんとか粘る! ジョンヘンリーが来る! ジョンヘンリーが来る! サクラショウリに並びかける!
だが並んだところでゴールイン! 僅かにサクラショウリ、ほんの僅かにサクラショウリか!? 写真判定となりました! しばらくお待ちください!
……今出ました! 皐月賞、勝ったのはサクラショウリ! 見事粘り切りました! あと一歩、ハナ差で二着がジョンヘンリーであります!』
まさにあと一歩、あと一歩及ばなかった皐月賞となったが、山南さんは笑みを湛えていた。
どこか不敵な、何かを閃いたような笑みだった。
「山南さん、お疲れさまでした。皐月賞は――」
「オーナー、わかりましたわ」
「……はい?」
「ワイなりに掴んだかもしれませんわ、ジョンヘンリーの乗り方を」
「そっ、それは本当ですか!?」
山南さんは笑みを深める。
その笑みからは、かなりの自信が感じ取れた。
「次、どこいきます?」
「えーと、皐月賞で二着だったので、伊坂先生との相談次第ではありますが……恐らく日本ダービーになります」
「なるほど、そこでなんですけどね――」
――自由に乗らせてもらって、ええですか?
笑う。山南さんは笑っているだけなのに、その表情がまるで鬼のように見えてしまう。
歯を剥き出しにし、獰猛な笑みを湛える。
次こそは勝利を確信したような笑み。
背筋に冷たい何かが伝う。そうなるほどに、山南さんの笑顔は獰猛だ。
「ダービー、勝ちますよ。ジョンなら、勝てます」
口角を上げたのち、山南さんは頭を下げる。
「だから、お願いします。ダービーでは自由に乗らせてください」
ジョンヘンリーという馬の手応えを掴んだからこそ、山南さんはここまでするのだろう。
だとすれば、今の俺の選択肢はひとつ。
「わかりました、上手く乗ってくださいね」
今の俺にできるのは、そう口にすることだけである。
牧場にある育成場では、一頭の芦毛馬が坂路コースを駆け上がっていた。
もはや説明するまでもない。米国から購入したスペちゃんこと、スペクタキュラービッドだ。
二歳になりいよいよ入厩間近となった現在、本格的な育成に入り、こうして走らせたりしている。
スペクタキュラービッドの背に跨り、馴致を施しているのは牧場長の牧野良夫さん。
今日はどうやら、馬なりで走らせているようだ。
俺も馬に乗って馴致をつけてみたいのだが、やろうとしたら落馬しそうになって危なかったことがある。
そのため、落馬しかけた以降は牧野さんだったり、他のスタッフだったりにやってもらっている。面目ない。
にしても、スペちゃんは意外にも生き生きと楽しそうに走っている。
一部の人はこういう馬を競走族と呼ぶらしい。走る馬もこんなに可愛いのに。
まあ、スペクタキュラービッドという競走馬自体はだいぶおかしいのだが。
と、牧野さんがスペちゃんから下馬する。スペちゃんの頭を撫でたのち、引き綱を引いてこちらにやってくる。
「……なんですかね、この馬」
「その言葉をそっくりそのままお返ししたいです」
「走らせると相当なんですよ、この馬。芦毛なのに」
「そりゃあ、UMAですし……」
「芦毛馬でここまで走りそうなのは初めてですよ……」
スペちゃんのほうを向く。肝心の本馬は辺りをキョロキョロと見回していた。そういうところだぞ。
「スペちゃんどうです? 走りそうですか?」
「走りますよ。調教だけじゃなく、レースでも」
「あの牧野さんがここまで言うとは……やはりUMAは全てを解決する……」
牧野さんが相当な評価を下すのも珍しいが、頷ける。だって史実を知ってしまっているし。
だがこれでわかるのは、スペクタキュラービッドが予想の遥か上をいくかもしれない、とんでもない馬だったということだ。
「あ、そうだ。オーナー」
「はい?」
「シェリルの仔、メジロアサマの産駒が無事に産まれましたよ!」
唐突にもたらされた吉報。その言葉を聞き届けたと同時、放牧地のほうに全力ダッシュで向かう。
「……行動は早いんだよなぁ」
スペクタキュラービッドVSシアトルスルーとか書いてみたかったけど、年代がね……。