メジロアサマを父に持つシェリルの仔が産まれたと聞いて、全速力でシェリルのいる馬房に向かう。
父メジロアサマ、母シェリル。そんな血統の仔が産まれたのなら、あの人に伝えなければならない。
メジロ総帥である北見豊武さんは、メジロアサマ産駒を夢見続けていた。
こういう形になってしまったとはいえ、どうか執念の結実を目にしてほしい。
シェリルの馬房に赴くと、そこにはある人物が先にやってきていた。
「北見さん!? どうしてここに!?」
「ははは……私としたことが、先んじてオーナーの挨拶に伺うべきでした。どうかご無礼をお許し願いたい」
「それはいいのですが……」
いつ来たのだろう、という疑問が喉元から出かかる。
「先ほど、シェリルの仔が産まれていると聞きつけましてね。慌てて飛んできた次第です」
「そうだったのですね。すみません、連絡も何もせず……」
「ああ、いえいえ! シェリルの仔が産まれたとあらば、いつでも飛んできさせていただきますよ!」
それにしても、と北見さんは言葉を続ける。
「まさか、まさかこの配合とは……ああ、夢にまで見た仔ですよ……」
シェリルの側に佇む芦毛の仔馬に目をやる。
すると『☆メジロティターン』という馬名が、俺の目に表示される。
「北見さん、この仔は――」
「ああ、見たかった、この配合を見たかった……! まさか本当に産まれてくれるとは……!」
「あ、あの……?」
「あっ、す、すみません。どうしても興奮を隠せず。飛んだご無礼を」
咳払いして、仕切り直す。
この仔馬が産まれたのならば、この話を切り出さねば。
「北見さん、この仔馬なんですが……」
「まさか、売りに出されるおつもりですか?」
あからさまに北見さんの表情が曇る。
「まあ……それはそうなんですが。ですが売却先が――」
「この仔馬はあなたが生産してくださった、私の夢ですよ!? それだけは、どうか! どうかお考え直しください!」
「ちょっ、北見さん!?」
肩を掴まれて、思わず声を荒げてしまう。
そこで自分がしたことに気づいたのか、我に返った北見さんが肩から手を離してくれる。
「……売却先はいったいどこに?」
「あなたのところですよ、北見さん」
北見さんは一瞬だけ大きく目を見開く。
まさか、売られるとは考えてなかったのだろうか。
「……申し訳ないですが、お断りします」
……え?
「確かに、私の夢はここに果たされました。その仔を欲しくないといえば嘘になります。ですが……その仔馬も、母馬も、父馬も、もう既にあなたのものなのです」
「つまりは……」
「はい、これはあなたのもの。ここでポンと夢を渡されるというのは、私の矜持、プライドが傷つくだけです。ですから私は、この仔馬を敢えて拒絶しましょう」
「………………」
ああ――やられた。
これがオーナーブリーダーの、メジロの誇り。
俺は彼を、メジロ総帥を見くびってしまっていたかもしれない。
「……この仔はいずれ、ダービー馬になるかもしれません。種牡馬となった暁には、つけてみたいものですね」
北見さんの表情は、先とは打って変わって、あまりにも穏やかなものだった。
どこか惜しむように、悔しげに。それでも彼は微笑む。
「……先のご無礼、大変失礼しました。では、私はこれで」
「あの!」
「…………」
「ひとつだけ、ひとつだけお願いがあります!」
北見さんは振り返らない。
決してその表情を見せない。
今から大変失礼な言葉を吐く。
だが口にしなければ。
そうしなければ、俺の気が晴れない。
「メジロの名を! メジロの冠を! この仔馬につけてもよろしいでしょうか!?」
問いかけても、北見さんは振り返らない。
「……それは、なぜです?」
「あなたは父馬も俺の所有となったと、そう仰っしゃられた! であるなら、メジロアサマのメジロというのはただの馬名となったはず! だからその名を、仔に継がせるというだけです! しかしメジロと名づけるのなら、あなたの所有馬との関係がややこしくなってしまうため、一応はあなたの許可をいただきたいのです!」
「お言葉ですが、意味が矛盾していませんか? メジロアサマはもうあなたのもの。ややこしくなるのは認めますが、だというのならば、私の許可など必要ないはず」
「いいえ! 意味はあります! あなたに、この仔馬の名づけ親のひとりとなってほしいからです!」
「…………っ」
「だからこそ、あなたの冠名をいただきたい! この仔馬には、メジロという、父の名の一部があるべきなんです!」
それでも、北見さんは振り返らない。
だけれど、肩が小刻みに震えていた。
それは怒りというより、動揺に近いのかもしれない。
「……わかりました。メジロという冠名の使用、許可します」
「あ、ありがとうございます!」
「……どうか、この仔をダービー馬に。我々が叶えられなかった未知の領域へ、導いてやってください」
その言葉だけ残すと、北見さんは足早に立ち去っていく。
メジロには、悲願がもうひとつある。
それは、ダービー馬を送り出すこと。
確かに天皇賞制覇も第一目標であったというが、ダービーも同じくらい重要視していた。
北見さんは恐らく、メジロアサマの産駒に天皇賞制覇だけでなく、ダービー制覇という夢も見せてもらいたかったのではないだろうか。
彼の悲願、メジロの悲願。
あまりにも大きすぎるものだが、この仔馬――メジロティターンに託すとしよう。
きっと、勝ってくれるはず。
引き継ぎありで1976年からスタートするとシェリルを貰える謎。